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成績開示請求

 寮生たちがチョコレートの魅惑にはまった翌日、早朝礼拝のついでに七大神の祠巡りを済ませて寮に帰るとデイジーがいた。

 衣装コンペの入賞者から一粒だけミルクチョコレートをもらって悶絶している。

 大食いのデイジーでも希少品だと理解しているので、噛まずに口の中でゆっくり溶かして味わっている。

 そんな貴重なミルクチョコレートをおいそれとデイジーに提供したのには裏があるに違いないと思って見ていたが、どうやら、デイジーが齧るか齧らないかで寮生たちが賭けをしていたようだ。

 転売よりも儲けを出したのか提供者はいい笑顔をしている。

「味わって食べるのも好きなんですよ」

 デイジーはそう言ったが、オレンジ飴をバリバリ噛んでいたのを目撃した寮生たちが悔しそうに項垂れた。


 寄宿舎生たちと待ち合わせをしていたぼくたちは中央広場にもう一度赴いた。

 渋滞緩和のための魔法の絨毯の使用を許可されていたぼくたちは寄宿舎生たちと合流すると、魔法の絨毯をレッドカーペットのように伸ばし全員で乗って登校した。

 細長いスクールバスならぬ魔法の絨毯に乗る全員が魔法学校の制服を着用しており、新しい魔術具を作ったのね、と市民たちが親し気に手を振ってくれた。

 ジェイ叔父さんとお婆が引率の先生のように見えてしまうが、二人とも教員を目指しているのだからまあいいだろう。

 渋滞する馬車たちを尻目に飛行するのは気分がよく、みんな朝から満面の笑顔だった。

 生徒用門までたどりつくと魔法の絨毯はスロープ状に先頭だけ地上に傾き、小さい子たちから歩いて地上に降りた。

 茫然とする門番に生徒たちは元気よく挨拶し、それぞれの校舎に向かって歩き出した。

 集団登校は寄宿舎生たち全員の顔色を確認できるから、寄宿舎での生活が上手くいっていることがよくわかる。

 帰りは各自で帰るように声をかけて、初級中級生たちと別れた。


 順風満帆な魔法学校生活の滑り出しを喜んでいると、足元を掬われるのが人生というものだ。

 予測はしていても腹立たしく感じてしまう。

 職員室に履修講座の確認に行くと、ぼくとウィルだけ履修登録を拒否されていた。

「定員オーバーなのです。空いている講座はこれだけです」

 対応した職員たちは何を訊いてもそれしか言わず、受講可能な講座が書かれたメモを見せるだけだった。

 加算強化魔法学とか、飛行魔法学なんて、成果を上げれば出世できそうな講座が残っているなんておかしいだろう。

 十年経ってもこの対応か、とジェイ叔父さんが頭を抱えると、オーレンハイム卿が左眉をグッと上げて言った。

「成績開示請求をします。申請書類を出しなさい」

 職員たちはオーレンハイム卿が何を言っているのかわからなかったようで、頭に疑問符が浮かんでいるのか首を傾げた。

「必修教科なら生徒全員が受講できるようにする義務が魔法学校にはあるが、専門課程は定員が埋まれば募集を停止できる。だが、希望者が複数いる場合は先着順に加えて成績を加味して審査することになっているはずだ。定員オーバーを理由に受講できない場合はその講座を履修する生徒全員の成績の詳細を公開開示して、受講不可の理由を説明する義務が魔法学校にはある。正当な理由を説明されずに受講拒否をされた生徒は受講生たちの成績を開示請求できる権利がある」

 立て板に水のごとくつらつらと職員に要求するオーレンハイム卿に、事態を把握した事務長と思しき職員が奥から出てきた。

「申請書は……雛形が見当たらないので作成にお時間をいただかないと……。いえ。紛失しているわけではないのです。なにぶん成績開示請求は最終手段で、その手段を行使された方は……私の記憶では誰もおりません」

「成績開示請求権があることを誰も知らないからだろう!」

 歯切れの悪い対応をして誤魔化そうとした事務長にオーレンハイム卿はけんもほろろに畳みかけた。

 魔本が精霊言語で事情を解説してくれた。

 “……魔法学校はどこの地域でも、神々に誓約した子どもたちが出自にかかわらず学ぶ場、という基本理念に基づいて運営されている。講座は基本的にはどこの学校も希望者の先着順で定員オーバーであれば成績順に決まることになっている。魔法学校概要にはそう記載されているのだから、異議があれば成績開示請求ができる。まあ、その権利の行使は百年以上された公文書はないよ”

  ついさっき知った百年以上申請されていない書類の雛形など職員たちに探し出せるわけもなく、同じところばかりおろおろと探す職員にオーレンハイム卿は、冷ややかな微笑を浮かべて言った。

「他国まで試験官を派遣して広く留学生を募っておきながら、留学生たちが希望する進路を妨害し、帝国に囲い込もうとしているきらいが、見え隠れどころか丸出しではないか。ガンガイル王国きっての秀才の二人の成績で受講できないはずがない。加算強化魔法学に放り込んで大量破壊兵器の開発をさせるのか?飛行魔法学で魔法の絨毯の権利を搾取する気か?いずれの学問も本人たちは希望していない。多額の資金を投じて留学したのは本人たちに学びたい意思があったからだ。僻地の小国の貴族ならば学校側が本人の意思を無視して囲い込むような真似をしていいのかい。世界の叡智をそうやって帝国の魔法学校が独占するために積極的に地方試験を実施しているのか」

 事実から推測できることを抑揚のない口調で淡々と突きつけるオーレンハイム卿に否定のできない事務長は眉を寄せて項垂れた。

「東方連合国とキリシア公国の姫君たちとは親しくしていただいているが、西や南の国々にも連絡を取らせていただこう。いや、なに、帝国の魔法学校で専門課程を選択する際に第一志望の講座を受講できたか等の質問状を送るだけだよ。我が国だけが謀られているのか、諸外国も同様なのか広く調査をさせてもらおう」

 ここでもきつい口調にならず、言い聞かせるかのような穏やかに語るオーレンハイム卿は、抒情的に抑揚をつけて煽る寮長とは違うが、歯に衣着せぬ正当な主張をするので、対応できない職員たちはオーレンハイム卿と目を合わせないように書類を探すふりを続けた。

「成績開示請求書はこちらで制作します。権利があるなら雛形通りでなくても認められるはずですよね」

 職員たちの茶番を止める言葉をウィルがかけると、そうだな、とオーレンハイム卿が頷いた。

「今日のところは講座の見学希望届を提出させてください。これは提出さえすれば誰でも見学できるはずですよね」

 ぼくが事務長に詰め寄ると、やっと返答できる質問だったのが嬉しかったのか、可能だ、とホッとした表情で頷いた。

 初級中級魔法学校の生徒は専攻を決める際に参考として、危険が伴う実技の授業以外は届け出さえすればいつでも見学できるのだ。

 申し込んだ講座を断られるようなら、というか、シロの予測では高確率で断られるだろう、ということだったので打開策として、講座は見学だけして自力で研究をし論文を発表して強引に単位を取ろう、と画策していたのだ。

 お婆と同じ講座を受講できるオーレンハイム卿がここまで食い下がるとは考えていなかったが、シロが事前に知らせなかったということは可能性としては低かったはずなのに、オーレンハイム卿が介入せざる得ないようなことが火急にあったのだろう。

 ぼくとウィルが見学申し込み用紙に必要事項の記入を済ませると、オーレンハイム卿がとどめの一言を言った。

「情報制限が過ぎるようだと、あの方が元婚約者の姫君について調査を公に開始するでしょうね」

 事務長が肩をびくつかせた。

 ぼくたちの囲い込みについて宮殿からの指示があるのなら、正攻法で宮殿を追求する、と脅して職員室を後にした。


「ずいぶんはっきりと宮殿の干渉を語りましたね」

 職員室を出るなりウィルが口を開いたので、すかさずぼくは内緒話の結界を張った。

「なに、辺境伯領主様が今朝、直々に王家秘伝の転移魔法で魔術具の鳩を転移させてまで依頼があったんだよ」

 シロの想定外の行動をしたのは辺境伯領主だったのか!

「カイルたちの受講を妨害されたら成績開示請求権を行使してでも抗議しろ、ということだった。寮長のオスカー殿下では圧力が強すぎるから、私が適任だと判断されたようだ」

 早朝から王族の勅令魔法が発動したことにオーレンハイム卿のタウンハウスは大騒ぎになったようだ。

 王族秘伝の転移魔法で外国まで手紙を送るような事態は、国王崩御や宣戦布告級の緊迫感のある書状なので家人に緊張が走ったのに、内容が来年度留学予定のキャロお嬢様が困らないための露払いだ、と聞いて安堵したらしい。

 孫ラブのじいじの素行は精霊たちが見せる夢次第で突拍子もない行動力になってしまったようだ。

「時折、交渉の際にでてくる皇帝の第三夫人なのですが、本当にガンガイル王国は何も情報を掴めていないのですか?」

 ウィルの素朴な疑問にお婆も収納されている魔獣たちも興味津々になった気配がした。

 攫われるように嫁いだ姫君が第三夫人に落とされるなんて、恋バナ好きの女の子たちには気になって仕方ないだろう。

「妃は三人の御子を授かったが、誰も洗礼式を迎えることができなかったようだ。体調不良を理由に離宮に蟄居されているが、実際のところは皇帝に溺愛されて外出さえできない、といったところだよ。離宮の職員が全員女性なのは第三夫人の離宮だけだ。自身は英雄色を好む、を地で行っているのに、最愛の人が他の男を見るのが許せないらしい」

 お婆の口が、気持ち悪い束縛男、と動いたけれど、内緒話の結界の中とはいえ声に出すことはなかった。

「まあ、私も近くでお目にかかったことはないけれど、噂を総合すると矛盾する人物像が浮かび上がってくる、不思議なお方だ」

 ぼくとウィルはウィルのご先祖様のクレメント氏の話を思い浮かべて顔を見合わせた。

「まあ、魔法学校で生活するだけなら、宮殿の動向は本来気にしなくていいはずだから、この際しっかり切り離してしまおう」

 一限目の授業がなかったぼくとウィルとジェイ叔父さんとお婆とオーレンハイム卿で、研究所所属図書館まで赴き、魔法学校の歴史書から成績開示請求権申請書類を探し出すことにした。

 まあ、魔本が示す資料を探すだけなので時間はかからなかったが、ついでだからと、色々な申請書類の雛形を書き写した。

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