広域魔法魔術具の講座
書類を提出しに行くにはオーレンハイム卿を同伴した方が良いということにで、次の授業が入っていたジェイ叔父さんとお婆とオーレンハイム卿と別れて、ぼくとウィルは広域魔法魔術具の講座の見学にしに行くことにした。
応用魔法学の講座なので最上級生ばかりのクラスに中級魔法学校に昨日入学したばかりのぼくたちが入ると生徒たちに怪訝な顔をされるのだろうと覚悟して教室に入ると、席についていた生徒たちが椅子を引いてぼくたちを二度見した。
ぼくたちの登場にお喋りか止まった教室に、ケロケロ、ゲロゲロという囁きがそこここでした。
広域魔法魔術具の講座を希望する生徒たちは大型魔術具に興味があるから、教会が光った椿事に即座に見に行くフットワークの軽さがあったのだろう……もしかして、ぼくとウィルを光と闇の貴公子なんて言い始めたのは好奇心溢れる魔法学校生から広がったのかもしれない!
“……ご主人様。その二つ名は王都の魔法学校時代からありましたよ”
なんてこった!
帝都で二つ名を最初に言い出したのはガンガイル王国寮生たちだったのか!
ぼくがやられたという表情をすると、ウィルが堪らず噴き出した。
ケロケロと言っていた生徒たちも笑い出し、思いがけず和やかな雰囲気でぼくたちは迎えられた。
「やったー!光と闇の貴公子は広域魔法魔術具の講座を選択したぞー!!」
様子見をしていた生徒の一人が歓喜の一声を上げると、教室中の生徒たちがこぶしを握り攻めて、うおーと雄たけびを上げた。
教室中の熱気にぼくとウィルが引き気味の後退りして顔を見合わせた。
「ぼくたちは定員オーバーで登録ができなかったので、今日は見学するだけです」
ウィルは声に魔力を載せて凛とした声で言った。
「定員オーバーだったのにどうしても受講したくて異議申し立ての申請の準備をしている……」
ぼくが最後まで言い終わらないうちに扉が開き、担当教員が事務員を伴って二脚の机といすを運び込んだ。
事務職員たちがぼくとウィルに会釈をしながら教室後方の窓際に二脚の机を椅子を置くと、そそくさと退出した。
見学者用に椅子を用意したとしても机はいらないだろう、と思いつつも教員に促されるがまま着席した。
「静粛に、諸君!」
教壇に立った教員がざわつく生徒たちに一喝した。
「広域魔法魔術具の講座を担当するグレイです。今日はみなさんに講座の説明をする前に、来年度から選択講座の受講者選定手順が変更になることをお知らせします」
指導教員のグレイ先生が唐突に受講基準の話を始めた。
「この講座は十人の定員で募集をし、入学式前に定員が埋まっている状態でした。円滑に新年度を始めるために早めに募集をかけていたせいで、留学生や編入生が受講できない講座が多いことを指摘されたので、次年度から先着順より申し込み時の成績を優先することになりました」
今朝指摘されて午前中に改善される対応の早さに、ぼくとウィルは驚いて顔を見合わせた。
「君たちの後方の二人は見ての通り、昨日中級魔法学校に入学したが、本国の魔法学校でほぼ上級魔法学校の終了相当まで学習済みだったので、こうして今日上級魔法学校の専門課程の講座にいるのです。書類で存在は知っていましたが、こうして本人に対面しますと……あまりの幼さに戸惑ってしまいますが、受講資格は満たしています。本日は見学という話でしたが、身長が足りなければ受講できない教科ではないので、定員より二名増えますがこのままこのクラスで受け入れようと考えています。彼らたち以外にも定員オーバーで受講できなかった生徒たちが不平等だと感じるかもしれませんが、異議申し立てがあるようなら、彼らの入試の成績を開示請求できます。恐ろしく高得点なので、開示請求をしても自身が恥をかくだけだということを忠告しておきます」
魔法学校の判断は、ぼくたちを受け入れることで受講生の成績開示請求を回避し、ぼくたちの受講に不満に思う生徒がいたなら、ぼくたちの成績開示請求をしろ、ということにしたようだ。
成績を晒されても問題ない結果を出しているから、ぼくとウィルは動じなかった。
「……異議はないようですね。では、本講座のガイダンスを始めます。広域魔法魔術具を設計、製作することが本講座の目的です。すでに魔法特許がなされている魔術具の改良でも、その改良が特許製品を越える有益性が認められるものなら単位認定できます。したがって、設計の段階から審査の対象になるので、完成まで二年がかりになっても構いません。二年を超えても設計が終わらないようでしたら落単となります。必修講座ではないので、まあ、再履修する方はいませんね」
二年目の生徒からハハハハハ、と笑い声が起こった。
「というわけで、本講座はすでに設計を終えた生徒が半分いるので休みの間に制作を進めているはずですねぇ。近いうちに野外実習で動作確認できると期待していますよ」
笑っていた二年目の生徒たちが口を噤んだ。
急に顔色が悪くなったのは順調に制作が進んでいないからだろう。
「二年目の連中はさておいて、初受講の生徒たちは本講座で制作する魔術具の概要を自己紹介も兼ねて発表してもらいたい。設計済みの生徒は初対面の生徒にもわかるように魔術具の特徴を具体的に説明すること。留学生の二人は、たった今受講が決まったばかりだから、自己紹介と制作してみたい魔術具や過去に制作した魔術具の紹介でかまいません」
グレイ先生がそう言うと生徒たちが緊張した顔になった。
初回の授業から発表があるから早めに受講者を内定していたようだ。
「入り口の手前の生徒から順に起立して、その場で発表しなさい」
扉の手前の生徒が起立すると自己紹介と設計済みの魔術具の説明を始めた。
共同制作の生徒たちはメンバー全員で起立した。
どうやらアイデアが近い生徒たちにグレイ先生が促してチームを組ませているようで、今年度受講者の発表を聞いて二年目の生徒の名前を出して助言を受けるように勧めていた。
「本講座では受講生たちはライバルというより、共同研究者という意識でいてもらいたい。論文の最後には受講者全員の名前を記載することになる」
グレイ先生は孤立しがちな魔術具の研究を共同研究にすることで、研究が行き詰まらないように配慮しており、制作が進んでいない生徒に積極的にアドバイスしながら自己紹介を進めていった。
受講生十人の自己紹介が終わり、ぼくとウィルの番になったのでぼくが先に起立すると、ウィルもすかさず席を立った。
どうやら共同研究に持ち込みたいようだ。
「ガンガイル王国より本年度入学しましたカイルです。農地の魔力を安定させる広域魔術具の開発を検討しています」
「同じくガンガイル王国から参りましたウィリアムです。広域魔術具の魔力使用量を安定供給する魔術具、まあ、カイルの魔術具を安定して使用できる魔術具の開発を目指しています」
理論上は頭の中で設計済みの魔術具をこの講座で製作しようとしていたので、ぼくとウィルは淀みなく発表した。
「興味深い魔術具ですね。噂では帝国までの旅程で、すでに土壌改良の魔術具を製作販売までしていたようですが、それとは違うのですか?」
グレイ先生は目を輝かせてぼくたちに質問した。
「あれは既存の結界に寄生虫のように張り付いて効果を出すもので、数年しか持ちません」
「既存の結界?」
「農村の護りの結界です。使用する魔力も村長や村人たちの祈りの魔力ですよ」
ぼくと先生とウィルのやり取りに、結界を強化したのか!!と教室内が騒然とした。
世界の理と村の結界を結んだとは言えないので、祠巡りの魔力を村の護りの結界に細部まで行き届くように促す魔術具だ、と説明した。
「なるほどねぇ。村の結界はそのままで、結界に行き渡る魔力の流れを円滑にするだけなら、大掛かりな広域魔法を使用せずに村全体に作用することができるのか。素晴らしい魔術具だ!」
グレイ先生は興奮で薔薇色に染まった頬の熱を冷やすかのように両手で何度も頬に触れた。
「魔術具の持久力や耐久力に自信がないので、効果が切れる前に村全体の魔力を整えることが課題です。それで、今回の魔術具を製作することを思いつきました」
「いいねぇ、いいねぇ。よくうちの講座を選んでくれた!昨日の職員会議は荒れたんだよぉ。みんなカイル君とウィリアム君を欲しがってねぇ、あえて定員を開けていた先生方もいたんだよ。君たちはお勧め講座をガン無視して全く違う講座を選んだから、飛行魔法学の教員が歯ぎしりをしていたよ。ああ、そうだ!昼休みに魔法の絨毯とやらを見せてもらってもいいかな?」
グレイ先生が講座の話から脱線すると教室のみんなが笑顔になった。
魔法の絨毯に興味津々だったのに話を聞く前に講座が始まってしまったので、みんなうずうずしていたらしい。
特許公開はないのか、販売の予定はないのか、と矢継ぎ早に質問が飛び交った。
「飛行魔法の最大の欠点だと思うのですが、落ちたら即死の可能性が高いので公開はしていません。同じ理由で販売もしていません。一般人が使用できるまでの安全確保は、ぼくが生きている間にできるかどうかという代物ですね」
「そこをどうにかするために、是非、共同研究をしませんか!」
グレイ先生は興奮で耳まで真っ赤にさせて言ったが、飛行魔法学の先生に喧嘩でも売りたいのだろうか?
「無理ですね。カイルは飛行魔法をいくつか成功させていますが、ガンガイル王国王族の庇護を受けています。勝手に共同研究者を増やせないのです」
ウィルがにべもなく断った。
「王族の庇護かぁ。オスカー殿下に頼めば、なんとかなるかなぁ」
諦めきれないグレイ先生が両手で頭を掻きむしると、オスカー殿下をあきらかに取り違えている生徒たちに動揺したように、あの殿下?という声が上がった。
「庇護者は帝国のオスカー殿下ではありませんよ。国外に知らしめるような称号はお持ちではありませんが、ガンガイル王国王位継承権一桁の国王陛下の甥で、帝国のガンガイル王国寮寮長です。魔術具の商品化にたけた方で、中庭に新設されたトイレの販売権を所有していらっしゃいます」
辺境伯領主はキャロお嬢様の快適な留学生活のために魔法学校の各所に最新トイレを寄贈したのだ。
中級魔法学校生のオスカー殿下ではないことを強調してウィルが話したが、最新型トイレのインパクトが強すぎて、その後の話題がトイレの話になってしまった。
新しい魔術具に興味津々の先生と生徒たちだけの講座なので、他にはどんな魔術具がガンガイル王国寮にはあるのか、といった質問に答えるだけで授業が終りを知らせる鐘が鳴ってしまった。
「しまった!次回は魔術具の進捗状況を製作途中の魔術具を見ながら確認します。設計図を製作する人たちは必要素材と魔法陣を描きだしておきなさい」
正気に戻ったグレイ先生が授業を締めくくると、逃さないぞ、と息巻いてぼくたちの方に駆け寄った。
「魔法の絨毯の他にも飛行の魔術具があるのかい!是非とも見せてくれないかな!!」
「安全対策の一環として、ぼくたちの魔獣を連れて歩くことを認めてくださいますか?」
ウィルが交渉するとグレイ先生は満面の笑みを浮かべた。
「ああ、いいとも!そうだねぇ、安全第一だもんねぇ」
飛竜の幼体の登場を期待して揉み手をしているグレイ先生に、ウィルがポケットから砂鼠を取り出して見せると、ギェー?!という奇声を発してよろめくように座り込んだ。
失神しなかったから某猫型ロボットよりましだけど、グレイ先生は相当な鼠嫌いのようだ。




