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ハルトおじさんの暗躍

今回は少し残酷な描写があります。

 生徒会役員からの情報で初級、中級魔法学校にも魔獣カード倶楽部ができたとのことなので顔を出してみようかと考えたが、オスカー殿下がいそうな気がしたので、部室の手前で兄貴に精霊言語で尋ねると、いる、という短い返答だった。

 OBでもないのに初級魔法学校の校舎に入るは気後れしたのでそのまま寮に帰る気で歩いていると、木陰からデイジーがじっとぼくとウィルを見ていた。

 屈んで両手を広げてもいつものように駆け寄って来ない。

 まあ、いつも食べ物目当てでぶっ飛んで来るのだから、何も持っていない今は来ないのは当たり前……。

 “……ご主人様。デイジーの妖精が太陽柱でご主人様たちが囲炉裏焼きをしているのを見てデイジーに告げ口をしたようです”

 “……蟹、海老、帆立、芋餅……。誘ってくれてもいいじゃないの!”

 今度、寮で炉端焼きをするときは皆誘うから勘弁してね、と精霊言語で伝えると、約束よ!と強く念を押された。

「もしかして、食べ損ねたから拗ねているの?」

 勘のいいウィルはジト目でこっちを見ているデイジーの様子で理解したようだ。

「いいもん。初級魔法学校で親睦会するから、焼肉でも炉端焼きでも何でもするもん!」

「初級魔法学校生たちで準備するのは大変だよ」

「どこかに売り飛ばされそうになった子たちや、ばあちゃんの家の子どもたちが魔法学校に馴染むためだもの、シン、ユン、ポーに頼んででもなんとかやるわ!」

 辛酸を嘗めて育ってきた子どもたちを出すことでぼくたちの同情を買おうとするデイジーの言葉に、ウィルが笑いながら手伝うよと声を掛けた。

「本当?約束よ!」

 木陰から姿を現したデイジーが一目散にウィルに飛びつきそのまま宙に放り投げられると、後方伸身二回半捻りをきめてウィルの腕の中に納まった。

「やってみたかったんだよね。付き合ってくれてありがとう。手伝いはするよ。初級魔法学校の生徒たち状況を知りたかったから、いい機会になる」

 デイジーのしてやったりといった笑顔が七歳児とは思えない妖艶な笑みだったので、ウィルはデイジーの肩をポンポンと叩きながら声を出さずに笑いながらデイジーの耳元で囁いた。

「東の魔女アネモネの大人の色香を、可愛らしいデイジーの容姿で人前に晒すと、人生を狂わせる男の子が現れかねないよ」

 誰よりも長生きしているはずのデイジーの首から上が真っ赤になった。

 “……殺し文句級の誉め言葉を美少年が美幼女に言った!”

 “……言われた本人じゃないのにこっちがこっぱずかしいわ”

 ぼくとみぃちゃんのスライムたちがポケットの中で共感性羞恥心に見悶えている様に、みぃちゃんとキュアがポーチと鞄の中で声を殺して大爆笑している。

 “……ご主人様。この路線で行くとオスカー殿下が介入して来ます”

 アーロンとの約束を果たすために誘うと、オスカー殿下もしゃしゃり出てくるのか。

 アーロンを誘うかどうかはひとまず保留にして、初級魔法学校の魔獣カード倶楽部の親睦会を、所属は中級魔法学校のぼくたちがサポートする約束をして、寮に帰った。


 ぼくたちが帰寮しても中級魔法学校に履修科目を残していた兄貴やケニーたちはまだ帰っていなかった。

 シロ曰く、魔獣カードにドはまりしたオスカー殿下が帰宅してもカードがないため、部室で目一杯遊んでいるからなかなか帰れないらしい。

 上級魔法学校でも生徒会役員が同じような状態になっていたけれど、ぼくとウィルは接待遊戯をボリスたちに押し付けてきたのだ。

 初級、中級魔法学校の部室に寄らずに帰って良かったな、とぼくとウィルが顔を見合わせていると、寮長が談話室ではなく寮長の私室にぼくたちを連れこんだ。


「どういった手段でラインハルト殿下と連絡を取ったのかは、私は知らない方が良いのだろう……」

 寮長は深くため息をついた後、出張していたハルトおじさんが西の砦を護る王国で、アーロンを通じた帝国内の情報の交換と帝都に向けた海産物の取引について話をまとめた報告をぼくたちにした。

「「話が早すぎて、どうしてこうなったかがわかりません」」

 ぼくとウィルが口を揃えて言うと、寮長が頭を掻きむしった。

「わからないのはお前たちの連絡手段だよ!ラインハルト殿下が内密に西方の視察に出かけている最中、何らかの手段で帝都留学中のアーロン君の惨状を知り、ムスタッチャ諸島諸国最大の王国の国王に奏上し、支援を取り付け、超特急の鳩の魔術具をガンガイル王国の王宮に飛ばして、王家の転移魔法で手紙が寮まで届いたんだ」

 偶々(たまたま)ハルトおじさんが西方視察に行った時に、今友だちにならなければ機会がなくなる、という焦燥感にかられたアーロンがぼくたちに接触するなんて、こんな偶々がそうあるわけがなく、明らかに精霊たちが干渉しているのだろう。

 寮長が見せてくれた手紙には海産物の加工技術を提供し十年単位の取引を確約し、この商談のきっかけになったアーロンへの報酬を明記した書類の作成をしているとのことだった。

 最終的には調整が入るけれど、概ねこの内容で契約することになるから、アーロンに伝えてくれ、というものだった。

 アーロンが誰かも知らずに混乱している寮長に今日の出来事を報告すると、最終的に受講できたのはよかった、と言ってから天井を仰ぎ見た。

「入学式翌日に西の砦の護りの一族の末裔と友人になり、ムスタッチャ諸島諸国のガンガイル王国への干渉を聞き出し、東の砦を護る一族の守護者の一人である東の魔女が主催する炉端焼き親睦会の協力を申し出たということか!」

「寮長だって、自分が助けた子どもたちの魔法学校での生活が気になるでしょう?」

 ウィルの言葉に寮長は素直に頷いた。

「ああ、怒っているわけではない。初級魔法学校の様子はうちの寮生たちに在校生がいないから交流があるのはいいことだ」

 差し入れを持参したら魔法学校に入れるかな、と画策する寮長は自分も参加する気満々だ。

「魔法学校に入学して早々に東西の砦を護る一族の関係者と友好関係を保てそうになったのはいいことですが、こうなると南の砦を護る一族と接触したいですよね」

「もう三十年以上帝国と南方周辺国が戦争をしている状態では、留学生が来ているとは考えられない。南方と取引している商会が接触を試みているけれど、徹底的に鎖国している状態で内情がさっぱり漏れてこないんだ」

 戦火にさらされなければ一年中食べ物が実ると言われている南方諸島では、強い結界で封鎖してしまっても自給自足できてしまうから、周辺諸国が戦火にさらされるほど、結界を強化して殻に籠もるように一切の外交を断ってしまったらしい。

「周辺諸国の土地を荒らして孤立させることで結界の魔力の使用量を増加させ、南の砦を護る一族の魔力枯渇を狙っているのでしょうか?」

「その前に魔獣暴走が起こるでしょうね」

 ぼくは南の砦が世界の理から切り離された土地に囲まれることを危惧したが、王都で育ったウィルは魔獣暴走の危険性を指摘した。

 寮長は首を捻りながら唸った。

「魔獣暴走を狙えばその手段は有効だが、勝利して手に入れる土地は死霊系魔獣の巣窟になるか、一面の焦土になるかの二択だぞ」

 王都の魔獣暴走では討伐した魔獣や被害に遭った住人たちの安否を確認することなく、被災地一帯を火炎魔法で焼却し、死霊系魔獣の大量発生を防いだらしい。

 つまり、魔獣に襲われた区画にいた市民は漏れなく死亡したのだ。

 魔法学校にいた母さんとジャニス叔母さんや商業ギルドにいたお婆が助かり、それ以外の家族はみんな燃えてしまい、遺骨の収集もできず、魔術具の市民カードだけが残り死亡確認をしたらしい。

「南の海域にいるクラーケンが南洋の魔力が薄くなったからといって南の砦を護る国の結界を無視して、ガンガイル王国まで北上してきたということは、いくらガンガイル王国が豊かになっていたとはいえおかしな話ですよね」

 眉間に皺を寄せたウィルが周辺海域の魔力むらがあれば近場を襲うはずだと指摘した。

「あの時のクラーケンは港町の結界に体当たりしながら、イレテクレって、駄々っ子みたいに大暴れしていたんです。住み慣れた南方に魔力の多い港があればそっちを襲来しますよね」

 ぼくがクラーケンの暴れっぷりを思い出して話すと、ウィルもあれは凄まじい駄々っ子だった、と頷いた。

「なんでクラーケンの心情を言語化できるんだ!?」

「事態の収拾をつけたのが緑の一族の族長で、本人から詳しく話を聞ける機会があったんですよ」

 緑の一族か、と寮長が納得すると、ウィルが視線を左斜め上にあげて首を傾げた。

「アーロンはムスタッチャ諸島諸国の中でも小さな島国の王族の末裔で、王子様というよりは族長の息子みたいな育ち方をしていたのにもかかわらず、カイルが緑の一族の末裔だと聞くなり男装を疑うほど緑の一族に詳しかったのですが、戦火の火種をガンガイル王国に擦り付けて古からの護りの結界を維持していたなら、土地の魔力が薄くなることなんてないだろうから、緑の一族にかかわった歴史がないはずです。詳細な伝承が残っているとは思えないのですよ」

 そう言えば、アーロンは亜空間に転移した際、真っ先にぼくとウィルを精霊使いかと疑ってかかっていた。

「……もしかしたら、ムスタッチャ諸島諸国には精霊使いの生きのこりがいるのかもしれませんね」

「それは……」

 ぼくの言葉に寮長は掌を口にパンっとあてて言いかけた言葉を飲み込んだ。

「かつてのガンガイル王が精霊使いだったことは知っていますよ。不老不死の精霊使いだったのにもかかわらず、曾孫が成人するくらいまで育つほど長生きしたら、精霊との契約を解いて天界の門を潜るんですよね」

「ガンガイル王国王族の伝承を知っているのか。まあ、緑の一族の末裔だし、精霊たちをバンバン出現させているし、知っていて当然か」

 寮長は緑の一族、といえば何でも納得できるようだ。

「かつてのラウンドール王国には精霊使いはいませんでしたが、近い方がいて伝承が残っています」

 伝承じゃなく、死に底なったクレメント氏のことだろうが、彼は生きる伝承ということでいいだろう。

「そうか、ムスタッチャ諸島諸国の精霊の伝承を聞き出す態で、ラインハルト様に探りを入れてもらうよう連絡を取ろう。今すぐ伝えられる手段があるんだろう?」

 通信手段を訊かず、早急にハルトおじさんにぼくたちの考察を報告しろ、と寮長がせかしたが、ハルトおじさんのスライムの欠片を持っているボリスを魔法学校に置いてきてしまったのだ。

「あー、条件が揃わないと使えない連絡手段なので、今日中に知らせるということでいいでしょうか?」

 ぼくと顔を見合わせて、ばつが悪そうに言葉を濁したウィルに、条件?と寮長が首を傾げた。

「まあ、いい。魔術具の鳩は検閲を受けるから精霊使いについては記載できない。なるべく早めに条件を整えて連絡してくれ」

「「はい!」」

 元気よく返事をしたぼくたちは寮長の私室から退出した。


 食堂に向かうと兄貴やボリスたちが帰ってきていた。

 ぼくのスライムがハルトおじさんのスライムに詳細を伝えたので、寮長のお使いはすぐに済ませることができた。

 たらふく豪華なおやつを食べたぼくとウィルは夕食にかけ蕎麦の小を選ぶと、太陽柱で事情を知っている兄貴がクスッと笑った。

 ボリスは上級魔法学校の生徒会役員の接待を押し付けられた愚痴を語っていたが、ぼくたちが小食なのを見ると、受講不可から一転して受講許可が下りた心労を労ってくれた。

 ……みんなに内緒で美味しいものを食べていただけだなんてとても言えない。

 そんなぼくたちを寮のみんながあまり気にかけなかったのは、魔法学校の閉門直前に発表された今年度の競技会の概要が話題をさらっていたからだ。

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