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子どもたちのためのオムライス祭り

 亜空間から戻るとジェイ叔父さんが全員救助の寮長の一報を読み上げているところだった。

 ジェイ叔父さんは気持ちの切り替えがスムーズにできているようで全く声色に変化がない。

 一番回復薬が必要だったのは野草を食べた西門で保護された子どもたちだったのに、回復薬のほとんどが花街の子どもたちのところにあったので、ベンさんが走った方が馬車より速い、と宣言して回復薬を西門まで運んでくれていた。

 回復薬を使うことで寮長の万能感を消す台本なのだが、一般的には寮長が全てを解決したように見えてしまう。

 まあ、王族なのだからこれくらいできて当然ということでいいだろう。

 寮長の癒しは最低限の症状を抑えているだけだったので、ベンさんの届けた回復薬が功を奏した。

 あれだけ用意してあった回復薬はほとんどが花街の孤児院とは関係がない少女たちの治療薬として消費されたけれど、少女たちに薬の影響が残らないのであれば、ぼくとしてはそれでかまわない。

 どうやら、花街には花街の慣習法があり、未成年を生娘の見習いとして接客業に短時間就業させることは認められているが、未成年を薬漬けにして就労させるのは帝国の法律にも違反していたので、店ごと検挙された。

 南門付近のスラム街に誘拐された少年たちを、帝国軍の管轄下にある民兵の組織ではない義勇軍という名の傭兵部隊に所属させようとしていた書類が現場で見つかり、現場にいた男たちに国家転覆罪の嫌疑がかけられた。

 シロの予言したクーデターの前兆となるテロ行為で、自爆テロ要員として引き取られる予定だったようで、間に合って本当に良かった。

 西門に集められていた子どもたちは地方貴族の使用人見習い、という名目の養子縁組だったが、具体的な引き取り先が決まっていないのに帝都から輸送される状態だった。

 西門で捕らえられた監禁していた男は、子どもたちの行き先が西門で申告した領地ではではないと認めたが、どこの領地に向かう予定だったのかは、まだ口を割っていなかった。

 文章で残っているものがあるだろうから、監禁男の名前さえ割れたら魔本に訊けば何かしらわかるかもしれない。

 憲兵たちに詳しく調べてほしいところだが、先の二件と違い事件性がハッキリしていないので有耶無耶で終わるだろう、とシロは予見した。

 孤児院の孤児のために捜査はしないということだろう。


 花街に連れ去られた女の子たちが寮長よりも先に帰ってきた。

 それ程怖い目に遭う前に保護されたからか、自分たちがどんな境遇だったのかよくわかっていないようで、大人になれば理解してしまうだろうけれど、ひとまず安心した。

 続いて寮長と共に帰ってきたスラム街で保護された男の子たちと回復した西門で保護された子どもたちも、女の子たちと同じように自分たちに何が起こっていたのか理解できない状態だったが、女の子たちとの違いは食事がとれなかったみたいで、とてもお腹を空かせていた。

 マリアが美味しくはないが不味くもない携帯食料を、オムライスが出来上がるまでのつなぎに与えていた。

 常に備えよ、の精神で非常食を持ち歩いているエンリケさんが凄いのだ。

 味見だと言ってデイシーも食べていたのに、誰も突っ込まなかった。

 お姫様らしさがデイジーの自分都合で消えることに孤児院の職員も慣れてきたようだ。

 子どもたちが自室に戻って少し休むのを見送ったぼくたちは、調理班に合流して下ごしらえの手伝いをした。

 何せ昼から夕方までオムライスを焼き続ける予定なのだ。


 大司祭は出張洗礼式を早めに切り上げて正午に教会に戻ってきた。

「この度はありがとうございます。教会の最高責任者として不甲斐ないです。目が届かなかったというのは言い訳に過ぎません」

 割烹着を着て玉葱の皮を剥いていた寮長に、子どもたちの救出について感謝の念を伝えに中庭までやって来た大司祭が礼を言った。

 孤児院の子どもたちの騒動について、孤児院長と共に孤児たちの養子縁組についてきちんと身元を調査する時間を取ってから正式に決まるまで子どもたちを引き渡さないことを大司祭は寮長に約束した。

 戻ってきた子どもたちが再び同じ目に遭うことがなくなりそうで、ぼくたちも胸をなでおろした。


 オムライス祭りの始まりの儀式は大司祭と孤児院長が聖女マチルダとして執り行うことに変更になった。

 中庭には予想より多くの教会関係者が集まったので、テーブルと椅子を一旦消し、フライパンとコンロは収納の魔術具に入れたまま特設祭壇に祀られた。

 孤児院の子どもたちを寄宿舎生たちが囲み、そのさらに後方を教会関係者たちが取り囲むように、ガンガイル王国寮生たちがお願いして回った。

 背の順で並ぶことができたので、デイジーやマリアは孤児たちや初級学校の寄宿舎生に交ざり、ぼくたちは中級の寄宿舎生と並んで、大司祭と聖女が祝詞を唱えながら踊る姿を全員で見ることができた。

 他国の姫君たちが率先して孤児たちの中に入っていき背の順で並ぶようにと促すと、寄宿舎生はいつものように身分で並べなくなってしまったのだ。

 文句の一つも出なかったので、習慣を変えることは簡単ではないだろうけれど、始めの一歩としては上々の滑り出しだ。

 儀式の終わりに皆で拍手をしながら、初めて見る儀式の感想を孤児や平民出身の寄宿舎生に気軽に語りかけるデイジーとマリアを、不思議な姫君だという目で見る寄宿生は貴族の子弟なのだろう。

「マリア姫とデイジー姫は神々を祀る教会で暮らす全ての人々を尊敬しているのですよ」

 ウィルの言葉に寄宿生たちは自尊心がくすぐられたようで頬を緩めて納得した表情になった。

 儀式が終わったのに下がる人たちがいないので、人が多すぎて祭壇から収納の魔術具が下ろせない。

 ぼくは孤児たちや初級学校の寄宿舎生たちの真ん中に分け入ると、肩に乗っていたぼくのスライムが足元に広がり、魔法の絨毯に変身して子どもたちをまとめて掬い上げた。

「飛んだ!」

 誰かがそう言うと、子どもたちが歓声を上げた。

 下が半透明に透けて見えるので子どもたちはスライムの絨毯に手をついて地上を眺めてワイワイお喋りしている。

 魔法の絨毯に乗っている大人は孤児院の職員しかいないので、転落防止の魔法がかかっているけれど子どもたちがはしゃいで走り回らないように注意するように頼んだ。

 “……あたしが残って、言うことを聞かないような悪い子には軽い威圧で黙らせてあげるわ”

 みぃちゃんが魔法の絨毯の上の子どもたちの見張り役を買って出た。

 この場をみぃちゃんとガンガイル王国寮生たちに任せ、ぼくの頭の上を飛んでいるキュアの足に飛びついた。

 ぼくとキュアが上空に飛び立つと、ぼくのスライムはドーム型の屋根を作り、厳しい帝都の日差しから子どもたちを守った。

 飛竜が!飛竜だ!という、どよめきを聞きながら、キュアの足にぶら下がったまま地上まで運んでもらい、子どもたちがいなくなり空いたスペース真ん中に降り立った。

「派手な着陸だな」

「午前中の寮長ほどではありませんよ」

 ぼくに近づいてきた寮長と小声で会話を交わすと、寮長が苦笑した。

「帰寮してからカラクリを教えてもらわなければいかんな」

 憲兵たちに神々のお導きだろう、としか説明しようがなかった寮長が厳しい声で言った。

 ぼくは空を飛ぶスライムを指さし、アレですよ、と一言いうと、寮長は額をぺしっと叩いてから、そうか、と頷いた。

 詳しい話は帰寮後にすることにして、ぼくと寮長は祭壇の前に急いだ。

 キュアは出番が来るまで上空で待機している。

 祭壇で寮長が王家の封印を外すと、ぼくは収納の魔術具を予定の位置まで運んだ。

 コンロと巨大フライパンを取り出すと、昨日の準備で目撃していなかった人たちから、大きさに感動する歓声があがった。

 点火の作業をジェイ叔父さんに任せると、キュアがジェイ叔父さんの隣に降り立った。

 人々の注目がキュアとジェイ叔父さんに集まっているうちに、片付けてしまったテーブルと椅子を土魔法で作り出した。

 ベンさんたちが用意したバケツに仕込んだ卵液を、みぃちゃんのスライムが一回り小さいキュアに変身して運ぶと、飛竜が二匹も!と驚愕の声があちこちから上がった。

 余熱が済んだ巨大フライパンに、上空からみぃちゃんのスライムが卵液を流し込むと、ジューという卵の焼ける音と共に美味しそうな匂いが漂った。

 巨大菜箸でキュアが手早く卵をかき混ぜ、絶妙なタイミングを見計らって魔法でフライパンをトントンと叩くように揺すり、大きな歓声が沸き起こる中、紡錘形に整えていた。

 その間、調理台では巨大プレートにチキンライスを食堂の叔母さんたちが総出で盛り付けていた。

 巨大フライパンがキュアの魔法で持ち上がると、小人のようにみえるおばちゃんたちは小走りで調理台から離れた。

 キュアが巨大プレートのチキンライスの上に慎重にオムレツを載せると、盛大な拍手が沸き起こった。

 キュアは上空で小さな腕を交差させて静まるように合図すると拍手はピタリとやんだ。

 カッコつけたキュアが小さな右手を上から下に真っすぐ下ろすと、オムレツの真ん中に切り込みが入り、小さな両手をパチンとあわせると、卵がすっぽりとチキンライスを包み込んだ。

 大歓声が上がる中、小走りしていたおばちゃんたちは気持ちいいほど手際よく各種のソースを盛り付ける持ち場に戻り、配膳に備えた。

 しまった。

 予定していた配膳係の寮生まで魔法の絨毯に乗せてしまっていた。

 教会の食堂の職員っぽい人たちが巨大オムライスにわらわらと集まってくると、神々に献上するオムライスを配膳し始めた。

 そうだった。

 オムライス祭りなのだから後は教会関係者たちに任せて大丈夫だった。

 神々にお供えする分を取り分けた後、オムライスを受け取った大司祭は上空に取り分けられたオムライスを掲げて宣言した。

「子どもたちが健やかに育つことを願うお祭りなのだ!このオムライスは小さきものから順に配膳する!!」

 一番小さいのは孤児院の乳幼児だ。

 離乳食用のオムライスを用意してあるが、乳児を除いても小さいのは孤児院の孤児たちなので、大司祭の宣言により、オムライス祭りは身分の序列が全く関係ないお祭りになった。

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