閑話#6
おまけが最後についています。
城内を歩くだけで皆が足を止めて会釈する。最敬礼だけはやめさせることができたが、敬礼するものもちらほらいる。
黙礼程度でいいのにな。顔が見えた方が親しみも沸くというのに。
王都出身者はこの領では、何かと打ち解けられない壁のようなものがあるのを感じてしまう。だが、私はジュエルがこの領に居る限りここで暮らしていきたいのだ。
冬は厳しいが夏は過ごしやすく、食べ物は美味しいし、水がきれい、人々は素朴で一見では概ね親切であり、大きな娯楽こそないが、終の棲家がここでいいと思わせる魅力が、この地にはある。
まあ、少なくとも私にとっては、というだけのことだ。
現実は、それほど魅力的な土地ではなかったようだ。
きれいな水が長生きの秘訣だと、一時、高位貴族の間で別荘ブームが起こった。領主は気をよくして、領都の城壁を含めた拡張をしたのに、娯楽の少なさで貴族たちには”やはり田舎にすぎない”という言説と共に数年で飽きられてしまったのだ。もうすっかり忘れられた土地、地図にも名のない土地もあるのだからまだまだマシだが。
貴族の移動には従者を含めた多くの人が流入することになる。市民の新規雇用者も期待してたが霧散してしまい、拡張した土地は空地となった。
領都の結界は一部市民の魔力を使用しているので、人口減少は死活問題だ。
王都周辺の魔獣暴走での被災者に移住を勧めてみたのだが、外部出身者との微妙な距離感を醸し出す地元民に、移住者さえ数年で流出してしまった。
伯父たちに何かいい手はないかと聞かれたので、ジュエルを推薦してみた。
平民ごときで何ができるかと言うので、貴族にしてもらった。伯父たちは身分で人の評価を変更することはないが、対外的な配慮はやはり必要なことだと主張された。
ジュエル本人にとっては迷惑な叙爵だったらしいが、仕方がない。やりたいことをやるためには立場がしっかりしていないと他の人は動かせない。
ジュエルと知り合ってから楽しい事ばかりだ。あいつの発想はとても面白い。ジュエルが行くところならどこへでもついて行くのは私にとって必然だ。
丁度良い役職を奪って引っ越してきたのは当然だ。
別荘地の失敗で都合よく貴族街にも土地があまっていたから格式の合う館も建てて、永住する気を見せているのに、まだ皆打ち解けてくれない。
ジュエルは貴族街に住むのは嫌だというので、広げ過ぎた住宅街の奥を与えたところ、面白いことをいろいろ始めた。あれに広い土地を与えたのは正解だった。
「ハルトおじちゃま!」
従者を幾人も連れたキャロが廊下をとことこ走って抱きついてきた。
子どもはいいな。先入観がまったくない。
「おじちゃま。今日のお土産はなあに?」
もの目当てでも構わない。
「ふわふわホットケーキだよ」
ジェニエさんからハンドミキサーをもらってからうちの料理長が頻繁に作るようになったのだ。
「おじちゃまもいっしょに食べてくれるの?」
小首を傾げて笑顔を見せられると、可愛すぎでなんでも言うことを聞いてしまいそうになる。だが今日は面倒ごとの処理が先だ。
「おじちゃまねえ、じいじとお話があるから、それは無理なんだ」
「じいじとお話おわったら、キャロとあそんでくれる?」
「ああ、いいとも。いい子にしているんだよ」
「キャロはいいこよ。だって、せいれいさんにまた会いたいんだもん」
「いい子は廊下を走ったりしないよ。キャロは可愛らしいんだから、可愛く歩いておいで」
「わかりましたわ。おじちゃま。キャロはかわいい、いいこになるのです」
キャロの乳母に目礼するとキャロに挨拶を促してくれた。
「おじちゃま、また、のちほど、おあい、いたしましょう」
「おじちゃんも楽しみにしているよ」
キャロは精霊にあってから聞きわけが良くなった。甘やかしてあげたいが、あの子たちのように賢く育ってほしい。
侍従長に促されて入室すると、すでに人払いがされおりて伯父上こと、領主エドモンド一人だけだった。
テーブルには茶も出されており、伯父上は先に渡していた手土産にもう手を付けていた。
「これはなかなか美味い菓子だ。これもジュエル家からの品なんだな」
「そうですよ。珍しい作り方なんですよ。彼らは探求心が強く、少しずつ改良して全く違う食べ物を生み出しています。先日作っていたどら焼きは、豆を甘く煮た餡子なるものをホットケーキに似た生地に挟んであるのですが、ホットケーキとは違う甘味なのです」
「……そっちも持ってきてほしかった」
「手に持って食べるのが一番美味しいから貴族には出さないとのことでした。私も厩舎で立ち食いしました」
「気楽に出歩けるやつはいいな。今度内緒で貰ってきてね」
「お立場を考えてください。毒見を通すのですから内緒事は無理ですね。でも、そのお立場のお蔭で一番先に最新トイレを設置できたじゃないですか」
「おお、あれは素晴らしい。便座は暖かく、温水でお尻を洗うなんて、一度経験したらもう二度と他のトイレは使いたくない。城中のトイレの改装の予算を渋ったやつには使わせないぞ。ジェニエに権利を献上させようとしたやつにも同様だ」
「献上させて褒美が出せないなんて、どういう思考回路なんでしょうかね?領民の不満をあおって政権転覆でも狙うつもりでしょうか」
「我が領は昔から平民との距離が近く、貴族の選民意識は低い方だが、阿呆は一定数おるもんだ。特権階級であることに誇りを持つことと、振りかざすこととの違いが、阿呆どもには理解がおよばんものだ」
「緑の一族の族長を迎えるのに、平民扱いするものがいるかと思うと頭が痛いですよ」
「わざわざ城まで挨拶に来んでも、ジュエル家に訪問だけでいいだろうに」
「表向きは精霊神の祠への参拝ですが、今回の件で騎士団を派遣してまでの救助に対しての謝礼が本命です。誘拐事件は公には南門で救助されたことになっておりますから」
「まあ仕方ないか。それにしても、おそろしく金をかけて捜索した上に、それ相当な謝礼となれば、子ども一人にかける金額ではないだろう。緑の一族は表立って商売繫盛という話は聞かない。だが、相応の財力なんだろう」
「精霊神の祠の一件は口外法度になっているのに、訪問理由にされるのですから、おそらく調べはついているのでしょう。いやはや本当に謎の一族です。緑の一族の族長が我が領の精霊神の祠に公式参拝と公表できると上質な接待ができます。族名を明かせるか交渉してみましょう」
「まて、先に陛下に密奏致してからだ」
「ですよね。移転陣で速やかに王都へ参ります!」
「…最近移転陣の使用回数が増えておる。用事はそれぞれ違うのだが、なぜか皆ついでに魔獣使役師の資格を取ってくる。ハルトお前もなのか?」
「取ってきますよ。一角兎をペットとして飼うことにしたんです。妻が気に入るかわいい子が見つかってからですがね。角は落とす予定ですが、念のために使役獣にしておきます」
「かわいい子がいたらうちのキャロにも紹介してくれ。ジュエル家に子猫がいるらしいが、さすがに大山猫の子猫はもう手に入らない。乱獲の危険性を教えるためにも違う小型魔獣がいいんだ」
「そうですね。見つかり次第連れてきましょう。伯父上も使役師の資格取りますか?」
「わしはすでに上級魔獣使役師であるぞ。親父の跡取りでなかったら飛竜騎士になるつもりだった」
「おや、お持ちだったんですね。では、スライムでも飼ってみますか?」
「スライムだと…?……なんでスライムなんだ?」
私は盗聴防止の魔術具を取り出すと、領主の魔力に染まったスライムが存在していることを告げた。
おまけ
「おじちゃまばっかりケインのおうちに行ってずるい!」
ほっぺをぷっくり膨らませるキャロは可愛い。じいじの居ぬ間に好感度を上げるべく満を持した手土産を出す時が来た。
「キャロライン。次にケインのお家に行くまでに、これを練習しようね」
キャロの格式に合わせて金箔を施した特注魔獣カードセット従者たちに支度させた。
魔方陣の作成だけはジーンさんの腕が一番なので、魔方陣の使用料を支払い制作権利販売権をを買い取ったのだ。
「まあ、なんてすてきなカードでしょう!」
「おじちゃんと対戦してみよう」
乳母では勝てないとふんだキャロは護衛騎士と共に”わたくしがかんがえるさいきょうのデッキ”を選び出す。
「いくわよおじちゃま!火鼬の業火!!」
「「「「「「おおうぅ…」」」」」」
炎もエフェクトに、キャロもとりまきたちも感嘆する。
だが私は容赦なく火喰い蟻に吸収させ、雷電砲をすかさず放つ。
エフェクトの美しさに心を奪われたキャロが正気に戻ると、秒殺されたことに気がついて泣き出した。
「ぅ、ゔ……っびぃぇぇぇえぇぇ…!…はるとおじちゃまのっ…バカァ!!」
好感度はなかなか上がらないのであった。




