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魔獣たちの企み

 礼拝室の祭壇は飛竜の里の祭壇に似ており、飛竜の里の司祭がここを参考にして飛竜の里の礼拝室を設計したことが一目でわかった。

 ぼくたちは祭壇の前に歩み寄ると各自の鞄からお供え物を取り出した。

「いつもたくさんの奉納ありがとうございます」

「毎度毎度のオレンジですが、神々へ奉納するとオレンジの木も祝福を受けるのかとても甘く美味しく、かつ収穫量も増える。祭壇に乗った雌鶏たちも祝福を受けた。とても六羽の雌鶏が産んだとは思えないほどの量の卵を教会の皆さんのために産んでいるだろう?」

 寮長の言葉にペドロさんはハッとした表情をした後、グッと眉をひそめた。

「これが世間に知れ渡ったら早朝礼拝に雌鶏を抱えた養鶏業者が特設祭壇に押し掛けてくると慌てたか?何、あの雌鶏たちは餌も特別だからな。そこらあたりの鶏舎で卵の出荷量が増えても奉納に来た者はおらず、教会で卵が必要だと噂が立てば生産数が増えているのにもかかわらず、需要が高まっているからと言って価格を上げるような業者たちは、オムライス祭りの神々のご加護が終われば、雌鶏は当たり前だけど一日一個しか卵を産まなくなる。神々のご加護が篤い時期にご利益に応える信心深さもなく、教会の雌鶏が光り輝いた噂だけを耳にして真似たところでご加護が得られるとは思わない。養鶏業者が押しかけてきたとしても一時のことだ。あの雌鶏たちは祭壇での祝福、卵を奉納したことで得たご加護、特別な餌のお蔭でオムライス祭り以降も卵をたくさん産むだろう。並みの養鶏業者ではこの条件は揃えられない」

 事前予習バッチリの寮長が、産んだ卵を奉納しなくてはご加護が切れると思わせることで、奉納した貴重な卵として産まれた端から消費されるのを防ぐのだ。

 もっと早くに対策をたてるべきだったのだろうが、食糧事情の厳しい帝都で、目の前にある食べ物を十日ほど待ってくれなんて言ったらオムライス祭りの開催自体が危うくなってしまうからだ。

 寮長の話を聞いたペドロさんが夕方礼拝で夕方産まれた卵を奉納すれば、あら不思議!翌朝には信じられない量の卵が溢れている、という筋書きをコッコが希望した。

 自分たちの神秘性を上げてフライドチキンになる運命を回避しようとしているコッコたちは、オムライス祭りにたっぷり卵を提供するために、お掃除の際に子どもたちの邪魔をちょっとだけして、新しい敷き藁に産んだ卵の半分を隠している。

 それでも一日三回卵を産んでいるようにみえれば、帝都周辺の卵フィーバーよりたくさん卵を産む雌鶏だ。

 明日の朝に鶏舎を埋め尽くす量の卵を用意すべく、今頃さらに卵を産んでいるだろう。

 コッコの聖鳥伝説誕生計画の片棒を担ぐ形になるが、ぼくたちの利害と一致するところがあるので乗ってみただけだ。

「中央教会での生き物の奉納は卵だけに限定し、祭事で地方に赴くときに簡易祭壇に載せて奉納すればいいだけだ。」

 教会はもっと地方の神事にも力を入れろ、と寮長は言外に指摘した。

「地方の祭事ですか。洗礼式の繁忙期と収穫祭の開始時期が重なるので、派遣する司祭の手筈がつかないのです」

 寮長の要求が試験農場でのオムライス祭り、もとい、収穫祭に派遣する司祭のことだと気が付いたペドロさんがしどろもどろに言い訳をした。

「いえいえ、なにも早急に要求しているわけではない。我々も神学は門外漢なのだが、神々が奉納を求めるタイミングを精霊たちが我々に知らせてくれているような気がするんだ。そうだ、日々魔力を神に捧げているペドロさんとご一緒に魔力奉納をしたい。是非、真ん中にお越しください」

 台本通りに寮長とジェイ叔父さんがペドロさんを祭壇の中央に位置するように挟み込むと、ぼくたちも予定通りに祭壇に並んだ。

「ああ、教会での正しい作法の魔力奉納をこんな間近で見られるなんて幸せです」

 感慨深げにウィルが呟くと、気を良くしたペドロさんの背筋が伸びた。

「祝詞をみなさんにお聞かせするわけにはいかないので、古語でお祈りさせていただきます」

 ペドロさんの自尊心をくすぐる作戦が功を奏したようで、飛竜の里の司祭も漏らさなかった、祝詞に現代語訳があることを臭わせた。

 ぼくたちがつぶさに観察するせいか、祭壇の正面に集中して祝詞を唱えだしたペドロさんの真剣な横顔を確認すると、魔獣たちが体を小さくさせて祭壇の上に飛び乗った。

 みぃちゃんもキュアもスライムたちもウィルの砂鼠もちゃっかり乗っている。

 ぼくたちも祭壇に手を触れて魔力奉納を始めると祭壇が光った。

 魔獣たち全員が黄金の光を放った。

 嬉しかったのかみんな誇らしげな顔をしている。

 ぼくは寄宿舎の結界の細部まで意識を集中させると寄宿舎内に残っている人の気配を察知することができた。

 女子棟に三人、男子棟に二人、子どもの気配がある。

 魔力奉納が終わり、ペドロさんが立ち上がる直前で魔獣たちはそれぞれの主人の元に戻った。

「ああ、これが大司祭の仰る天啓なのか!私にも見えた!誇らしげな顔の雌鶏たちが鶏舎から溢れるほどの卵の上に鎮座している姿が見えた!」

 両手を広げて天井を仰ぎ見たペドロさんが叫んだ。

 そんなペドロさんの首の後ろで精霊が一つふわっと光って消えた。

 思いっきり精霊に思考誘導されているペドロさんを、こうやって精霊は人間を自分たちの都合がいい方向に操るんだ、と冷ややかな目でマリアが見ていた。

「さすが、教会で日々祈るペドロさんに、オムライス祭りは神々が望まれていると啓示がおりたのですか!!」

 寮長が大げさに驚いて見せると、鼻の穴を大きくしたペドロさんは開いた両手で頭を覆い、必ず成功させてみせます!と膝をついて涙を流して神に誓った。

 ペドロさんには精霊のお告げは刺激が強すぎたようだ。

 そうだよね。

 日々神に祈りを捧げていても一方通行でしかないのに、祈りの最中に映像が閃くように浮かぶなんて、神々が直接答えてくれたように錯覚して歓喜の渦に引きずり込まれるよね。

 ペドロさんの大声に寄宿舎職員が集まってきた。

「神々に魔力奉納をしている間に神の啓示があったようで、感極まっている」

 職員たちに寮長が状況説明していると、号泣に変わったペドロさんの周りに精霊たちが集まり始めた。

 言葉が足りない寮長の説明でも精霊たちが現れたことで、ペドロさんが天啓を受けたことに真実味を増す演出になった。

 ペドロさんが涙ながらに神々への感謝の言葉を述べている間に、狼狽える職員たちに今のうちに寄宿舎見学を終わらせたい、寮長が詰め寄った。

 男性職員が男子棟、女性職員が女子棟を案内するように、その場にいた二人の職員の肩を掴み寮長は半ば強引に礼拝室を出た。


「ここから先は緊急事態じゃない限り女性は入れません」

 引きずられるように連れて来られた男性職員が説明すると、女性職員が見本を見せるように男子棟に続く敷居の奥に手を入れようと伸ばすと、見えない扉に阻まれるように腕が跳ね返された。

「なるほど、許可のないものも同じように跳ね返される可能性があるのか」

 青い顔をした男性職員が寮長の言葉にうなずいた。

「それなら大司祭の許可を得ている我々は大丈夫だ」

 大司祭から許可を得ているのは飛竜の里の司祭の部屋だったところの見学だけなのに、寮長は堂々と言い切った。

 まあ、ぼくたちが男子棟に立ち入る許可とも言えないわけではないのか。

 “……女子棟も私たちなら入れるわ。寝込んでいる女の子も三人いるから、ちゃんと治療してくるわ”

 デイジーも妖精からの報告で現状を把握できたようだ。

「「私たちを女子棟に案内していただけますか?」」

 小首をかしげた二人の姫におねだりされると、女性職員も断れないと諦めて、わかりましたと頷いた。

 応接室で合流する約束をして、男女別行動をすることになった。


 マリアとデイジーが女子棟の奥に進んだのを確認してから、ぼくたちも男子棟に進んだ。

 飛竜の里の司祭が使用していた部屋に案内しようと男性職員が階段を上ろうとすると、ウィルが止めた。

「一階は初級魔法学校生たちの部屋ですよね。ガンガイル王国寮生には初級魔法学校生がいないので、お部屋の広さやベッドの大きさを見てみたいのですがよろしいですか?」

 職員は寄宿舎生たちが教会でお勤めをしており不在なので、見る分にはかまわないが、部屋の中のものを触らないでほしい、と条件を出した。

 寄宿舎生たちに配慮された条件なのでぼくたちは頷いた。

 階段脇に風呂場とトイレがあり、きれいに掃除はされていたが設備としては昔のもので、穴が開いただけのトイレとバスタブがごろんと置かれているだけの風呂だった。

「チャリティーでもして、改装費用を捻出したいね」

 ガンガイル王国寮の快適なトイレとお風呂を堪能している寮長は、寄宿舎の設備がどうしてもみすぼらしく見えるようだ。

「ビンスに予算を見積もってもらいたいな」

「おっと、なんかいいアイデアが浮かんできた。帰ってから相談するね」

 ぼくたちがそんな話をしていると、そんなことにまで嘴を挟んでこなくてもと職員の口が動いた。

「こちらの設備は平民出身者や急ぎで用を足したい人のためのもので、この奥にもトイレと風呂はあります」

 神の元では人々は平等の精神があるはずなのに、トイレとお風呂は平民出身者と貴族出身者とで分けられているじゃないか。

 中級学校から留学した飛竜の里の司祭は男子棟の一階の状況はわからないと言っていたが、職員の話を聞けば本人たちは自覚していないようだが、平民と貴族とで明確な線引きがあった。

 平民出身者たちは階段脇のトイレや風呂場の横に五、六人部屋に押し込まれており、貴族出身者たちは二人部屋だが分家の親族を連れてきているようで、どうにも二人の間に主従関係があるような気配がする。

 七歳で親元を離れる貴族の子弟が自分で身支度ができるとも思えないから仕方がない、と言ったようなニュアンスで職員は説明した。

 寝込んでいる寄宿生のいない部屋を開けて中を見せてくれた。

 三段ベッドではいくら小さい子どもでもうっかり身を起こせば上のベッドや天井に頭をぶつけてしまうような狭さだ。

「七歳でしたらこれで大丈夫かもしれませんが、十歳の生徒たちには狭いベッドですね」

 ウィルがそう言うと職員は、平民出身者たちは小柄だから問題ない、と当たり前のように言った。

 問題を問題だと認識していない人間に何を言っても通じないので、腹に据えかねる思いはあったが、ぼくたちは顔には出さずに、そうですか、とだけ言った。

 職員は奥の二人部屋に案内します、と急き立てるように速足になったので、ぼくは病人が寝込んでいる部屋の前で不自然に転んだ。

「誰かに呼ばれて足を引っ張られたみたいな気配がした」

 ぼくが膝を擦りながらそういうと、職員は眉をひそめた。

「栗色の巻き毛で顔に白いシミのある男の子が、苦しい、苦しい、と言いながら、ぼくの足首を掴んだんだ」

 子どもの幽霊に足を引っ張られたと言うと、職員の喉からヒューと、悲鳴のような息が漏れた。

「ここの部屋に誰かいるのかな?」

 幽霊なんているわけない、どこかに子どもが隠れているんだという態で、ウィルが病人がいる部屋の扉を開けた。

「かか、鍵が……」

 かかっているはず、という言葉を職員が飲み込んだ。

 誰もいない部屋に鍵をかけるもので、寝込んでいる子どもがいる部屋に鍵がかかっているなんておかしいと気付いたのだろう。

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