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孤児院慰問

 オムライス祭りの会場の準備は昼食前に終わった。

 調理器具は再び収納の魔術具にしまい、ガンガイル王家秘蔵の魔術具によって封印された。

「それにしてもガンガイル王国寮生の魔力量はすさまじいですね。お見逸れしましたとしか言いようがありません」

 ペドロさんは汗を拭きふき寮長にへこへこと頭を下げた。

 祭壇でせっかく天啓を授かったのにオムライス祭りの規模を見誤っているようでは、魔力量だけではなく洞察力も足りないよ。

「現王族の直系が三名、旧王家の直系が一名、その魔力に見劣りしない生徒たちを連れてきたので当然だ」

 デイジーやマリアを見て視線をウィルに移したペドロさんは力なく笑った。

 にべもなく寮長が言うとペドロさんは引きつった笑いをした。

 上位貴族に二心ある教会関係者の胸を抉るようなえげつない言い方だが、魔力に見劣りしない生徒、というのが平民出身のぼくで、寮長の扱いが王侯貴族の子弟と何ら変わらないことに誰も気づいていない時点で、自分たちが子どもたちに行なっている無意識の選別なんて理解できないだろう。

「ああ、間に合った。昼食会を断って帰って来た甲斐があった。見事な会場ができあがったな。明日も私の予定は埋まっているが、夕方礼拝の後に儀式を執り行うつもりだ。もちろん、この教会に暮らす子どもたち全員の幸福を神々に祈るのだ!」

 午前中の出張洗礼式を終えて教会に戻ってきた大司祭は、寮長からの手紙を鳩の魔術具で受け取っていたけれど寄宿舎の騒動はまだ報告を受けていなかったからなのか、屋台の案も噴水の案も快諾してくれた。

 混乱をあえて知らせることもせず、食材の準備の都合がありますから、と満願の回答を得た寮長とぼくたちはそそくさと挨拶をしてアリスの馬車に飛び乗った。


 “……ご主人さま。太陽柱の映像が目まぐるしく変わって、明日の出来事が予想できません”

 馬車に乗り込んだタイミングでシロが精霊言語を送ってきた。

 馬車の中では会場設営まで待たされていたメンバーに何が起こったかを事細かく男女に別れて説明し、神の元の平等という世界で起こっている理不尽を各々が語ると、意外なことにボリスが教会関係者に同情を示した。

「仕方ないよ。教会関係者はずっと教会にいるから危険がないもん。生きるも死ぬも神々のご加護が左右することはほとんどないじゃないか。教会のとてもえらい大司祭だって精霊たちの存在に気が付いたのはつい最近で、今は精霊たちに弄ばれているような気がするんだ。行く当てのない貴族の成れの果てが集まっているのが教会のトップなら、あてどない不満をより下の者にぶつけるのは当然の成り行きじゃないかな。でもそれは、親しい人にやりきれない不満をぶつけるのとは違って、下に見た人は一方的に不満をぶつけていい相手になってしまっているから、負の連鎖が恒常化してしまっているんじゃないかな?」

 兄弟間に揉まれた幼少期に精霊たちとかかわりが深くなったボリスが、柄にもなく深いことを言うと、マリアは日頃からわがままを言う相手のエンリケさんを見て頬を染めて俯いた。

「真実をつくな。少年」

 最年少のデイジーが、オーホホホホ、と高笑いして場を和ませた。

「神学を馬鹿にする気はないわ。でも、しょせん人間が神々を考察したに過ぎないのよ。その努力も意義も認めるけれど、オムライスソースの種類を研究する方が神の御心に沿うなんて精霊たちに教えられなければわからないものよ。あの大司祭は掴みかけているから、中央教会は今後変わっていくかもしれないわね」

 デイジーの言葉に皆頷いたが、例えにオムライスソースを出すくらい本人の関心事は、ソースの種類が増えたらいいな、という本音が透けて見えてぼくたちもくすくす笑い出した。


 精霊たちの誘導を定時礼拝で受けとり続けている大司祭が寄宿舎生の顛末を知って、午後からの予定を急遽変更し教会大改革を行うなんて、この時のぼくたちはみじんも考えていなかった。


 帰寮するとオムライス祭りの本格的準備を始めていた食堂では、昼食が二種類の定食限定になっており、厨房の奥でデミグラスソースを煮込むいい匂いが漂っていた。

 ハンバーグ定食か焼肉定食の二択なのにこの匂いを嗅ぐとハンバーグ定食を選択する人が多い。

 デイジーが両方注文すると、裏メニューでソースの味が変えられる、とおばちゃんが小声でデイジーに告げた。

 おばちゃんにとってデイジーがおかわりすることは決定事項のようだ。

 和やかに昼食を食べながら、明日の孤児院慰問チームとは別動隊で食材運搬チームや仕込みチームに分かれて早朝礼拝後から活動する話を詰めた。

 マリアはアイスクリームの準備をするために屋敷に戻ったが、デイジーはウィルに付きまとって飴細工の仕込みを手伝った。

 みんなの危惧は作るはしから飴細工がデイジーのお口に消えてしまうのではないか、ということだったが、試作品一つを口にするだけで満足していたらしい。

 ぼくは食材確保のために実家や港町に転移していたので、午後からは個人行動をしていたのだ。


 そんなこんなで翌朝の早朝礼拝を終えた後、準備万端で乗り込んだ教会では、門番も駐車場の係員もぼくたちの馬車を見るだけで頭を下げてテキパキと仕事をする変わりぶりだった。

 コッコたちはすでにやらかしていた。

 鶏舎の前は籠を抱えた人たちが、奇跡の雌鶏たちだ!と大騒ぎしている。

 聖鳥伝説の第一歩を順調に成功させたようだ。

 今日のぼくたちはスライムたちを肩に乗せて、みぃちゃんとキュアはポーチと鞄から出てぼくの足元や頭上を飛んでいる。

 孤児たちと魔獣たちの触れ合いの許可を取っているので、魔獣たちも堂々と教会敷地内で過ごせるのだ。

 ウィルの砂鼠も誇らしげにスライムとは反対側のウィルの肩に乗っている。

 帝都に来てからは寮内でしか自由に行動していなかった魔獣たちは張り切っている。


 孤児院の職員が玄関で丁寧に並んでお出迎えしてくれるなんて、昨日の寄宿舎見学とは全く違う状況にぼくたちの方が恐縮してしまいそうになった。

「ようこそお越しくださいました。孤児院長のマチルダです」

 教会での肩書は聖女マチルダなのに、孤児院の案内なので孤児院長は聖女とは名乗らなかった。

「ご丁寧なお出迎え、ありがとうございます。私はガンガイル王国寮寮長のオスカーです。こちらはキリシア公国の姫君のマリア様です。可愛らしい方で、早朝礼拝のカエルの歌では真っ先に踊ってくださいました。こちらは…………。みんな子どもたちと触れ合えるのを楽しみにしていました。本日はよろしくお願いいたします」

 寮長が代表して朗らかな声で挨拶をすると、紹介されたぼくたちは一歩前に出てお辞儀をした。

 昨日の寄宿舎では大声で仕切ることがあった寮長が、ぼくたち一人一人が親しみを持ってもらえるように小話を披露しながら紹介を勧めるので、緊張した面持ちだった職員たちが笑みを浮かべるようになった。

「この度は皆さまから、たいそうなご厚意をいただきまして、昨晩から孤児院の食事が驚くほど増えました。本当にありがとうございます」

 マチルダさんはぼくたち一人一人の手を取って深々とお辞儀をしてくれた。

 教会には大量の食品を奉納しているのに孤児院には届いていなかったようだ。

 昨日寮長ががりがりに痩せた平民の寄宿舎生を見て、商会の人たちを通じて自腹を切り、食材を直接寄宿舎と孤児院に持ち込んでいたらしい。

 ぼくたちは仕事が早い寮長を尊敬の眼差しで見つめると、孤児院長が嬉しそうに微笑んだ。

「皆様が孤児院に特別に目をかけてくださったお蔭で、昨日、大司祭様から子どもたちに大規模な癒しを施していただけました。今日の子どもたちは艶々でつるつるです」

 孤児院長の表現が独特で、ぼくはふっくらした幼児のほっぺたを想像していたが、マリアは自分が聖魔法を施す必要がなくなったことにホッとしたように息を吐いた。

 デイジーは表情を変えなかったが、昨日ウィルと約束していた癒しが終わったら飴玉を一瓶もらう約束が反故になったことを悔しがっているに違いない。

 スライムたちが楽しそうに肩の上で震えている。

 状況が読めないとシロが言ったのは大司祭の行動だったのか。

 手土産の魔獣カードセットを寮長が孤児院長に手渡すと、職員の中には目に涙を浮かべる人もいた。

 孤児院には貴族がいないせいか、身分を気にする必要がなく、寄宿舎よりも情の厚い職員がいるようでほっこりした気分になった。


 孤児院内部は礼拝室と食堂と孤児たちの寝室とトイレと職員室しかない簡素な作りだった。

 今日はお祭りということもあって夜勤明けの職員もそのまま残ってくれているが、普段は六十人以上の子どもたちを五人三チームの職員で面倒を見ている。

 玄関前に並んでいたのは孤児院の職員たちだけでなく庭師も混ざっていたようだ。

 お祭りが終わるまで仕事がないので、孤児院の設備の修繕を買って出てくれていたらしい。

 善意が巡る話を聞くと嬉しくなる。

 礼拝室に集められた子どもたちは洗礼式前の子どもたちばかりで、ほっこりしていたぼくたちは現実を突きつけられた。


 孤児院育ちの子どもたちは洗礼式で鐘を鳴らせなかったら寄宿舎には入れず、初級学校の普通科を卒業するまでは孤児院にいるはずなのに、該当年齢の子どもたちがほとんどいなかった。

「間に合わなかったか……」

 寮長が小声で嘆いた。

 貴族街の近くに花街がある帝都では、後腐れないようにプロのご婦人に慰めてもらった貴族たちの残滓が孤児院に預けられていることがあるのでは、とぼくたちは疑っていた。

 寄宿舎生は保護者がいるから亡くなった子どもたちの数が表に出るが、孤児院ならいくらでも誤魔化しが効くだろう。

 幼児は成長するはずなのに少年少女がこんなに少ないなんて、名簿上は存在していただけに、ぼくたちの衝撃は大きかった。

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