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幸せの連鎖

 精霊使いたちがほぼ全滅させられた歴史を鑑みれば、妖精を介しているとはいえ精霊魔法を使うデイジーは、先が見えない状況では慎重になるべきだと主張した。

 精霊使いの末路を学習済みのウィルが、鼻息の荒いデイジーを気遣うように優しく語り掛けた。

「オムライス祭りでの子どもたちの感謝の魔力奉納の音頭をデイジー姫が取ることになったけれど、魔力奉納をしたのは子どもたち個人個人だよ。絶妙なバランスで魔力奉納ができたのはデイシー姫の匙加減が絶妙だったからだけど、さほど不自然じゃない。高位の司祭が来てもバレはしないさ」

「精霊の存在が伝説として考えている連中には、精霊が出現したことにしか注目が集まらない。そうだろうけれど、権威が自分たちだけにあるべきだと考える連中が来る前に、オムライス祭りを終わらせてしまった方が楽しい祭りになるだろうね」

 兄貴の指摘にぼくたちは頷いた。

 ウィルは寮長に手紙を書き鳩の魔術具を飛ばし、村長の自宅に押し掛けてオムライス祭りを予定より早めて海路経由でやって来る新入生たちを驚かせたい、と提案した。

 試験農場のお蔭で村が発展した村長は、ガンガイル王国寮の新入生の歓迎を兼ねてオムライス祭りの日程を早めることに賛成した。

 寮長も試験農場でのオムライス祭りは小規模だから、と聖女マチルダが儀式を執り行う手はずをつけてくれた。

 聖女は出張洗礼式に出向かないから急遽頼んでも何とかなったようだ。

 食材は村のオムライス用にすでに集めていたので問題がないが、ソース作りだけは食堂のおばちゃんに迷惑をかけることになる。

 今度労いのプレゼントでも用意しよう。


 ぼくたちが慌ただしく祭りの準備をして寮に帰ると、観劇を終えたお婆とジェイ叔父さんが談話室でぐったりしていた。

 オーレンハイム卿の最高傑作『市井の女神』シリーズのモデルの親族として、上流階級の人たちにひっきりなしに紹介されたようだ。

 お婆をモデルにした絵画や彫刻の公開を禁止する前に見た人たちが大勢いたようだ。

 伝説の美少女は存在していた、と、存在だけで話題の人になったうえ、オーレンハイム卿夫人はお婆の化粧品を自慢したり、お婆のドレスの生地や縫製方法を見せびらかしたりと、大はしゃぎだったようだ。

 観劇ではカーテンコールで舞台上にオーレンハイム卿夫人が推している俳優の周囲に、いたずら好きの精霊たちが五、六体出現し、これが中央広場に現れる精霊か!と定時礼拝の教会を見に行けない貴族の女性たちが大感激したらしい。

「オーレンハイム卿夫人は、それはもう大喜びでしたよ。今一番応援している俳優の掌の上で精霊が光ったのですもの。鼓膜が破れるかと思うほどの悲鳴を上げられたのよ」

「お蔭で疲労を言い訳に夕食を辞退して帰って来れたよ」

 大はしゃぎのオーレンハイム卿夫妻に振り回されてすっかり疲れてしまっている二人に、試験農場でのオムライス祭りの日程変更を告げると目を輝かせて喜んだ。

「「明日は日の出とともに試験農場に避難できる!」」

 ジェイ叔父さんが回復薬をグイっと煽ると、無茶しないでね、とお婆に釘を刺された。

 亜空間で巨大フライパンを仕上げようとしているのを先読みされてしまった。


 日程変更で寮の中は大わらわになったが、食堂のおばちゃんたちは許してくれた。

 新入生歓迎用の特別メニューの仕込みを始める前の変更だったので、かえって手間が省けた、と笑ってくれた。

 準備万端とは言い難い状態だったが、寮長は現場で何とかしてくれ!と寮監の肩を叩いた。

 教会でのオムライス祭りに留守番していた寮監が現場責任者として試験農場に行くことになったのだ。

 寮監は妻が喜んでくれるはずだ、と笑顔で言うと、留守番する寮長が、うちの妻も連れて行ってくれ、と寮監に頼み込んだ。

 王族の奥様が来るのにソースの種類を減らしたのはマズかったかな。

 厨房の奥で任せてよー、と声がしたので大丈夫だろう。


 開門前の薄明の時刻からガンガイル王国寮生たちの馬車が西門の前にずらりと並んだ。

 試験農場での収穫祭の準備のため、と前日に連絡をしていたから西門の門番たちと世間話ができた。

 教会のオムライス祭りは西門からもスライムのおうちが見えたようで、精霊たちが小川のように流れてきた時に門番たちも精霊たちと戯れることができたらしい。

 中央広場で販売されたオムライスの味の評判を聞いただけで購入できなかったことを嘆いていたので、お昼にお弁当を届ける約束をジェイ叔父さんがすると城壁内から歓声が上がった。

 開門と同時にぼくたちは門番たちに気持ちよく見送られ試験農場に向かった。


 村では昨日ぼくたちが作った会場に村人たちが花や木の実で飾りつけをしてくれていた。

 試験農場が村人たちに受け入れて貰えている証のようでぼくたちは感激した。

 感動していても、もたもたしているわけにはいかないので、ぼくたちは班分けをして下ごしらえに取り掛かった。

 村人たち総出で祭りの準備をしていると、寮長夫人が聖女マチルダたち教会関係者を連れてきた。

 村長が歓迎の挨拶を聖女マチルダにしている。

 聖女の後方に並んでいるのは上級魔法学校の寄宿舎生たちだった。

 帝都を出られてよかったね、とぼくたちが目で語り掛けると、寄宿舎生たちの瞳が潤んだ。

 祭壇の支度を寄宿舎生たちがすると、試験農場の雌鶏たちがわらわらと取り囲んだ。

 コッコのように祭壇に上がりたいのかもしれないが、雌鶏が祭壇に上がることが流行しても困るのでぼくは祭壇の周辺に魔法陣を描くことにした。

 土魔法で豊穣の神の魔法陣を会場に一気に描くと、寄宿舎生たちが驚いた。

「これは見事な魔法陣だね。祭壇の魔法陣と組み合わせても問題ないよ」

「作法に拘らなければ自由に魔法陣を描けるんだよね」

 神学的に問題ない、と太鼓判を押す寄宿舎生に、オムライス祭りの祭壇の魔法陣は研究済みだとは言えないから、一般人だから自由な発想ができる、ということにしておいた。

 祭壇の支度が整う頃、マリアの馬車に同乗したデイジーたちが到着した。

 祭壇に奉納されたアイスクリームや海産物の干物を見た村人たちが、世の中には不思議な食べ物がある、と仰天した。

 それぞれの自己紹介が済み、お姫様だろうが貴族出身の神学生だろうが、だれも偉ぶらず打ち解けて話す様子に村人たちが馴染んだ頃、海路経由の女生徒たちと付き添いの商会の人たちの二台の馬車と、護衛に就いていたボリスの二人の兄たちの馬がやって来た。


 サプライズは大成功で、大歓迎を受け旅の緊張感が解けた女生徒たちは涙した。

 同胞たちに会えただけで嬉しいのに収穫祭の日時を自分たちの到着に合わせるなんて信じられない、と口々に言った。

 参加予定者が全員集まったので、試験農場でのオムライス祭りが始まった。

 聖女マチルダによる収穫を感謝する祝詞に合わせて寄宿舎生たちが踊ると、さっそく精霊たちが輝きだした。

 会場に描いた魔法陣が光り、雌鶏たちも村人たちも光に包まれた。

 幻想的な光景に村人たちからため息が漏れた。

 昨晩、亜空間で仕上げた陶器に熱伝導線を加えた巨大フライパンを収納の魔術具から取り出すと拍手が沸き起こった。

 キュアとスライムたちがオムレツを焼き始めると、涎を飲み込む音が聞こえてくるように静まり返り、みんなが息をのんで見守った。

 オムレツが宙を舞うと歓声が上がった。

 お手伝いする機会がないちょっとすねているみぃちゃんも、腕を上げたな、と褒めるほど滑らかにオムレツは豚肉を使用したチキンライスもどきの上に着地すると、てっぺんからスパッと切り込みが入りライスを包み込んだ。

 見事な仕上がりに拍手と大歓声が沸き上がった。

 食堂のおばちゃんの張り切りで、オムライスソースの種類が増えていた。

 茸ソースやたらこソースの登場にデイジーじゃなくても歓喜した。

 お婆と食堂のおばちゃんたちがサプライズの成功を喜び合っている。

「誰かを喜ばせようとして行動すると、仲間たちが更に喜ばせようと企んで、幸せの連鎖が起こり、全員が幸福になるのですね……」

「神事は尊いものだと考えていましたが、人々に幸福をもたらすものだったのですね」

 聖女マチルダと寄宿舎生たちは精霊たちが飛び交う祭りの会場で、笑顔の村人たちが各種のソースを盛り付けたオムライスを祭壇に並べるのを見守りながら呟いた。

「さあ、聖女様もいただきましょう」

 寮長夫人の誘いに聖女マチルダと寄宿舎生たちも村人たちの列に並んだ。

「みんなで分け合って食べると幸せを共有できますね」

 お婆が西門の差し入れのオムライスを木箱によそいながら言うと、聖女マチルダが頷いた。

 ひとっ走りして届けてくる、と騎士コースの受講者が声を上げる様子を見た寄宿舎生たちが、能力があるものが積極的に行動しなければいけないのだな、と呟いた。

 収納の魔術具を背負って村を出た寮生たちに、精霊たちが応援するかのように数体ついて行った。

「ガンガイル王国の寮生たちは行動を起こせば実力がつくことを経験値で知っているから、苦労を買って出ようとする傾向があります」

 寮監の説明に寄宿舎生たちは納得した。


 女生徒たちは祠巡りの衣装の話で、男子生徒たちはボリスの兄たちから旅路の話を聞いて盛り上がった。

 蝗害の飛蝗の魔石を手に入れた話でぼくたちがわいわい言っていると、女生徒たちから食事中に昆虫の話題はやめてくれ、と苦情が来た。

 寄宿舎生たちは旅の話をまるで冒険譚を聞くかのように目を輝かせて聞き入っていたが、ハロハロが問題解決をした後に旅をした女生徒たちは安全でゆったりした旅程だったようだ。

「それだけ被害が拡大していたのに死霊系魔獣が跋扈しなかったのは、帝国軍が派遣されていたからでしょうか?」

 寄宿舎生の疑問にボリスの長兄のオシムさんが微妙な表情を浮かべて首を傾げた。

「帝国軍は蝗害を追って移動していたから、浄化の作業は復興支援に走ったうちの王太子殿下の魔術具が功を奏したと言っていいでしょうね」

 復興支援に王太子自ら指揮を執って教会の職務範囲でもある土地の浄化を魔術具で済ませてしまったことに、寄宿舎生たちが驚いた。

「……新学期が楽しみになってきました」

 寄宿舎生が小声で教えてくれたのは、帝国内の派閥を無視したハロハロの支援で、魔法学校の生徒たちの勢力図が変わるだろうということだった。


 意外な形で情報交換ができた試験農場でのオムライス祭りは大成功に終わった。

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