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御学友……?

 ぼくに頭を下げたオスカー殿下をお婆が心配そうに見ていると、オーレンハイム卿より先に食べ終えて片付けたジェイ叔父さんがお婆の肩に手を置いた。

 お辞儀をして右手を差し出したオスカー殿下をいきなり拒絶するわけにはいかないので、固い握手とまではいかなくとも一見握手を拒んだように見えないように両手で挟むように殿下の手に添えた。

 マリアの喉がヒィと鳴ったようだが、何か対応を間違えたのだろうか?

「殿下にお友達になりましょうとお声がけしていただけるのはありがたいのですが、先ほど教室でウィルが言っていた通り、ぼくたちはおそらく卒業間際まで中級魔法学校の校舎に足を向けることはありません。ラーメンの屋台は入学祝に駆けつけてくれただけなので明日はいないでしょう。ですから、ここでお会いすることももうないでしょうね」

 冷たいようだがぼくはきっぱり断った。

 内緒話の結界を張ると長話になりそうだったから、お互い身内しかいないこの場で白黒つけた方が良いと判断したが、お婆とオーレンハイム卿が首を横に振った。

 厄介な上位貴族にはきっぱりと断るより小出しに情報を提供する方が良いと判断する二人からすれば、ぼくの判断は悪手だったようだ。

 亜空間に招待したい人物ではなかったので、ぼくは魔法の杖を一振りして内緒話の結界を張った。

 オスカー殿下が魔法の杖を持つぼくを見て満足そうに頷くと、眉を寄せたウィルが殿下の手を取っていたぼくの腕を掴んで振り払った。

「公衆の面前で殿下が平民出身者に頭を下げるなんて何を考えているのですか!そのボンクラな頭の中に入っているのは脳味噌じゃなくてラーメンですか!とても食えたもんじゃないという時点でラーメンにも劣りますね。せっかくこっちが殿下の面子を考慮して教室で恥をかかなくて済むように頭を冷やす時間を差し上げたのに、初恋の少女に告白するかのようなみっともない格好で中庭で迫ってくるなんて、何やってるんですか!」

 内緒話の結界から取り巻きたちを外したので、ウィルの毒舌には遠慮も配慮も消えていたが、口元を掌で隠す処世術は忘れていなかった。

「今しか話す機会がないからに決まっているだろう。ここ最近帝都で起こっている精霊騒動にはガンガイル王国寮が関係している。その中心人物が光と闇の貴公子だというのが市井のもっぱらの噂だ。私には中央教会の寄宿舎に入っている従兄弟がいるんだ。表向き活躍の指揮を執っているのは光の貴公子だが、主要な個所では闇の貴公子が活躍していると聞いている」

 オスカー殿下の奇行の発端となった情報源は寄宿舎生からだったのか。

「闇の貴公子なんて言われるのは迷惑ですよ。ぼくは平民出身で、ちょこっと王国で功績をあげたから成人後に叙勲されるだけです」

「だから、その年で叙勲されるような功績がある時点で十分闇の貴公子だ。おかしいのは光の貴公子の方だろう!くすんだ銀髪でなぜ光の貴公子と言われるのだ!!爺さんみたいな髪色で光の貴公子を名乗るな。私のように輝く金髪こそ相応しいではないか」

 確かに金髪碧眼で今のところ美少年のオスカー殿下は容姿と身分共に光の貴公子と名のる条件は揃っているだろう。

「ぼくは光の貴公子とは名のっていませんよ」

「光の皇子様と呼ばれるには、ちょっとばかり実績がないでしょうなぁ」

 ウィルとオーレンハイム卿が口元を隠して言うと、結界の外で取り巻きたちの口が、不敬な、と動いている。

 いつまでもここにいるのはおっちゃんの営業を妨害してしまうので、殿下に支払いを促して上級魔法学校の中庭に移動することにした。

 まだラーメンを食べていなかった殿下の取り巻きたちの半分を、ここでふるい落とすことができた。

 この場は任せておけ、とでもいうように生姜醤油ラーメンを啜っていたデイジーが顔を上げて箸を振った。


「文句を言わないなら入れてあげますよ」

 ウィルは話し合いの場に殿下の取り巻きの四人も内緒話の結界に入るように誘った。

 内容を知らずに遠巻きにきゃんきゃん吠えられてもうるさいからだろう。

 中庭のベンチに座れる人数ではなかったので、立ち話の状態でぼくは内緒話の結界を張った。

「殿下の希望を整理すると、ぼくと友達になりたい。ジョシュアとケニーとマリア姫たちの学習会に入りたい。この二点でよろしいですね」

 内緒話の結界の中に大人数がいることに不満顔だった取り巻きたちは兄貴たちを見て、ハッとした。

 殿下の希望を叶えるためにはみんなと仲良くしなければいけないと気付いたようだ。

「殿下と接点がなくなるので、友人として過ごす時間が取れない、とは言いましたが、殿下が努力なされば何とかなるのですよ」

 挑発するような口調ではなく優しく諭すように言ったウィルが、そうだよね、とぼくの肩にもたれるように腕を載せると、殿下が眉を顰めた。

「そうですよ、オスカー殿下!みんなで中級魔法学校の課程を速やかに終わらせて、上級魔法学校の校舎に入れる権利を手に入れましょうよ!!」

 マリアの笑顔に殿下の顔が引きつった。

「できっこないと思ってしまうと努力することを諦めてしまうから、まずはやってみてはいかがでしょうか?ジョシュアやケニーは旅の途中で学習が進みましたから、おそらく数日で終了してしまうでしょう。でも、学習会に参加していれば教会の寄宿舎生たちも参加しますから、今学期いっぱい頑張れますよ。どんな結果になるのかは、やってみなければわからないじゃないですか」

 ぼくの言葉に殿下は驚いたり、首を横に振ったり、しまいには頭を抱えた。

 数日で卒業相当になるだろうと言われてもうんうんと頷く兄貴とケニーを見た取り巻きたちが顎を引いて、マジかよ、と小さく呟いた。

「ハハハハハ。履修登録を済ませたのなら、真剣に勉強をしないとマジで後悔することになるよ。屋台でたくさん食べていた小さなお姫様が魔法学校に嵐を呼ぶことになるから、逃げ足だけは鍛えておいた方が良い」

 オーレンハイム卿が笑いながら言うと、寮生たちも頷いた。

「今年は孤児院出身の寄宿舎生たちが猛勉強をしている、と従兄弟から聞いている。東方連合国の才媛姫だけでなく、平民出身の魔法学校生から上級クラスに入るものもいると聞いたぞ!」

「殿下の情報網は確かですね。祠巡りをしている市井の子どもたちの中から初級魔法学校の入学試験で上級クラスに編入できる成績を出した子どもたちが数人いるようですよ。もたもたしているとその子たちが中級魔法学校にやって来るでしょうね」

 ウィルがぼくの肩に腕を載せたまま、ばあちゃんの家の子どもたちの中から魔法学校の入試を優秀な成績で合格した子が出たことを自慢した。

「教会の寄宿舎生だけでなく、富豪の平民の子どもでもない、一般市民の子どもたちの中から上位クラスに編成された生徒がいるのか!」

 取り巻きたちが頭を抱えた。

「親族の洗礼式のパーティーで司祭の助手をしていた従兄弟の寄宿舎生から聞いたのだから、間違いないと言っただろう。私の話を信じていなかったのか?」

 詳しく殿下から話を聞くと、魔法学校でのらりくらりと目的意識もなく授業を受けている殿下を心配した母方の親族の寄宿舎生が、このままでは平民たちにも負けてしまう、と発破をかけたようだった。

「従兄弟はガンガイル王国寮のカイルに教えを乞えば、私でも成績が上がるはずだと力説したんだ」

 それで僕に執着したのか。

 もう一人のヘンタイ貴族を生み出したのかと冷や冷やしたが、学習会に放り込めばなんとかなりそうだな。

 ぼくが安堵の息を吐くと、お婆が小さく首を横に振った。

 “……ご主人さま。小さいオスカーは光と闇の貴公子という言葉に執着しているようなので、ウィルの立場に取って代わりたいという願望があります”

 だから、ウィルがオスカー殿下に見せつけるようにぼくの肩に腕を載せているのか!

 ぼくは無言でウィルの腕を下ろすと、殿下に向き合った。

「学習効果を上げるためには、良い教師に教えを乞うことだけど、残念ながらぼくは自分の興味がある方ばかり研究してしまうので良い教師ではないのですよ。ガンガイル王国の留学生たちが優秀なのは互いに教え合うからです。学習習熟度がそれぞれ違うから、得意分野を教え合って切磋琢磨しているのです」

「学習会に参加してみてから、気になる箇所を質問する機会を設けたらどうかな?」

 殿下がぼくにこだわる限り話が終わらないことを察した兄貴が口を挟んだ。

「学習会での成果を披露するという名目で定期的にカフェテリアを貸し切って、上級、中級、初級魔法学校の情報交換をする場を設けるのもいいでしょうね」

 ガンガイル王国寮にまでオスカー殿下が押しかけてこないように、オーレンハイム卿が譲歩案を出した。

「いい案だな」

 ぼくに会える場所が確実に確保できることを喜んだオスカー殿下が乗り気になったことで、何とか魔法学校内での殿下の付きまといを阻止できる見通しが立った。

 オスカー殿下に、日常の勉強会は中級魔法学校の図書室を利用しよう、と兄貴がマリアたちも含めて詳細を話しだしたので、ぼくはジェイ叔父さんにガイダンスで貰ったメモを見せて上級魔法学校で受講する講座の相談をする時間が取れた。

 そうこうしている間に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、兄貴が殿下を引き連れて中級魔法学校の校舎に戻っていった。

 殿下のお守りは兄貴が担当することになるのだろうか?

 嫌なら必死になって必修単位を取得し上級魔法学校に逃亡するだろうから、これは一時的な処置でしかない。

 ぼくが盛大にため息をつくと、これは長い戦いになりそうだね、とお婆が小さく頷いた。

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