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履修登録

 ぼくたちの履修登録にジェイ叔父さんとお婆とオーレンハイム卿も付き合ってくれた。

 というのも、上級魔法学校では内部進学者が優先的に登録を済ませており空いている講座が少ないのだ。

 その中から、軍に囲い込まれないような講座を探すのは全員で検討した方が良いということになった。

 だがしかし……何でも研究を突き詰めれば軍事転用できてしまうので、ひとしきり悩んだ後、一年目なんだから気にせず興味のあるものを受講しようということに落ち着いた。

 ジェイ叔父さんとお婆とオーレンハイム卿は魔法学校教員資格講座と建築学や植物学などのそれぞれ好みの講座に空きがあれば受講することにした。

 ぼくとウィルは広域魔法魔術具の講座で農協系を研究することにして、植物学と魔獣学も受講することにした。

 せっかく留学したのだから、国内ではできない研究をしようということになったのだ。

 申し込みを済ませるとジェイ叔父さんとオーレンハイム卿が上級魔法学校の校舎を案内してくれた。

 通常の新入生なら入学一年目は必修講座の取得に血眼になるのだけれど、ぼくたちは王都の魔法学校で履修済みだったので、専門課程の専攻が決まるまで今日はもう授業がないのだ。

 同じような理由で午後の時間を持て余したボリスたち在校生と合流すると、オスカー殿下の一件をモテモテだね、と茶化された。

 どうせモテるのなら可愛い女の子の方が良い、と言い返すとそれはそうだ、とみんなで笑った。

 オスカー殿下が入学式で精霊たちに囲まれた噂は昼休みの間に上級魔法学校にも広まっていたが、屋台での一件までは噂になっておらず、ケニーたちがみんなにタレこんだのだ。


 上級魔法学校の図書室は授業の参考資料が最低限あるだけの小規模で、後は自習室のようなレイアウトでガッカリした。

「研究所付属図書館が帝国きっての知識の保管庫と言われる蔵書数を誇っているけれど、王都の図書館のような大掛かりの魔術具の仕掛けはないんだ」

 ぼくたちは王都の図書館の閲覧資格のある書籍だけ運んで来る魔術具が気に入っていたので、いくぶんガッカリした。

 エリアごとに入室条件のある仕組みで、利用者が多い帝都ではあの仕掛けでは閲覧者をさばききれないのだろう。

「ガンガイル王国育ちには伝統を守り続ける帝国魔法学校がちょっとダサいように感じてしまうけれど、蔵書の数だけで見れば王都の図書館より圧倒的に多い。比較するならば帝都の方が優れているのだけど……あの閲覧室の魔術具のカッコよさに慣れ親しんでいると物足りないんだ」

 オーレンハイム卿の言葉にぼくたちは頷いた。

「帝国は国土を広げると自分たちの文化を押し付けて……というかまあ為政者ならば当然なのだけど、地方の文化を軽んじている。焚書にこそしていないが、研究されるべき本が書庫に収納し、仕舞いきりになっている。金にならない研究をする研究者もそうはいないから結局書庫に埋没していまうのかもしれないが、目にする機会がないのはもったいない。王都の図書館は少しでも関連する本なら何でも目の前に出してくれていたから多角的に物が見れて良かったんだよなぁ」

 ジェイ叔父さんが懐かしそうに目を細めた。

 王都の図書館では自分が探していた本に関連するものがあれば閲覧可能な範囲内ですべて揃えてくれる便利な図書館だった。

 ぼくは魔本を入手してから足が遠のいてしまったが、辺境伯寮から王都に出てきて一番感動した場所だったし、ウィルに詰め寄られた場所としても強烈に記憶に残っている。

「手つかずに残っているということは、文化を搾取され歴史を改竄されず良かったというべきか、伝承されない文化を嘆くべきか微妙なところだけど、帝都の政策方針以外の研究は魔法学校でもぼろくそに扱われることだけ念頭に置いていればいいよ。価値を認められる前に予算がないから発展的な研究ができない」

 ジェイ叔父さんは内緒話の結界の中で言いたい放題言いながら、好みの本を選んでいた。

 なんだかんだ言いつつも背表紙を見て選ぶのも悪くないのだ。

 ぼくも魔本で確認できるのについ夢中になって本を漁っていると、寄宿舎生たちに声をかけられた。

 みんなで自習室に移動すると、オスカー殿下の従兄弟が、殿下がぼくに興味を示していたから絡まれなかったか?と訊かれたので一連の流れを説明すると頭を下げた。

「殿下は何事にも、そこそこできればいいとお考えがちで、おっとりしている割に強引なところがあるお方だからやきもきしていたんです」

 自分は上級魔法学校に進学してしまったので、オスカー殿下を気にしつつも手助けができないから、頼れる相手としてぼくの名前を出したようだが、入学式当日に上級魔法学校の校舎にいるとは思わなかった、迷惑をかけてしまった、と恐縮していた。

 兄貴やマリアたちと学習会をすることになりそうだと話すと、殿下の従兄弟の寄宿舎生は安堵したように深い息を吐いた。

「幼少期からの殿下のご学友たちは、どうにものんびりしすぎていて、将来は両親のコネで何とかなると思い込んでいるから不甲斐ないし、寄宿舎生たちは殿下に話しかけるには身分の差が、というか、殿下のご学友が寄宿舎生を侮っているから近寄りたがらなくて、誰にも頼めず困っていたんです」

「マリア姫は寄宿舎生たちにもお声がけなさるおつもりでしたから、学習会はきっとうまくいきますよ」

 お婆が優しい笑顔で殿下の従兄弟に話しかけると、年頃の男の子らしく恥ずかしそうに俯いて顔を赤くした。

 殿下が不甲斐ないことが恥ずかしいのか、美女に話しかけられたことが恥ずかしいのか……両方だろう。

 それから、ぼくたちは受講申し込みをした講座の話や改装の済んだ寄宿舎の話をして放課後までの時間を過ごした。

 寄宿舎の六人部屋はなくなり、親の身分に関係なく全員2~4人部屋に変更になり、全員がみんなの体調や学習進度を気にするようになったらしい。

 食堂の順番も体の小さい子から先に配膳の列に並ぶようにしたら最後の方は量が少なくなることはなくなったということだった。

 寄宿舎生たち自身が寄宿舎で生活しやすくなるためにどうすればいいかを話し合ったようで、自分たちで改善できることを実行したようだ。

 ジェイ叔父さんやオーレンハイム卿が、よくやった、と褒めると、大人に認められるのは嬉しい、と寄宿舎生たちが顔をほころばせた。

 教会では何事もできてあたりまえで、できないのは鍛錬が足りないからだ、と指導されているようで褒められる機会がないらしい。

 寄宿舎生たちは青春の全てを勉強と神々に祈ることに捧げており、殿下たちと情報交換をするカフェテリアに行く時間もお小遣いもないようだった。

 清貧に甘んじて世界の安寧のために神々に祈る生活はとても素晴らしいことだ。

 神々に祈り、人々と神々を繋ぐ教会で私利私欲を追及したり、酒池肉林を求めたりしては駄目だが、この世界の神々は楽しいことが大好きで美味しいものを求めているのに、信仰心ゆえに清貧を突き詰めすぎていると神々と人々の間に乖離が起こる気がする。

 やせ我慢で真理が追求できるとは思えない。

 ぼくが悶々としていると、ウィルとお婆が何か言いたそうにぼくを見た。

「せっかくこうやって仲良くなったのに授業が始まると忙しくて、ろくに話もできないようになるのは寂しいなと思ったんだ」

 寮生たちは必修科目を受講しないので同じ上級魔法学校に通っていても、授業で顔を合わせることがたぶんないのだ。

「倶楽部活動の申請をして部室を確保できたら、それぞれの空き時間に誰か彼かが顔を合わせることができるんじゃないかな?」

 オーレンハイム卿の提案に、魔獣カード倶楽部!と寮生たちが声を揃えて応えた。

 部長副部長を2,3年生に任せると、さっそく生徒会室に申請書を取りに行く寮生を寄宿舎生たちが呆気に取られて見ていた。

「青春の期間は短く、無邪気に遊べる時間は貴重なんだ。神々への祈りの時間が減るわけではないんだから、後ろめたく感じることなく課外活動をしてもいいんじゃないかな?」

 自分たちも参加して良いのだろうか、と戸惑っている寄宿舎生たちに、老年のオーレンハイム卿が言うと説得力が違う。

「魔獣カード大会はガンガイル王国では春を祝う祭りの一環として開催されたから、神事として研究することにすればいいじゃないかしら?」

 お婆が微笑むと寄宿舎生たちは女の子たちまで頬を染めた。

 どうやら伝説の大聖女はパン屋、ピンクブロンド、平民、というキーワードがあり、かなりの部分でお婆と重なるらしい。

 上級魔法学校の成績上位クラスのガイダンスでは皇女殿下よりお婆が注目を集めたらしい。

 老紳士と仮面のイケメンを従えた謎の成人留学生美女、という絵面だけでも強力なのに、成人後に魔力が増えた稀有な女性ということで存在自体が聖女のようだと、ざわめきが起こったことを寄宿舎生がコッソリ教えてくれた。

 ガンガイル王国寮生たちは注目を集めることに慣れ過ぎていて感覚がおかしい、ともこぼしていた。

 上級魔法学校の入学式に精霊たちが現れなかったから、とりわけ前代未聞の新しい話題として成人後再入学したお婆たちが脚光を浴びたとしか在校生たちは考えていなかった。

 いつでもバタバタと新しいことを始める寮生たちの常識が狂っているなと思っていたら、生徒会室から帰ってきた先輩が広い部室を確保するためみんなの署名を集め始めた。

 早い者勝ちなら急ぐに越したことがない、とみんながわらわらと署名する勢いに流されて寄宿舎生たちも署名した。

 午後の課程が修了する鐘が鳴るころには、申請書の書類を整えて生徒会に提出済みになっていた。


 ぼくたちが連れ立って上級魔法学校の校舎を出てほどなくすると、鼻息を荒くしたデイジーがぼくたちに向かって突進してきた。

 両手を広げたぼくの胸に飛び込んできたデイジーを高い高いで放り投げると、縦三回転に横二回転捻りをきめた。

 昼よりも難易度が上がったことに寮生たちが拍手し、寄宿舎生たちが唖然とするのはもうお約束のようなもので、アハハ、とお婆たちが見守った。

 初回の魔法陣を描くだけの授業で複合魔法陣をその場で開発して披露したら教室で受けた、と軽く言うデイジーの話を聞いて、さすが才媛姫!と喜んだぼくたちを寄宿舎生たちが遠い目をして見ていた。

 馬車で帰るマリアとデイジーたちを見送って、ぼくたちは途中まで寄宿舎生たちと徒歩で帰った。

 規則正しい生活をしている寄宿舎生たちとは登校の時間をなるべく合わせよう、とぼくたちが言うと寄宿舎生たちが喜んだ。

 なんだかんだあったが楽しい学校生活の始まりにぼくたちが機嫌よく帰寮すると、寮長から食堂に集合するように声がかかった。


「入学と進級おめでとう!諸君たちの今年度の頑張りに期待した王家の皆様方から、成績優秀者に特別なご褒美が贈呈されることが決まっていたが、本日見本品が届いた!全ての生徒が一度は味わってその魅力を知らなければならない、とハロルド王太子のご配慮により、一人一粒、高級菓子を賜ることになった!」

 ご褒美のスポンサーにハルトおじさんだけでなくハロハロも支援してくれることになったので、全員分の味見の予算ができたらしい。

『ロイヤルチョコレート』と名付けられた一粒のチョコレートが生徒たちの心を鷲掴みにした。

 各学年の成績優秀者だけでなく、顕著な研究をしたものや、競技会等の課外活動での活躍も評価の対象となると発表され、衣装コンペの入賞者たちに箱詰めのチョコレートが贈呈されると、全員の目の色が変わった。

 チョコレートはみんなのやる気を引き出す魔法の食べ物だ。

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