閑話#7
騎士団では最近スライムを使役することがはやっている。
とはいっても使役までいかず、飼っている程度のやつらがほとんどだ。騎士団員で魔獣使役師の資格を保有しているものは非常に稀だからだ。
魔獣の討伐の際、同族の魔獣を使役するのはご法度だ。いつどの魔獣を討伐するのかわからないのに、お前は今回使えない、となるのを厭うのだ。それに使役魔獣に魔力を譲渡するより、自らの強化に使った方が効率がいいと考えがちだからだ。
魔獣使役師は冒険者になるか、僻地の農家が開拓に利用するくらいのものだ。
そもそもスライム自体が汚物処理に利用する低級魔獣というのが常識だ。
この常識に変化が起こったのは、城のトイレがすべて改修されて、城の職員全員が最新鋭の便器に馬鹿みたいにほれ込み購入が抽選になったころからだった。
城の改修がすべて終わったことで、スライムが状況によって個人の魔力に染まりきってしまうという情報が各師団長の間で共有された。
その時点では、俺と第一師団長だけがスライムを使役していた。何故スライムなんて好き好んで使役するのかという視線にさらされたが、ジュエルのスライムを知っている俺は少しも気にしなかった。
ジュエルは騎士団用に魔獣カードを改良した。競技台には樹木や山の模型を配置して地形を変化させることができた。それによって、討伐予定の地形を完全に再現する事が出来た。
魔獣カードを使用して魔獣討伐の模擬演習をしたときには第三師団員のスライムへの偏見がすっかり霧散していた。
スライムは変幻自在に姿かたちを変えられる。
俺の使役するスライムが討伐の際起こりうる魔獣の進化を決め技のエフェクトを込みで再現させて見せたのが、衝撃的だったのだ。
俺のスライムは、ジェニエさんの新薬の治験になっているから、成長が著しい。
できるようになったことが増えたら、必ずしっかりと褒めること、ご褒美として魔力を譲渡すること等、飼育の規則は細かいが、最近はスライムの仕草で感情がわかるような気がしてきた。
俺のスライムはかなり優秀だ。ドアを開ける、靴紐を結ぶくらいはお手の物で、遠征の際には衛生兵そっちのけで、怪我人に回復薬を配る気遣いまでできたのだ。
そんな姿を見せつけられた団員たちはすっかりスライムに夢中になった。
己のスライムを飼育し、より賢くさせることに心血を注ぎ、魔獣カードで戦わせた。
こうして騎士団員ほぼ全員がスライムを飼育するようになったのだ。
だが、城の文官たちにはまだ浸透しておらず、こうして肩の上にスライムを乗せていると、奇異な視線が向けられる。
俺のスライムはここに乗るのを好んでいるので、人々の視線が冷たくてもやめる気はない。こいつは俺の相棒だ。
だいたい城の警備は第一師団の管轄なのに、平時に自分が登城している時点でおかしいのだ。今日は例の緑の一族の族長が拝謁する件で呼ばれたに過ぎない。
どうせ来るのなら騎士団の詰所でもいいような気がするが、“高度な政治的判断”とやらで、城での謁見の護衛として指名された。
「今日は急遽呼び出してすまなかった。第一師団長の急用で交代してもらったのだ。よろしく頼むぞ」
打ち合わせの段階で領主様が居るのに驚いた。
領主様は気さくな方で第三師団が荒くれものだらけで、多少作法が疎かになる事があってもお気になさらないが、家臣たちはみながそうではない。
「当日は謁見の間ではなく、庭園の四阿で拝謁願うこととなった」
ラインハルト様の言葉に綿密にたてた警備計画が無駄になったことを知る。
ったく、やってらんないな。
陛下の前で顔色を変えずにがっかりする。
「警備については問題ない。余の後ろに立っておればよい。精霊神の祠の参拝後の謁見ゆえ、精霊のご加護があるとのことで、警備は頭数さえそろっていればいいのだ」
えっ!なんだ、そのゆるゆるな警備計画は!!
騎士団の仕事をなめとんのか?
「適当に見えるだろうが、先方さんからの指定なんだ」
打ち合わせの参加者全員に衝撃がはしる。
“緑の一族”との謁見であることは上層部のごく一部しか知らない。相手は普通の平民だと勘違いしているものもいる中で、先方が謁見場所を指定してきたのだ。
「あんまり詳しくは言えないが、これは『国王陛下』もご存じの拝謁なんだ」
ややこしい言い方になるのは、国が絡むとこうなる。
城内ではうちの領は『完全無欠の独立自治領』となっているが、正式にはある程度の自治が認められた、一辺境伯領なだけなのだ。
領内では領主様が陛下なのだ。だから国が絡むと名称が混乱する。
それはともかく、国王陛下のご理解があるという事実は、全ての不審を国に丸投げにすることができるということだ。
「了解致しました。では、四阿での各騎士の立ち位置等の打ち合わせをさせていただきます」
俺は場の空気がどんなに剣呑でも、気にせず予定を進めることにした。
「いやぁ。今日は助かったよ。面倒ごとを起こしそうなやつらに、口をはさむ隙間なく進行してくれて」
存在自体が一番面倒な人物であるラインハルト殿下がすり寄ってきた。
この人物、役職は王都から派遣されたお目付け役なのだが、領主エドモンド陛下の甥であり、国王陛下の甥でもあるのだ。エドモンド殿下も王位継承権をお持ちのお方だが、ラインハルト殿下の方がずっと王位継承順位が高い。とてつもなく偉いお方なのだ。
だが、本人は皆に気さくに接するようにと宣うのだ。
気さく、ねぇ。…………できるか!どこからその考えに至るんだよ!
こんな具合におそろしく神経を擦り減らされる。
「しかし、ジュエル一家も拝謁することになったとは驚きです」
「先方がね、何度も同じ説明するくらいなら全員一堂に会する方がいいとおっしゃるものだがら」
「それは確かに後ですり合わせもしなくて済むので、こちらにとっても合理的な判断です」
ジュエルは嫌がるだろうな。
「でも、事後の認識確認はするんだろう」
「おそらく後日になります。ジュエルが人となりを判断して問題なければ自宅に招待すると言っていましたから」
「うわ。なんだか楽しそうなことが起きそうだね」
「よそ様の家庭の事情に首を突っ込むのはどうかと…」
丁寧に具申している場合ではない。ここはきつい口調になってしまったが、なんとしてもジュエル家に突撃させるわけにはいかないのだ。
明日は“炭火焼肉”が待っているのだ。
当日この面倒な仕事が終わればジュエルの家の庭で焼肉パーティーがあるのだ。
たとえ無礼講が許されても、殿下の参加は御免願いたい。
「そうだね。後で様子を教えてね」
俺は城での謁見が終われば、友人一家を送り届けることになっている。俺の参加は決定事項だ。
決して譲歩はしない。
イシマールから話だけ聞いている、七輪とやらを使った極上の焼肉が俺を待っている。
おまけ ~とある騎士たちの嘆き~
とある騎士A: 団長のスライムはおかしいだろ?
とある騎士B: ああ、おかしい。俺のスライムは魔獣カードなしには技一つ出せない。なのに、団長のスライムはコンビで技を決める上に進化するんだぞ!あり得ないだろ。
とある騎士A: 使役魔獣になるとできるようになるのか?有休全部使っても王都に資格取りに行くには、日程に無理がある。学生時代に取っておけばよかった。
とある騎士B: お前の学生時代に「将来スライムを使役することになるから、低級魔獣使役師の資格を取得しておけ」って言ったら取るか?
とある騎士A: ………ないなぁ。
とある騎士B: だよなぁ。




