噂が独り歩き
そこから口の軽くなったアーロンに島での暮らしを聞きながら、帝国留学に来た目的を探ることができた。
ムスタッチャ諸島諸国はガンガイル王国の港町にクラーケンが襲来した話を聞きつけ、南洋の海域の惨状に危機感を抱き、諸外国の情報収集を強化するため留学生を派遣することになったようだ。
本家に適齢期の王族がいなかったため、周辺諸国の親族を強制的に搔き集め、くじ引きだから恨みっこなしということで選らばれたのがアーロンだった。
くじ引きという方法がすでに精霊たちが介入しやすい状況だから、アーロンが選ばれたのは偶然ではないだろう。
「試験で不合格になるくらい手を抜けばよかったじゃないか」
「いや、だって、あの試験面白いんだもん」
解くたびに新しい問題がでてくるとついむきになってどこまでも解きたくなってしまうのは、ぼくも同じだったから、ウィルの突っ込みに答えたアーロンの答えにぼくも頷いた。
ウィルが天然の同類だ、と呟いたけれど、庶民派とはいえ傍系王族アーロンとの共通点がわからない。
“……ご主人様。精霊を幼少期に自力で目視した後、独学で飛び級する基礎学力を身につけたという点です”
アーロンは幼少期に海で溺れた際に精霊たちを目撃し、その美しさに見惚れて無駄に暴れることなく肺の空気を吐き出さなかったことで、海面に上昇して救助されたらしい。
死にそうになったのに前世の記憶を思い出すことはなかったようで、ぼくとは違う。
勉強や魔力指導は専任の家庭教師がついていたわけではなく、島民たちの話や海が時化るとすることがないのでひたすら読書をしては、興味の赴くままに魔獣のように自力で魔法を発動して両親に怒られた、というところは似てなくもない。
アーロンはぼくに似ているというより、野生児とカテリーナ妃の要素が複合的に混ざっている。
高貴な血筋と言ってしまえばそうなのだろうけど、離島育ちゆえの野放図な危うさがある。
そう言った不安定要素も精霊たちが好みそうな気がする。
「勘繰り過ぎなのかもしれないけれど、皇女殿下の側近から離れてもオスカー殿下が絡んでくるのは避けられない気がするんだ。アーロンはどうしてもぼくたちに話しかけて、友だちにならなくてはいけない焦燥感がしたように、オスカー殿下が皇女殿下の側近と取引しているだけのアーロンをかまいたくてしかないのは、嫉妬以外の感情があるかもしれないよ。……精霊たちは自分にとって都合の良い未来になるように、お気に入りを唆す性質があるから、本人が唆されていることを自覚するまで殿下のご執心は続きそうなんだよね」
ウィルの言葉にシロがそっぽを向き、アーロンが身震いした。
「でも、殿下は入学式まで精霊たちの姿を見たことがなかったんだよね。精霊たちに唆されるなんて考えにくいよ」
「ぼくは幼少期に精霊たちを目撃していないけれど、精霊たちに唆されたのでは、と疑うような行動をしたことがあるし、状況証拠が可能性を示唆している。だけどね、あの独特の焦燥感はまごうかたなく真実なんだ。あの時、無理をしてでもカイルの行動の動線に入り込んでしまわなければ、あっという間にカイルたちは初級魔法学校から消えてしまっていた。無理やりでも仲良くなって辺境伯領の標準を知らなければ、置いていかれただろうな」
ウィルの回想に、アーロンはウィルがストーカーまがいのことをしてぼくと友人になったことに気付き、頭を下げて友人になる行為が正解だったのか、と呟いた。
「そんなに凄い生徒たちが集団でいるガンガイル王国辺境伯領って……ガンガイル王国の総本家のお膝元じゃないか!精霊神誕生の地……。ちょっと待って、考えを整理したい。もしかしてガンガイル王国寮生たちのほとんどが辺境伯領出身で、東方連合国の稀代の才媛姫と懇意になっていて……もしかして帝国南部で発生した蝗害の終息にカイルたちも関与しているとか言わないよね」
ぼくとウィルが頷くと、西側諸国は出遅れているどころじゃないじゃないか、とアーロンが頭を掻きむしった。
「本国に報告していい範囲って、どこまで?」
亜空間での情報交換は友人との語らいのひと時としたかったアーロンが残念そうにスポンサーの存在を思い出したようだ。
「亜空間のこと以外なら全部語って問題はないけれど、情報の出し惜しみをした方が良いよ。生活費がない状態ではアルバイトのため課外活動ができないから、情報が集積されるお茶会にも倶楽部活動にも参加できない、とガンガイル王国経由で手紙を出せば数日で本国に届くよ。情報が欲しいならそれなりの経費に加えた報酬を支払うべきだ」
「中級魔法学校の入学式の詳細と初回講座のガイダンスの変化から、ガンガイル王国寮生との交流の必要性を訴えて、交際接待費を要求して、応じられないようならこれ以上の報告はない、としておけばいいよ」
ウィルとぼくがガンガイル王国を経由したら数日で本国に連絡が取れることを強調すると、返信が半年かかる、とアーロンが嘆いた。
「こういう時は地位のある大人を頼るから大丈夫だよ」
「疾風迅雷の王太子殿下の庇護を受けるのか!」
「「疾風迅雷の王太子殿下!?」」
なんだか格好いい二つ名が飛び出したが、ハロハロのことだろうか?
ぼくとウィルは首を傾げただけだったが、魔獣たちは囲炉裏の周りをゲラゲラと笑い転げた。
みぃちゃんとキュアは目尻に涙を浮かべている。
「ガンガイル王国王太子殿下は帝国南部の庶民たちの英雄で、飛蝗の北上を防ぐためとはいえ疾風の勢いで飛蝗を駆除し、枝分かれする雷のように強烈な食糧援助を行なった。支援された地域の人口と支援物資の量を広く公開したことで、支援物資の横流しを防いだ手腕は高く評価されているって、家庭教師のアルバイト先の豪商の家で噂になっていたよ」
輝く金髪をたなびかせて疾走する姿は吟遊詩人によって超絶美青年として歌われているらしい。
王太子なんだから鎧兜くらいガッツリ装着しろよ、とウィルが突っ込むと、子女に受けるために話が盛られているだけじゃないかな、と一応ハロハロを擁護しておいた。
ぼくたちの砕けた様子にアーロンが怪訝な顔をした。
「ずいぶん国民と近しい王太子殿下なのかい?」
「近年、親しみやすい一面を披露してくださったお方で、その頃から有言実行を心掛けていらっしゃるので、怒涛の勢いで援助資金を用意して、支援に向かわれたようだよ」
パワーワードの衝撃から立ち直ったウィルが自国の次期国王なので精一杯持ち上げた。
「アーロンの手紙はたぶん国王陛下の甥御さんが使者を立ててくれるだろうけれど、王太子殿下が出てこないとも限らないかな」
いやはや凄いな、とアーロンが赤べこのように首を振った。
「留学生一行は諸国漫遊親善大使の特命を受けているから王家が対応してくれるよ。アーロンも自国にもう少し補助してもらえばいいよ」
ぼくの言葉に外貨に余裕がない国だから、とまだアーロンは渋っていた。
「海藻を食べる習慣がないでしょう?」
ぼくのいきなりの話題転換に戸惑いつつもアーロンは頷いた。
「ガンガイル王国が買い付けるから、外貨は獲得できるよ。古くから続く国は海洋資源を取り過ぎる心配もないし、長く商売ができるいい話だと思うよ」
この話が本国に舞い込むだけでアーロンは報酬を受け取っていいはずだ、とウィルはほくそ笑んだ。
アーロンから西方の情報を引き出すだけだったはずなのに、思いがけず帝都で消費する分の海産物を入手できそうだし、その上、アーロンの留学生活も向上できそうな状況に満足し、魔法学校の講堂に戻ることにした。
“……ご主人様。清掃魔法をかけて炉端焼きの匂いを消してください!”
そうだった。
おやつの範囲を越えた食事をした証拠を隠滅しておかないとね。
寮生たちに握手されているところに戻る、とアーロンに伝えていたので、戸惑うことなく、よろしくお願いします、とみんなに頭を下げていた。
放課後は、ジェイ叔父さんは寮の研究室に戻り、オーレンハイム卿は自身の社交のため貴族街に行き、シロがお婆を自宅に送る際に冷蔵庫の食材を使ってアーロンをもてなしたことを暴露した。
苦学生に美味しいものをご馳走することはお婆も賛成してくれたし、自分もムスタッチャ諸島の植物が欲しいから仲良くしたい下心がある、と笑った。
何事もなかったふりをしてぼくとウィルが、即日認可された魔獣カード倶楽部の部室に行くと、受講条件が変更になって良かったね、とみんなが自分のことのように喜んでくれた。
ぼくのスライムがボリスの指輪についているハルトおじさんのスライムにアーロンのことを精霊言語で報告すると、了解した、というかのように指輪が一瞬だけ光った。
その日は部員登録と、新作やレアカードが入手しにくい帝国魔法学校での魔獣カードのルールを確認して解散することになった。
時間がない寄宿舎生たちも部員登録だけ済ませに来てくれたので、お互いに頑張ろう、と励まし合って別れた。
ガンガイル王国寮生たちも魔獣カードで遊ぶ、というよりは各自の課題に必要な資料を集めるための情報交換を部室でしていると、生徒会会長と役員たちが顔を出した。
「実は私も基本デッキを入手したから、入部したいんだ」
広い部室が即日あたったのは生徒会長の私情による独断だったのでは、と疑いつつも部長は大喜びで生徒会長を迎えて、即座に一戦交え始めた。
ふたりの試合を観戦しつつも、そこここで自習をする寮生たちに生徒会役員たちが感心したように見ていた。
「みなさんずいぶん勉強熱心ですね」
「高額な留学費用を国から補助してもらっていますからね。ぼくたちは成果を出せるように努力するだけです」
カッコいいことを副部長は言っているが、ご褒美のチョコレートの詰め合わせが目当てなので、視線が時折、右上を向いてしまっている。
「そうなんだ。国を代表して留学しているから心構えが違うんだね」
「中級魔法学校から飛び級した生徒が今日の分の必修講座の全てに合格したって聞いたけれど……」
はいそうです、とロブと数人の寮生が手を上げた。
ぼくとウィルは必修講座を受けていないので黙って生徒会長と部長の対戦を見ていた。
「うわぁ。うかうかしていたら追い抜かれてしまう、という噂は本当だったのか」
生徒会役員たちは魔獣カードより、躍進する寮生たちを偵察に来ただけだったようで、勉強方法を寮生たちから聞き出そうとした。
当たり障りのない範囲で寮生たちが生徒会役員たちをあしらっていると、生徒会長相手に手加減していた部長が複合技を駆使してとどめを刺した。
競技台から大きなエフェクトが出ると、生徒会役員たちは腰を抜かすほど驚いた。
「遊び方次第でこんなこともできるんだよ」
生徒会役員たちは魔獣カードに夢中になるまで時間はかからなかった。
役員全員が入部届を書いて、時間を作って必ず遊びに来る、と口々に言った。
帝都で品薄の魔獣カードで遊べるのは魔獣カード倶楽部だけ、ということになったらここは大混雑してしまうだろうな。




