スライムたちの活躍
「これで全員なのですか?」
「いいえ、乳飲み子は部屋にいます」
寮長の質問に答えた孤児院長の言葉は、ぼくたちが期待していたものではなかった。
「洗礼式を終えた子どもたちが見当たらないのですが、どうなっているのですか?」
寮長が声を低くして小声で尋ねた。
じゃっかん威圧が込められており、職員たちが肩をすぼめたが、孤児院長には効いていなかった。
「引き取り先が決まりそうなので、昨晩、急遽迎えが来たのです」
「洗礼式済みの子どもたちは全員養子に出されたのですか!」
予想外の返答にぼくたちは息をのんだ。
小さいうちに引き取るよりある程度躾された年齢の子どもを労働力として狙う連中がいることが頭から抜けていた。
ガンガイル王国ではちょっとした短時間のアルバイト、家業の手伝いや職人の見習いしか学童期の労働は認められていないので、貴族出身者が身近にいる、仕込まれた労働力を当て込んだ孤児たちの養子縁組は失念していた。
名目は地方貴族の下働き候補としてそれなりの家に養子縁組させる手筈をしていても、魔力の高い子を選別して組織が確保できる状況じゃないか。
「こんなたくさんの子どもたちが同じ時期に養子先が決まることはめったにないのです。昨日、お昼に教会に戻られた大司祭様が子どもたち全員に癒しをかけてくださいましたから、全ての子どもが肌艶よく可愛らしくなったので、午後から見えた養子先を探してくださっている篤志家の方が、全員引き取りたいとおっしゃり、そのまま連れて行かれました」
大きい子の方がよく食べるから、いなくなった方が助かる算段が透けて見える孤児院長の説明は、その篤志家を通じて子どもたちが高値で取引される人身売買の可能性をまったく考慮していない、教会内で上位者として育った天然の聖女の気配がプンプンした。
「大司祭とお話していたのは、名簿の子どもたち全員とオムライス祭りをすることです。現在いない子どもたちはまだ正式に養子縁組をしていないのでしたら、オムライス祭りに参加して神々のご加護を受けるべきです!」
寮長の言葉に呼応するようにぼくたちの肩に乗っていたスライムたちが触手を拳のように突き上げると、孤児院の各所に散らばった。
寮長はその場で手紙を書くと鳩の魔術具を飛ばした。
スライムたちは孤児院内の各所から篤志家に連れ去られてしまった子どもたちの抜け毛を拾って戻ってきた。
スライムたちが優秀過ぎる。
“……今ここにいない子の魔力を探すだけだから、そこまで難しくないよ”
“……スライムたちの数が多いから楽勝だよ”
みぃちゃんとキュアは自分たちが活躍できない状況に少し拗ねているようだ。
魔獣たちは子どもたちと触れ合うために連れてきたから、後でいくらでも活躍の場があるよ。
子どもたちの抜け毛がたくさんあっても鳩の魔術具を今持っているのは、ぼくとウィルとジェイ叔父さんだけだった。
さて、どうしよう。
「子どもたちはまだ教会に所属していますね」
寮長が確認すると孤児院長が頷いた。
「養子縁組の正式な書類をまだ作成していませんから、教会の子どものままです」
「迎えに行っても構いませんか?」
「大司祭がそのようにおっしゃっていたのでしたら、問題ありません」
寮長は孤児院長に篤志家にあてた一筆手紙をしたためてもらっている間に、寮長が飛ばしていた鳩の魔術具が戻ってきた。
「大司祭の許可が下りたよ。一人残らず連れ帰っていいそうだ。昨日の今日では、まだ遠くに行っていないだろう」
「みんなが同じところにいればいいのですが、念のために鳩の魔術具を全部飛ばしてみましょうか?」
ぼくの言葉に、貸してくれると助かる、と寮長が言った。
スライムたちが集まった髪の毛を魔力が多い順に床に並べている。
子どもたちが一か所にいないとしたら魔力の多さでグループ分けされているだろう。
スライムたちが髪の毛を三つのグループに分けた。
「今日はたくさんの馬車で来ているから、人手も馬車もある。それぞれの鳩を追跡できるぞ。私はいなくなった子どもたちの捜索に当たるから、皆は孤児院の子どもたちと触れ合いながら待っていてくれ」
孤児院の職員を一人連れて捜索に向かった寮長の肩に分裂したぼくのスライムが飛び乗り、襟の裏に隠れた。
“……分裂できるのって便利よね”
みぃちゃんがスライムに、頑張ってね、と思念を送った。
おろおろする孤児院長にジェイ叔父さんが優しく微笑んだ。
仮面をつけていれば女性を前にしても落ち着いていられるジェイ叔父さんは、仮面があってもイケメンだから、見つめられた孤児院長が頬を少し染めて顎を引いた。
「考えようによっては良い展開ですよ。うちの寮長は子どもたちの前に立つと挨拶が異様に長いので省略できて良かったですよ」
ジェイ叔父さんの言葉に即座にぼくたちがウンウンと頷くと、孤児院の職員たちが噴き出して、場の空気が和んだ。
これから子どもたちと触れ合うのに職員たちがピリピリしていたら子どもたちも緊張してしまうから、これでいいんだ。
礼拝室内に案内されたぼくたちは孤児院長から子どもたちに紹介された。
孤児院長は寮長が紹介した時の一言を添えたので、子どもたちはデイジーの紹介が可憐な姫なのに実は大食い、というところでクスっと笑ったり、仮面のジェイ叔父さんが稀代の天才発明一家の上級魔術師と紹介されると、変なお兄さんを見る目から尊敬の眼差しに変わったりした。
魔獣たちの紹介が一番盛り上がったのは、言うまでもない。
一番人気を獲得したのはキュアだった。
飛竜なんて伝説級の魔獣で一般の人なら一生お目にかかれない魔獣だもんね。
遊び場所が少ない。
礼拝所では走り回れないし、食堂のテーブルを端に寄せて何とか遊べる場所を確保している状態だ。
それでも、いつもは年長の子どもたちが年少の子どもたちの面倒を見て、職員たちは乳幼児の世話にかかりきりになっているのに、どの年齢の子どもたちも年に合わせた遊びに付き合ってくれるお兄さんお姉さんに囲まれて、子どもたちが幸せそうに笑っていた。
人気があるのはスライムを使役している寮生で、みぃちゃんとキュアは単独で各グループを回り存分にモフモフさせて、子どもたちを更に喜ばせた。
「天気が良くても外遊びできる場所はないのですか?」
ジェイ叔父さんが孤児院長に人数にふさわしい遊び場がないことを指摘すると、孤児院長は首を傾げた。
もしかして孤児院長は聖女としての仕事が多すぎて孤児院には来ていない名前だけの孤児院長なのかな。
「……天気がいい日は年長者が洗濯の手伝いをして、年少者がその周りで遊んでいます」
孤児院長の側に控えていた職員が小声で発言した。
人手が足りないから子どもたちが働かざるをえない状況なのか。
「いくつか便利な魔術具を寄贈しましょう」
「省魔力の魔術具なので、平民でも問題なく動くものだから心配いりません」
ジェイ叔父さんの提案を即座に否定するように首を横に振った職員を制するように、ウィルが嘴を挟んだ。
「ありがとうございますって、頷くだけでいいのよ。使えない物なら、教会関係者の宿舎に持っていったらいいだけですわ」
お姫様っぽさをかなぐり捨てたデイジーの口調に、孤児院長と職員たちがギョッとした顔になった。
「省魔力の魔術具ということが理解できていないようですから、魔獣カードで遊んでみませんか?」
ウィルは実際に見てもらえばすぐにわかると判断して、ガンガイル王国寮生たちに食堂のテーブルをいくつか寄せて、簡易の魔獣カード大会でもするように、いくつか島状にテーブルを配置するように指示を出した。
スライムたちは指示を出されなくても子どもたちを壁際に誘導した。
手際よく動く寮生たちに孤児院の職員たちが呆気にとられているうちに、食堂は魔獣カード大会仕様になっていた。
「寮生たちの手際の良さは中庭で祭りの準備をしている班も素晴らしいですよ」
孤児院の内情より教会職員との顔つなぎが欲しい隠密諜報員のロブは、料理好きの寮生たちと中庭でオムライスの仕込みをしている。
「皆様、留学しているということはお国では貴族なのですよね」
誰もかれもが荷物運びも料理も何でもするぼくたちに、孤児院長は誰が貴族なのかわからなくなってしまっているようだ。
「ガンガイル王国寮では貴族としての身分は参考程度にしか考えられていませんよ。親の身分が高いからちょっと広い部屋を借りれる程度です」
本来なら教会内もそうあるべきなので、教会職員たちはあえて無表情を保とうとするかのように表情が固まった。
寮生たちはそんな職員たちを気にすることなく、全員がテーブルを取り囲めるように子どもたちを班分けした。
「私たちも見に行きましょう」
ジェイ叔父さんが孤児院長や職員たちに各テーブルがよく見える位置につくようにと促すと、デイジーは無言で抱っこをせがむようにジェイ叔父さんに両手を差し出した。
お姫様らしからぬ振る舞いだが、背の低いデイジーは最前列でなければテーブルが見えないのに出遅れてしまったのだ。
ウィルがマリアをエスコートするように、ジェイ叔父さんが孤児院長をエスコートしなくて済んだからこれで良いのかもしれない。
スライムたちが各テーブルの隅っこに控えている。
みぃちゃんはぼくの肩に乗っかり頭をぼくの頭の上に置いた。
可愛い、と子どもたちから声をかけられて、きっと得意気な顔をしているに違いない。
キュアは全てのテーブルが見えるように高めに飛んでいる。
この食堂は天井が高いから、中二階でも作ったら子どもたちの遊び場を確保できそうだなと考えていたら、各テーブルで寮生たちが魔獣カードの説明をしながら模擬試合を始めた。
競技台の上で魔獣カードから派手なエフェクトが出ると、子どもたちだけでなく大人も、おおお、と感嘆の声を上げた。
その後も寮生たちが付き添って子どもたちに遊ばせると、小さな子どもでも簡単にエフェクトが出せたことに職員たちは口をあんぐりと開けて驚いた。
「省魔力の魔術具とは誰でも使える魔術具です。まあ、赤ちゃんには使用させないでくださいね。さすがに魔力枯渇を冒しかねないですからね」
「ガンガイル王国では五歳登録を済ませたら祠巡りを始めて、一般の魔術具に魔力を供給することを許されます。それでも、この魔獣カードはほとんど魔力を使用しないので年少者でも遊べます。遊び時間を制限するためにも、魔力を使い過ぎてはいけないから、と言い聞かせて使用回数を制限すると、喧嘩にならずに交代しながら遊べるので便利です」
ジェイ叔父さんの説明にぼくが補足すると、正気に戻った職員たちは口を閉じて頷いた。
「このカードが流行してからガンガイル王国では文字を覚える年齢がぐっと下がりましたよ」
ウィルの一言に、子どもたちがカードに描かれた絵と文字を一生懸命呟いている姿を見た職員たちは納得顔で何度も頷いた。




