紙飛行機を飛ばそう!
魔獣たちにも回復薬をあげる様子をみんなが目を丸くして見守るなか、昔なじみの精霊が暴走した、と簡単に説明した。
「精霊たちが、どこでどう繋がりがあるのかはわかりませんが、幼いころ迷子になったぼくを助けてくれた精霊がここの精霊と知り合いだったらしく、古い護りの結界があるから復活させてくれ、ということだったみたいですね。消滅寸前の廃村の結界を浮かび上がらせてくれたので、急いで魔力供給をして復活させました」
ぼくに都合の悪いことは全部伏せて、間に合って良かった、と誤魔化した。
ぼくの話に合わせるかのように精霊たちが自分たちの話のところで光を点滅させたので、話の信憑性が上がった。
「迷子になって精霊に助けてもらうという逸話が緑の一族らしいよね」
事情を察したウィルが助け舟を出してくれた。
「緑の一族の子どもたちは精霊たちに会う機会がそれなりにあるみたいだから珍しいことではないみたいですよ。一族が地脈を整えているという話は聞いていますが、原野を開墾するようですから古い結界をちょこっとだけ使えるようにしただけのぼくとは、まったくやり方が違いますよ」
「そうですよね。十数年単位で移住するという噂ですから、そんなに簡単にはいきませんよね」
ノア先生は少しがっかりしたように言った。
「それじゃあ、護りの結界を作り直さなくてはいけないことには変わりがないのかい?」
アーロンが自分たちで護りの魔法陣を設計して実験する機会が残っているかを尋ねたので、頷いた。
「できるだけ早めに結界を張りなおした方が良いね。滑空場として使いやすいのが一番で、精霊たちも期待しているから緑豊かな土地になるような魔法陣を考えないといけないよ」
ぼくの言葉に二体の精霊がワルツを踊るようにペアになってクルクルとぼくの周囲を回った。
復興の期待に心躍っているようだ。
「期待されているから頑張らなくてはいけませんね」
ノア先生が二体の精霊を可愛らしいものを見るような笑顔で見ながら言った。
魔力が満ちた結界内に土埃のない一陣の風が吹き抜けた。
「ノア先生。この風を捕まえて飛んでみるのはどうでしょう?離陸の際の魔力使用が一番多いんでしょうから、実験の数をこなすには風に乗ってみましょうよ。滑走をこちら側からこう伸ばせば、翼系の魔術具なら向かい風を利用して効率よく飛べますよね……」
キョトンとした顔の飛行魔法学の生徒たちを見て、ぼくは項垂れた。
「風を利用して飛ぶなんて、魔力のなさを露呈するようなものじゃないですか!」
赤面して憤慨する飛行魔法学の生徒たちは、魔力で飛ぶから飛行魔法学であって、風で飛ぶなら凧と同じだ、という主張だった。
ぼくと兄貴とウィルの三人が顔を見合わせて額に手を当てた。
「ところ変われば常識が変わる、と緑の一族の族長から口を酸っぱくして何度も言われていたのに……。そうですよね、飛行魔法が使える魔力を証明するためには風向きなど気にしていられませんよね」
「残念だな。まずは成功しやすい条件で検証してみると実験回数も増やせるのにな。そこから徐々に条件を厳しくしていけば、最終的に魔力だけで飛べるようになるかもしれないのにね。論文にする際、風向き参照と記載するのは不名誉なことになってしまうのか……」
「飛ぶだけなら魔力がほとんどなくても飛べるのにね」
ぼくとウィルと兄貴で魔法学として成立させるためには魔力量を誇示しなければならないのか、と溜息をつく小芝居をしたら、ノア先生が真っ先にプライドを捨て去った。
「紐のない凧のようなもので魔力を使用せずに飛ばすのですか!?」
ぼくは収納ポーチから二枚の植物紙を取り出して一枚をノア先生に渡した。
「多少の魔力を含んでいてもほぼ魔力がないと言って構わないただの紙ですよね。この紙を折っても切っても構いません、魔法陣を描かずに遠くまで飛ばしてください。子どもの遊びですよ。深く考えないでください」
「それ、ぼくも参加してもいいかな?ろうそくと竹ひごを使ってもいいかな?」
ウィルは王都の研究所で墜落の研究を極めていたようなオレールさんと遊んだ飛ぶランタンを作る気のようで素材の追加を要求した。
「魔法陣を使わなければ素材を追加しても構わないよ」
魔力を使わず飛ぶ方法は様々ある。
有人飛行を検証するためには安全に着陸できる保証がないと協力したくない。
上昇時よりも着陸に魔力を優先的に使うことを検討してほしいのだ。
飛行魔法学の生徒たちにも同じ紙を配り、魔力を使わず飛ぶことだけ考えた、飛行に適した形状を考えるようにしてもらった。
ぼくはこういう遊びから考えることが好きなので大盤振る舞いで紙を出すと、広域魔法魔術具講座の生徒たちも参加した。
魔法陣を使えないという制限が魔法学校の生徒たちを悩ませ、思考に行き詰って地面に転がる生徒たちもいた。
辺境伯領での学習館を思い出してくすっと笑うと、ぼくのスライムとみぃちゃんも思い出し笑いをしてにやけた。
「気のせいでなければ、スライムも猫も笑っているように見えるのは何でだろう?」
魔法陣を使わないという条件に納得しなかったから不参加のグレイ先生がぼくに疑問をぶつけた。
「懐かしくて笑ってしまうのですよ。ぼくはガンガイル王国でも辺境と言われる地方の出身で、洗礼式前の子どもたちの体幹指導をしていたおじいちゃん先生が、魔力持ちの子どもが身体強化をすると厳しい言葉で叱責したのを思い出してしまうのです。『魔力に頼る癖がついたら魔力切れを起こした時に生きのこれない。体を使え、頭を使え』と厳しく魔力使用を制限されたのです」
グレイ先生とノア先生がハッとしたように背筋が伸びた。
「……生きのこる底力を幼少期から叩きこまれているのですね」
ノア先生の言葉にぼくは頷いた。
「冬の大型魔獣との対決でも人生無敗の老騎士でしたが、無敗の理由は引き際を見極める、ということを子どもにもわかる言葉で教えてくれる先生でした」
「魔法が使えない条件を幼少期から叩きこまれていたのですか……。面白い教育方針ですね」
グレイ先生が広域魔法魔術具でも気にしなければいけない条件だなぁ、と唸った。
ぼくと先生たちがそんな話をしている間に、この競技の勝利条件の質問が生徒たちから飛び交い、飛行時間、飛行距離、飛行高度の三点をスライムたちが計測し競うことになった。
飛行時間はスライムの砂時計、飛行距離は蛇行した距離を含めてひも状に伸びたスライムが計測し、高度はスライムが伸びあがり測定した高度をキュアが認定することで認められることになった。
みぃちゃんのスライムが時間の計測、ぼくのスライムが飛行距離、ウィルのスライムが高度を担当することになった。
魔法陣を使用できないという条件にしびれを切らした広域魔法魔術具の生徒たちは、紙を丸めてボール状にし、身体強化をした腕力で高度や飛距離を競う生徒が続出した。
紙飛行機というより投擲の競技になっている。
飛行魔法学の生徒たちは風を受ける形に折ったり切ったりと工夫し、同じ形状の鳥に似せた紙飛行機もどきを風下と風上から飛ばした。
向かい風の方が飛ばないだろうと多くの生徒が予測していたようで、向かい風から飛ばした生徒は一人、残りの二人が追い風で飛ばした。
当然ながら追い風の二人は早々に墜落したのに、向かい風で飛ばした鳥もどきの紙飛行機が揚力を受けて舞い上がったことに歓声が上がった。
検証として回数が少ないから向かい風の優位性を立証できない。
投擲になった広域魔法魔術具の生徒たちがもう一回やらせてくれ、と頼み込んだので、風向きと飛行距離の関係の検証に協力してもらうことにした。
生徒たちが鳥型紙飛行機の改良をしている間に、ぼくはよく飛ぶ紙飛行機の代表格のイカ飛行機に入念な角度を調節し、風向きとタイミングを図って飛ばそうとすると、手を放つ寸前に二体の精霊が応援するように点滅した。
「ぼくの記録は計測しないでいいよ!」
精霊たちの後押しを受けたら公平さに欠ける気がしたので記録を取るスライムたちを止めた。
イカ飛行機は二体の精霊たちを引き連れて滑らかに飛行した。
「……これは、魔法を使っていないとは言い切れないでしょうね」
「……精霊魔法?なのかな?」
ノア先生とグレイ先生は精霊の干渉があるから魔法を使用した状態だ、と判定した。
「面白い形だね。鳥型ではないよね?」
ランタンの制作が終わったアーロンが質問した。
「烏賊を模した形だよ」
「クラーケンか!なんでクラーケンを飛ばそうと考えるんだ!」
烏賊といえばクラーケンを真っ先に思い浮かべたウィルが叫んだ。
クラーケン、という言葉に皆ギョッとした。
「クラーケンは確かに巨大烏賊の姿でしたが、普通のイカなら、この前ノア先生も食べたじゃありませんか」
ぼくが烏賊の一夜干しの炙り焼きは美味しかったですよね、と言うとノア先生は素直に頷いた。
グレイ先生をはじめ生徒たちはノア先生を、クラーケンを食べた男、と目を大きく見開いて凝視した。
「誰もクラーケンは食べていませんよ。クラーケンは今頃、南洋の海で寛いでいますよ。それより、イカ飛行機は精霊たちが飽きるまで飛び続けるだろうから、ランタンを飛ばしていいですか?」
兄貴がさっさと終わらせようと話を進めた。
ろうそくランタンは飛行高度を競うので、ウィルと兄貴とアーロンの三人のランタンを同時に飛ばすことにした。
点火に火炎魔法を使うことにちょっと揉めたが、細長く丸めた紙の先端に火をつけてもらい点火をする妥協案で落ち着いた。
三人のランタンは形状がほぼ同じで、ろうそくの受け皿の素材の重量で条件が異なった。
それでも、素材の重さはそれ程差ががなかったようで、点火からほどなくして三つのランタンはほぼ同時に浮かび上がった。
うわー、という声と共に全員の首がランタンを追って上を向いた。
「ここは火災の心配がいらないから魔法陣を描かなくていいけれど、国で飛ばす時は上空で燃え尽きるように魔法陣を描いて飛ばすんだよ」
ランタンを飛ばす習慣があるのか、とアーロンがボソッと呟いた。
「よくこれを飛ばすのかい?」
ノア先生の質問にアーロンは頷いた。
「葬儀の終わりに飛ばす習慣があるんです。大切な人の魂が無事に天界の門を潜れるように祈って、遺族が飛ばします。だから、ランタンが飛んでいるのを見たらつい、祈りたくなってしまうんです」
アーロンも誰かを偲んでいるのか目尻にうっすらと光るものがあった。
「……かつてこの村に暮らしていた人たちが天界の門を潜って、魂の練成を経て、どこかで新たな命となっていることを祈ろうよ」
ぼくがそう声を掛けると、全員が賛成した。
元村長屋敷跡地の護りの結界の起点で、ぼくたちは空に浮かぶ三つのランタンに、かつてこの地に生きた人々の転生後の幸せを願った。
イカ飛行機と戯れていた二体の精霊はイカ飛行機をゆっくり上昇させ、ランタンの周りを旋回した。
ランタンの周囲にぽつりぽつりと数体の精霊たちが現れた。
よかったね。
もうここで一人ぼっちじゃないよ。
“……アリガトウ。ミンナ、モドッテキテクレタ”
滑空場内に集まり始めた精霊たちをみんな茫然と見上げていた。




