飛竜の魔術具と飛行魔法
地上近くのキュアの高さで降下を止めた飛竜の魔術具に会場の生徒たちはもちろん、警備の軍属学校の生徒たちまで口を開けて空を見上げた。
顔を上げずに周囲を警戒している大人っぽい顔つきの一部の軍属学校の生徒たちが本物の警備の兵士だろう。
キュアと一緒にゆっくりと下降し始めると、おおーっと軍属学校関係者の野太い声が貴賓席の天蓋に響いた。
初級魔法学校の中庭なのに初級魔法学校の先生は校長と顧問の先生しかいないのに軍属学校からは校長以外に飛行魔法学のノア先生を含む十人も教員が集まっている。
デイジーは参加者が増えそうになった時点で大人の参加費を高額にして、初級魔法学校生の部員たちを少額に設定した。
早朝礼拝の後、魔法学校へ登校するまでのわずかな時間に中央広場で教会の美味しい水を平民や孤児院出身の寄宿舎生たちに販売させて費用をねん出させたのだ。
初級魔法学校でリーダーシップを発揮していると豪語していたデイジーは本当に生徒たちをしっかりまとめていた。
本物の飛竜と同じ大きさの巨体を地上に着地させても衝撃が全くなかったのは父さんが改良したからだろう。
艶のある美しい鱗に凛々しい顔をした飛竜の魔術具はイシマールさんの飛竜がモデルになっている。
ということは奥さんがモデルになっている飛竜の魔術具もあるのだろう。
動きを止めた飛竜の魔術具に書類を手にした憲兵と税務官と商会の代表者が近づいた。
検疫検査と関税検査をこの場で済ませるようで、飛竜の魔術具のお腹の扉を開き、収納の魔術具を一つずつ取り出して検査している。
海鮮、海鮮♡とデイジーが呟くと二つの収納の魔術具が点滅した。
光った箱を開けると下処理済みの蟹、海老、帆立などがぎっしりと詰まっており、今すぐ炉端焼きができる状態になっていた。
検疫の魔術具を照射しても全く問題がなかったので、満面の笑みを浮かべるデイジーに収納の魔術具ごと手渡された。
「素晴らしい海産物が手に入りました。ガンガイル王国の海の幸はガンガイル王家からの寄贈です。もう一つの箱はムスタッチャ諸島諸国より寄贈されました。どちらも一部を教会に奉納させていただきます。海の神に感謝し、ガンガイル王国とムスタッチャ諸島諸国の皆様にも感謝いたします。ああ……皇族の皆様からの金一封は先ほどご紹介しましたね。牛一頭……の一部を今空を飛行中のガンガイル王国の食客キュア様、子豚二頭は……一頭は教会ですわ、東方連合国からで……」
自分が食べたと思われたくないデイジーは教会に奉納したことを強調しながら後援者の紹介をした。
「……皆様のご協力でこうして豪華な親睦会を開くことができました。皆さんそれぞれ食べてみたいものの焼き場の前にトレーを持って並んでください。初めての食べる食材も多くあります。体質に合わない人もいますからアレルギーテストを魔術具でしてから食べてください。さあ!皆さん並びますよ!」
来賓たちが飛竜の魔術具に釘付けになっているうちに、自分たちは食べつくすのだ、という副音声が脳内に流れたぼくたちは笑った。
兄貴とアーロンが戸惑っている生徒たちに声を掛けて好みを聞き出し列に並ばせ、ぼくとウィルは初体験の海鮮炉端焼きに挑む猛者たちのアレルギー検査を担当した。
焼肉の七輪を担当したお婆のところに行列ができるのは、お肉の魅力であって若くてきれいなお姉さんのところに集まったわけではないだろう。
その証拠に焼き鳥の焼き場を担当している怪しい仮面をつけたジェイ叔父さんのところにも行列ができている。
……列の先頭にいるのがオムライス祭りでジェイ叔父さんに馴染みのある寄宿舎生たちだったから、初級魔法学校の小さい生徒たちには怖かったのかもしれない。
いい人だから大丈夫だよ。
ぼくとウィルは列に並んでいる生徒たち以外にもアレルギー検査をするため会場内を歩き回った。
オスカー殿下の取り巻きたちに検査をしながら、これだけ警備が厳しいのだから少し離れてチャンスを与えるべきだ、とウィルがチラッと皇女殿下の側近を見て小声で忠告した。
中級魔法学校生は基礎魔法学の課程を修了しなくては上級魔法学校の図書館に立ち入れないのだから貴重な機会を逃さないためオスカー殿下が話しかけやすいように配慮すべきだ、という意図が伝わったようで、取り巻きたちは小さく頷いた。
当のオスカー殿下は寮長のオスカー殿下を捕まえて飛竜の魔術具の質問をしている。
説明可能な範囲を事前に打ち合わせをしているから誰に聞いても同じ回答しかしない。
皇女殿下と並んで説明を聞くオスカー殿下の背後から徐々に取り巻きたちが離れていくと、同じ説明の繰り返しに飽きた皇女殿下が炉端焼きに興味を示した。
ウィルが皇女殿下にアレルギーテストの声掛けをすると、オスカー殿下は先に済ませたのか?と皇女殿下の側近のオスカー殿下の思い人が尋ねた。
すかさずぼくがオスカー殿下のアレルギーテストをすると、皇女殿下も頷いてウィルの検査に応じた。
ウィルは自然な流れで炉端焼きの列に二人の殿下を誘導し、皇女殿下を先に案内することで殿下の思い人を二人の殿下の間に挟むように仕向けた。
マリアとデイジーが事前に炉端焼きの情報を学習会でオスカー殿下に仕込んでいたので、皇女殿下に説明しながら思い人に声を掛けている。
いい感じじゃないか。
ここまでお膳立てをしたのだからあとはオスカー殿下が頑張ればいい。
殿下たちを見送ったぼくたちが振り返ると、初級魔法学校の校長と軍属学校の校長以下職員たちがアレルギーテストのための行列を作っていた。
磯の香りを漂わせる炉端焼きも気になるよね。
ぼくたちにも軍属学校の教員たちは飛竜の魔術具の性能をべた褒めだった。
無人飛行という発想がなかったようで、あれだけの急降下は有人だったらできない、と人が乗る危険性を理解していた。
どの程度の高度まで飛行できるのか、などぼくたちにも質問してきたが、解答が統一されているから寮長と同じことしか言えず、教員たちは面白くない表情をした。
情報を引き出すことを諦めがたそうにしている教員たちに、今日の海鮮はムスタッチャ諸島諸国でもお祭りの時にしか食べられない大御馳走だ、と告げると炉端焼きにも興味を示した。
補給部隊としてしか使えないのか……という言葉を残して炉端焼きの列に並んだ。
戦線拡大に使用してほしくないな、と思いつつも飛竜の魔術具の扱いはガンガイル王家の決めることだ。
ハルトおじさんが目を光らせているうちは悪いようにはしないだろう。
飛竜の魔術具は商会の人たちに任せて、ぼくたちも七輪の方に行った。
スライムたちがトングで焼肉を焼く様子は魔獣カード倶楽部らしくて微笑ましかった。
初級魔法学校生たちは早々にお腹いっぱいになったようで、魔獣カードの競技台を用意したテーブルに集まり出していた。
そんな中、積み荷を全て下ろした飛竜の魔術具が爆風を起こし緑の一族の村に向かうため飛翔すると、ぼくたちは焼き台に素早く風よけの結界を張った。
飛竜の魔術具が羽をばたつかせてゆっくりと上昇すると会場内はどよめきが起こった。
キュアの高さまで上昇すると飛竜の魔術具は緑の一族の里の方角を誤魔化すために垂直に急上昇して見えなくなった。
飛竜は凄い!カッコいい!生徒たちの無邪気な声を聞いた商会の代表者が、超レアカードの飛竜の魔獣カードを競技台の上に出した。
全ての属性の魔法を使いこなす飛竜のカードは帝国魔法学校魔獣カード倶楽部のルールでは使用禁止のカードだが、生徒たちは初めて見る大技に大興奮だった。
「一枚でどんな勝負も覆してしまうから、強すぎるカードは平等なゲームにならないということで使用禁止なんだよ」
商会の代表者がそう言って飛竜のカードをしまうと生徒たちも納得した。
ガンガイル王国の寮生たちは王都の魔法学校で開催された魔獣カード大会で不死鳥のカードを出して圧勝したお姫様の逸話を披露して禁じ手が増えた理由を説明した。
強いカードは憧れるけれど基礎デッキだけでいかに相手を出し抜くか、という頭脳戦も醍醐味だ、と聞いて目を輝かせた。
初級魔法学校の魔獣カードの基礎デッキの雑魚カードの中にレアカードがあることを教えないのは意地悪じゃなく、自分たちで見つける楽しさを味わってもらうためだ。
この中の誰が最初に見つけるのか、見つけたときの興奮を考えるだけでぼくも楽しくなる。
初級魔法学校にガンガイル王国寮生がいないのでスライムたちを始めて見る生徒たちは、何でもできるスライムがカッコいいと思っているだろうけれど、魔獣カードのスライムは雑魚中の雑魚カードでスライムたち自身も使用しない。
スライム好きな母さんが何も仕込んでいないはずがない、という発想は家族しかしないから、激レアカードの存在に気付くとしたら、太陽柱の情報を知ることができるデイジーと兄貴を除くと、ジェイ叔父さんだけかもしれない。
そんなことを考えながら、ロブスター狙いで炉端焼きの列に並んでいると、飛行魔法学のノア先生がぼくとウィルの背後から、いやあ、凄かったね、と声を掛けた。
「ふわりと上がるのに風はすさまじいし、その後の急上昇の速度といったら!もう大興奮だよ!!」
ぼくたちの肩をバンバン叩いて、魔法の絨毯であの速度で上昇できるのか、と魔法の絨毯にすり替えて質問した。
「美味しいものを食べている時に胃の中のものが上がってくるような質問をしないでください」
魔法の絨毯のアクロバティックな飛行訓練を経験したことのあるウィルが、ぐっと眉間に皺を寄せてしみじみと嫌そうに言った。
「ノア先生は空を飛んだことがないのですか?」
急上昇の危険性を理解していなさそうなノア先生に質問しかえすと、ハハハハハっと高笑いした。
「魔術具を使わずに自分の身長の三倍くらいの高さまでは飛べる!一応これでも飛行高度と飛行時間では世界一の記録を保持している」
自慢げにノア先生が腕を組んで言うと、キュアがぼくたちの顔の高さまで降りてきた。
「人間としては最高度、最長時間飛行ということだよ」
ノア先生が言いなおすと、ぼくとウィルは顔を見合わせた。
「身長の三倍の高さを飛ぶ人物を知っているような表情だね」
ぼくとウィルとキュアが顔を見合わせて頷いた。
「ま、魔術具を使用しないんだぞ!」
ぼくたちは即座に頷いた。
「まあ、そんなに興奮することではありませんわ」
だんだん声が大きくなっていたノア先生に、割烹着を着たオーレンハイム卿夫人がロブスターを取り分けながら声を掛けた。
「ガンガイル王国にクラーケンが出現した時に、緑の一族の族長が海の上を飛行して南洋の方向にクラーケンを導いた話はガンガイル王国では有名ですわよ」
近くにいたガンガイル王国寮生たちが夫人の話に頷いた。
「まあ、緑の一族は精霊たちに愛されている一族ですから、通常の魔法とは違うのでしょう。そういった意味ではノア先生が記録をお持ちなのかもしれませんな」
オーレンハイム卿が落としどころを見つけると、寄宿舎生の一人が、あのう、と小声で話しかけた。
「教会総本山の大司祭は教会内を飛びながら儀式を取り仕切る、と聞いたことがあります。見たことがないので本当かと言われても答えようがないのですか……」
語尾を濁して話す寄宿舎生にオーレンハイム卿が、よく言った、と声を掛けて頷いた。
「大司祭は魔導師として最高峰の方だから、魔術師のノア先生とは違う魔法をお使いなんだよ」
オーレンハイム卿は魔術師としての記録なら最高値かもしれない、とひとまずノア先生の面目を保った。
「思いのほか飛ぶ人間がいるようだ……」
「古代魔法では人類も飛んでいたようですからね」
ウィルは神話を持ち出してしまった。
ノア先生はロブスターを受け取りながら、古代魔法は持ち出さないでよ、とぼやいた。
 




