帝国の農村事情
収穫時を迎えた黄金色の稲はぎっしりと実をつけた証にしっかりと首を垂れていた。
午後からは陸稲の刈り入れの小型のコンバインハーベストの魔術具にジェイ叔父さんと東方連合国の三人組が感激した。
「植物の急成長を促す魔法陣に、収穫作業の手間を画期的に省く魔術具、もうなんて言ったらいいのかわからなくなるぐらいの感動です」
今すぐ帰国してこの事実を伝えたい、と三人組は鼻息を荒くしている。
「農業用の魔術具は色々種類があるからゆっくり見て行ってよ」
収穫は午前中から農場に来ていた生徒たちに任せて、ぼくたちは村の祠巡りに出かけた。
マークとビンスが帝都の魔法学校に通い始める前年から試験農場の候補地としてガンガイル王国の魔法学校生が通い始めていた村人は同行する制服姿のボリスを見ると嬉しそうに手を振った。
「納税分より多めに収穫物を村に寄贈しているからガンガイル王国寮生たちは村で歓迎されているよ」
気さくに手を振ってくれる村人の姿は、飛竜の里を思い出して何だか懐かしい。
「この村を試験農場に選んだ決め手は、寮生たちが祠巡りをしたことで、作物に変化があったことに村人たちがいち早く気付いたからなんだ」
魔力と農業という研究の重要性に理解を示してくれる村民たちに農奴がいないことも決め手になった。
前世日本人のぼくには農奴という制度は小作人と変わらないと考えていたが、両者は似て非なる物だった。
農奴も小作人も自分たちが所有する土地ではなく地主の土地で耕作して収穫物を一定の割合で納めることは同じだったが、農奴は土地に付属する建物みたいに権利書にまで記載されている不動産かのように、取引される財産なのだ。
農奴のいる土地を借りれば、その土地に付随するAさんという農奴を労働力としてそのまま借り入れることになってしまうのだ。
建国王が転生日本人の疑惑のあるガンガイル王国では農奴の制度が法律で禁止されており、基本的に転居の自由が国民に保証されている。
それ故にガンガイル王国では農家の次男三男は積極的に学校に通い、農業以外に従事する選択肢がある。
借金で首が回らなくなったら離農する選択肢もあるのだ。
だが、帝国には農奴の風習があり、一度祖先が農奴に身を落とすと這い上がれない制度になっている。
農奴の扱いは領や地主によって変わるが、一生農奴であることが決まっている人生で、積極的に学校に通わせようとする親は少なく、帝国の進学率の低さはそこにあるのではないか、とガンガイル王国の生徒たちは考えていた。
研究する農法が村人に流出するのは想定済みなので、土地に固定される農奴では新しい農法を開発して成果を上げたら、借地契約を強制終了させてガンガイル王国の魔法学校生たちを追い払ってしまう懸念があると、寮長が強く主張したらしい。
寮監が寮長の本気を信頼していたのはこういう実績があってのことだった。
農奴がいなくても村人を雇用したら同じことが起こるかもしれないけれど、ガンガイル王国の王家は知識の独占ではなく拡散を狙っていた。
外患の煩わしさを振り払うために、恩を売りまくり、外敵にならない友好国としての立ち位置を確固たるものにすべく、農奴ではなく農家の次男三男を雇い入れ、彼らを最先端の農法で土地を最大限に活用できる農業コンサルタントに仕立て上げ、帝国中を渡り歩いてもらいたいという期待があるのだ。
試験農場での採用時にそのことを説明してあるので、村民たちは村外に嫁いだ親族の子どもたちにも声をかけてくれたので、事務所の隣に従業員寮を建てるほど人手が集まっている。
人口が増えても村全体の生産量が上がっているので現状何も問題がないようだ。
「成人後も通える魔法学校をここで作れば帝都より学び直しの抵抗がないかもしれないな」
ジェイ叔父さんが思案するくらい、村人たちは新入生のぼくたちも仮面姿のジェイ叔父さんにも一瞬ギョッとしつつも気さくに接してくれた。
ばあちゃんの家の子どもたちに農業体験をさせたいけれど、帝都は光る教会の混乱が落ち着いていない上に、デイジーの推測によると寄宿舎生たちがコッソリ帝都から仮死状態で地方に送りこまれているかもしれない状況で、子どもたちを帝都から出すのは妙案ではないだろう。
「もっと村民たちと親しくなるために、この村で収穫祭をやりたいよね」
代替案として出した祭りの言葉にデイジーが目を輝かせた。
「はい!噂にきくオムライス祭りがいいわ!」
妖精が見せたであろうぼくたちの祭りの中で、一番大きな料理を作ったオムライスに心惹かれているのが手に取るようにわかり、ウィルまで噴出した。
「あれは大量の卵が必要になるから村の鶏の数ではとても賄いきれないよ」
ぼくたちと並走する犬型のシロがボリスの言葉に鼻で笑った。
シロにも何かが見えているのだろうが、精霊言語で伝えてこないということは、まだ不確定なものなのだろう。
「集団で祠巡りをする神聖な行為の最中に、収穫祭の内容に興味津々かもしれない神々には、ボリスの言葉はまるでおねだりをしているように受け止められるかもしれないな」
ジェイ叔父さんは笑って言ったが、ウィルの笑顔が引きつった。
「明日からこの村の鶏が一日にたくさん卵を産むようになったら、それは神々がオムライス祭りを所望されているということだよ!あの大型フライパンは鉄鉱石が潤沢にあったガンガイル王国だから簡単に錬金術でできたんだよ……」
たとえ、実家から入手できたとしても帝国でガンガイル鉄が大量に使用された巨大フライパンを使用したら、大騒動になるよ。
ぼくは後半の声を魔法で消したけれど同行する全員に真意が伝わったかのように一同が頷いた。
「そうなったらそうなった時で鉄に代わる巨大調理器具を考えればいいだけさ」
ジェイ叔父さんの言葉に皆が力なく笑った。
鶏たちが卵を大量に生むということは神々の啓示だ。
それが起こったなら、ぼくたちはもう最善を尽くさなければならないだけなのだ。
試験農場に戻るとぼくたちは真っ先に鶏舎の確認に行った。
二十羽いる雌鶏たちは案の定卵を産んでおり、二十個の卵を手にしたデイジーが小躍りを始めた。
「卵をいただくためには鶏舎の手入れを手伝ってくださいね」
ウィルの言葉にデイジーの目が更に輝いた。
それは嬉しいだろう。
デイジーは足しげくここに通う大義名分を手に入れて、転移で訪問する各地で食事する場所が増えたのだ。
慌ただしく鶏舎に入ったぼくたちが卵を抱えて戻ってくると、ガンガイル王国寮生たちはミッションが増えたことを瞬時に理解し、従業員の村人たちは素直に大喜びをした。
ぼくたちは試験農場にいる全員を集めて、祠巡りの際に収穫祭の案が出たら、オムライス祭りの話が出たが卵が足りないことを理由に却下したのに、祠巡りを終えたら雌鶏たちがたくさん卵を産んでいた経緯を話した。
「か、神々が期待されているのかもしれないのですね……村長に相談しに行ってきます!」
従業員の一人が村に収める分の卵を手に、村長の家に走って行った。
「この学年が嵐を巻き起こすとは聞いていたが本当だったんだ……」
毎日なにかしら事件が起こるじゃないか、と中級から帝国留学をした上級魔法学校生はぼくたちと王都の魔法学校で重なっていないから、ちょっとしたジェネレーションギャップを起こして現状認識が追い付いていないようだった。
村長が慌てて事務所にやって来ると、ガンガイル王国寮側の大人が仮面のジェイ叔父さんしかいないことにギョッとしたが、成績優秀ゆえに嫉妬から毒を盛られ、十年の治療の末にこうして人前に出られるようになった、という説明に瞳を潤ませるいい人だった。
「ああ、教会に問い合わせていただけるのですね。南方の大雨の後の飛蝗の被害で民間神事が厳重に禁止されているのですよ」
詳しく話を聞けば、ぼくたちが帝都に到着する寸前に発令されたようで、旅路の途中でしたお祭りは処罰の対象になっていないようだ。
「帝都の中央教会は地方独自のお祭りを研究しなければならない状況になっているので、ガンガイル王国の留学生たちが自分たちで耕した畑の収穫祭をガンガイル王国のお祭りで祝うことは認められやすいでしょう」
中央教会より一歩先に帝都のお祭りに気付いたぼくたちが主導権を取りやすい状況を鑑みて、ジェイ叔父さんは村長に説明した。
「なるほど、帝都の教会が光った話は聞きました。なにぶん夜明けと日没時に光るということなので日帰りできる距離にあるこの村でも宿を取らなければ見に行けない、と村人たちは嘆いています」
教会見物は帝都の人々だけじゃなく、地方からも見に来る観光地にもなりそうなのか。
急激な人口増加は物価高を引き起こしそうだな。
「少人数でしたら寮の客室にお泊りできるはずです。寮長に確認しておきますね」
お貴族様の子弟の寮に宿泊するなんて烏滸がましいとでも言いたげに村長は首をブンブン横に振った。
「ガンガイル王国の寮は平民の商会の方々も宿泊されていますが、ガンガイル王国国民でないと気が引けるかもしれませんね。貴族街の外れに従業員の宿舎がありますから、そちらの方が寛げるかもしれませんよ」
「いずれにしても責任者は寮長だから話を通しておきましょう。光る教会は一見の価値がありますよ」
村長が渋るのにもかかわらず、ウィルとジェイ叔父さんがポンポンと話を進めていった。
「皇帝陛下の御代に燦然と教会が輝いたのです。歴史に残る出来事を帝都の近隣の村人たちと語り合いたいじゃないですか」
貴公子然としたウィルの笑顔に、祠巡りの意義を帝都の周辺の村々にも知らしめたい、と言う下心が透けて見えたのは、ガンガイル王国寮生たちとジェイ叔父さんだけだった。




