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家族なのに……。

 “……ご主人さま。息子と一緒に学校に通うというのがジェニエには恥ずかしいのですよ”

 若返って息子と孫との魔法学校生活……気後れするのも理解できる。

 寮長は成人後に魔法学校入学レベルに魔力量が達した市民たちが魔法を行使できる労働力の確保になる利点をお婆に力説した。

 お婆は魔力使用を細分化することで事業を成功させているので、平民の魔法学校再入学における経済効果を実感している。

 帝都で新規事業を成功させるためには単純魔法労働ができる人材の確保がカギを握っている。

 自身が成人後の平民の魔法学校再履修者の先駆けとなることで、従業員を育成できる見通しを立てられる。

 当面は寮生たちのアルバイトで少量ならば生産可能だろうが、寮生たちのアルバイトでは試験期間が迫れば生産は停止してしまうだろう。

 安定した生産には魔力の多い従業員数人より、低魔力でも常時就業できる固定の従業員の存在が欠かせない。

「魔法学校在学中に私は仕官する気もなかったから上級魔術師の資格はいらなかったのですよ。現在も薬師として活動する資格を保持していますから、何ら不自由していません」

 お婆は自分には再履修が必要な科目がない、と寮長の推薦を辞退したが、寮長は食い下がった。

「ジェニエさんの化粧品は妻が愛用しています。現在はガンガイル王国から入荷待ちの状態なので、寮生たちのアルバイトで製造する状況では安定して入手できないじゃないですか!」

 寮長が食い気味にお婆に迫っていたのは、化粧品部門の事業化促進を奥さんに迫られていたからなのだろうか?

「化粧品部門は縫製業に出遅れてしまったから、人員確保が難しくて……。帝国は職業に身分を求めすぎていて単純労働にもとにかく資格を求める傾向がありますわね。……私の再履修も検討してみます」

 帝国では押し寄せる難民に仕事を奪われないために各ギルドが細かく資格を要求する。

 大概は各ギルドに必要書類を揃え、受験料を支払って受講するだけで合格する資格で、出身学校によっては落とされる、と噂されている。

 各ギルドでは魔術具の魔力供給に人材を確保したいが、難民や外国人に職を奪われたくないとの苦情対策として資格ばかり増えていったのだ。

 平民の魔法学校への門戸が極端に狭い帝国では、成人後に魔力量が認められる機会が極端に少ない。

 裏を返せばまだまだ発見されていない魔力量の多い市民がいるはずなのだ。

 ガンガイル王国の新規事業で狙っている人材は、成人後に洗礼式で鐘を鳴らせる程度の魔力量でいいのだから、その程度ならそこここにいてもおかしくない。

 魔術具に魔力供給をするだけなら、こちら側が適当な名目の資格をギルドに申請すればいいだけだが、魔術具に不具合が出たら現場では誰も修理できない。

 初級魔法学校を卒業している人材がいれば魔術具の壊れた部品を交換することができる。

 そう言った単純な仕事ならば下級貴族と仕事の取り合いにならず住み分けができているから、ガンガイル王国では成人後の平民の魔法学校の履修は、魔法学校の長期休暇時期に申し込むのが一般的になりつつある。

 帝都で人材育成をするためには、成人後の平民の魔法学校での履修を認めさせなくてはならないという課題があるのだ。

 “……成人後の平民が帝都の魔法学校に入学した記録はない。ジェイの場合は復学だし、ジェニエの場合は王都の魔法学校に再履修登録をして帝都の魔法学校に編入する方法が過去にはあった”

 “……ご主人さま。魔本の指摘する方法でジェニエは編入可能です”

 魔本とシロの精霊言語でのやり取りに、ぼくと兄貴は顔を見合わせた。

「外国の魔法学校の雰囲気を味わってみるのもいいんじゃないかな?」

「いやなことがあれば帰ればいいだけだよ」

「フフフ、そうね。ちょっと行ってみる、くらいのノリでもいいわね」

 ぼくと兄貴の言葉に、孫たちと登校するのね、と微笑んだお婆が可愛すぎて、食堂の男子寮生の注目を集めた。

 この笑顔は魔法学校でも注目を浴びそうだ。

「そういえば、オーレンハイム卿は帝都にタウンハウスを所有されていましたよね。そちらには行かれましたか?」

 ウィルはお婆が注目を浴びる事態になったら黙っていないであろう人物を思い出してお婆に訊いた。

「滞在することを勧められましたが、貴族街の中心部にありますからお断りしました。いくつかサロンも紹介してくださるので、タウンハウスから出かけた方が様になるようですけれど、中央教会の特別祭壇を経由したら、今ならどこへ出向くにしても十分でしょう?」

 オーレンハイム卿の夫人からの情報によると、上流階級でも中央教会は最先端の話題になっているそうで、ランクの違う生地を使った上品なデザインの祠巡りのローブは貴族の女性がお忍びで教会を見に行くのに重宝されているらしい。

 そこから話題は祠巡りの衣装のコンペの話になり、談話室に移動すると、お婆も審査員になることになってしまった。

 祠巡りの衣装のコンペに参加した女子生徒たちと仲良くなったお婆は、高級シャンプーの差し入れがあるのよ、と手土産の話をすると、お婆は女の子たちと女子棟に行ってしまった。

「ジュンナさんはいつも猛烈に働いているイメージがあるから、帝国で楽しんでほしいな」

 ボリスがボソッと呟くと、寮長がにやっと笑った。

「働き者の美人で、その上、性格も良さそうじゃないか。しっかり捕まえておかないと別の男に掻っ攫われるぞ」

 寮長はジェイ叔父さんを肘で突いた。

「そんな関係じゃないって、言っているじゃないですか。ジュンナはもうすでに家族ですよ、家族!」

「またまたぁ。十年間引き籠っていたから情緒の発育が止まっているんじゃないのかい?自分の気持ちに気が付いた時には、彼女は別の男になびいているかもしれないぞ」

 どうやら寮長は自分が近づくと一歩下がるお婆は男性が苦手で、女性が苦手なジェイ叔父さんにはお似合いな相手だと決めてかかってしまっている。

 みぃちゃんとキュアとスライムたちがゲラゲラとお腹を出して笑っても、寮長はお似合いなのにな、と首を傾げている。

 お互いに異性を寄せ付けないために付き合っているふりをするのが合理的なのはわかるけれど、親子で小芝居をするのは心理的に無理だな。

 ぼくと兄貴とウィルがジェイ叔父さんを無言で気の毒そうに見つめると、叔父さんは深い息を吐いた。

「ジュンナがモテそうなのはシロに聞かなくたってわかるよ」

 だったら付きあっちゃえ、とまだ言っている寮長を放置して、ぼくたちも大浴場に行くことにした。


「かぁ、ジュンナが帝都に来たのに驚いて話題をすっかり掻っ攫ってしまったけれど、なんだか憑き物が落ちてしまったように寄宿舎生たちの雰囲気がすっかり変わってしまったことに驚いたよ」

 お婆のお土産のシャンプーでさっぱりしたぼくたちは大浴場で寛ぎながらオムライス祭りの感想を語り合った。

「あれは精霊たちが光り出す前から、スライムのおうちの中は精霊たちが集まってきていたからだよ。みんなが穏やかな気持ちになっていたんだよね」

 ジェイ叔父さんの疑問に首まで湯船に浸かり、だらんと手足を伸ばして寛いだぼくが答えると、ウィルは首を傾げた。

「寄宿舎生たちは何らかの呪詛か暗示かがかけられていたはずなのに、弱すぎて辿れなかったんだよね」

 ウィルは悔しそうに頭を両手で抱えた。

「教会側の調査では毒が水に染み出ていたことしか発見できなかったらしい。そもそもその呪いが弱すぎて発見できないだけなのかもしれない」

「……ごめんなさい」

 ジェイ叔父さんの言葉に続いて、兄貴が唐突に謝罪した。

「弱い呪いだったから、なるべく小さく魔力を動かして広範囲に追跡しようとして、浄化しちゃったかもしれない。……精霊が嫌う邪気や呪いを追跡しようとして周囲の魔力を使ったことで、呪いそのものを浄化してしまったようなんだ」

 兄貴は出ない汗を拭う仕草をしながら告白した。

「……広範囲って、どのくらい?」

「教会の敷地内」

 はぁ、とジェイ叔父さんが天井を仰ぎ見た。

 教会関係者全員が兄貴によって浄化されてしまっていたようだ。

「まあ、皆いい人になったんだから良かったとしようよ」

 ボリスは教会の職員たちが親切になったのは邪気が払われたこともあるのじゃないかと推測した。

「そうだな。腹黒いやつらが簡単に改心することはないだろうけれど、次の行動に移す時に賛同者や協力者が少なくなるだろうな」

 組織に所属していなくても悪事に加担した人たちが正気に戻れば、再び協力者になることはないだろう。

「またやりますかね?」

「出荷する荷がなくなれば、どこかから搔き集めようとするだろうね」

 ウィルとジェイ叔父さんは魔力の高い孤児や平民の寄宿舎生を組織が入手できなくなれば、市井の子どもたちが狙われるだろうと心配した。

「魔獣カード倶楽部のランキングを公表して市内の子どもたちを把握するには帝都は大都市過ぎて無理ですね」

 地方の町では子どもの名前を把握することはできるけれど、帝都では人口が多すぎる上に、平民同士でも居住地域や親の職業で格差があり過ぎる。

 その上、貧民街が広がり過ぎていて洗礼式前の子どもたちの状況を把握しているのは教会だけになってしまっているのだ。

「いっそ小さな教会を全て参拝して、教会関係者の全員を浄化しまくった方が未然に防げる犯罪が多そうだよね」

 誰がいい人で誰が悪い人かなんて関係なく、みんな浄化してしまえば一時的にでも子どもたちが”出荷”されるような事態が防げるだろう。

 何気なく言った一言に浴槽に浸かっていた全員の首が伸びた。

 迂闊なことを言ったかな?

 ここにいる連中は何でも検証するのが好きな男の子たちばかりだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとです。 叔父さんがからかわれるのは可愛いけど 心に決めた(すでに添い遂げた)人が居るんだっていえば、 それで済みそうなんだけど、おばあのセカンドライフを考えると 全部あっていい…
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