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あたしを教会に連れてって!

 食堂のおばちゃんはバットで冷やしたそのままの大きさのオレンジゼリーをデイジーの目の前に出して、大満足の朝食を終わらせた。

 マリアは祠巡りの衣装のコンペのデザイン画が気になっていたようで談話室に立ち寄ることになった。

 談話室の壁中に張られたデザイン画を、頬をほんのり赤らめてマリアが食い入るように見つめた。

 華やかな帝都らしく、ショートパンツに編み上げブーツなどの攻めたデザイン画がたくさんあるのだ。

 ガンガイル王国寮には初級魔法学校生がいないので、展示されているデザイン画の多くはデイジーがつま先立ちになっても下しか見えない位置に貼られていた。

 ぼくはデイジーを持ち上げて曲げた左腕にふたり揃って壁が見えるように腰掛けさせた。

 デイジーはごく自然にありがとうと言ってデザイン画を見入った

「ち、力持ちですね」

 ぼくたちを見たマリアがギョッとしたように顎を引いた。

「部分的な身体強化は得意なんだ」

「カイルは私を落としたりしないから安心していいですわよ」

 ぼくとデイジーがそう答えると、そういう問題じゃないんだよな、というようにウィルが眉間にしわを寄せた。

 そうだった。

 一国の姫を片腕に抱き寄せるなんて不敬極まりない行為だった。

 ぼくが無言で下ろそうと右手をデイジーに添えると抵抗するようにデイジーは背中をぼくの胸にドンと預けて下ろすなと抵抗した。

「あっちのデザイン画が見たいわ」

 満腹のデイジーはぼくを移動手段に使うことを決めたかのように、細部まで見たいデザイン画を指さした。

「はい、承りました。デイジー姫の思し召すままに」

 幼いデイジー姫の従者役を買って出ると、学習館のごっこ遊びを思い出した辺境伯領出身者たちが噴き出した。

 あっちがいい、もう一回こっちを見る、とぼくを振り回す無邪気なデイジーにマリアも微笑んだ。

 マリアとデイジーは日中が暑い帝都では薄い布や面積が狭い布の方が良いのだろうかと、本気でデザイン画を精査しだした。

 衣装の話に真剣になる二人の姿に、母さんがママ友たちと下着の会社を設立してしまったことを思い出して、ぼくも笑みがこぼれた。

 すべてを見終わると、寮長がマリアとデイジーに投票用紙を手渡した。

「特別審査員として持ち点三十点で評価していただきたいのです」

 二人合わせて六十点の評価ポイントが今ここで動くことにコンペに参加している寮生たちは慄いた。

「私たちの好みのデザイン画に三十点の持ち点で、どれをどう評価しても構わないのですね」

「マリア姫。私たちの評価がまだ投票していない方々に影響を及ぼすかもしれませんわ。身分の高い人物がどう評価したかということより、このデザイン画が持つ魅力を評価してもらうためには、私たちの評価は決戦の日まで知られない方が良いのではないですか」

 ぼくの腕から飛び降りたデイジーがそう言うとマリアも賛同して、二人は談話室の別の端の机に駆け寄ると真剣に評価を始めた。

 時折額に手を当てながら真剣に考えこみながらも、頑なに他者に相談しない二人の姿に、個人への人気投票ではなくデザインを本気で評価すべきなのだと、寮生たちが襟を正す思いでコンペに対する姿勢を変えたのがこの瞬間だった。

 悩みぬいた二人が投票用紙の記述を終えると、寮長は魔術具のシーリングスタンプを持ち出して二人の投票用紙を封蝋した。

 急遽決まった二人の姫の審査員は、衣装コンペが公平なる審査を経て選ばれる印象を強く残すこととなった。


 帝都の教会が光り出してから七日が過ぎた頃、中央教会併設の孤児院慰問の日取りが決まり、その翌日がオムライス祭りの開催日になった。

 卵は適切に保存すれば長期保存が可能なのに、食糧不足の帝国では帝都周辺の鶏舎では増産される端から消費されてしまっていた。

 早朝弁当の神様御膳やベンさんの出前専門店も順調で食材はいくらあっても足りなかった。

 貴族街の端のガンガイル王国の従業員敷地の空いたスペースは全てオムライス祭りに使う野菜の畑に変貌してしまった。

 ……肝心要の卵がなくてはお話にならない。

 試験農場の卵は順調に産まれていたが、これはこの村のオムライス祭りに使いたい。

 実家から一時的にチッチでも連れてこようかと考えていると、一羽の雌鶏がぼくの足元にやって来た。

 “……あたしを連れて行きなさい。他にも雌鶏をそうね、五羽もいたら十分よ。お宅のチッチとやらには敵わないかもしれないけれど、早朝礼拝にあたしを連れて行ったら、ご加護が貰える気がするのよ”

 雌鶏が精霊言語で自分を中央教会に連れて行くように志願してきた。

 右手を差し出すと雌鶏はぼくの掌に乗っかった。

 お名前は?

 “……雌鶏としか呼ばれていないわ。あんたは精霊たちに好かれているから、あんたが名付けてくれるなら、きっと神々のご加護がたくさんもらえそうね”

 ぼくが名付けていいのかい?

 “……ああ、いいわよ。でも、契約はしないわ。別に嫌っているわけではないのよ。あたしは聖獣になるのが目標なの。あんたと契約してしまうと、中央教会のやつらにあんたとの絆がバレてしまうと、あたしは煮込み料理にされてしまうと精霊たちが言っているからなのよ”

 精霊たちに好かれている精霊言語を取得した鶏か……。

 聖獣になることもできるかもしれない。

 いかにも聖獣っぽいカッコいい名前が良いのかな?

 “……いやよ。馬鹿っぽい名前にして。あたしが聖獣になった暁には人々が勝手に荘厳な名で呼び始めるわ。だからこそ真名は単純で馬鹿っぽい、いいえ、親しみやすい名前がいいわ”

 親しみやすい……可愛らしい……。

 コッコなんてどうかな?

 幼いころのケインの発想と変わらないような気がするが、親しみやすい名前だろう。

 “……コッコがいいわ。聖鳥コッコ!語呂も良くってあたしにピッタリよ!”

 気に入ってもらえたなら何よりだ。

 “……農業ギルドに立ち寄って、最近卵の産みが悪い雌鶏を譲ってもらう手はずをつけといてね。さすがにあたしだけでは卵が足りないわ。あっ、そうそう。チキンライスには鶏を使わないでね。さすがに同族を美味しく料理されるために、卵は産めないわ”

 それはそうだけど、雌鶏が聖鳥になってしまったら鶏肉が食べられなくなってしまうのではないか!

 “……命は巡るもんだよ。野生でも捕食されれば食べられる。もともと食べられるために飼育されたなら、食べられるのは運命だ。食べられたくないなら、あたしのように聖鳥を目指せばいいのよ。ただ、オムライス祭りではあたしは同族を神々の供物にしたくないから、別の鳥を探してほしいだけだよ”

 なるほど、コッコは同族を家禽から開放すべく聖鳥を目指しているのではなく、魔獣として最高峰である聖獣になることを目指しているのか。

 オムライス祭りの鳥肉は駝鳥(ダチョウ)あたりにしてみるのも……。

 そもそも駝鳥の卵なら一個でもかなり大きなオムライスができるのでは……。

 “……教会で駝鳥を飼育したら動物園みたいになるでしょう!厩舎の片隅に鶏舎を建てるだけで済む雌鶏が丁度良いのよ!!”

 教会に侵入して聖鳥になるコッコの野望を真っ向から否定してしまう駝鳥の卵は、コッコには認められないよね。

 “……あたしを教会に連れてってよ。お世話係が平民の寄宿舎生や孤児院の子どもたちに割り当てられるはずだから、あたいが教会に入り込めば詳細を教えてあげるよ”

 この交渉の仕方は躾けられる前にシロに似ている。

 “……朝晩の鶏舎の掃除や餌やりくらいしか接点がないのに、隠密行動なんか無理だよ”

 “……あたしが孤児院の慰問で子どもたちにお腹を見せて可愛がられる方がよっぽど情報を集められるわ”

 ぼくのスライムとみぃちゃんがぼくの手の中にいるコッコを挑発するように精霊言語で言った。

 “……あたしにだって子どもたちに可愛がられる魅力があるもん!”

 上目づかいで小首をかしげてぼくを覗き込むコッコの仕草に見覚えがあった。

 コッコは精霊たちに完全に仕込まれている。

 “……ご主人さま。今のところコッコは上手くやれるとも下手をするとも言えませんが、最悪フライドチキンにされる未来もあるのに、自ら志願してきた心意気を買ってもいいかと思われます”

 シロの発言にコッコはギョッとしたように顎を引いた。

 まったく、精霊たちときたら、失敗したらどうなるのかをコッコにしっかりと説明していなかったに違いない。

 兄貴はそんなコッコの様子を気の毒に思ったのか、失敗する場合のリスクを圧縮した精霊言語で送り付けた。

 頭をくらくらさせたコッコは両翼で顔を覆うとしばらく動かなくなった。

 姿を現さない精霊たちがそんなコッコの様子をじっと窺っている気配がする。

 やがて決意を決めたコッコは真剣な表情で首を伸ばし真っすぐぼくを見た。

 “……あたしを教会に連れて行って!失敗なんて怖くない……。ううん。怖いけど、ここにいた方が毎日おいしい餌をもらって幸せに暮らせることはわかっているけれど、あたし、聖鳥になりたいのよ。誰にもできないことを成し遂げる機会があるのに、怖気づいて放棄なんかしたくない!”

 コッコの決意を聞いた精霊たちが喜んで光り輝いた。

「なんでカイルが雌鶏を可愛がるだけで精霊たちが出現したんだ!」

 鶏を掌に乗せて見つめ合っていただけに見えたウィルが、突然精霊たちに取り囲まれてしまった状況に困惑した顔をした。

「この子は中央教会のオムライス祭りの卵を産むために精霊たちに選ばれた鶏だったみたいだよ」

 ぼくの言葉に反応するように精霊たちが点滅を始めると、その場にいた全員がこんな珍妙な状況に納得するしかなかった。

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