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祭りの終わり

 寮長とジェイ叔父さんが地上に戻った後も、夕方礼拝まで自由時間になった寄宿舎生たちとぼくたちはのんびり無駄話をした。

 魔法学校での専攻や、日々の日課などお互いの生活の情報交換ができた。

 寄宿舎生たちは孤児院の子どもたちの日課を知らなかったし、孤児院の子どもたちも寄宿舎生の忙しさを知らなかった。

 寄宿舎生同士でも知人同士で行動することで、平民の寄宿舎生の様子を気にしていなかったようだ。

 自分たちの考え方が間違っていた、と貴族出身の寄宿舎生たちは率直に語った。

「酷い言い方だけど、魔法学校で寄宿舎生というだけで一般生徒たちと違った目で見られているのは、平民出身者と同じ寄宿舎で暮らしているからだと考えていた」

 親の身分が一番高い寄宿舎生の告白に、他の寄宿舎生たちも申し訳なさそうに頷いた。

 寄宿舎一階の階段脇のトイレと風呂場の水瓶と浴槽から徐々に染み出てくる毒が検出されたようで、滅多に平民用のトイレを使用しなかった貴族出身の寄宿舎生たちには全く害がなかった。

 中級、上級魔法学校の寄宿舎生たちは初級魔法学校生時代に平民出身の寄宿舎生を見殺しにしてしまった事実に顔を歪めた。

「……お墓はどこにあるのですか?こちらの教会の敷地内にあるのでしたら参拝したいのですが」

 マリアの提案に寄宿舎生たちはキョトンとした顔になった。

「他国の風習は知りませんが、帝国では町の中にお墓は作りませんよ」

 ぼくたちは事前学習で知っていたが、マリアは帝国の葬儀の習慣を知らなかったようだ。

「葬儀は教会で執り行いますが、ご遺体は町の外の火葬場に運ばれて悪いものに取りつかれないようにできるだけ早く灰にしてしまいます。場合によっては葬式より先に火葬することもあります。遺灰は平民でしたら合同墓地に埋葬されます。貴族階級でないと個人のお墓はありません」

「それでしたら、日を改めまして合同墓地にお参りに行きますわ。天界の門を潜られた後ですが、帝都の安寧を願い日々お勤めをされていた方々に祈りを捧げに行きますわ。今まで帝都を支えてくださった方々を敬うのは至極当然ですから」

 寄宿舎生たちのお勤めを肯定するマリアの言葉に寄宿舎生たちは感激して頷いた。

「帝都の外の墓地に行くのでしたら、ぼくたちと合同で行きませんか?警備の予算を折半にできますよ」

 ウィルの誘いにマリアばかりでなくデイジーも賛成した。

 デイジーには警部を強化する必要はないが、対外的には東方連合国のお姫様なのだから、それなりに格を見せつける行動を折に触れてしなければならないだけだ。

 寄宿舎生たちには休日がなく自由行動もできないので、同行できないことを残念がった。

「毎日祭壇で祈る際に哀悼の念を込めるだけで、追悼の気持ちを天界の門に届けられるでしょう?」

 一番神様に願いが届きやすいところに暮らしているのだから、心根を入れ変えて祈ればいい、デイジーが軽く言った。

 天界の門を潜った魂はもう別の命に転生しているけれど、故人を悼む気持ちを示すために墓参りはした方がいいし、それでもできないなら祭壇で故人の魂の練成を熟成を直接神々に祈ればいいとデイジーは説明した。

「デイジー姫は神学にお詳しいですね」

「天界の門の伝承は古代からの風習として、地方の方が色濃く残っているだけですわ。大都市であれば死者の数も多いから墓地をひとまとめにして都市の外側に作る方が、一括管理ができて便利でしょうが、我が国では城や教会の一角に墓地があります。さすがに城は一般の方々の立ち入りは禁止していますが、手前に土地神様の祠があるものですわ。個人を偲びお墓参りをして、神々に個人の魂の練成の成功を願う行為がすぐにできて便利ですよ」

 デイジーの説明にマリアとガンガイル王国寮生たちは頷いた。

「ところ変われば常識が変わるように、他国の風習が蛮行というわけではなく、土地柄でこちらが習慣を変えただけだったようですね」

「大都市の大帝国だからこそ、魔法学校では貴人の子息が多すぎて教会関係者を軽んじる傾向があるんじゃないのでしょうか?」

「教会に入るご子息たちは三男以下が多いから家督の継げない子どものいくところ、となりがちですが、地元教会に残ることを念頭に置いているガンガイル王国では、より高位の子弟が教会に入るべきだという考え方が普通なので、将来司祭になる教会所属の生徒は尊敬されていますよ」

 マークとボリスが在校生目線で語ると、寄宿舎生たちは目から鱗が落ちたかのように表情が晴れやかになった。

「学校で華々しく活躍する場に寄宿舎生たちは縁がなさすぎるから、考えが浅い生徒たちが軽んじるんですよ」

 ビンスがため息交じりに言った。

 競技会にも参加しないし、卒業パーティーではパートナーを探さないのが恒例な寄宿舎生たちは、青春を謳歌する機会が全くなく、放課後には神学を学ぶために教会に戻ってしまうから、魔法学校の一軍的な生徒たちから根暗の集団のように思われても仕方がない、ということを寮生たちが代わる代わる遠巻きに指摘した。

「今年からは変わりますわよ」

 デイジーが不敵に微笑むと、寄宿舎生たちは怪訝な顔をした。

「華々しくないなんて誰も言えなくなるはずですわ。またしてもガンガイル王国寮が火付け役になっているのですけれど、祠巡りの衣装が新調されることになるから、最先端のお洒落の発信源が教会関連だということになるはずです。高位の貴族の子女たちも競うようにお洒落をして教会に礼拝に来るでしょうね。教会では常に神々に奉仕する寄宿舎生のあなた方が敬われる立場になるのですわ。オホホホホホホ!」

 最後の高笑いが鼻につくけれど、デイジーの予測は妖精の助言もあるから的確だろう。

「フフフ、そうですね。ご令嬢方は定時礼拝の時間帯に中央広場に来ることは、この混雑が落ち着くまで無理でしょうから、日中の祠巡りの衣装を愛でにくることが流行りそうですね。フフ。楽しくなりそうですわ」

 マリアも意味深に微笑みながら賛同した。

 “……ご主人さま。マリアとデイジーは祠巡りの衣装のコンペの審査員をしました。流行の最先端にかかわったので、魔法学校入学前にして、ご主人さまのイメージする一軍とやらの女子生徒が注目する話題を持っていることになります”

 ぼくにはマリアとデイジーは早朝礼拝のカエルの歌で蛙飛びをした衝撃の方が強かったけれど、女の子たちの話題ならばお洒落の方が強いよな。

「そうだ、まだ時間があるのなら魔獣カードで遊ぼうよ。寄宿舎の各階に基礎デッキを寄付するから日常の隙間時間にでも活用してね」

 ウィルの提案に寮生たちが賛同し、各々の収納ポーチから自慢の魔獣カードを取り出した。

 監禁されていた洗礼式後の子どもたちを交えて遊び方の説明をすると、孤児たちは目を輝かせて、寄宿舎生たちは魔獣学の講義の前に知っていたら満点を取れたのに、と悔しがった。

 その後はお昼寝の終わった子どもたちも交えて、魔獣たちをモフモフしたり、体を動かすのが好きな子のためにスライムがトランポリンを作ったので跳びはねたりと、それぞれの子どもたちの興味に合わせた遊びを日が傾くまでした。

「夢のような一日だった」

 スライムのおうちがゆっくりと地上に降り立つ時間になると、誰ともない呟きがそこここで聞こえた。

 祭りの終わりの切なさはみんな同じだ。

 ぼくは巨大フライパンとコンロを片付けるために一足先にエレベーターで地上に降りた。


「いやあ、飴細工を教会で常時販売することが決まって、収益の一部を孤児院や寄宿舎の改装に回せることになったよ」

 フライパンを再び封印しながら寮長がご満悦の笑顔で報告してくれた。

 オムライス祭りの後方支援を担当していた商会の人たちによって改装費用の見積もりを算出し、オムライスが売り切れた後に売り出した飴細工に教会謹製の付加価値をつけて販売したところ改装費用を回収する目処が立ちそうだ、と大司祭に進言したところ認められたらしい。

 仕事が早すぎる。

「飴細工は手間がかかるから常時大量生産できるものじゃないですよ」

 興に乗ったウィルが昨晩張り切って作ってくれたけれど、飴細工を作るために留学したわけではないウィルはお祭りでもない限りもう作らないだろう。

「そこでなんだ。お祭りは終わったのだから飴細工ではなく、普通の飴を奉納済み価格で販売することになりそうで、オレンジの苗木を一本植えてみないかい?」

 教会謹製の飴に、常時実のなる教会の不思議なオレンジの果汁を少し使用したさらに付加価値の高い飴を高額販売しようと寮長や商会の人たちは企んだようだ。

「提案のように言っていますが、もう大司祭の許可を取ったんですよね」

 頷いた寮長はハルトおじさんのように頭を掻いた。

「成長を促進する魔術具の鉢が貴族街でも話題になっているからこういう話になったんだ」

 洗礼式で貴族の屋敷に出張する司祭たちは、ガンガイル王国寮生たちが教会に行ってから教会が光り出したことを知っており、探るように話題を振られると、礼拝の手順を古代の方式変えたためだ、と定型の返答を繰り返していたが、ガンガイル王国従業員寄宿舎の敷地が畑だらけになってしまったのはあからさまだったので、成長促進の魔法を親しくしている教会が贔屓して施したのではないか、と疑われたらしい。

「北の端っこに暮らす田舎者が自分たちで開発した魔法だとは信じられないのだろう」

 はなから帝都の上位貴族には侮られているからな、と鼻息を荒くした寮長に代わって、ジェイ叔父さんが続きを説明してくれた。

「地方の教会からの連絡を受けている司祭たちは、ガンガイル王国寮生たちは魔術具を使っているらしい、と説明しただけで多忙を理由に早々に退席していたようだよ。ただ、本音では中庭の一部を畑にして食生活を充実したいらしい」

 オムライス祭りが終わってしまう切なさは大人たちも同じだったようで、日々の食事の乏しさについ本音が漏れたようだ。

 神々に奉納しているお弁当は一部の司祭しか食べられず、オムライスの美味しさを知ってしまうと、名残惜しそうにコッコたちのいる鶏舎を見つめる教会関係者が多々いたようだ。

 ぼくたちの話に聞き耳を立てている気配がする。

「そういう状況なら庭師も賛成しているのですね」

 片付けを手伝う教会関係者の全員の首が小さく頷いた。

「だったら、畑づくりが大好きな寮生たちが上空にいるので呼んできましょう」

 どうやら中央教会の中庭でも、畑の実験ができるようになりそうだ。

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