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隠密スライム大活躍

 魔獣カードで寮生たちが子どもたちを遊ばせている間に、食堂に中二階を作って子どもたちの遊び場にする案をジェイ叔父さんに相談すると、顔をしかめた職員が多くいた。

 遊ぶことより仕事をさせたいのだろう。

 お手伝い程度なら生活力も身に付くからいいだろうけど、毎日洗濯させるのは家事労働を子どもたちに押し付けているだけだ。

 子どもは健全に遊ぶから健全に育つのだ。

「転落防止の結界をかけて、ああ、トイレと手洗い場を作った方が良いですね」

 ウィルは職員の動揺を気にすることなく話を進めると、孤児院長が慌てて首を横に振った。

「そ、そんなに改装すると、莫大な費用になります」

「寄贈するのですから費用は気にしないでください。たとえ、寮長が難色を示してもぼくの一存で動かせるお金の範囲で改装できますよ」

 ウィルは領地に莫大な利益をもたらしたご褒美にそれなりのポケットマネーがあるようで、貴公子然とした笑顔で孤児院長に言った。

 お金持ちのお坊ちゃまが甘っちょろいことを、と考えた職員たちに乾いた笑いが起こった。

「中二階に子どもたちの遊び場を作る案は、職場に託児所を作りたい工房には採用されやすいでしょうね」

 今後事業拡大することになるいくつかの工房で採用できるのではないか、と兄貴が提案した。

「寄付や寄贈には何らかの下心はあるものですが、教会から搾取しようなんて罰当たりなことはしませんよ。新しい製品や技術を本当に必要なところで使用してもらうことで、広く世間に認知してもらえるのなら、それだけですでに価値がある上に、日々神々に祈る聖職者のみなさんを助けることで、私たちにも神々の恩恵のおこぼれをいただける可能性があるかもしれません。まあ、大司祭と寮長が決めることでしょうが、夢を語ることは悪くないですよ」

 ジェイ叔父さんがそう言った時、魔術具の鳩が食堂の窓を突いた。

 職員が窓を開けると鳩はジェイ叔父さんの腕に止まった。

「どうやら子どもたちの一部を保護……いえ、確保したようです。孤児院長、ちょっと後で詳しい話をしましょう」

 ジェイ叔父さんが後半の言葉の声を潜めた。

 ぼくのスライムの報告によると、子どもたちが三つのグループに分けられていたが、魔力量の差でだけではなく、魔力が低い子たちは男女に分けられ、女の子は花街に、男の子は少年戦闘員として引き取られる予定の書類が、寮長が最初に突入した篤志家の自宅で見つかったのだ。

 証拠書類の方に寮長を誘導したのはぼくのスライムで、秘密の書庫を勝手に開けて書類を部屋中に散らばしたのもぼくのスライムだ。

 ぼくの肩に乗っている本体が実況中継をしているから、ぼくとみぃちゃんとキュアはその状況を把握している。

 ぼくのスライムはさらに分裂してたくさんの小さな羽虫に変身し、屋敷内を飛び回り、旦那様の秘密の事業を知っている従業員に威圧をかけて秘密書類のありかを脳内で自白させ、本棚の裏の書庫の存在を暴いた。

 書庫は封印の魔法ではなく保存の魔法しかかかっていなかったので、複雑な手順を踏まなければ開かないから大丈夫だ、と篤志家が自発的に開錠方法を思い浮かべたので、ぼくのスライムは難なく扉を開けた。

 たくさんの書類の中から関係書類を見つけ出したのも、篤志家があれが見つかるのはマズい、と強く思い浮かべたからだ。

 無秩序に書類を飛ばしながらも、関係書類だけは寮長と孤児院の職員の前に的確に飛ばした。

 人身売買の証拠を孤児院長に突きつけるのはオムライス祭りのあとにすることに決めた寮長は、混乱している現場を孤児院の職員に任せ、ここで鳩の魔術具を使用し、子どもたちの追跡を本格的に開始した。

 高魔力の子どもたちの抜け毛を咥えた鳩だけ飛んだのに、中、小魔力の子どもたちの抜け毛を加えた鳩は飛び立たなかった。

 関係書類の内容から男女に分けられていると寮長が推測した時には、ぼくのスライムが子どもたちの抜け毛の仕分けを済ませていた。

 分けられた髪の毛の色が変わったことに気付いた寮長が、再び鳩の魔術具を放つと今度は飛び立った。

 ぼくのスライムは偵察のために羽虫一匹だけ篤志家の屋敷に残し、合体して寮長の襟の裏に隠れた。

 全ての行動が誰にもバレておらず、素晴らしい働きぶりだった。


 最初に保護されたのは貴族街に近い、花街に売られる寸前の女の子たちだった。

 商会の人たちを巻き込んで花街に乗り込んだ寮長は、店の前で、悪徳業者から孤児を買い取り洗礼式直後の少女たちにいかがわしい仕事をさせようとしている奴の巣窟はここか!と拡声魔法を使って大声で喚き、聞きつけた憲兵を引き連れて店に押し入った。

 私どもは女性給仕の斡旋業者でしかない、と表向きの商売を業者が主張している間に、教会の孤児たちとは別の薬づけにされている少女たちが監禁されている部屋まで全ての扉をぼくのスライムが開ける早業を見せた。

 憲兵たちがあまりに悲惨な状態の少女たちを問答無用で保護している間に、ぼくのスライムは教会の孤児たちが監禁されている部屋の扉を開け放ち、寮長たちに発見させた。


 手紙の内容は、保護された孤児たちはまだ昨日今日の出来事なので、そこまで酷い目に遭っていないだろうけれど、万が一薬を盛られていたことを考慮して万能回復薬を譲ってほしい、というものだった。

 ぼくのスライムが無双しているのに寮長が駆け付けただけで全てが解決していくような筋書きになってしまった。

「カイル。子ども用回復薬の手持ちはどのぐらいある?」

 ジェイ叔父さんの質問に孤児院の職員たちだけでなく聞き耳を立てていたマリアやデイジーやガンガイル王国寮生たちに戦慄が走った。

 誰だって慌てるだろう。

 孤児院を出た子どもたちが一晩で最上級の回復薬が必要な状況に陥っているかもしれないのだ。

「現場が悲惨すぎるから、他の少女たちにも回復薬を用意しておきたいんだ」

 ジェイ叔父さんの言葉に、マリアの喉がヒィーと鳴った。

「孤児院で使用する可能性を考えて多めに持っています。現場まで持っていきましょうか?」

 現場が花街の中でも濃い地域にあるのでぼくを行かせたくないジェイ叔父さんが首を横に振った。

 状況が見えない孤児院の職員たちはキョトンとしているけれど、理解した寮生たちは額を叩いて天井を見上げた。

 この孤児院の人数に合わせて用意している子ども用回復薬は、ぼくの収納ポーチでなければ非常にかさばる量なのだ。

 小さい子どもたちが、何かあったの?と不安げな顔をしたので、寮生たちのスライムが魔獣カードを子どもたちに持たせて興味を試合に戻した。

「私が行きます」

 女性職員の一人が声を上げると、ジェイ叔父さんが首を横に振りながら、助かります、と動作と矛盾することを言った。

「女の子を保護したから女性職員が迎えに言ってくれると助かるけれど、回復薬がカイルの収納ポーチに入っているからカイルが直接行かないのなら、大量の回復薬を馬車に満載するしかないのですね?」

「そうなんだ。商会の人たちに予備の収納の魔術具がないか訊いてみよう」

 ぼくとジェイ叔父さんは女性職員を連れてオムライス祭りの会場に急いだ。

 キュアとみぃちゃんは子どもたちの人気者だから兄貴と一緒に食堂に残ってもらった。


 食材を運んでいた収納の魔術具の使用品目を回復薬と変更することで何とかなった。

 ぼくがポーチからポンポンと出す回復薬の量に、最高級の回復薬がこんなに……お値段が想像もつかない……こんなにたくさんの量が必要になるほどの悲惨な現場……とブツブツ女性職員が呟いた。

 調理班の現場監督をしていたベンさんが頼りない女性職員に付き添うことになった。

 密偵のロブもついて行きたかったようだが、未成年と年齢を偽っているから花街に出向くのは無理だ。

 馬車を見送った後、ジェイ叔父さんが状況説明を求めたので、精霊言語で圧縮して送り付けると頭を抱えた。

 寮長は花街の現場を早朝礼拝で親しくなった憲兵に任せ、南門付近で旋回している魔術具の鳩を追いかけて男子の救出に向かったのだ。

「カイルのスライムが優秀だから可能なんだけど、寮長の行動力はすごいな」

 “……ご主人さま。ガンガイル王国の王族は、何がきっかけになるのかわからないのですが、本気になると予想外に活躍されます”

 ハロハロの行動力もそんな感じだ。

 “……ご主人さま。組織の幹部に近い人物の動きは太陽柱に映らないのかもしれません”

 シロの予測で見えなかったのは、大司祭が孤児たちに大規模な癒しを行った後の篤志家の行動で、孤児院、もしくは教会の内通者から得た情報で素早く孤児たちを確保し、攫う子どもと売り払う子どもに分けていたことだ。

「魔力の高い子たちはどこに連れ去られているんだい?」

「あそこにいるよ」

 ぼくが指さした方向をジェイ叔父さんが視力強化で凝視したが、見つけられずに首を傾げた。

「ぼくも実際に見えるわけじゃないんだ。寮長の地図に印がついているだけなんだ」

 ぼくのスライムの映像をジェイ叔父さんに送った。

 魔力の高い子どもたちはギリギリまだ帝都を出ていない。

 西門の城壁内に留まっているのか魔術具の鳩は西門の城壁に止まったまま動いていない。

「だから、寮長は憲兵を巻き込んだのか!」

「問題を小さくするために、保護者のいない子どもたちが集団で帝都を出ようとしているから留め置いていた、として解放してくれる路線を狙っているんだと思うよ」

 そうそう上手くいくかどうかシロにも見えないということは、西門に黒幕に近い誰かがいるからなのだろうか?

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