スライムのおうちの中と外
東方連合国からの寄付金はデイジーの食費の分上乗せされていたようで、巨大オムライスが焼きあがるたびに教会職員がせっせとオムライスを運んで来る。
「ああ。気にする必要はないわよ。空飛ぶ絨毯が空飛ぶおうちみたいに変形して外からは子どもたちの足の裏側まで透けて見えるのに、スカートの中身だけは決して見えない不思議な魔術具の中に入ってみたい職員が、手ぶらじゃなんだからオムライスを運んで来るだけよ」
デイジーは地上に降りた時に下から上を見上げて確認したのだろうか?
“……ご主人さま。そこは妖精からの情報ですよ”
うちのスライムは女の子属性だからそこのところは抜かりないだろう、と高をくくりつつも透過性の高いマジックミラーがこの空飛ぶおうちの壁材だったならと想像の翼を広げた。
精霊言語でマジックミラーの仕組みを理解したぼくのスライムが壁と天井を一瞬で透過させた。
明るくなった!
幼い子供の声がドーム型の部屋に響いた。
まるで完全に空中に浮いているかのように透き通った天井や壁面からは、発達手前の入道雲や帝都上空から見下ろす町並みが一望できて、視力強化をかけたなら中央広場の光と闇の神の祠に参拝しようと並んでいる人たちを特定できるほど鮮明に見通すことができた。
オムライスをたらふく食べて満腹になった後、ぼくのスライムが作った遊具で遊んでいた子どもたちが動きを止めて呆けたように天井の空を眺めたり、壁際に近づいて帝都の街並みを見下ろしたりして、感嘆の吐息をついた。
祭壇に魔力奉納をしなくても、シロに未来を聞かなくても、子どもたちのワクワクしている熱気と魔力を神々に還元せよという雰囲気を、姿を現していない精霊たちが醸し出している。
止まることなくオムライスをスプーンで掬っていたデイジーの手が止まり、マリアがハッとしたようにぼくを見た。
妖精使いのデイジーと精霊たちに愛されているマリアにはこの空気が伝わったようだ。
「ちょっと待って、全部食べてからよ」
おにぎり一つ分くらいの量を一気に掬うと、そのまま噛まずに飲み込む、そんな食べ方をしている間にデイジーの前にあった全てのオムライスがデイジーの胃袋の中に消えた。
みんなが外の景色に夢中になっているからオムライスを飲み物のように食べたデイジーの姿を見たのはぼくと兄貴とマリアだけだった。
「……カイル、凄いな。まるで壁や天井がないかのように透き通っている!」
「床の色が残っていなければ、自分たちが空中に浮かんでいると錯覚してしまうよ」
ウィルとボリスはそう言いながらも、まだ外を見続けている。
「ご馳走様でした!」
食べ終えたデイジーがスライムの子ども椅子から降りるとドーム型のおうちの真ん中にちょこんと座っていたみぃちゃんのところまで歩いた。
「美味しかったオムライスを作ってくださった皆様と、この恵みをわたくしたちにもたらしてくださった神々に感謝して、皆さんでありがとうと言いませんか?」
難しい祝詞ではなく、簡単な感謝の言葉を唱和することで感謝の祈りにしようとデイジーは企んだのか!
突如としてお姫様然とした口調になり、声に魔力を乗せたデイジーの言葉は大きな声ではなかったが、スライムのおうちにいる全員の注目を集めた。
「私がありがとうございます、と言いましたら皆さんも続けざまに言ってくださいませんか!」
デイジーの言葉に全員が頷いた。
中央教会の敷地に共に暮らしていても寄宿舎生と孤児院の子どもたちに交流らしい交流はまったくなかっただろうが、オムライス祭りを感謝する気持ちは同じだった。
オムライスソースは個人の好みで選んだからそれぞれ違ったけれど、他の子が食べていたソースが気になっておかわりに地上に降りた子どもたちが何人もいた。
それは貴族出身者だとか平民だとか孤児だなんて立場はまったく関係なく、それ美味しいよね、と誰にでも声をかけられる不思議な空間になった。
いろんなソースをとっかえひっかえ食べ続ける大食いのお姫様の存在が場を盛り上げていたのも、結果的にはよかった。
食べるという日常的な行為に教会内にあった不文律の身分の差がオムライス祭りでは綺麗に消え去っていた。
空と一体になれたような不思議な空間の中で今日の食事に感謝する心は全員一致した。
「ありがとうございます!」
デイジーの言葉に続いて全員が声を揃えて、ありがとうございます、と大きな声で言うとスライムのおうちいっぱいに精霊たちが輝いた。
精霊たちは透過性の高いスライムの壁を通りぬけて帝都の空を拡散していった。
真下の鶏舎の方に光の帯のように精霊たちが流れ込み散歩を楽しんでいたコッコたちを取り囲み今日の立役者が誰なのかを知らしめた。
教会内に来てはいないオムライス祭りの素材確保に奔走してくれた商会の人たちのところにも精霊たちは飛んで行った。
ガンガイル王国寮や貴族街の端の従業員宿舎の敷地には精霊たちのきらめきが小川のように流れていった。
食材を買い足した店や城壁を越えて試験農場まで感謝の気持ちを届けに行く精霊たちもいる。
きれいなキラキラ、と子どもたちが言うと、寄宿舎生たちが、精霊たちだよ、と優しい声で教えてあげている。
「みなさん、ご唱和ありがとうございました。皆さんのお気持ちを精霊たちが届けてくれているようですわ」
デイジーの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
“……ご主人さま。ここにいる本当に幼い子どもたちの微細な魔力も、ウィルやマリアのようなそもそも魔力の質や量の多い子どもの魔力も、本人の負担がない絶妙な加減で神々に奉納する統率を取ったデイジーの仕事は完璧でした”
部屋の中心でみぃちゃんを従えたように立っているデイジーに、さすが本物のお姫様!と子どもたちが尊敬の眼差しを送った。
「あなたがいたからこんなにうまくいったのかしら?」
デイジーがみぃちゃんを撫でまわすと、みぃちゃんは上目遣いに兄貴を見て、兄貴はぼくの側にいる見えないシロを見た。
精霊魔法の使い手たちだらけだったのね、というかのようにデイジーが苦笑した。
地上では寮長とジェイ叔父さんがエレベーターを降ろせ、とジャンプしている。
アイスクリームの入ったバットを持ったジェイ叔父さんを見つけたデイジーは、お姫様のふりを止めた口角が上がり過ぎている笑みをした。
「みなさん!デザートがやってきます!!」
子どもたちの眼差しは尊敬の念がこもったものから、まだ食べるのか!という驚愕に変わった。
「みんなで感謝の言葉を唱和したら精霊たちが溢れ出たのか……」
寮長が顎を擦りながら地上では大騒ぎになった、と語りだした。
マジックミラーの壁になったスライムのおうちは外から全く変化がなかったから、誰も注視していなかったらしい。
キュアとみぃちゃんのスライムが協力する中、ベンさん以外も腕に覚えがある料理人たちが代わる代わるオムライスを作っていた。
出張洗礼式に出席していた司祭たちが続々と教会に帰って来ていたし、残ったオムライスはデイジーの胃袋におさまるだけでなく、木箱に詰められて中央広場で三人娘たちが販売していた。
お値段は高かったけれど、教会で奉納された神聖なオムライス、なかなか買えないと噂のお店の味のオムライス、ということで飛ぶように売れていた。
商会の人たちは抜かりなく根回しをしていたようだ。
「作るはしからオムライスが売れるもんだから、しまいには司祭たちまで箱詰め作業を手伝っておった」
寮長が楽しげに笑うと、アイスクリームを食べていた寄宿舎生たちが慌てて残りのアイスを口に放り込んで頭痛がしたのか頭を押さえた。
「ああ、そんなに急がなくていいよ。今日は未成年をこれ以上手伝わせない方針だ。大司祭の決めたことだから覆らないよ。ああ、うちの寮生たちは撤収時に手伝ってくれよ」
寮長の言葉に寄宿舎生たちは胸をなでおろし、寮生たちはわかりました、と快諾した。
寄宿舎生たちが申し訳ない、と寮生たちに声をかけると、こういったお祭りの撤収は慣れているから任せておけ、とアリスの馬車で移動したメンバーが元気よく言った。
「仲良くなれたようだね」
「感謝の唱和で心が繋がったような気がして、なんだか打ち解けやすくなったんです」
室内の雰囲気に驚く寮長にウィルが答えると、ぼくたちも頷いた。
「なんだかこう、馴染みがあるような感覚というか、家族や兄妹に会っているような独特の親しみが湧いているんです」
ボリスが言う通り、この部屋にいるみんなが家族のような一体感があった。
アイスクリームを味見した幼児が眠たくなって目を擦ると、寮生が歯磨き代わりに幼児の口の中を洗浄魔法で綺麗にすると、寄宿舎生たちまで真似してお昼寝前の幼児たちに清掃魔法をかけていた。
ジェイ叔父さんも感心したように寄宿舎生を見ている。
「地上でも似たような雰囲気になっていたから、司祭たちが弁当の箱詰めを手伝っているんでしょう」
「いい傾向だな」
ジェイ叔父さんと寮長が頷きあった。
「みんなで和やかに作業をしていると、アイスクリームと飴細工の用意があったことを思い出して特設祭壇に祀ったら、まあ、上空から大量の精霊たちが溢れ出たので、空を見上げたんだ」
精霊たちの光の流れがオムライス祭りの貢献度に合わせたかのように拡散したので、ぼくたちが発生源というより、単に貢献度が高かったということにして、寮長は大司祭に説明したらしい。
「地上では鶏舎の方向が一番光ったからこの程度の説明で何とかなったよ。精霊たちの発生の起点がデイジー姫だと大司祭の面目が立たないから、そういうことにしておいておくれ」
寮長の言葉に全員が頷いた。
教会で起こった出来事は全て大司祭に起因すると言って差し支えないだろう。




