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二つ名の理由

 日没後に玄関を叩いたぼくと兄貴とジェイ叔父さんをポアロさん夫婦は大歓迎してくれた。

 キュアは久しぶりのちび飛竜たちとの再会に喜んで外の空に飛んで行った。

 夜間飛行を楽しむようだ。

 年長の子どもたちの就寝前だったので孤児院にも顔をだした。

 仮面姿のジェイ叔父さんをカッコいいと子どもたちは喜んだ。

 早く寝るようにと子どもたちに諭して別れると、魔法の絨毯で教会へと向かった。

 スライムたちが前方を照らす中、夜空に煌めく星と下方の里の明かりとを見比べて、ジェイ叔父さんが呟いた。

「帝国の攫われた子どもたちが集められていた孤児院からほんの一握り救出された子どもたちか……」

 上級魔導士ディーが関わっていた施設しか破壊していない。

 ぼくと兄貴は無言で頷いた。

「攫った洗礼式前の子どもは洗脳して教会に送り込み、洗礼式後に寄宿舎で死んだように見せかけた子を洗脳して魔法学校に送り込めば、上級魔術師と上級魔導士を組織にしっかり抱え込めるのか。シロが全貌を掴めない組織なんてどういうことなんだ」

「シロにもぼくにもこの世界の全貌がわからないからだよ。シロは長生きしている精霊の集合体だけど、ガンガイル王国の辺境伯領と、ほんの少しカイルの母に寄り添っていた精霊たちに過ぎないし、ぼくだって本や精霊たちから情報をもらった十一歳の少年のようなものに過ぎない。小さなダイヤモンドダストの一粒一粒に写る過去や現在やあり得るかも知れない未来は見えたとしても、必要十分な情報を探し出せないよ」

 兄貴の言葉にジェイ叔父さんは、そうだよな、と自嘲気味に言った。

「簡単に行かないから、組織が長く続いているんだよな。壊滅させるとまではいかなくてもせめて、今はそこにいる子どもたちを助けてあげられるように動くしかないのか……」

 教会まで先回りしていたキュアと合流すると魔法の絨毯の高度を下げた。

 教会の正面玄関には司祭と聖女先生が手を振ってぼくたちを待っていた。

「ご無沙汰してます。お元気でしたか?ああ、この人は父の弟でジェイ叔父さんです。普段は帝都に滞在していて帰国していないことになっています」

「はじめまして、ジェイさん。飛竜の里の教会へようこそ。私はこの教会の司祭でラインハルト殿下の従弟のアントニーです。こっちは教会付属魔法学校の代表を務めてくれている聖女コートニー先生です。ああ、元気そうだね、カイル君。私たちは元気で穏やかに暮らしているよ」

 仮面姿のジェイ叔父さんにも、ぼくのかいつまみ過ぎたジェイ叔父さんの紹介にも、司祭も聖女先生も動じることなく教会の中に案内してくれた。

「夕方礼拝でね、面白いことがあってな。今日のうちにカイルに会える気がしていた」

 応接室にはお茶の用意もできており、ぼくたちが来るのを本当に待っていたようだった。

「帝国への旅の途中の神事は王都の教会を通じて聞いていたよ。あの、穀物のカビを除去する祭りは、うちでもやりたいね。食べ物には困っていないが、飛竜の成体たちがよく立ち寄ってくれるから美味しいもんをたくさん食べさせてあげたいからね」

 司祭の話にキュアが目を輝かせて頷いた。

 キュアのお母さんが目覚めたらまず先にここにやって来るはずだ。

 飛竜の里で飛竜をもてなせる環境なのが嬉しいのだろう。

「帝都の中央教会の大司祭でさえ地方の祭りを知っているような様子はなかったのに、ガンガイル王国の小さな独立自治の飛竜の里で帝国内の新しい祭りの話が伝わっているのですか!」

 ジェイ叔父さんの驚きにぼくも兄貴も頷いた。

 王家にはスライムたちの連絡網があるから筒抜けになっているけれど、司祭は王都の教会から聞いたと言っている。

「教会の定時報告書の会報に神事祭事の報告欄があってな、王都の教会には魔獣カード大会以来カイルたちの動向を追っているファンがたくさんいるから、通常は目を通さないような帝国の地方欄まで目を通して、知らせてくれたんだ。なに、動向を追っていると言っても、ほれ……あれだ……」

「非公認ファン倶楽部ですね」

 フフフフっと笑いながら聖女先生が言うと、ぼんやり話を聞いていたみぃちゃんとスライムたちが興味を示すかのように首を伸ばした。

「王都にはエントーレ家のみなさんの非公認ファン倶楽部がいくつもありますわ。ジーンさんやジュンナさんの魔獣カード大会の時のドレスは王都の女性たちの憧れで、大流行しました。後ろ盾が辺境伯領主一族なのにラウンドール公爵家とも親しく、政治的にも大々的に推し活をしても問題ないから、話題にしやすいようですね」

 王国の政治に直接介入しない立ち位置の辺境伯領出身で、王宮内の派閥争いを制したラウンドール公爵家のお気に入り、というポジションは好きだと口外しても政治的影響が全くないため、ぼくたち一家の最新情報が王都の話題をさらっているようだ。

「……注目を浴びる辛さは嫌というほど味わったけど、後ろ盾がしっかりあるからケインはまだマシなのかな」

 ジェイ叔父さんの嘆きに聖女先生が笑いながら同意した。

「私は平民ながら聖女の素質ありと言われたことでずいぶん悪目立ちをしましたから、注目を集める苦労は理解できますわ。ケイン君は公の場ではキャロお嬢様の後ろに下がるようにして、上手く立ち回っています。フフ、まだ二つ名がついていないようですから、今年度の魔法学校ではきっとなにかあだ名がつくでしょうね」

 ケインは夏季休暇を利用して地質調査をするためにガンガイル王国内を旅している。

 キャロお嬢様とミーアが風光明媚な場所にだけついて行くことがあるようで、なんだか青春の一頁のような充実した夏休みを送っている。

「なんでわざわざ二つ名なんてつけるんでしょうね」

 ジェイ叔父さんが首をかしげると、無自覚とは恐ろしいですわ、と聖女先生が小声で言った。

「隠語で語る連帯感だろうね。例えばラウンドール公爵家には三人のご子息がおられるが、上の二人は公爵に顔こそ似ているが公爵ほど頭のキレがないと裏での評判だ。だが三男が生まれるまでは長男が嫡男扱いだった。子どもは成長次第で突然覚醒することもあるから、成人までは判断するものじゃない。だが、美貌の公爵夫人に似た三男は隠しておけないほどの噂になった。三歳児登録の後のお披露目のお茶会で美しい人形のような非の打ちどころのない美貌と作法を披露したらしい。最高の家庭教師をつけて洗礼式前に哲学書を教科書にしているらしいという噂まで経った。完璧な貴公子の三男の唯一の欠点が子どもらしくないところだった。歯を見せて笑うこともなく、ついた二つ名が冷笑の貴公子だったというわけだ」

「なるほど。冷笑の貴公子という二つ名には、地位にふさわしい美貌を表現しているだけでなく、完全無欠の公爵子息の唯一の欠点を揶揄する意味もあるのですね」

 ウィルを例えにしたことでジェイ叔父さんが納得したように頷いた。

「ラウンドール公爵派には非凡な三男を称える二つ名で、反ラウンドール公爵派には嘲りを込めて呼ぶ蔑称として、違った意味を持って使用される便利な二つ名だった」

 洗礼式前から大量の敵と味方がいたウィルの苦労が偲ばれる。

「だった、ということは今のウィル君には使われないのですか?」

「魔法学校に入学してから彼の印象がだいぶん変わったからね。神童のように切れる頭脳と言われていたのに新入生代表になれなかったし、何より、魔法学校の中庭で冷笑どころか大爆笑している姿をさまざまな人物が目撃しているんだ。怒らせたら怖いけれど朗らかな秀才、というイメージが定着したらもう冷笑の貴公子じゃない。むしろ、闇の貴公子を支える光の貴公子という二つ名の方が定着しているよ」

 帝都に行く前からそんな二つ名があったのかと目を見開くぼくに、司祭と聖女先生が笑った。

「血のつながりがないのに叔父さんにそっくりで無自覚なんですね。入学式の次の日には誰ともなくカイル君のことを闇の貴公子と呼んでいましたよ。カイル君の実力を否定したらカイル君に劣る王都の貴族の子弟たちはただの馬鹿になってしまうので、嫌味のように持ち上げた二つ名で呼ばれるようになったのですよ。王都で輝かしい実績を残しましたから、名実ともに貴公子と呼ばれるにふさわしくなったのです」

 赤面するぼくに、お前はそう呼ばれるようなことをしでかしているぞ、とジェイ叔父さんまで笑った。

「あ、まって、今の話の流れからすると、ジェイ叔父さんにも二つ名があったのですか?」

 ぼくの言葉に聖女先生の顔が真っ赤になった。

「ジュエルさんとジェイさんは帝国留学費用全額無償になる奨学金を得る優秀な生徒で、注目を集めていたから色々な二つ名がついていたらしいな。パン屋の神童とか、薬屋の神童なんてのは可愛い方で、見つめられたら妊娠する方、というのが一番露骨だったかな?」

 司祭の言葉に聖女先生が首を横に振った。

「性的な言葉で揶揄されることは私にもありましたが、帝国留学されてからのジェイさんのあだ名が露骨すぎて、聞いている方が恥ずかしくて背中に汗が出るほどですわ。まあ、あれはとある王太子候補の派閥の生徒たちが美貌と実力を兼ね備えたジェイさんが帰国する前に悪い噂を立てようとしてつけた蔑称です」

 とある王太子は改心したけれど、昔の逸話がクズ過ぎる。

「それは十年前の噂に使われたあだ名で、現在は稀代の天才魔術師と呼ばれています。ジェイさんを侮っていた方々は色々な醜聞に巻き込まれて現在失脚していますから、昔のあだ名を使う方はほぼいないはずです」

 聖女先生がフォローした。

「正式に帰国するのはまだ先なんですが、下品なあだ名が消えているならありがたいです」

「顔がいいというだけで面倒なことになるもんだ。仮面でトラブルも防げるならそうした方が良いと神々もお考えのようだよ」

 そうなのだ。

 大幅に脱線してしまったが、司祭がまるでご神託でもあったかのようにぼくたちを待ってた理由を知りたかったのだ。

「仮面の私が今晩教会を訪問する啓示でもあったのでしょうか?」

 ジェイ叔父さんがぼくたちの疑問を司祭に尋ねると、司祭は右手を小さく振って内緒話の魔法陣を張るように要求した。

「啓示というほどではなく、精霊たちのお告げだろう。この里は精霊たちが多いうえ、この教会の護りの結界を完成させたのはカイル君だから、定時礼拝のおりにカイル君たちの旅の映像が偶に脳裏に浮かぶんだ。教会の会報誌の情報と併せて考えても矛盾がないもので、数日前からジェイさんの姿も見えたんだ」

「私は初級魔法学校でジェイさんと同級生で、何度か同じ授業を受けましたから、仮面姿でもすぐにわかりました」

 同級生という言葉にジェイ叔父さんが狼狽えた。

「申し訳ないです。同級生だったなんて全く気が付きませんでした。幼いころから女の子の顔をあまり見ないようにしていたので……」

 そんな小さなころから女の子を避けていたのか。

「幼少期から女の子の付きまといに苦労されているのを知っていましたから、かまいませんわ。でも、優しくしてもらったほうは忘れないのですよ。平民ながら上級魔術師になって、家業の支える魔術具を製作できるようになろうと勉強に励んでも、上位クラスでは落第寸前だった私に魔法陣が歪んでいることを指摘してくれて、追試に合格するまで教えてくださったんですもの。私にとっては恩人です」

「ああ、泣き虫コニーちゃん!上級魔術師じゃなくて聖女先生になっているなんてびっくりだよ!!」

 幼馴染が聖女になるなんて想像できないよね、と思いつつまた話が本題から逸れたことを指摘しようとしたら、みぃちゃんとスライムたちに睨まれた。

 もう少し二人の関係性を聞きたいんだね。

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