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懐かしい精霊

「ノア先生の土地ですから、仕上げはノア先生にやってもらうことになりますよ」

 ウィルの言葉に、私が?とノア先生が裏返った声で言った。

「うーん。護りの結界を一から構築しなくても地下に村跡の結界の名残がありそうだから、上書きした方が短時間でできそうな気がします」

 魔本の情報で、廃村が埋もれていることを知っているぼくがうすらとぼけて言うと、アーロンがパチンと両手を叩いて喜んだ。

「村があったのなら、利用しようよ。測量の手間が省けるからね!」

 土埃の中で測量をしたくないから、下に結界があるなら利用しない手はない。

「ここは農村跡地ですよ。かつてこの付近には川が流れていて緑豊かな土地だったらしいですね。ああ、農地になればここの領主に届出しなくてはならない、と軍属学校で忠告を受けました。まあ、できっこない、といった口調でしたよ」

 ぼくと兄貴が頷きあうと、ウィルが苦笑した。

「無理だと言われるとやってみたくなるのが男児の性分ですからね」

「神々の祠はどこに建立してあるのですか?」

 ぼくたちはノア先生から滑空場の地図を見せてもらい、まずはノア先生が張った結界を確認しに行くことにした。

 フードを目深にかぶりなおして、兄貴は口元にハンカチを巻き、ノア先生の建立した祠を見に行こうとすると、全員覚悟を決めたかのようにありったけの布を纏った。

「ノア先生祠の鍵を見せてください」

 土埃が舞い上がる外で祠を探してウロウロするのが嫌だから、魔術具の鳩を取り出した。

 設定を低空飛行に切り替えて郵便屋さんではなく道案内に使おうと調整を始めると、意図を察してくれたノア先生が祠の鍵を手渡してくれた。

「よく祠に鍵をかけているとわかったね」

「進入禁止の結界を管理事務所に入るまで解除できなかったということはここに結界の鍵を置きっぱなしにしていたと推測しました」

 忘れていただけなんですよね、ハハハハハ、と笑うノア先生に飛行魔法学の生徒たちが頷いた。

 うっかり屋さんの一面もあるようだ。

「いつもはここまで土埃が舞い上がっていることはないのですが、今日は覚悟が必要です。皆さん行きますよ!」

 ノア先生が扉を開けると部屋中に土埃が入り込んだ。

 だんだん酷くなっているような気がするのは……気のせいじゃなかった。


 ノア先生を先頭にして風よけにしながらぼくたちは背の高い順に二等辺三角形陣を組んで滑空場の祠を目指し歩き出したが、ノア先生は早々に鳩の魔術具と別方向に行こうとして、飛行魔法学の生徒に後ろから襟を捕まえられ軌道修正させられていた。

 砂嵐のような土に打ち付けられながら歩いているのが耐えられなくなったぼくは、鳩の魔術具を一旦回収して魔法陣を刻んだ魔石を祠の鍵と一緒に銜えさせて先に行くように飛ばした。

 鳩が祠までたどり着いたのを確認すると魔法の杖を一振りして風よけの結界をトンネル状に張った。

 三角に隊列を組んでいた生徒たちはすかさず二列に並び直して結界の中に納まると、スライムたちはぼくの両肩にみぃちゃんとシロがぼくの両脇に、キュアが頭上に飛び出して爽やかな息を吸った。

「ありがとう。助かったよ。飛行魔法学では命の危機でもない限り魔力を節約することが習慣になっているんだ」

 ノア先生の言葉に頷く飛行魔法学の生徒に、環境を整える役を作ろうよ、とウィルが小声で言った。

 根性で何とかしようとするのはやめた方が良い。

 防塵のつもりで張った結界はノア先生が結界を張った当時の地面を出したため地下に潜るトンネルのように段々下がっていった。

 ひょっとしたら祠は完全に地中に埋まっていたため、結界の体をなしていなかったのではないか?

 “……ご主人様正解です”

 当たったといっても別に嬉しくない正解にたどり着いたのはぼくだけではなかったようで、遭難しなくて良かった、といった声がどこからともなく聞こえた。

 無事に車止めのような小さな祠にたどり着き、ノア先生が祠を開けると中に補充してあった魔石の魔力が全くなくなっていたようで、ノア先生が掴むと砂になってボロボロと崩れ落ちた。

「全く結界が機能していなかったのですか!?」

「「そんなことはない。辛うじてまだ残っている」」

 悲鳴のような声を上げた飛行魔法学の生徒にノア先生とグレイ先生が同時に言った。

「「結界が消滅するほど魔力を失っていたらこの祠も砂塵に成り果てている」」

 二人の先生の言葉に生徒たちは納得した。

 文献によるとこの世界では魔力を失うと、どんなものでも文字通り砂塵となり崩れ落ちてしまう。

 創造神は砂からこの世界を創り出した、と言われているように砂に還ってしまうのだ。

 不毛の地のようなこの土地も完全に魔力を失っていないのとわかるのは舞っているのが砂ではなく、土埃だからだ。目に見える植物は生えていないけれどまだ微生物は存在している。

 この土地はまだ辛うじて生きているのだ。

「魔力奉納をしてもいいですか?」

 ぼくの問いにノア先生が頷いた。

 祠の中にあったミカンくらいの大きさの水晶に触れ魔力を奉納しながらノア先生の張った結界の全貌を探った。

 空の神の祠で、魔獣除けに大地の神の魔法陣を重ね掛けしているのに大地の神の祠を作っていないし、当然ながら世界の理にもつながっていないし、廃村の結界も利用していない。

 非常に残念な魔法陣の結界だ。

 スライムたちやみぃちゃんやキュアも魔力奉納をしたがぼくと同じような残念な表情になった。

 ぼくたちの様子に注目していたのはウィルだけで涼しい顔をして二番目の魔力奉納をしたが、みんなの注目は滑空場内の土埃が静まったことに集中していた。

「結界の魔力が足りていなかったのですねぇ」

「新学期は雑務が多いから滑空場まで来られなかったんですよ」

 グレイ先生とノア先生は顔を見合わせて、新学期は大変だからですかね、とお互いを労いあっていた。

 無駄な魔力消費の多い結界であっても、滑空場を維持する機能が働いているから、ノア先生の生徒たちがいる前では欠点を指摘しにくいな。

 とりあえずノア先生の面目を保つためにそのままにしておこう。

 土埃が消えた滑空場内で風よけの結界を張っている意味がないので解除すると、ヨロヨロと消え入りそうな微かな光を放つ精霊とハッキリと光る二体の精霊がぼくの顔前に現れた。

 蛍のような二体の精霊たちを両掌に乗せると聞き覚えのある精霊言語が脳内に響いた。

 “……アノトキ、タスケテクレテ、アリガトウ。コノコノ、フルサトモ、タスケテアゲテ”

 クラーケンの襲来の後ぼくの夢枕に立って精霊が友だちの故郷も助けてほしいと訴えかけた。

 なんだかどうしようもなくやるせない感覚がしたのは君がいたからだったんだね。

 君の地元はハンスの町だったのにこんな遠くの精霊とも友だちなのか。

 “……ご主人様。精霊たちは身の危険を感じた時や、寂しくなった時にご主人さまが幼少期に一晩過ごした光る苔の洞窟に避難します。あの子たちは同時期に洞窟に避難していたから面識があったようです”

 “……アノトキハ、アリガトウ。キエズニスンダヨ”

 よろよろの光の精霊がお礼を言った。

 オーレンハイム卿息子さんの領地の領主館の大地の祠に祈った魔力が微力ながらもここまで届いたのだろうか?

 “……カイルガイノルタビ、チョビットマリョクモラッタ。カイルニオミズアゲタカラ、エンガデキタ。セイチニイクト、ワケテモラエル”

 幼かったぼくを助けたことで縁ができて、世界の理を経由して光る苔の洞窟に魔力が届いて分けてもらっていたということだろうか。

 “……ご主人様は世界の理と土地の結界をあちこちで結んでいますから、精霊たちの聖地である光る苔の洞窟にも届いています。この精霊はご主人さまと交流があったことでご主人さまの魔力を辿ることができて洞窟で魔力を貰っていたのでしょう”

 犬型のシロが二体の精霊たちに頑張ったねと優しく語り掛けた。 

 本当に生きのこって良かったね。

 ぼくも幼い時に精霊たちのお蔭で光る苔の洞窟で一晩過ごして生きのこることができたんだ。

 その後も洞窟の水を直接飲んだり回復薬を活用したりしたお蔭で魔力枯渇を起こさずに済んでいる。

 魔力奉納をした魔力が届いているなんて恩返しができているようで嬉しい。

 “……生きててよかったね。ここを緑豊かにして再び農地にするためにご主人さまが一肌脱いでくれるわよ”

 ぼくのスライムはぼくの肩でぼくと精霊の再会に感激して体を震わせながら弱った精霊を励ました。

 “……よく頑張ったね。あんたが小さいカイルに優しくしてくれたからカイルはあの時生きのこって、あたしを拾ってくれたんだよ。あんたが生きててくれてあたしも嬉しいよ”

 みぃちゃんはこの弱った精霊が洞窟で幼いぼくを道案内した精霊だと気付いて喜んだ。

 “……カイルが来たからもう大丈夫だよ”

 キュアも弱々しく光る精霊を励ました。

 “……アリガトウ。ミンナノマリョク、ツカウネ”

 待った!

 ここにいる生徒たちの魔力は駄目だ!

 せっかちな精霊がそんなことを聞くわけもなく、弱々しかった精霊が閃光をいきなり放った。

 咄嗟にみぃちゃんのスライムがサングラスに変化してぼくの視界を守った。

 “……ご主人様。私が加減します”

 “……任せとけ!”

 シロと兄貴は精霊が魔法を行使する魔力を居合わせた生徒たちから搾り取ろうとするのを防いだ。

 突然の閃光に全員が腕で目を覆っているうちに精霊は廃村の護りの結界の跡を浮かび上がらせた。

 ぼくは素早く世界の理に結界を繋ぐ魔術具を取り出して地中に埋めると、ぼくの魔獣たちと一緒に一気に魔力を押し込んで地中深くに送り出した。

 地下にスタンバイしたぼくのスライムの分身が魔術具を受け取ると、神々に受け入れられたような何とも言えない充足感がぼくと魔獣たちの胸に広がった。

 でも、まだこれは消えかかっている廃村の護りの結界と世界の理を繋げただけに過ぎない。

 元気を取り戻して輝きが落ち着いた精霊とぼくの魔獣たちを連れて、護りの結界の始点になる廃村の村長屋敷跡に駆け寄ると魔法の杖を取り出して簡易の魔法陣を上書きした。

 一連の作業を終えて疲労感を感じ、ドスンと地面に腰を下ろすと、ウィルが文句を言いながら走って来るのが見えた。

 その後方から視力が回復した皆も走っている。

「ぼくが魔力奉納をしている間にいきなり何か始めるなんてひどいよ!」

「いや、久しぶりに暴走する精霊に引きずり回されたようなもので、ぼくにもどうにも止められなかったんだよ」

 地面に足を放り出して回復薬を取り出したぼくを見たウィルが、それは仕方ないな、と呟いた。

「「……緑の一族が地脈を整えて土地の魔力を正常化するというのは本当のことだったのか!」」

 ウィルに追いついたノア先生とグレイ先生が感動に瞳を潤ませて座り込んでいるぼくを見た。


 いや、カカシはこんな乱暴なやり方で土地の魔力を整えていないはずだ……。

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