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魔力と費用対効果

 領地の護りの結界は領主一族の秘伝で代々受け継がれていくものだから、中央大陸では国境線がしばしば変わる戦火の火種になりやすい土地では蹂躙されつつも各国の魔法陣を淡々と吸収して後に最強の独立国家になった、という伝説があるほど、護りの魔法陣は他家に知られてはならないのだ。

 飛行魔法学の生徒たちが仮設の礼拝所を担当したウィルの方を選んだのも、あわよくば旧王族のウィルの魔法陣を見たいという欲求に忠実に従ったからだろう。

 帝国は戦争で国土を広げる度に領主を挿げ替えてきた。

 その際に先の支配者の魔法陣を踏まえ、変化した領地の範囲に合わせた新しい魔法陣を構築すればいいのに、それができない土地が多く、挿げ替えられた領主のいる土地の農村の護りの魔法陣は、領城の魔法陣と連動していない。

 いくら小さな村とはいえ、護りの魔法陣を単独で立ち上げるとなると魔力の負担が相当あるようだ。

 回復薬を飲んで顔をしかめたノア先生が、領主一族の責務とはこのようなものだったのか、と呟いた。

 それは先任の領主一族を亡きものにした領地の領主、ということに他ならないが、そうですね、と頷いた。

「この滑空場の護りの結界に現領主の魔力を全く使用していないのですから、開墾してから少なくとも五年の間は軽減税率にするように交渉すべきですね。こちらから強めに言っておかないと不当に土地を安く買いたたかれたと言いがかりをつけられてノア先生が前の地権者に訴えられかねませんよ」

 真顔で忠告するウィルの言葉に、回復薬で顔色の良くなったノア先生が再び顔を青くした。

「何かあれば私が証言しましょう。共同研究をするまで利害関係が全くないただの同僚でした。うちの生徒が同行したことで劇的に土地が変化したことは間違いないのですからねぇ。私の他にも広域魔法魔術具講座の単位をすでに修得した生徒たちも利害関係なしとして証言できますねぇ」

「土埃を防ぎ、廃村の結界を強化した実績を、この段階で領主様に確認していただくのがいいでしょうね」

 滅多に未来に関する助言をしない兄貴が早急に領主様に話をつけろと言った。

 そうしなければ起こるトラブルは一筋縄ではいかないということだろうか?

 “……ご主人さま。帰路を急がなくては王都にたどり着く前に天候が変わります”

 シロの忠告にぼくは天を仰ぎ見た。

 さっきまで秋晴れの筋雲が見えていたのにいつの間にか鱗雲に占領されていた。風に雨の匂いは無い。

 シロが言うくらいだから間違いなく天気は下り坂なのだろう。

 急がなくてはいけないのは帝都に帰ることのようだ。

「詳しい話は魔法学校に帰ってからでいいでしょうか?全員で祠巡りをしてから今日のところは帰りましょう」

 今日の目的は滑空場の現状確認だけだったので目的はもう果たした。

「ああ、そうだね」

 ゆっくり考えてから結論を出したかったノア先生が即座に賛成した。

「ちょっと待った!紙飛行機の検証の結果なんだけどねぇ……」

 語尾を濁したグレイ先生の言葉の続きを聞かなくてもわかった。

 ぼくのイカ飛行機と戯れる二体の精霊を追随するかのように鳥型紙飛行機が飛び続けているということは、紙飛行機に禁止していた魔法陣を仕込んだに違いない。

「あー、検証は向かい風の方がよく飛ぶことがすぐにわかってしまったから、どうしても魔法陣を描きたくなってしまったんです。ああ、留年してもいいから卒業制作は飛行の魔術具を作りたいです!ノア先生!講座への編入を認めてくださいますか!」

 飛行魔法学の生徒は突然の広域魔法魔術具講座の先輩の言葉に、成績開示請求で自分たちが劣っていたならば入れ替わりになる可能性に気付き顔色を変えた。

「待て待て、落ち着きなさい。君たちは万が一の時にノア先生の主張に利害関係のない立場として証言できる状態なのに、飛行魔法学講座を志望したら利害関係ができてしまうではありませんか!卒業制作まで面倒見てあげますから、浮気しないで広域魔法魔術具で卒業論文を書きましょうねぇ」

 グレイ先生が一喝すると、今すぐ結果が出せる研究ができるわけないよな、と先輩たちも現実を認識した。

「礼拝所の名にふさわしく、祭壇もどきを作ったので魔力奉納して行ってください!供物はそれぞれが想像する神様の像を土魔法で作って奉納してくださいね」

 ウィルが唐突に無理難題を言ったので生徒たちは悲鳴を上げた。

 見本だ、とウィルが掌に乗せた小さな精巧な像は精霊神だと主張しているけれど、どことなく面影が成人したぼくのような気がしてならない。

 魔獣たちも精霊言語でキャーキャー騒ぎだしたので、精霊言語が聞こえないように防御の壁を作った。

 精霊の親玉みたいな存在と言えば上級精霊なので手のひらサイズのフィギュアを作るとぼくのスライムが遮断していた防御を越えて細かいダメ出しをした。

 モデルは慎重に選ぶべきだった、と後悔したってぼくのスライムの情熱は止まらず、髪の毛の流れ一本一本まで注意深く制作したのに、祭壇の上に並んだ神々の像は、ハルトおじさんレベルのものばかりだった。

 そこまでこだわる必要がなかったじゃないか。

 アーロンにどれを作ったのか訊いたら、牝牛が座っているようにしか見えない像を土の女神の像だと言い張った。

 これでいいのか!

 神々はお怒りにならないのか!と精霊たちの様子を窺うと、楽しそうに祭壇の周りを漂っている。

 なんだか既視感がすると思ったら小学生の夏休みの自由研究を公開しているクラスの廊下に似ている!

 子どもたちが一生懸命考え抜いて制作したことに価値があるというわけか。

 魔法学校生が作った不器用な像が仮設の礼拝所の祭壇に鎮座する様子に、時間の感覚がおかしい精霊たちには小さな?子どもが精いっぱい頑張ったとして受け入れられたようだ。

 うちにいた精霊たちはスパルタだったのに、ここの精霊たちはだいぶおおらかだ。

 ぼくとウィルと兄貴の写実的な造形の像と、ノア先生とグレイ先生のおぼろげな記憶を頼りに作ったややあべこべの装飾品に骨格がちょっと歪んでいるのがご愛嬌の像と、その他生徒たちの土偶や埴輪に近いある意味芸術的な神々の像を載せた祭壇に向かい集団で魔力奉納をした。

 礼拝室の真裏に作った祭壇の床にも中央教会の礼拝所を真似した魔法陣が施されており一度で全員魔力奉納ができた。

 拙い神々の像でも許されたのは礼拝所の作りが合格点だったからかもしれない。

 その後、七大神の祠巡りをみんなで済ませると、アーロンは市民カードのポイントが増えていないことに気付いた。

「ぼくも増えていないな。もしかして仮設礼拝所を作ったから管理者扱いになったのかな?」

 ウィルの推測通り、ぼくや飛行魔法学の生徒たちは魔力奉納をしてもポイントは増えなかったのに、紙飛行機に魔法陣を施して競技そっちのけで遊んでいた広域魔法魔術具講座の生徒たちはポイントが付いていた。

「私のポイントは減っている……けれど、皆が貰ったポイントの合計より減りが少ない。ということは残りのポイントは領主様が負担されたということだろうか?」

「税率の軽減を願い出る時に伺ってみればいいでしょうねぇ」

 ポイントが減ってガッカリしているノア先生にグレイ先生が投資ですよ、と慰めた。

 吹き抜ける風に雨の匂いを感じたぼくは風上の空を見上げると、分厚い灰色の雲が空の半分を占めていた。

「先生!急いで帰りましょう。天気が崩れる気配がします!」

 ぼくの視線の先を見て先生方も頷いた。

 戸締りと全ての鍵をノア先生が持ったことを確認してから魔法の絨毯を取り出した。

 高度を上げると、精霊たちが、また来てね、というかのように数回点滅してから消え去った。


 行きより速度を上げて帰る道すがら、広域魔法魔術具講座の生徒たちは紙飛行機の魔法陣を公開して検証結果をみんなで話し合った。

 飛行魔法学の生徒たちは広域魔法学の生徒たちが、飛び続けることだけを目的にした魔法陣を開発したことに感心し、広域魔法魔術具講座の生徒たちは自分たちの失敗から目的別に魔法陣を切り離すことで省魔力を実現できた経験談をした。

 共同研究らしい有意義な意見交換をする場となり、二人の先生は終始笑顔だった。

 城壁にたどり着いた時、閃光の後に凄まじい雷鳴が響いた。

「濡れずに済んで良かったね」

 見た目は雨ざらしの魔法の絨毯に乗ったぼくたちに門番が声を掛けた。

 城壁の外はバケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。

 馬車を呼びましょうか?と気遣う門番に、往路で磔の刑に遭い結界のありがたみを知っているノア先生が、このまま帰る、と断った。

 土砂降りの大通りに飛び出た魔法の絨毯が雨をはじく半円形の結界に守られているのを見た門番たちが納得気に頷いたのは、半円の頂点にキュアが飛んでいたからだろう。

 魔法の絨毯に乗っている全員がキュアの結界ではないことを知っていたが、誰も門番たちに説明しなかった。


 中央広場ではお弁当を売る三人娘が雨を予測して建てられたテントに避難していたので、強い風が来るかもしれないから早めに売りきってたたむように声を掛けた。

 ウィルが、デイジーのお土産にするから全部買い上げる、と太っ腹なことを言ったので、ぼくは先生方に断りを入れて、テントを畳む作業を手伝い、三人娘を魔法の絨毯に避難させた。

 男子ばかりの魔法の絨毯に若くてきれいなお嬢さん三人の乗車を断る人はなく、ベンさんのお店の事務所まで送り届けた。

 三人娘が魔法学校に入学するための費用を溜めている、と聞くとみんな驚いたので、ガンガイル王国では学び直しは珍しくない、と説明した。

 みんなはお婆やオーレンハイム卿を思い浮かべたらしく、成人後の学び直しは素敵なことだ、と口々に言った。

「ジュンナさんたちのような上級魔法学校ではなく、洗礼式直後の子どもたちに交ざって初級基礎魔法を学ぶだけですから、お恥ずかしいです」

「お弁当の容器に魔法陣を刻む仕事ができるようになるだけで生涯賃金が上がりますから、費用対効果?は十分あると聞きました」

「今は大変ですけれど頑張ります!」

 三人娘の話から下級貴族と職域が被らない下級魔術師の仕事があることに初めて気付いたような驚きの表情になった。

「雑菌の繁殖を抑える魔法陣を弁当箱に刻むなんて、画期的なアイデアだけど、確かに下級魔術師が足りないから商売敵には真似できないなぁ」

 研究に夢中になると昼食が遅くなるから、魔法陣のあるお弁当を購入したい気持ちがわかる、とグレイ先生が何度も頷いた。

「魔法学校にも時々売りに来ていますよね」

 鼻の下を伸ばした広域魔法魔術具講座の先輩が、魔法学校でも会えるよね、と訊くと、三人娘は首を横に振った。

「明日から劇場側にオープンするカフェの準備に入ります」

「制服がとても可愛いから楽しみです」

「魔法学校のお弁当の売り子は別の子が行きますから、よろしくお願いします!」

 せっかく可愛い女の子たちと知り合いになれたのに、明日から明らかに高価なお店で働くと言われて先輩はがっくりと項垂れた。

「早朝礼拝時に祠巡りもすれば先輩の魔力でしたら、カフェのオープンまでにお茶とお菓子の代金ぐらい稼げますよ」

 涼しい顔でウィルが言うと、卒業制作の検証を行う魔力が……と先輩はさらに絶望的な表情をした。

 しっかりやりましょうねぇ、と言うグレイ先生の言葉に皆が笑った。

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