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アーロンの苦悩

「傍系王族と言っても貧乏貴族なのは事実だから恥ずかしくて名乗れないだけだよ。ちっちゃな六つの島を治める国王の甥っ子なんだ。西のムスタッチャ諸島と呼ばれる島々の中、同じくらいの大きさの島が花のように六つ並んだ島を治めている、小さな国だよ。海の恵みが十分にあり食べるには困らないけれど外国に留学する費用を捻出するのは大変なんだ。東方連合国のように周辺国の結束が固いわけでもなく、ほんの僅かな援助を受けて帝国に放り出されたようなもんなんだよね」

「ムスタッチャ諸島最大の国の王家から援助を受けたんでしょう?」

 ほんの僅かな支援という言葉を聞き逃さなかったウィルがアーロンに食い下がった。

「いや、ホントにくじ運が悪かっただけなんだって。各島から留学に適した年齢の子どもたちが集められて、くじを引かされ試験を受けさせられたんだ。おめでとう、と言われたって、旅費と学費しか出ないんだよ。十一歳の俺に何ができるって、授業の合間にアルバイトして何とか生活費を捻り出しているんだ。まったく、王族の血縁なんていいことなんか、何にもないよ!」

 ブツブツと王都の生活費の高さを嘆くアーロンは、それでも飛び級できる優等生で、昨年、皇女殿下と同じ講座を受講して皇女殿下の取り巻きに勉強を教えて学用品を恵んでもらっていたところ、オスカー殿下の逆鱗に触れて嫌がらせを受けたので、寝る間も惜しんで勉強してさらに飛び級して皇女殿下とも講座が重ならないように逃げたらしい。

 皇女殿下の取り巻きの一人に、家柄も良く美人で人当たりのいい女の子がいるらしく、その子に岡惚れしているオスカー殿下は、異母姉弟とはいえ母親の派閥の違う皇女殿下にはオスカー殿下の取り巻きたちを含めて近寄りがたく、中級魔法学校の図書室まで資料を探しているふりをして潜り込んでは、皇女殿下の勉強をサポートしているその女の子が勉強しているのを眺めていたらしい。

 皇女殿下のために予習をしていた女の子と探している資料が同じだったアーロンが、本棚に伸ばした手が女の子の手と偶然重なったのを目撃されたようで、図書室を出た直後、オスカー殿下の取り巻きたちに校舎裏まで連行されてボコられてしまったのだ。

 アーロンの頭の良さに目をつけた女の子は、ことあるごとにアーロンに差し入れしてはアーロンがまとめた資料を書き写していたが、貧乏留学生には殿下の取り巻きたちも怖いけれど、目の前の差し入れの誘惑に負けてしまったらしい。

 “……小さいオスカーはお馬鹿だけど、陰湿ないじめを仕切るタイプには見えなかったわ”

 “……取り巻きたちがお馬鹿だから勝手に暴走したんじゃないの?”

 “……わかんないよー。募る恋心によこしまな感情が湧いてきたのかも”

 みぃちゃんやキュアやスライムたちは思いがけない大好物の恋バナに、精霊言語でワイワイ言っている。

 アーロンからもっと聞き出そうと、お茶の準備を始めたスライムたちを見てウィルが、何か食べようか、と声を掛けた。

 苦学生とはいつもお腹を空かせているものだ、とぼくたちだけでなく魔獣たちも考えたようで、お弁当は全部デイジーが食べつくした、とか、キュアのおやつはワイルドすぎる、など魔獣たちの精霊言語がぼくの脳内を飛び交った。

 かつて誘拐事件の洞窟でひもじい思いをして以来、収納ポーチに食べ物をたくさん保存しているぼくは、オレンジやマリアの非常食を取り出したが、美味しいものを食べさせてあげようよ、というウィルの一声で思い出したインスタントラーメンを取り出した。

 具なしのラーメンにしようとしたら、シロが味玉とチャーシューと刻みネギまで調達してテーブルに並べた。

「な、ななな、何なんだ!これは!」

「苦学生と言えば革靴を煮出して食べたくなるほどお腹が空いているものだろう?ご馳走してあげるから待ってて、ぼくもこの麺は見たことがないよ」

 狼狽えるアーロンに優しく説明したウィルは、インスタントラーメンの麺を摘まんで、どうやって作ったの?と興味津々に訊いた。

「父さんの夜食用に作ったんだけど、騎士団にバカ売れした即席ラーメンだよ。短時間茹でるだけで本格的なラーメンほどではないけれど美味しいラーメンが食べられるよ。ちょっと待っていてね」

 魔術具のIH調理器とお鍋と水瓶を取り出してインスタントラーメンの調理に取り掛かろうとすると、ぼくのスライムがこだわりを見せ、どんぶりを湯煎で温めなくちゃ、と精霊言語で伝えてきた。

 みぃちゃんとウィルのスライムたちが助手になり、スライムたちだけで調理を始めると、アーロンの銀狐がアーロンの肩に乗り、一人と一匹が信じられないと言った顔でスライムたちの作業を見守った。

 葱油まで作るこだわりの一品になりそうな予感に、私も食べたい!とキュアまで言いだしたので、在庫のインスタントラーメンをテーブルに並べた。

 あたしはいらない、と言うみぃちゃん以外に、あいよ、と屋台のおっちゃんの口調を真似して精霊言語でぼくのスライムが言うと、聞こえないはずのウィルまで笑った。

 表情のないスライムたちのちょっとした仕草から感情を読み取っているのだろう。

 怪訝な顔をするアーロンに対し、魔獣たちにつられて笑ったアーロンの銀狐は精霊言語を習得しているに違いない。

 スライムたちを尊敬の眼差しで見ている。

 みぃちゃんのスライムがどんぶりの湯を捨てると、ウィルのスライムが粉末のスープの素を入れ、ぼくのスライムが茹で汁でスープを整えて麺を投入すると、二匹のアシスタントスライムがトッピングを載せている間に、葱油を再加熱したぼくのスライムが熱々の脂をどんぶりに注いだ。

 香ばしい匂いが亜空間に立ち込めると、アーロンがゴクンと喉を鳴らした。

「召し上がれ!」

 ぼくがドンブリをアーロンに差し出すと、ぼくのスライムは小鉢にチャーシューを取り分けて銀狐にも振舞った。

 シロが銀狐の椅子をアーロンの隣に用意すると、するりと主人の肩から飛び降りた銀狐は、アーロンがレンゲでスープを掬うのを待ってからチャーシューを頬張った。

 アーロンは熱々のスープに手古摺ったものの、フォークで麺を掬い上げると高々と持ち上げて冷ます知恵を使い、お手本もなかったのにズズズっと勢いよく麺を啜った。

 ああ、これは本人の申告通り名前だけの王族だ。

 テーブルマナーもそっちのけで、本能の赴くまま美味しいと思う食べ方をしている。

 美味しいのは語らなくても止まらないレンゲとフォークの動きを見ているだけでわかる。

 インスタントラーメンの味に興味津々のウィルはスライムたちが大鍋で仕込み始めたのを見て、ほくそ笑んだ。

 調子に乗ったシロが自宅の冷凍庫から蟹やら海老やら帆立まで持ち出した。

「ちょっと待った!それをインスタントラーメンの具にするのはもったいない!半分炉端焼きにしようよ!」

 アーロンを餌付けして秘密の暴露を促そうとするシロの作戦に、まんまとぼくも引っ掛かってしまったが、美味しいものを美味しく食べたいと思うのは正義だ。

 みぃちゃんは犬型のシロにこの騒ぎに便乗して鮪をよこせと詰め寄っている。

 どんぶりをまくってスープを完飲し、ドンとアーロンがどんぶりを置くと、テーブルの横に囲炉裏を作って炭火を起こしているぼくたちを見て、顎が外れるかと思うほど大きく口を開けた。

 ぼくのスライムが無言で小鉢に海鮮ラーメン三人分をよそい、差し出すとぼくとウィルは待ってましたとばかりに受け取った。

 炙った海鮮をひと煮立ちさせたスープはインスタントとは思えないほど濃厚な出汁になっていた。

 アーロンも小鉢を受け取り、スープを一口飲むなり、鼻を赤くして目尻に涙が浮かんだ。

「……懐かしい。海の幸の味だ……」

 この世界の西の果てから単身帝国に乗り込んで苦労を重ねていたところに、久しぶりの海産物の味に郷愁の思いがあふれ出したアーロンは、涙を流しながら小鉢のラーメンを啜った。

「炉端焼きもいい頃合いだ。大きな蟹も焼けたよ」

 まだ涙目のアーロンはうんうんと頷いて、炙った大きな蟹のむき身を頬張った。

「こんな贅沢、本国でもお祭りじゃなければ食べられないよ」

 大型の蟹やエビは漁獲制限をしているようで王族の末端といえども、海の神に感謝するお祭りでなければ口にすることがないらしい。

 この蟹は実はヤドカリの仲間なんだ、と説明すると、海の魔獣にも詳しいんだね、とアーロンが感心した。

「ガンガイル王国は海まで続く国土を手に入れたからね。港町に親族がいるから定期的に色々な食材を仕入れられるんだ」

 国土の話をするとアーロンが真顔になった。

「大きくなったら素潜りで巨大海老を取りに行くのが夢だった。暮らしていくには十分な恵みのある島だったから、一生ここで暮らしていくんだと思っていた……自分たちの暮らしが平穏なら、それでいいとしているのが、西の端にへばりついている諸国の考え方なんだ。国を出るまでそれは正しいと考えていた。……浅ましいよね」

 アーロンが語ったガンガイル王国と西の砦の周辺国の歴史は、帝国で自尊心をガリガリと傷つけられたアーロンの視点なので実に自虐的だった。

 北を護るガンガイル王国が北西まで巨大化したのは、帝国が台頭してくる以前から西側地方で紛争が起こるたびに、火種がガンガイル王国に向かうようにムスタッチャ諸島諸国が画策して、自分たちが難を逃れてきた証なんだ、とアーロンは考えていた。

 魔本も、事実と相違ない、と王国を隠れ蓑にしようと西側諸国が戦火がガンガイル王国側に行くように仕組んだため、戦争に巻き込まれた歴史があったことを説明しだしたが、長いので聞き流した。

「外交の駆け引きでそういった流れがあったとしても、国土を広げるほどの戦争に踏み切ったのは時の国王陛下の判断だよ。ぼくの出身地も自立できないほど追い込まれた歴史があって、ガンガイル王国に併合することを時の国王陛下が決断したんだ。子孫としては豊かな国土が荒れることなく領地に代わっただけなので英断だったと考えているよ」

 クレメント氏を思い浮かべたウィルが、自国のために判断するのは為政者として正しい姿だ、とアーロンを慰めた。

「自国を守るために他国に紛争を擦り付けるのは正しい行動には見えないかもしれないけれど、どうしようもない悲劇をどこで起こすかという選択肢を決断しなければいけない時だってあるんだよ」

 ぼくは山岳地帯の箱庭を土魔法で作り出し説明した。

「この山に大雨が降って山崩れが起こり麓の二つの集落に流れるのが決定的になっている状態で、魔法を駆使して堰を作るにも一つしか作れない魔力しかなかったら、人口規模が大きい集落に堰を作る判断をせざるを得ないでしょう?」

 ぼくのスライムがじょうろで山に水をかけ土砂崩れを発生させると、キュアが大きな集落の手前にだけに堰を作り小さな村を全滅させた。

 ウィルもアーロンも頷いたので、箱庭をもとの状態に戻した。

「でも、こっちの小さな集落が親族たちの暮らす村だったら、どうしたってこっちに堰を作る判断をしてしまうだろう?キュアだって堰を一つしか作れない魔力しかなかったとて、こっちが飛竜の里ならこっちを選ぶだろう?」

 キュアは躊躇わず小さな集落の手前に堰を作った。

 アーロンは項垂れたまま首を小さく縦に振った。

「きれいごとでは済まないのはわかっているけれど、旅の途中で見た難民たちは悲惨だった。自国民をああしないための判断が、彼らのような人たちを生んだのだとしたら、やりきれない気持ちになるんだ」

「アーロンは優しいね。自分が辛い立場にいるのに、もっと辛い人たちのことにも心を痛めることができるんだもん」

 ウィルがそう言うと、アーロンは首を横に振った。

「問題意識だけあっても何もできないんじゃ、気にしていないのと同じだよ」

「違うよ、アーロン。知っていると知らないのとではアーロンの人生に大きな違いをもたらすよ」

 ぼくは箱庭をもとの状態に戻すと、山崩れを起こした山に木を植えた。

「厳しい冬を凌ぐために山の木を切って禿山になってしまったら、山は保水力がなくなり土石流が発生しやすくなる。小さな村の人々は取り過ぎないから豊かに暮らしていけるとするよ、でも大きな村の人たちは、急いで冬支度をしなければ他の人に先に伐採されてしまうとなれば、誰だって早めに多く木を切ろうとするでしょう?」

「本国ではそこまで冷え込まなかったけれど、帝国の冬は身に染みるほど寒いから理解できるよ。いつ振るかわからない大雨のために、この冬の薪がないなんて我慢できないだろうね」

「でも、禿山になればいつか土石流が起こることを理解しているなら、切った分だけ植樹をしようと考えるのが人間だよ。アーロンは土石流がいつか起こるかもしれないではなく、実際の土石流の被害を見てしまったら、植樹で被害を防ごうと考えるようになるでしょう?」

 顔を上げたアーロンが素直に頷いた。

「ガンガイル王国は今植樹のための種を撒くかのように、帝国に留学生たちを大量に送り込んでいるのか!」

 当初はそんな考えではなかったはずだけど、現状はハルトおじさんが中心になって周辺国の安定を画策している。

「そこのところは国の偉い人たちが考えていることだからわからないけれど、ぼくたちが研究している魔術具は土地の魔力を安定させて、その土地で暮らしていく人たちが十分食べていけるようにするためのものだよ。ガンガイル王国だけが豊かでも隣の国が安定しなければ、歪はガンガイル王国にまで影響を及ぼしてしまう。難民たちを今すぐ救済することはできないけれど、帝国でみんなが満足に食べられない状態では、難民たちに手を差し伸べる人たちは現れない。だから、アーロンはたくさん食べて、たくさん勉強して、世の中の理不尽に立ち向かえる体力と知恵をつければいいんだよ」

「この味を憶えたらまた食べたくなるだろう?いいアルバイト先を紹介するから、今度は寮生たちのみんなと炉端焼きをする資金を作ろうね」

 しんみりしてしまったアーロンにぼくとウィルが励ました。

 ぼくたちはまだ幼い。

 世界を変えるのは大人たちだけど、子どものぼくたちは今できることをやるだけだ。

 炉端焼きには砂糖醤油をたっぷり塗り串に刺した芋餅をぼくのスライムがくるくる回して焼いている。

 ぽたんと炭火に零れた滴がジュっと音を立てるとキュアのお腹がグーっと鳴った。

 ぼくたちは笑いながら魔獣たちの軽い話題に移った。

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