そこら辺にある草
オムライス祭りの大成功を受けてぼくたちは毎日教会の裏口から畑に通うことを許された。
孤児院の子どもたちは家電魔術具を多数導入したことで家事労働から解放され、勉強や遊びの時間が持てるようになった。
孤児院内の改装が済むまで遊び場がない問題は中庭に低空飛行したぼくのスライムが遊び場になった。
中二階の素材を特別なものにしたかったので改装が終わるまで少々時間がかかるのだ。
孤児院がまともになりそうなことを確認したお婆はその後三日で帰ったが、オーレンハイム卿夫妻は帝都のタウンハウスに残り、夫人はたびたび寮に顔を出して女子生徒たちと昼食を共にした。
夫人の目的は祠巡りの衣装のコンペで一次予選を勝ち抜いた作品のファッションショーを開くべく画策していたのだ。
男児モデルとしてぼくと兄貴とウィルにも声がかかったが、面倒くさそうなので全力で拒否した。
少年の衣装なら男装した女子でも十分に衣装を見せつけられる、と主張したところ、モデルを希望していた女生徒たちから出場枠が増えたと喜ばれた。
ぼくのスライムとみぃちゃんはファッションショーに行きたかったから、三白眼でぼくを睨んだ。
ぼくとしてはデザイン画が実際の服になるとまた印象が変わることは理解できても、興味の対象としては圧倒的に孤児院や寄宿舎の改装の現場の方が楽しい。
オーレンハイム卿夫人は精霊言語を理解していなくても魔獣たちの不満を読み取り、ファッションショー当日に看板魔獣として二体とも連れて行きたいという話を持ち掛けた。
キュアに行かないのか?と訊くと、モデルたちより注目を浴びるのは嫌だ、ということだった。
飛竜の幼体が目立ってもいいことはないと判断したようだ。
夫人はぼくのスライムとみぃちゃんにモデルたちの歩くランウェイの先端で可愛いポーズをとらせて、観客たちを沸かせた。
寮の談話室でみぃちゃんのスライムが撮影したファッションショーの鑑賞会を開くと、食堂のおばちゃんたちがクッキーを差し入れしてくれた。
食堂のおばちゃんが食べ物を持ってくるところにはデイジーが当然のように座っている。
マリアとデイジーは自分たちが推していたデザイン画が一次予選を通過して実際の服になったことを喜んで見ていた。
ショートパンツに編み上げブーツのデザインも勝ち上がっていた。
こういうのが好みなんだね、と兄貴がじっとりとした目でぼくを見た。
ショートパンツはいいじゃないか、チューブトップでへそ出しにするもよし、白いシャツ一枚はおるだけでセクシーと清楚の狭間を表現していて、心踊るじゃないか……はい、それは個人的趣向です。
一次予選通過の作品は、一見地味に見えるデザインでも動くと大胆なスリットが入っているような、セクシーで華やかな帝都らしいデザインが勝ち進んだ印象だ。
衣装のコンペは二次選考からは人気投票ではなく、コストや動きやすさなどの実用性を加味して審査されるらしい。
寮内は新学期の準備よりも衣装コンペや、お婆の化粧品の素材を精製するアルバイトや、孤児院の改装や畑に夢中になっている寮生たちが多かった。
王都の辺境伯寮では新学期のスタートダッシュを決めるべく、みんな血眼になって勉強していたのに、こんな気風の寮内で大丈夫なのだろうか?
“……ご主人さま。世界中の叡智が集まる帝都の魔法学校と言われていますが、それは上級魔法学校の一部にすぎません。寄宿舎生たちが指摘していた通り、貴族の坊ちゃん嬢ちゃんたちの社交場であり、親の権力を誇示する場になっているのも事実です。そのような状況ですからガンガイル王国寮生はすでに成績上位者層に達しております。後は実際に新学期に履修登録してからで十分です”
なるほどね。
入学後の履修登録は内部進学者が優先して専攻を決めてしまうので、ぼくたちのような外部からの入学者は入学式の後、残っている講座から選ぶしかないのだ。
ガンガイル王国では昔から留学が推奨されていたが、この内部進学システムのせいで上級魔法学校から入学すると選べる専攻の幅が狭くなっているので、中級魔法学校からの入学が推奨されるようになったのだ。
一年次に結果を残せば、新二、三年生は前年の成績順に履修先を選べるから、すでに専攻の内定をもらっている在校生は予習をとっくに済ませている。
寮生たちが優秀だから余裕があるのか。
「カイル!あの素材が十分な量で集まったぞ!!」
衣装コンペには全く興味のなかったジェイ叔父さんが談話室に飛び込んできた。
「北部の冒険者たちが活躍して収集してくれたし、南部はオシム達やマリア姫のキリシア公国近辺が協力してくれた」
興奮して声が大きくなっているジェイ叔父さんを、衣装コンペの映像を繰り返し見ているメンバーが騒がしいと睨みつけた。
亜空間に移動しようとすると、ウィルと兄貴に袖を掴まれた。
置いてかないから、そんなに焦らなくてもいいのに。
「世界中から集めたらこんなにたくさん集まる物なんだね」
亜空間で収納の魔術具を開けて成果を披露したジェイ叔父さんに、ウィルが関心したような声を上げた。
「世界中の土地が痩せているから期待はしていなかったんだけど、どこにでも生えている強い雑草という圧倒的な生息域の広さと、草の汁だけ精製するという単純作業だから可能になった。仕事に溢れた難民たちが頑張ってくれたようだ」
「遠心分離機を貸し出して、そこら辺にある草の汁を集めているだけだからね。残った絞りカスを堆肥にして土地の所有者に優先して販売すれば、地権者と揉めることもなかったようだよ」
兄貴は瓶詰めされた液体の数を数えながら、これで足りるかな?と首を傾げた。
「さらに精製したら量は半分以下になるけれど、他の素材と混ぜ合わせるから十分足りるよ。しかしなぁ、固すぎない建築素材とはよく考えついたな」
ジェイ叔父さんがぼくの頭をわしわしと撫でまわした。
「小さい子どもはすぐ転ぶし、あちこちにぶつかるから、床や壁やテーブルの角が柔らかければ怪我も少なくなるでしょう?」
スライムのおうちが遊び場として最適だったのは、遊具から落ちても衝撃を吸収したからだ。
増築する中二階で同じようなことをして事故があったら怖すぎる。
「用途や場所に合わせて硬度を変えよう。南方の密林にしかないと思っていたゴムがいつも踏んずけていた雑草にあったんだもん。ゴムの研究をするためだけに亜空間に閉じ籠っていたいよ」
そういう引き籠り体質を心配したから、お婆が帝都までわざわざ抜き打ちで見に来たのだろう。
困った人だ、とぼくと兄貴とウィルが顔を見合わせた。
「ご主人様。今日のところは出資者のみなさんに見ていただく模型を作るだけにしましょう」
美少女妖精姿のシロがぼくとジェイ叔父さんの間に姿を現すと、ジェイ叔父さんは素直に頷いた。
ジェイ叔父さんは身内に似た外見のシロに指摘されると素直に従うのかもしれないな。
ぼくたちは大人しく模型を仕上げて寮に帰った。
「ほほう。これは面白い建材だね。魔法陣を組み込めばさらに怪我の防止ができそうだ」
「訓練所の床材に使用したいな」
オーレンハイム卿と寮長は模型を触りながら、新しい建材の可能性に気が付いて唸った。
衣装コンペのファッションショーの収益の一部を教会に寄付することでオーレンハイム卿夫妻は教会改装の出資者の一人になったのだ。
一足先に寄宿舎のトイレと風呂場を改装し、最新鋭の魔術具を導入したところ、教会内の全てのトイレと風呂場を改装しよう、と大司祭が決意したのだ。
資金調達の相談を受けた商会の人たちはさらなる資金集めのために、衣装コンペの優勝作品をオークションにかけることにしたのだ。
いくら流行りの最先端の衣装とはいえ魔法学校の生徒たちがデザインしたものに過ぎない。
そこで優勝作品には教会の祭壇に奉納されたサッシュが授与されるのだ。
教会の改装費に貢献したということで用意したのが、上位貴族にしか授与されない高品質なサッシュということもあって、新興貴族には是非とも入手したい一品になったらしい。
サッシュだけあってもそこにつける勲章や、身につけて自慢できる機会がなければ意味がないだろう。
オーレンハイム卿夫人曰く、戦争ばかりしている帝国では叙勲される機会が多く、当然それを自慢する場もたくさんあるとのことで、高品質のサッシュを自前であつらえるより、上位者から賜る方が外聞的にいいらしい。
そんな加減でオークションの主催者にコネのあるオーレンハイム卿夫妻は、衣装コンペの寄付金を取りまとめることとなり、教会改装の有力出資者としてさらに強く意見を言える立場を手にしたのだ。
「素材については公開しないのですか?」
「開発中の新素材ということで公開はしません。そこら辺にあるものですが、根こそぎ採取してしまったら生態系に影響を与えてしまいますから」
社交の場で情報をどこまで話して良いか探る夫人に、ジェイ叔父さんはどこにでもあるものだから根こそぎにされかねない危険性を語った。
「これだけ広範囲から搔き集めたのだから、すぐにばれるのではないかい?」
「終末の植物や他の植物にも素材採取の依頼を出していますから、特定はされないでしょう」
「新製品が多すぎて何を何に使用しているかは簡単にはバレませんよ」
寮長の疑問をジェイ叔父さんとウィルが否定した。
「いま皆さんが飲んでいるお茶がその素材、タンポポの根を煎じたものです。日常生活で体内に溜ってしまう毒を排出する薬効があることは製薬業界ではよく知られています。ジェイ叔父さんが大量購入しても不自然じゃないのですよ」
タンポポ茶を啜りながらぼくが言うと、全員が納得した顔になった。
入学までのひと時はこうしている間に過ぎていった。
暑過ぎる帝都の風に秋の気配を感じる頃、仕立てたばかりの帝都魔法学校の制服に袖を通した。
保護者代表の寮長が新入生全員の制服の着こなしをチェックした。
いよいよ茶番の入学式が始まる。
新入生全員が緊張した面持ちだった。




