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デイジー無双

 女子棟ではデイジーが無双していた。

 みぃちゃんのスライムがハイライトをまとめて精霊言語で送って来ると、ぼくのスライムはすまして六人部屋を飛んでいるが、内心では大爆笑している。

 大人しく鞄やポーチの中にいるキュアとみぃちゃんも精霊言語で大爆笑を伝えてきた。

 ぼくも表情筋を固定して深く息を吐いた。

 隔離されたら戻って来られない恐怖感から開放されてミゲルが静かに涙を流している場面で、吹き出すなんてもってのほかだ。

 寮長とジェイ叔父さんが今日中に寄宿舎生の健康診断をするには昼食時の食堂で順番に声掛けしていこう、と話しているのを二人の少年が信じられない、といった目で見ている。

「神様に毎日祈っても辛い日常は何も変わらなかったろう。その間に消えていく子どもたちの空のベッドを見る辛さは想像に難くない。人間はたくさんいて、どれほど祈ったところで神々は一々答えてくださらない。だけど、機会が巡って来ることだってある。それは毎日敬虔に神々に祈っていたから起こったことなのだとしたら、消えていった子どもたちは敬虔に祈っていなかったことになる。そんなことはないのは君たちがよく知ることだろう。神学を学ぶために寄宿舎に入っている君たちに言うのも何なんだけど、大司祭クラスの神官が数人いてようやく神に願いが届く儀式ができるんだ。まあ、そんなもんだ」

 寮長がミゲルの頭を優しくポンと叩いた。

 感動的な場面なのに、みぃちゃんのスライムが女子棟での癒しの様子をショート動画に編集し、細切れの状態で送って来る。

 祭壇で光ったからなのか、みぃちゃんのスライムは一匹だけでマルチアングルで撮影したかのような動画になっているのだ。

 耐えきれなくなってぼくが肩をゆすると、ぼくのスライムが羽の生えた液晶パネルのように変化して部屋の真ん中で現在の女子棟の様子を映し出した。

「部屋の作りが反対だから、これは女子棟だ!」

 ミゲルは影のできる位置が反対になっている六人部屋の画像で女子棟だと気付き、顔を赤らめた。

 女の子の寝室を生中継しているなんてヘンタイだな、と思っていると画面はマリアのドアップになった。

 大画面に突如現れた美少女に二人の少年の顔が更に赤くなった。

「キリシア公国のマリア姫ですね」

 ウィルの解説に二人の少年は画面を食い入るように見つめて、お姫様、と声に出さずに口が動いた。

 ぼくの脳内では映像に音声もあるのだがスライムビジョンでは映像のみだ。

 寝込んでいる女の子を映し出さない配慮から、手をかざして聖魔法を発動させているように見えるマリアをアップで写しているのだろう。

 二人の少年たちには美少女が必死になって女生徒に治癒魔法をかけているように見えているが、画面に映っていない後方でデイジーが女性職員と喧々諤々やりながら、マリアの聖魔法にデイジーの妖精が小細工している。

 みぃちゃんのスライムは巧みにアングルを変えた映像に音声をつけて送り付けている。

 盗撮のような映像を無作為に送り付けてくるみぃちゃんのスライムの映像を、具合の悪い女の子を許可なく晒さないためにぼくのスライムなりに気を使って編集し映し出すと、許可なくマリアを大画面に晒すことになった。

 無許可だが、女子棟の混乱ぶりの一部でも共有できると、ぼくの腹筋の耐久試験をしているような状況から解放されるからありがたかった。


 マリアとデイジーが招かれていなかったのにもかかわらず女子棟に入れたのは、シロ曰く、護りの結界に寮長が連れてきた治癒者と認識されたからだそうだ。

 少女二人の引率なんて簡単だと考えていた職員は、(よわい)うん百歳の東の魔女の口撃にさらされることになった。

 この寄宿舎の上位貴族のご息女は世にいう聖女候補生でたとえ一国の姫でもそうそうお目にかかれる存在じゃない、と言う女性職員に、この教会の寄宿舎から百年以上もまともな聖女は出ていない、とデイジーはきっぱりと言い切った。

 治癒魔法を少し使える程度で聖女と名のるなんて烏滸がましい、ここ出身の聖女は自ら聖女と名のっているのではなく、聖女という役職はあるのに人員がいないから魔力が少ないのに聖女と呼ばれているだけで、女性だけで取り仕切る教会があればとても聖女とは呼ばれない、と聖女の需要より供給が足りないから聖女見習いが聖女になっている、と指摘した。

 真実ではあったが洗礼式を終えたばかりの年齢の姫に、中央教会や寄宿舎生を馬鹿にされたと感じた女性職員は、これだから田舎の小国の姫君は世間知らずだ、という侮蔑の視線と態度をとった。

 伝説の聖女など数百年に一人しかいないから伝説の聖女なのです、と女性職員は言った。

 洗礼式直後の姫と中級魔法学校入学前のまだ幼さの残る小国の姫二人なら多少不遜な態度をとっても後でどうにでも言い様があると踏んだのか、あざけりを隠さず言う女性職員にデイジーは容赦なく、魔力量の多い女性は教会に入らないと言えばいいのに、と切り捨てた。

 魔力量の多い貴族の女性は嫁入り先に困らないので幼いころから教会に入る必要はなく、貴族のご息女として寄宿舎に入っている女の子は本妻や後妻に家からはじき出された訳ありの女の子に過ぎない。

 それでも魔力の多い子は元聖女候補として箔をつけて実家に戻され政略結婚の駒にされる。

 時世が本物の聖女を生み出さないことをデイジーが指摘したのに、女性職員はこの寄宿舎生が馬鹿にされたと勘違いして鼻息を荒くした。

 マリアはマリアで、魔力の多い自分の女性親族が誰も教会に入っていないことを思い浮かべて素直に、そうですね、と頷いた。

 燃え上がる怒りの炎に天然素材の姫がガソリンをまき散らしたのだ。

 女性職員は自分の勤めている寄宿舎の女子生徒を軽んじられたように感じて怒っているのに、二人の姫は世間一般論として貴族女性の魔力が教会に集まらないことを語っている。

 主旨がずれているのに両者が気付いていないとみぃちゃんのスライムが嘆いた。

 その上、一階の階段脇でデイジーは初級生の部屋に行きたいのに、女性職員は上階の綺麗な部屋しか見せたくないから階段を上がるようにせかした。

 聖女候補を育てるなら政略結婚の駒にならない平民出身者を鍛えるべきなんだ!一階の状況を見せろ、とデイジーがぶち切れを起こし、非力なものを鍛えても時間の無駄だ、と女性職員が本音を晒す事態に、マリアがただ狼狽えていた。

 ぼくたちがトイレと風呂場に疑惑を持ったことにデイジーの妖精が気付き、すぐ横のトイレを視察するようにデイジーに助言をすると、デイジーは急に内股になってもじもじした。

 口で説得できないなら小芝居でどうにかしようとしたのだ。

 舌鋒鋭い生意気な少女が、年より幼い幼児の仕草で尿意を訴える姿に、ぼくの腹筋は一度ここで試された。

 もよおした幼児に奥の貴族用トイレに案内しようとする女性職員に、そこにトイレがあるのに遠くに遠くに連れて行こうとするのは漏らして恥をかかせる気なのか!と強引に階段脇のトイレに入ったデイジーが、穴が開いているだけなの!と大声で叫んだ。

 こんな下からお化けの手でもでてきそうなトイレで用は足せない、とデイジーがマリアに縋り付くと、言わんこっちゃないと言いたげに女性職員が奥のトイレが貴族専用だ、と平民と貴族の待遇の違いを暴露した。

 何が神の元の平等だ!とデイジーが更にキレた。

 粗末なトイレが使えないなら奥に行け、と女性職員が言うと、一階の探索の許可を得た、と勝手に解釈したデイジーが、廊下に出るなり精霊魔法で全ての部屋のドアを開け放った。

 魔法学校に入学前のデイジーが魔法を使うはずがないので、女性職員はマリアを睨みつけた。

 急いでトイレを探さなくてはいけないので扉を開く魔方陣を発動したら全ての扉が開いてしまいましたわ、とマリアが苦しい言い訳をしたが、みぃちゃんのスライムは自分が活躍する場面を奪われた文句を動画に添えた。

 うん。ウィルのスライムはカッコよかった。

 あれをやりたかったんだね。

 尿意をもよおしていたはずのデイジーは迷うことなく病人の部屋を覗き込んで、まあ大変!マリア姫!彼女たちを癒してあげなくては!と大騒ぎしてぼくのスライムが画面に映し出した状況になった。


 手をかざして基本の聖魔法を発動しているだけなのに、デイジーの妖精がぼくたちの治癒魔法を参考にして様々な治癒魔法を施していくと、自分が発動させたかのような状況に、当のマリアが驚いているのを必死に隠そうとして表情がこわばっている。

 その姿が懸命に女生徒を助けようとしている高貴なお姫様らしく見え、二人の少年はうっとりとマリアに見惚れていた。

 その背後では、教会の施設で癒しもかけられないで放置されている平民出身者を隠すために一階を案内しないようにしていたのか!とデイジーが女性職員に噛みついている。

 ぼくたちを案内していた職員が他の女性職員を捕まえて事情を説明し、その人が女子棟に来るまでデイジーの口撃は止まらなかった。


 事情を説明に来た女性職員が女の子の治療を優先したデイジーに感謝を述べる頃、マリアは女の子たちに回復薬を配り頑張って飲んだご褒美の飴玉をあげていた。

 あれは何だ?と首を傾げる少年二人にぼくは、口直しだよ、と飴玉を差し出した。

 ごめんね。すっかり忘れていた。

 オレンジ味の飴に少年二人の頬が上がった。

「口の中が完全に味覚を取り戻してから舐める方が美味しいです」

 ミゲルの一言に、それはそうだ、とみんなが頷いてくれた。

 画面の中では女の子たちに混ざってデイジーも飴玉を食べていた。


 原因究明が済むまで一階の階段脇のトイレは閉鎖されることになった。

 ぼくたちはそれから寄宿舎の各部屋をチラッと除く程度に見学して応接室に戻ることになった。

 二階では平民出身者は極端に少なくなっているので、六人部屋は一部屋しかなかった。

 階段脇のトイレと風呂場は水瓶もバスタブも一階とは違い真っ白な陶器だった。

 あからさまな違いに案内した職員も口がきけないほど驚いていた。

 職員は寄宿舎内で長年当たり前にあった設備で、平民出身者の待遇がずっとそれでいいとされていたから、何の疑問も持たなかったのだろう。

 洗礼式で鐘を鳴らすほど魔力のある子どもたちが、十歳やそこらで亡くなるなんて異常事態も恒常化してしまったらおかしいと思わなくなるらしい。

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