宵の口の報告会
「新一年生たちは名簿登録だけで出場未定としておいて、予選は上級生だけで突破するように頑張ってくれ!」
食堂で報告を受けた寮長の発破に、はい、と声を揃えた上級生の声が食堂内に響いた。
「新入生到着前に領内予選会が行なわれて、精鋭が選ばれているから、カイルたち新入生は本選の奥の手として温存させておく作戦なんだよ」
「ああ、使役魔獣の出場も可能だけど、今年度のルールでは飛竜の登録は認められないとのことだ」
幼体の飛竜一匹でキュアなら予選突破どころか優勝だってできるだろう。
「ああ、それともう一点、成人生徒の参加も不可だよ」
今年度のガンガイル王国留学生に的を絞ったルールができたようだ。
「まあ、当然な対応だろう」
不参加仲間としてチキンカツカレーのカツを一切れキュアにあげながらジェイ叔父さんが言った。
「諸君たちの日ごろの鍛錬を疑っているわけではないが、予選ではカイルの魔獣たちを保険として連れて行ってくれ」
寮長はみんなを鼓舞しながらも、万が一に備えて予防線を張った。
「活躍させる機会を与えないよう気を引き締めて臨みます」
ボリスの次兄のクリスが選手代表として言った。
ボリスの長兄のオシムさんは女子新入生の警護を終えるとガンガイル王国に帰国しており、寮の騎士コースの生徒をまとめているのが次兄のクリスさんだった。
みぃちゃんとシロが、当然だ、とばかりに頷いた。
兄貴とシロはたとえ登録したとしても活躍してはいけないメンバーだ。
「予選会と中間試験の日程が非常に近いので、参加者はなるべく試験を前倒しにできるように各自意識して受講するように」
事実上試験は前倒しで受けろ、という寮長の指令に、はい、という最上級生たちの野太い声が食堂にこだました。
昨年、予選を突破した選手たちはすでに今年度の作戦を立てているようで、ぼくたち新入生は単位の取得を優先し本選に備えろ、ということになった。
カツカレー定食を食べ終えてデザートのオレンジゼリーを手にしたクリスさんが、ぼくたちのテーブルにやって来た。
「勇ましいことを言ったけれど、去年と同じ手は通用しないのが競技会なんだよね。何か面白い魔術具ないかな?」
昨年の作戦を発展させた奇策はすぐに対策をたてられるから、作戦が失敗した時に立て直す時間稼ぎになる魔術具が欲しいとのことだった。
「一応、留学前から父と相談して作成した目潰し、耳潰し、鼻潰しに、全身の感覚がおかしくなる魔術具までいろいろあります。なかなか悪辣なので使用したら相手チームに恨まれそうな代物ですよ」
実験に立ち会ったウィルが苦笑すると、友人相手に試したんだ、とクリスさんの顔が引きつった。
「あれはスライムたちにも試したくない代物だね」
キャロお嬢様に拷問魔術具とか自白剤と言われた、擽りの魔術具も改良版がある。
「わかった。でも、苦肉の策として使わせてください」
昔と変わらぬ気真面目さでぼくたちに頭を下げたクリスさんに、いえいえこちらこそ実験として使用してください、とぼくたちが恐縮した。
ぼくとボリスとクリスさんが誘拐事件の後の辺境伯領騎士団での、事情聴取の後の食堂を思い出してフフフ、と笑うと、また幼少期のネタで笑っている、とウィルが嘆いた。
声変わりをしたクリスさんが寮の騎士コースの面々を統率する姿は、頼もしくもあり、たくましく成長したんだな、と感慨深くもあった。
みんな連れ立って大浴場で汗を流した後、ウィルとボリスはぼくたちの部屋についてきた。
「小さいオスカー殿下はお馬鹿ではなかったけれど、このくらい理解していればいい、というラインが低いんだ。第十二皇子は何事も十二番目でいい、というしみったれた考え方に染まりきっているんだよ」
兄貴がうんざりしたように言った。
「あれだけ張り切って勉強会に参加したいと申し出たのに?」
左眉を上げたウィルに、残念そうに兄貴は首を横に振った。
「殿下が少しできただけで取り巻きたちが過剰に褒めるのが駄目だし、兄上たちもここまではできなかった、とすぐに満足してしまう殿下にも問題がある。習熟度のレベルがガンガイル王国寮生たちから見たら低いんだよね。魔法学の必修科目は咄嗟の時でもすぐ描けるレベルまで魔法陣の精度を上げないと、高度な応用魔法の成功率が下がるのに、皇子として魔力量はそれなりにあるから、ごり押しで成功できちゃうんだ。そんなんだから成績は真ん中よりちょっと上止まりになるんだよ」
一日オスカー殿下のおもりをした兄貴の感想にウィルが、ああ、と頷いた。
「うちの二人の兄上がそんな感じだったね。使用人たちが過剰に褒めるから勘違いして育ったうえ、帝国留学で身の程を知ればいいのに上位貴族といってもしょせん田舎出身だから、と決め込んで成績上位者を目指さず、親の目が届かないと思い込んで好き勝手やっていたんだよな」
遠い目をするウィルと同じような表情になったジェイ叔父さんも口を開いた。
「十年前に同じような態度の高貴な人物がこの寮にいたよ」
名前を言わなくても誰だかわかる魔獣たちがベッドの上で大笑いした。
「そう言う駄目貴族の子弟が好きな精霊たちが一定数いるのは何でなんだろうね?」
ぼくのスライムが犬型のシロに質問すると、犬型では喋らないシロに代わって兄貴が言った。
「ダメダメ上位貴族の子弟が……ハロハロみたいに激変する可能性がないわけではないんだよね。魔力が多いし身分が高い分だけまともになった時の影響力が大きいせいで、一部の精霊たちにはその差が大きければ大きいほど面白がる傾向があるみたいだね」
シロが頷くと、ウィルが苦笑した。
「それじゃあ、ジョシュアたちが上級魔法学校に上がってきても、何かと小さいオスカー殿下が絡んでくることには変わりなさそうなんだね」
ボリスががっかりしたように言うと兄貴が困ったように首を傾げた。
「まだ、どうなるかわからないからあの殿下は不気味なんだよね。一ついいところを上げるとしたら、自身の母親の派閥が弱いせいか、従兄弟に寄宿舎生がいるせいか、相手の身分人柄を判断するのではなく、個人の能力を素直に評価するんだ。中級魔法学校では本当に数少ない平民のぼくが自分の側近よりいい成績を出すことを喜んでいるんだよ。それなら自分が兄たちの成績を上回るよう努力して自身を磨いてもいいはずなのに、その矛盾に気が付かないんだ」
「離宮に帰れば努力しない殿下が評価されるのかもしれないね。少しでも秀でたところがあると噂になれば毒殺される危険があるなら、成人して離宮を出るまでのらりくらりしていてほしいという思惑が母君にはあるのかもしれないね」
魔法学校で秀でてしまったがために毒殺されかけて十年も引き籠っていた息子を心配して帝都まで来た母を持つジェイ叔父さんの言葉は説得力があった。
「小さいオスカー殿下の変化を期待して精霊たちが殿下を唆しているんだったら、ある程度は精霊たちの期待通りに殿下を炊きつけてみるのもいいかもね」
ぼくの発言にこの話の流れからどうしてそうなる?と魔獣たちを含めた全員に怪訝な顔をされた。
「あまたいる皇太子候補の害にならないように活躍すればいいんだから、魔獣カード倶楽部で適当な役職に就けてみたらいいんだよ。魔獣カード倶楽部での活躍だけを見れば、ただ遊んでいるだけだし、倶楽部の初期の部員たちは成績優秀者ばかりだから、その中で平均値の成績になれば、小さいオスカー殿下の成績が向上しても目立たない。というか、平均より少し上を目指す殿下の性質なら勉強を苦痛に感じることなく成績が上がりそうな気がするんだよね」
辺境伯寮生たちが王都や帝都で活躍できるほど成績が良くなったのは、好きなことを否定されずに伸び伸びと学習できる環境下で、それぞれが苦手な教科を教え合うのが当たり前にできていたからだ。
魔獣カード好きが集まる倶楽部で友人がたくさんできれば、身分で人を判断しないオスカー殿下なら素直に教えを乞えるはずだ、と力説するとみんな納得した。
「すごくいい案だけど……。デイジーは初級魔法学校の魔獣カード倶楽部の親睦会として焼肉か炉端焼きをやろうとしていたよね。そうなると殿下の参加は避けられないような気がするよ」
ウィルの発言に、焼肉!炉端焼き!と興奮したボリスは、小さいオスカー殿下が参加したっていいじゃないか、とあっけらかんと言った。
「殿下が参加したら、魔獣カード倶楽部は部員の親の身分を気にしないことが強調できていいじゃないか。まあ、高価な海鮮はただでさえ量が少ないのに、人数が増えれば一人当たりが食べられる量が減ってしまうのは残念だな」
ボリスは滅多に口にできない炉端焼きに心奪われてしまっているのが見え見えの口調だった。
ごめんね。一足先にたらふく食べてしまったよ。
ぼくとウィルが無言で顔を見合わせていると、目がないボリスのスライムにジト目で見られているような気がした。
わかったよ。
ボリスにもたらふくとは言えないけれど、海鮮が口にできるように仕入れを頑張るからね。
ボリスのスライムが納得したように頷いた。
昨年から実は大活躍しているボリスを労ってやろう。
「まだ、内密なんだけど海鮮を仕入れる新規ルートができそうだから、間に合えばいいものが食べられるかもしれないよ」
ウィルがムスタッチャ諸島諸国の情報を小出しにすると、ジェイ叔父さんが頷いて酒瓶を手に取った。
「ちょっと寮長の部屋に行くから、子どもたちは早く寝ろよ」
今日一日の出来事のまとめを寮長に報告するのだろう。
デイジー主催の親睦会に大きいオスカー殿下と小さいオスカー殿下が遭遇するのか、と考えたら、ちょっと楽しみになった。
ガンガイル王国の王族は個性的だから小さいオスカー殿下が影響を受けたら、帝国の宮殿に何かしらの風が吹くことになるのかもしれないじゃないか。




