見えるもの、見えないもの
ぼくのスライムの中継では、南門付近の貧民街の一角に寮長たちの乗ったアリスの馬車が止まった。
憲兵たちもついてきて薄汚い建物を取り囲んでいる。
寮長は口元に人差し指を当て、後方の憲兵たちに静かにしているように合図すると、扉のベルを鳴らした。
中の人間が反応する前に扉の隙間から侵入していたぼくのスライムは、子どもたちが監禁されている部屋までの扉を全部開け放っていた。
仕事が早すぎる。
またしても寮長は到着しただけで子どもたちを救いだしてしまった。
寮長はそのまま西門へと馬車を走らせるので、応援に来た憲兵たちは半分に別れて馬車を追いかけた。
「大丈夫そうじゃないか。戻ろうか?」
「そうだね」
脳内中継の続きに名残惜しそうにしつつもジェイ叔父さんに促されて、孤児院に戻った。
寮長がいなくなった状態ではガンガイル王国寮生の引率者はジェイ叔父さんが引き継いでいる形になっているので、こんな所でのんびりしているわけにもいかないのだ。
ぼくのスライムが無双している状態が続いているけれど、なんだか違和感がする。
肩の上に乗っているスライムは隠密活動に集中しているのか中継の思念を送る以外の活動を止めている。
コッコの真似をして早朝礼拝の祭壇に乗ったご加護が効いているのかな?
シロが苦笑している気配がするから、何かからくりがあるのかもしれない。
ぼくとジェイ叔父さんが孤児院の食堂に戻ると、魔獣カードは片付けられており、子どもたちにはオレンジとヨーグルトがおやつとして提供されていた。
ウィルは子どもたちとオレンジの木を育てる約束をしていると、子どもたちを全員救助したという寮長の手紙を届ける鳩の魔術具が食堂の窓ガラスを叩いた。
西門の子どもたちもなんだかんだあったが、寮長の筋書き通りに保護された。
“……ご主人さま。亜空間に避難してもよろしいですか?”
ぼくが頷く前にシロはぼくとジェイ叔父さんとウィルを亜空間に引きずり込んだ。
みぃちゃんとキュアとぼくのスライムが置いていかれたという顔をしていたのが印象的だった。
妖精型のシロが怒り心頭で鼻息を荒くしている真っ白な亜空間についてきた魔獣たちは、みぃちゃんのスライムとウィルの砂鼠とスライムだけだった。
「待って、シロ。魔獣たちを置いてきたから、みんなメチャメチャ怒っているよ」
「ご主人さま。あの子たちは何があっても家族であるジョシュアを支持するでしょうから、現状共有をする段階で、ジョシュアの支持者はいりません」
激怒するシロの様子をみぃちゃんのスライムがカメラに変身して記録を取っている。
亜空間に行っていた事実を魔獣たちに知られないようにする技術がシロにはあるのに、あえてみぃちゃんのスライムを連れてくることでぼくのスライムやみぃちゃんやキュアに義理を通そうとしているのだろうか?
そんなことではみんなの怒りは静まらなさそうだよ。
「よく訳がわからないのだが、シロはジョシュアを問題視しているんだな?」
「待って、家族の話をするのにウィルが居るのは何でなんだ!」
「情報共有は大事だからだよね」
ウィルはみぃちゃんとキュアぼくのスライムが置いてきぼりになっている状況なのに、自分がいることが嬉しかったのか満面な笑みを浮かべている。
「まあ、見てください」
混乱するぼくたちにシロが兄貴のやらかしを編集した動画を亜空間に出現させたスクリーンに映し出した。
洗礼式を終えた孤児たちの捜索に寮長自ら出向くときに、ぼくのスライムが分裂して寮長の襟の裏に隠れた際に兄貴もちゃっかり黒いモヤの欠片を寮長の襟の裏に潜り込ませていた。
「魔獣たちが祭壇で神々の祝福を授かり能力が上がったのは事実ですが、ジョシュアが後方支援をして細分化したスライムに後方から魔力支援をしていました」
「ちょっと待った!出だしからジョシュアがどこにいるかわからないぞ!」
「ぼくにもカイルのスライムしか見えません」
黒いモヤの欠片になった兄貴は映像でもぼく以外にはわからないようだ。
「今の映像を最初に戻してもらってもいいかな?」
シロに兄貴がぼくのスライムに続いて寮長の襟の裏に隠れたところから映像をもう一度流してもらうと、ぼくはスクリーンの前で指をさした。
「この辺りにジョシュアの気配があるんだよね。……そう、ここでスライムが羽虫に変身して分裂すると全ての羽虫にジョシュアの気配がするんだ」
ああ、と納得したジェイ叔父さんに対して、ウィルは訳がわからないと眉を寄せると、シロが犬型になってウィルの側に駆け寄った。
舌を出してハアハアと息をするシロをウィルがモフモフと撫で上げると、シロは小さな妖精型に変化したのでウィルの手が力の行き所をなくして空を切りバシッと膝を叩いた。
「目に見えているジョシュアは犬型の私のようなものです。彼はご主人さまの家族の願望が容姿に再現されているだけです」
「ジョシュアは妖精なのか!」
「違います。彼はご主人さまのご家族で、かつて人間だったもの、としか言いようのない……強いて言えば実体化して魔法が使える幽霊ですね」
シロの説明はいかにも精霊らしく嘘ではないが上手く詳細を省いている。
ウィルが頭を押さえながら呟いた。
「死に損なったご先祖様が実家にいる自分が言うのも何なんだけど、カイルの家族の誰かが……ケインの兄かな?が亡くなって、どういう訳か実体化できたんだね」
「正解!」
「そうか!実体化していても自身を分裂させることができて、カイルのスライムに付き添った、ということだね!」
「大正解!」
話についてこれたウィルとジェイ叔父さんにシロは映像の続きを見せた。
「スライムは分裂すると当然ながら体の大きさに合わせた分だけしか自身の魔力を使えません。ご主人さまのスライムは羽虫に変身したことで、その形状から飛ぶことには魔力をそれ程使用しませんが……ここです。羽虫が紙を飛ばすなんて、相当な身体強化をかけて、風魔法を駆使しているでしょう。反動で反対側に吹き飛んでもおかしくないのに体勢を崩すことなく飛んでいるのです」
兄貴が支えているようにぼくには見えるが、ウィルとジェイ叔父さんにはスライムが小さく分裂しても元になるスライムの魔力量からこのぐらいはできるのじゃないか?と考えているようで、シロの説明に首を傾げた。
シロは鼻息を荒くして両腕を組んだ。
止めてくれ、シロ。
その腕の組み方では大きなお胸を腕の上に載せているから、ジェイ叔父さんが視線を逸らしてしまったじゃないか。
シロは大人しく両手を腰に当てた。
「うん、まあ、カイルのスライムがスライムとは思えないほど魔力があっても、羽虫サイズなら紙切れ一枚持ち上げる魔法を行使するのは難しい、ということだな」
「呪詛返しが相手の魔力の残滓に術者の魔力を乗せて魔法を行使するように、スライムの魔力ではできない魔法をジョシュアが上乗せして可能にしたということかな。それにしても小さくなっているのはジョシュアも一緒じゃないか」
ジェイ叔父さんが視線を逸らせたままシロに理解を示すと、ウィルは矛盾点を指摘した。
「ジョシュアはあの篤志家の魔力を利用して羽虫のスライムを強化したのです!」
シロは悪事が暴かれて顔色を変えた篤志家を指さして、スライムが大暴れするたびに魔力を消耗している、と指摘した。
そう言われればそう見える程度だが、ウィルは画面に近寄って顔をしかめた。
「魔力も消耗しているけれど……暗示?呪い?何だろう?何かから開放されたようだ……」
篤志家は秘密の書類が勝手に散らばって、悪事が露見してしまったことに憔悴しているようにも見えるが、正気に戻ったように目の色がはっきりしたのだ。
「憑き物が落ちたようだね。……あれ!これって、廃鉱の瘴気にやられた騎士に聖魔法をかけた後の様子にちょっと似ていないかな?」
「そうなのです、ご主人さま。ジョシュアが篤志家の魔力を使用した直後から、この男の未来が見えるようになりました」
「「邪神の欠片!」」
ぼくとウィルの声が揃った。
邪神の欠片そのものを触ればこの程度では済まないから、邪神の欠片を封じた物の近くにでも行って影響を受けたのだろうか?
「さすがに邪神の欠片の本体の影響ではないだろうけど、何らかの接触があったんだろうね。篤志家と言われていた男が、人身売買の悪事に手を染めたことに無関係とは思えないな」
「……シロはなんで、ジョシュアを排除して亜空間で話し合いをしているんだい?瘴気の影響を受けていた悪人の瘴気を払ったようなものじゃないか。いいことしかないだろう?」
ジェイ叔父さんが視線をシロに向けると、シロは叔父さんから目をそらした。
「子どもたちを全員救助する手助けをして、ついでに瘴気も払えるなんて一挙両得でしょう」
ウィルとウィルのスライムと砂鼠もウィルの肩の上でウンウンと頷いている。
「シロ、この状況はみぃちゃんとキュアがいなくても、全員ジョシュア兄さんの肩を持つよ」
欠席裁判のように兄貴不在で現状把握しようとしたシロに、誤魔化すのを諦めるように優しく言った。
シロはぺたんと白い床に座り込むと唇を尖らせた。
「……邪神の欠片が介入すると、私にはほとんど何も出来なくなります。でも、ジョシュアは邪神の欠片の影響を受けずに邪神の欠片の魔力を使えるなんて、ずるいじゃないですか!」
ジェイ叔父さんはブフッと噴き出した。
「なんだ!シロはジョシュアに嫉妬して拗ねていただけなのか」
シロはペシペシと床を両手で叩いた。
「帝都に到着して十日やそこらで邪神の欠片に影響された人物が数人もいる状態なのに、私は何もできないのにジョシュアだけ活躍しているからといって嫉妬しているだけではありません!ジョシュアがご主人さまの側で魔法を使いまくれば、ご主人さまはデイジーみたいな大食いになって、チビな大人になってしまう可能性があるのです!」
デイジーみたいな大食いというところでウィルが噴き出した。
ぼくが気になったのはその続きだ。
シロは嘘がつけないから、ぼくが低身長で大人になる可能性があるということは間違いないのだろう。




