グレイ先生と魔術具談義
マリアとデイジーの設定を間違えていたため一部内容を修正しました。
物語の大筋に変更はありません。
「ガンガイル王国の橋梁の技術については口外法度だったはずなんですが、先生がご存じなのはどうしてでしょう?」
辺境伯領の貴重な鉱山の採掘方法にかかわるため橋梁技術については非公開になっていたはずなのに、グレイ先生からガンガイル王国の橋梁魔法という言葉が出てきたので、先生の知識がどこまであるのか探らなければ話にならない。
「ああ、具体的なことは何もわかっていないのだけれど、広域魔法を行使して秘密裏に橋脚させる技術があるに違いない、という噂がまことしやかに囁かれていたんだ。それが明白になったのは数年前、ガンガイル王国の辺境伯領と呼ばれる北の果てに外国から転移魔法を使用して技術を盗みに来た輩がいたことを国王陛下のお言葉として諸外国に発表されたんだねぇ。いくつかの国の諜報員の入国が確認されているが、諜報員は盗賊まがいのことをするのか、と正式に遺憾の意を表明したから、最新の橋梁技術があることが推測されて、帝国でも広域魔法を魔術具で実現しようという流れになったんだよねぇ」
国王陛下があの事件に対せて声明文を出していたのか!
“……辺境伯領主エドモンドとラインハルトの強硬な圧力で、ガンガイル王家はあの事件に対して転移魔法のような高度な魔力を行使して国境を越えて強盗をする魔法使いがいる、と警告を出し、国家として強盗を擁護する国があることに遺憾の意を表明した。その際に被害が橋梁のために用意していたくず魔石三千個盗難という表記があった。グレイはそこから帝都の魔法学校で魔術具制作の鬼才として名を馳せたジュエルの帰国時期と照らし合わせて名前を出したのだろう”
魔本が王家の対応を教えてくれたが、明文化されていない噂については推測で語った。
「フフフ。ガンガイル王国の鬼才の上級魔術師はジュエルさんだけなのですかね」
ウィルが他にも逸材がいるかもしれないと含みを持たせると、グレイ先生は首を横に振った。
「ジュエルさんはくず魔石の研究を帝国魔法学校在学時からしていたんだ。形になる前に帰国してしまったけれど、アレを完成させていたら凄いことになる、と教員たちの間で語り草になっていたんだよねぇ。強盗で現場の全員が殺傷されたことは気の毒に思ったけれど、くず魔石三千個と聞けば、ジュエルさんが帰国後に活躍されていることを確信していたんだよねぇ。当日ジュエルさんが現場にいなかったとジェイさんに聞いてほっとしたよ」
広域魔法ではなく吊橋自体が魔術具だということをグレイ先生は知らないようだ。
ぼくが関係者だということは黙っていた方が良いだろう。
「グレイ先生が推測で語るようにぼくも推測で語りますが、この話はとても扱いが難しいうえに特定の人物の心をすり減らす話題です」
ぼくが養子になった時期と父さんが関わったかもしれない現場の惨状から、ぼくが引き取られた経緯を推測したらしいウィルがぼくを気遣う発言をした。
ぼくが口を閉じていたことでウィルを心配させてしまったようだ。
事件が公になっているのなら、隠しておかなくてもいいだろう。
ウィルに微笑みかけるとぼくは口を開いた。
「うん。配慮してくれてありがとう。その現場の唯一の生き残りとして言わせてもらえば、犯人が良質な鋼鉄が欲しかったのか、最新技術が欲しかったのか関係ないですね。両親を亡くした悲しみについては言わずもがな、あの時現場にいた青年たちにも家族がいたんです。……気さくないい人たちでした。ナイフで木を加工してぼくに玩具を作ってくれた人もいました。みんな真面目に仕事をしていただけだったんですよ。助かったぼくがいい家庭に引き取られて幸せに暮らしているからもういいんだ、とは言えないです。天界の門を潜ってしまったみんなにもそれぞれの幸せな未来が続いていくはずだったんです。だから、この話はあまりしてほしくないです」
自身の妖精から真実を聞いているデイジーは別に動揺することはなかったのに、養子だとしか聞いていなかったマリアが喉をヒィっと鳴らし涙ぐんで口元を隠した様子を真似してしおらしくしている。
グレイ先生とアーロンは顔面蒼白になって言葉を失った。
「王家が声明を出してくれていたのは今知ったけれど、一地方の強盗事件と決めつけてしまわずに入念な現場検証から正解に近いことを導き出していてくれたんだと思うと、犠牲者たちの無念を無碍にしないでいてくれたんだと感慨深く思いますよ。成長して魔法学を学んだからわかったことがあるとしたら、あんな魔法を使える人物がこの世に存在しているのか、という畏怖が増しただけです」
ぼくが単数で語ったことにグレイ先生がごくりと生唾を飲んだ。
「……事件の詳細を覚えているのかい?」
「当時三歳ですからね。……曖昧ですよ。ずっと考えないようにしている、といったところです」
「そうだよねぇ。心無い発言だった。すまなかったね。ご両親や関係者に哀悼の意を捧げます」
グレイ先生がぼくに頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます。犯人は現在も逃亡中で、最新技術が諜報員の狙いなのでしたら、先生方も他人ごとではないのです」
頭を上げたグレイ先生がハッとしたようにぼくを見た。
「国のご家族も気を使って生活されていたのかい?」
「父が心配性なので、家族が外出する時には護衛がいました。魔法学校に入学してからはぼくも騎士コースを受講しましたよ。留学のメンバーも騎士コース受講者に囲まれていましたし、料理人は元騎士でした。すっかり過保護に育ってしまいましたね」
父さんが護衛をつけていたのは誘拐事件があったからだが、いっしょくたに語っても問題ないだろう。
「強くなる必要があったから鍛えられたのですね。ガンガイル王国の留学生たちは強いのですよ。お蔭で美味しいもののお相伴にあずかれましたわ」
マリアがしんみりした空気を換えるように、旅の途中にぼくたちが振舞ったバイソンのお肉の話をすると、デイジーがゴクンと喉を鳴らした。
「それは凄い!バイソンは皇帝陛下が狩りをなさる魔獣だから一般人は害獣駆逐の際一頭だけ捕獲することを許されている貴重な魔獣だよ。帝都でも皇帝陛下の晩餐会でしか提供されない肉だ。ああ、魔獣学を専攻していたら常識だったね」
「冒険者登録をしたときに禁猟魔獣の説明は受けました」
冒険者登録、という言葉にアーロンとグレイ先生が顎を引いてぼくとウィルと兄貴を見たが、兄貴は首を横に振って自分は登録していないと言った。
「お恥ずかしながら私、デイジー姫に誘っていただけたので軍事課程の基礎体力訓練課程を受講することにしましたの。私の冒険者登録は最低ランクの可なのです。早くガンガイル王国の留学生の皆さんのように優に昇格できるように頑張らなくてはなりませんの!」
マリアの爆弾発言に、お姫様が冒険者!と、グレイ先生は顎を引いて驚いた。
「それで競技会に参加することをきめられたのですか!広域魔法魔術具講座ではその話でもちきりでしたよ!」
グレイ先生は再び鼻息を荒くして、マリアとデイジーに熱視線を送った。
「フフフフ。私たちは勝つことを目標にしたチームではありませんわ。いかに生きのこるかを競うのです。団体戦ですが、チームの中では個人戦として戦います!」
グレイ先生が期待するような体格差を魔術具で補う作戦ではなく、純粋に魔力量に物を言わせて防御で耐え抜く作戦のようだ。
デイジーが可愛らしい声で、笑いながら悪魔のような言葉を発した。
「優勝候補の足を引っ張り、ブックメーカーを混乱の渦に落とし込んでやるのです!」
グレイ先生が頭を抱えた。
「それはいやらしい戦い方だ。こんな可愛らしい姫たちに攻撃魔法を出すのも鬼畜の所業に見えるのに、一国のお姫様の魔力量なら攻撃にも相当な魔力量を使わないと退場させることができない!そんなことに魔力を使うくらいなら、別のチームを撃退するために魔力を使った方が良いじゃないか!!」
「それって、もしかしてお姫様チームが予選突破しかねないということですか?」
アーロンの質問にグレイ先生が声を震わせて頷いた。
「予選一位通過は無理でも二位三位狙えそうだよ」
「カテリーナ妃以外で今まで女性が競技会で活躍したことはないのですか?」
ウィルの質問にアーロンとグレイ先生が当たり前のことを聞くなというような表情になった。
「ああ、ガンガイル王国には女性騎士もいるんだったね。帝国軍には憲兵にも女性兵がいない。職業婦人自体が王宮の職員か領地経営に携わる女性領主くらいしかいないから、競技会に参加しようとする女子生徒はまずいないんだよねぇ」
貴族女性の職業は宮廷や貴族の屋敷の侍女や家庭教師がほとんどで、領地経営をする場合も後継の直系男児が幼い場合の繋ぎとしての地位でしかないのだった。
「ガンガイル王国は常に人手不足なので、多くの貴族女性が職業をもっています。とはいっても高位の貴族の女性はそうでもないですね」
母上は職業婦人ではないけれど、領地の産業に深くかかわっている、とウィルがぼくの説明を補足すると、マリアまで驚いた。
「領地の結界に魔力を奉納することが上位貴族の大いなる責任ですが、魔力豊富な上位貴族は錬金術で難しい素材の精製を成功させることができますから、馬鹿みたいな魔力量で試作品を作りそれを改良して一般商品化させることができるので、上位貴族女性の魔力も貴重ですよ」
うちは四人も子どもがいるから出産予定のない母上の魔力も研究に使う、とウィルが言うと、グレイ先生が高位貴族の魔力が使い放題!と羨望の眼差しをウィルに向けた。
「本業は魔力奉納なので、実際は使い放題じゃありませんよ」
ウィルの苦笑にグレイ先生が、そうだよねぇ、と言いつつも羨望の眼差しを止めなかった。
「すごいなぁ。旧王族なら、転移魔法の魔術具とかもあるんだよねぇ」
「ガンガイル王国では旧王家の存在が認められているので、実家に転移の魔術具はあるけれど使用記録を王家に提出することが義務づけられているし、国外に転移する時は王家を窓口して転移先の国に先に手続きをしなくてはならないので、ぼくは使用したことがありません」
転移の魔術具を使用しないでぼくを追いかけ続けた実績を思い出して、ぼくはフフっと声が出た。
「ウィルの行動力なら、転移魔法の魔術具を使用する必要がないですわね」
辺境伯領や飛竜の里まで馬を走らせたウィルの行動を自身の妖精に聞いたであろうデイジーもフフフと笑った。
「大量の魔力を使用する転移魔法の魔術具より、実際に移動した方が幼いぼくたちには鍛錬になるし、旅で学ぶことも多いですからね」
「魔法の絨毯で旅をしないのかい?」
「試験飛行を兼ねて王都から実家に帰ったりするのに使いましたが、飛竜騎士の護衛をつけてもらったので日常使い出来るものではなかったですよ。帝都でも憲兵隊の許可が下りたから登校時に使用できるけれど、無許可飛行して地上から現行犯を咎められて火炎砲でも喰らったら丸焦げですよ」
実際はキュアの防御があるから多分大丈夫だけど、欠点を強調してグレイ先生に答えた。
「そうか、上級生からの圧力から守ってやる約束はしたが、どこかの講座と共同研究する流れは止められなさそうなんだよねぇ。魔法の絨毯を応用するだけでいいから、飛行魔法学でいいかな、と考えていたんだけど、結局は防御力の問題になるのか」
「飛行すると気流の問題もあるので、一番先に考えることは安全に着陸できるかということです。ぼくたちが通学で気軽に飛べるのは魔法学校生の魔術具の試験飛行だから攻撃を受ける危険がなく、万が一故障して墜落するとしても、スライムたちが受け止められる人数だから安心して飛行できるのですよ」
ぼくのスライムがポケットから飛び出して肩の上で震えて存在をアピールした。
「そうか、ガンガイル王国寮生たちのほぼ全員がスライムを使役しているんだったねぇ」
私も欲しい、とグレイ先生が物欲しそうにぼくのスライムを見つめた。




