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大食漢と魔力

 試験農場の事務所には休憩所を兼ねた食堂があった。

 とは言っても、厨房があるだけで料理人はいないので自分たちで調理するか、弁当を持ち込んで食べている。

 デイジーは案内されなくても食堂の扉を開け眺めのいい席に勝手に座った。

 自己紹介に姫だと言わなければ村人はデイジーの身分に気付かないだろう。

 大きな長テーブルの席に全員がつくと、デイジーは魔術具のお弁当箱を出現させた。

「こないだの朝食会のお礼に、とある町の腕のいい料理人のご婦人にお弁当を作ってもらったのよ」

 魔術具の箱から出てきたお弁当は、臭かった冒険者クラインの拠点の町の宿屋の奥さんに朝から作らせたであろう大きな鍋だった。

「カレーを鍋ごと持ってきたのですか?」

 匂いでカレーだと気付いたウィルの質問にデイジーが笑顔で答えた。

「ごはんもナンも持ってきたのよ」

 デイジーの収納箱は食品が大容量で詰め込めるタイプのようで、箱からご飯の土鍋と大量のナンを取り出した。

「ぼくたちもデイジー姫に会えるような予感がしていたのか、多めにお弁当を持参していたんです」

 ぼくが収納ポーチから予備のお弁当を包んだ風呂敷を出すとデイジーの目が輝いた。

「ありがとう。ガンガイル王国の食事は本当に美味だから遠慮なくいただくわ。私のカレーも食材を提供したのが私だから格別に美味しいのよ」

 クラインのお世話になっている宿屋に食材を提供し、毎日ご飯を食べに行っている絵面を想像して新入生たちが微笑んだ。

「カレーの肉は養豚業が順調に進んでいるから、豚の出荷はもうじきでしょうね。クラインはとんかつ祭りを楽しみにしているわ」

 楽しみにしているのはクラインだけではないのは明白だ。

「少し発育が早いのですか?」

「極端な急成長ではないけれど、畜産ギルドの見解では育ちが早いらしいわね」

 デイジーとケニーのやり取りに、東方連合国の三人組たちは、ぼくたちの中にデイジーが大食漢の東の魔女だと知っていることを察して、明らかに安堵したように胸をなでおろした。

 激辛じゃないことを確認してから厨房に皿を取りに行くぼくたちの様子に、デイジーの生態を知り尽くしているようだ、と三人組は感心したように見ていた。

 キュアとみぃちゃんとスライムたちのご飯を収納ポーチから出すと、キュアの食事の量を見慣れていない三人組がデイジーの一回分の食事と大差ない量の肉の塊を見て顎を引いた。

 妖精と幼児のうちに契約したアネモネこと、デイジーは周囲の魔力を使う精霊魔法に引きずられて、小さな体で極端に魔力を動かすことになる代償として過食をしなければ生きていけないのか、とぼくは勘繰っている。

 スライムたちはよくわからないが、光る苔の雫を飲んで成獣化したみぃちゃんは食事の量が極端に増えた。

 ヒカリゴケの飼育箱ごとまる飲みしたキュアは巨大化した後、飛竜の里の他の飛龍と比較のしようがないほど大食漢になった。

 じっくり成長するのではなく急成長した生物は大量の食品を通じて魔力を補っているのではないか、という疑惑を感じていた。

 小さな村で結界を世界の理に繋ぎ、貴族の子弟たちで村の護りの祠に大量に魔力奉納をし、魔術具で村の周辺まで魔力を行き渡らせ急成長した飼料を食べた豚も育ちが早い。

 急成長させた植物を一番食べているのはぼくたち人間だけど、そこまでメキメキ大きくなっていない。

 “……ご主人さまたちは摂取した魔力を毎日の魔力奉納で神々に返還しています”

 そうか。ぼくたちは食べる分だけ毎日魔力奉納や魔法として使用しているが、豚は何もしていない。

 デイジーは妖精と契約する以外の選択肢以外はただ病に倒れて死ぬしかなかった状況だったけど、みぃちゃんとキュアは好奇心だけで光る苔を摂取して巨大化した。

 光る苔の効果は摂取する側の能力に応じて向上する。

 飛竜のキュアとみぃちゃんや、ぼくたち家族では効果がそれぞれ違う。

 それでも共通しているのは魔力枯渇を起こさなくなったことだ。

 精霊魔法を行使するデイジーは自分の魔力を使わないはずなのに大食漢だということは、精霊魔法を使う時に体に負担がかかっているからではないのかな?

 “……ご主人さま。アネモネのような幼児と契約する事例がなかったので、精霊使いの魔法を使役する人間への負担があったかどうかが精霊たちにもわからない状態なのです”

 シロは自分に都合の悪い事実は語らない。

 シロが中級精霊になった時に、まさかカイルと契約する気か、と上級精霊やマナさんが危惧したのは何も知らない幼児と契約したアネモネさんの事例を踏まえての一言だったのだろう。

 体が成長しきっていないのに膨大な魔力を動かす代償として、呆れられるほどたくさん食べなくてはいけないのかもしれない、けれど、アネモネさん以外のサンプルがないから断定はできない。

 ぼくたちは持参の弁当を広げ、小鉢にデイジーのカレーをよそい、デイジーは大皿にダムカレーのようなライスの絶壁とカレーの湖をつくり、ぼくたちの弁当を山積みしてホクホク笑顔で、みんな揃っていただきますと言った。

 デイジーはダムカレーを飲むように食べながら唐揚げ弁当をぱくつき、無言で空になったカレー皿をシンに押し付けて、おかわりを注ぐように要求した。

 その仕草に魔法の杖を振り下ろす仕草があったので、迷わず内緒話の結界を張った。

「教会の平民の寄宿生の死亡率は見たわ。うちの妖精にも原因がわからないということは、カイルもまだわからないんでしょう?」

 ぼくは素直に頷いた。

 シロの報告によると、太陽柱の過去の欠片の中には平民の寄宿生たちは特段虐待を受けている様子はなく、ただ、過酷なだけだった。

 栄養状況が悪かったり、定時礼拝以外にも教会内で魔力を使うことが多かったり、魔法学校の授業に教会の雑務に神学の勉強と疲労がかさむ状況だったりと、平民だから耐えられなかったとしか言えない状況だった。

「これはね、うちの子の推測なんだけど、平民の寄宿生たちの全員が死んだのではないのじゃないか?と疑っているのよ」

 デイジーはぼくの傍らに控えている犬型のシロに向って言った。

 シロは無言で頷いた。

「神の家で死を誤魔化すなんてあり得るのか!?」

 仮面の端を人差し指で押さえるようにして少し俯いて考え込んだジェイ叔父さんに、デイジーは、だから推測だけど、と重ねて言った。

「火葬の場面が少ない、というのがうちの子の推測の根拠なのよ。中央教会では葬儀を行っても火葬場は帝都の南西部にあるの。魔法で一気に焼いてしまうから煙も出ないし、外からは火葬場にも見えないわ」

「仮死状態で葬儀を終えて、火葬場に行く途中で別の何かに入れ代わっていても、わからないということか」

 ジェイ叔父さんは仮面の端をトントンと叩いて、あり得ないとは言い切れないと呟いた。

「それでね、長生きしている私の情報としては、教会内に秘密結社があるのではないか、という疑惑なのよ」

 “……カイルたちが破壊した孤児院を運営していた組織よ”

 精霊言語でぼくとキュアとみぃちゃんとスライムたちに話しかけてきたデイジーに、魔獣たちが首を伸ばして、破壊してやったわ、と目で答えた。

「子どもたちはその秘密結社に連れて行かれたということか」

「そう推測できるのよ。洗礼式で鐘を鳴らせる平民の子は洗脳して鍛え上げたら優秀な戦士になれるでしょうね。教会育ちなら魔術師、魔導士の両方の魔法を使えるのよ。魔導師の呪文は魔術師には知られていないから、中級、上級魔法学校で地方出身者として潜り込めば、魔術師の資格しかないような魔導師が誕生するでしょうね」

 ウィルがゴクンと喉を鳴らした。

「宮廷内の毒殺の噂は……」

「食事の後に泡を吹いて倒れたら毒殺が疑われるけれど、毒とは限らないのよね」

 美味しいお弁当を前にしているのに、衝撃的な話を聞いたぼくたちはカトラリーを握りしめて青ざめた。

「まあ、あくまで推測なんだから、そんな顔しないで。食事中の話題として不適切だったけれど、ゆっくり話す時間がなかなか取れなかったから、一気に話してしまったわ」

 デイジーはシンにダムカレーのおかわりを要求し、ぼくたちに食事の続きを促したが、ぼくたちは話の続きが気になった。

「仮定の話ですが、もし、死を偽装されて攫われた子どもたちが違う名前と身分を手に入れて、魔法学校に再入学しているのなら、中級、上級魔法学校をよく観察すれば見つかるかもしれないということですよね」

 ウィルの言葉にデイジーが頷いた。

「入学後、私が初級魔法学校の課程を一日で終わらせて、中級魔法学校の校舎に行こうと考えたんだけど、初級魔法学校には今にも死にそうな寄宿舎生がいるじゃない。まずはそっちを何とかしたいから、中級、上級魔法学校はガンガイル王国の生徒たちに協力してもらおうと考えたのよ。いいかしら」

 やはりデイジーは寄宿舎生の状況を知ってしまえばほっとけなかったようだ。

「できる限り協力します。ぼくたちもデイジー姫に初級魔法学校の状況を探ってほしかったのです。よろしくお願いします」

「任せておいて、寄宿生たちと仲良くなってみせるわ」

「後ろ盾もなく宮廷内に入り込めるほどの出世する近道は、競技会で活躍することか……」

「競技会で名を挙げると専門分野の中枢に簡単に潜り込めるでしょうね。ジェイさんは差し支えなければ競技会花形選手のその後を探ってもらえませんか?」

 デイジーの依頼をジェイ叔父さんが快諾した。

「みなさんカレーのおかわりはいりませんか?なければ私が食べてしまいますよ?」

 ぼくたちはいらないと首を横に振りつつ、鍋一つほとんどデイジーが食べた状況に笑みがこぼれた。

「孤児院の慰問を計画しているのですけれど、デイジー姫も参加されますか?」

 ウィルが話題を変えるとデイジーも頷いた。

「マリア姫とお話をしたときに伺っていましたわ。ぜひご一緒させてください」

 デイジーの満面の笑顔には、炊き出しするの?と書かれているような気がしたのは、ぼくだけではないはずだ。

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