歌い踊る人々
触れるアイドルにならないためにどうすればいいか?
そうなのだ。この魔法の絨毯には可愛いお姫様が二人も乗っているのだ。
しかも一人は妖精使いだ。
「私は歌いませんよ」
精霊言語を使わなくてもぼくの視線だけで状況を先読みしたデイジーが言った。
「みんなで歌えばいいじゃないか。」
ウィルがウインクをすると、魔法の絨毯に乗っている女子生徒の顔が赤くなった。
「輪唱にしたら歌を知らない人でも後に続けば何とかなるよ」
ボリスの提案に辺境伯領出身者が笑いながら頷いた。
素早く四つのグループに分かれた。
上空から見ると中央広場のいたるところで魔法学校の制服を着た集団に人々が群がっている。
いきなり上空に出現した魔法の絨毯を出したのが魔法学校の制服を着た集団だったので、魔法学校生の集団に事情を聞こうとしているのだろう。
光と闇の貴公子の噂が立ったといっても、昨日の今日では、ぼくたちの出身地でさえあやふやなはずだ。
今がチャンスだ。
「毎日の祠巡りで市民たちに追いかけられたくなければ、共通のイメージを持とう。同じような量の魔力を持つ魔法学校生たちが、ぼくたちと同じような勢いで魔力奉納をするイメージで声に魔力を乗せてほしいんだ」
ぼくの発言にビンスがまた数値化しにくい検証をする、と嘆いた。
その言葉を受けて小柄な脳筋のガンガイル王国寮生たちが、数値化できない検証の方が面白いからドーンとやってやろうじゃないかと奮い立った。
あの、ドンと流れる魔力をイメージして歌うんだ!帝都の優秀な魔法学校生なら耐えられないはずがない、という根拠もない理論を振りかざして、カエルの歌の練習に口出しをしている。
「ああ、これが友人と共に過ごすことの相乗効果か。懐かしいな。こんな風に根拠もないのに、できるはずだ、と友人たちと新しい魔術具について夢想したことがあるよ。いまだ人生の糧になっている」
ジェイ叔父さんの呟きが魔法の絨毯に乗っている数少ない大人のアンナさんの心に直撃したようで、ウンウン、と頷いた。
魔法の絨毯の上の大人たちの賛同を得たとさらに調子に乗りそうだったので、ぼくは並び順に口を挟んだ。
「女の子を前に出して男子が真ん中に固まろう、人数が少ない女子の声が通るようにしようよ」
可愛い女の子たちを前に出してぼくたちは下がる。
「カエルの歌ですから、しゃがみましょうか?」
真面目なマリア姫がカエルのように屈むと、スカートが広がってカエルらしくなった。
あれ?
半透明なスライムの絨毯の上にスカートをはいた女の子たちが乗っているということは、下から見たら……。
“……大丈夫だよ。あたいがそんなマヌケなことをするわけないでしょう。ちゃんと透けないようにしているもん”
女の子気質のぼくのスライムに抜かりはなかったようだ。
みんながカエルのようにしゃがむとジェイ叔父さんとアンナさんも目立つのを避けるようにしゃがんだ。
辺境伯領出身の女の子たちが歌い始めると、ぼくたち後から続いた。
ケロケロゲコゲコ歌うパートになると、女の子たちはぴょんぴょん跳びはねた。
学習館での発表会の振り付けはそうだったけれど、帝都の中央広場の上空でそれをいきなりやり出すとは思わなかった。
精霊たちが喜んで女の子たちの周りに集まり始めた。
輪唱の最初のパートを担当する女の子たちが踊り始めたら、後に続くぼくたちだって踊るしかない。
魔力奉納をする魔法学校生たちの魔力の流れが良くなることをイメージしながら歌ったせいか、光と闇の神の祠の周辺や、教会前の祭壇で魔力奉納をする魔法学校生の周りにも精霊たちが集まり始めた。
ぼくたちがゲコゲコ歌いぴょんぴょん跳ねるリズムに合わせて精霊たちが弾む姿に広場の人たちは笑顔になった。
魔力奉納を終えて祭壇から離れた魔法学校生が精霊たちに合わせてぴょんぴょん跳びはねると、跳びはねた魔法学校生の周囲に精霊たちが集まった。
魔力奉納をしていない魔法学校生が跳びはねても精霊たちは反応しない。
そうなると魔法学校生たちは広場の混乱を気にするより魔力奉納を優先するようになる。
市民たちも魔力奉納を終えた人が跳びはねると、魔法学校生ほどではないが精霊たちが一緒に弾むように上下した。
教会の祭壇の左右の端に跳びはねる精霊たちが多いということは、光と闇の祠を参拝を終え、祭壇にも魔力奉納をした人の方が、祠にしか魔力奉納をしていない人より精霊たちを集めている。
ビンスが動きを止めて凝視しているのは必死になって精霊たちを数えているのかもしれない。
収納ポーチからカメラを取り出し、みぃちゃんのスライムに広場の撮影を頼んだ。
地上で一番精霊たちを集めているのはガンガイル王国の体格のいい騎士コースの生徒たちの一団で、彼らは歌って踊っている。
歌って踊ると一番精霊たちを集めることが目に見えてわかる状態になった。
簡単な歌詞でも、東方連合国の寮生たちはゲロゲロなのかゲコゲコなのか統一されずに歌っているので、広場にいる人たちも気にせず適当に歌って飛び跳ねだした。
こうして広場に集まった魔力奉納をしている人々以外の全員が歌い踊る状態になった。
ぼくたちはもう上空に避難している意味がなさそうなのでゆっくり下降すると、寮長が両手を広げて地上の寮生たちに広がって着陸スペースを確保するように指示を出した。
精霊たちが周辺の人々を誘導するように光りながら誘い出すと、魔法の絨毯を着陸させるための十分な広さが確保された。
背の高いガンガイル王国の魔法学校生の真ん中に着陸したぼくのスライムは、周囲に気付かれることなく元のスライムの形に戻りぼくの肩に飛び乗った。
ぼくたちが歌や踊りを止めても中央教会に集まった人々は歌い踊り続けていたので、精霊たちは消えることなく人々と戯れていた。
「何とかなりましたね」
ウィルが寮長に声をかけると、人々が精霊たちに夢中になっている間に帰ろう、ということになった。
マリアやデイジーたちに別れを告げて、ガンガイル王国の魔法学校の制服が見えないように帝国の制服を着た大柄な寮生たちに囲まれながら足早に寮へと急いだ。
「歌に魔力を乗せて拡散させることで、他人の魔力の流れを操れるということなのか!」
「いえ、魔力奉納を終えた魔法学校生に精霊たちが好んで集まった、という事実しかわかりません」
ハンバーグ定食にほとんど手を付けず頭を抱えたジェイ叔父さんの言葉をビンスが訂正した。
「昨晩は他の魔法学校生たちに精霊たちは反応しなかったよ。ぼくたちが歌に込めた願いが何らかの影響を与えているはずだよ」
ウィルの考えは間違っていない。精霊たちはぼくたちの意向をくんで魔力奉納を終えた魔法学校生を労って褒めていたのだ。
朝食の食堂では中央広場でぼくたちの歌が他の魔法学校生の魔力奉納に影響を与えたかどうか、ということの確証が持てずに議論が紛糾していた。
ぼくはシロから聞いているから結論は知っているけれど、みんなが自分の意見を言うのを見守っていた。
精霊たちの存在に気付き精霊たちと仲良くなる、ここまではみんな出来た。
後は精霊言語を取得すれば、精霊使いの下地ができあがる。
でもそこから精霊使いになれるかは不老不死になる前のマナさんぐらい生きて見なければわからない、長い道のりだ。
ここにいるみんなが精霊使いになれるかもしれないけれど道のりは険しい。
だけど、精霊素が魔法を行使するのに欠かせないのだから魔法学校生として精霊のことを真剣に議論することは有意義だと思うのだ。
「大人しいね、カイル。何か考えているの?」
いきなりウィルに話を振られた。
「声に魔力を込められるのは上級魔法学校の騎士コースでは常識でしょう?」
ぼくは王都の魔法学校で中級まで騎士コースは終了していたので、上級魔法学校の騎士コースの教科書は読めた。
魔本で知識を補強しているけれど、王都の魔法学校の図書館に収納されている本の内容だからぼくが知っていてもおかしくない。
「上級魔法学校生の騎士コースでも成績上位者しか受講できない講座の教科書に記載されている情報だぞ。まあ、カイル君の成績なら図書館で読めるか」
寮長がぼくの話を補足した。
司令官は現場で声に魔力を乗せて騎士たちを奮い立たせることができるが、長時間持たないので使える場面が限られているとのことだった。
「あの場でそんな高度な魔法をこの子どもたちが成し遂げたのか!」
頭を抱えたのは寮監だった。
「たぶん、いや、絶対違う。魔法の杖を振らなかったんだから、カイル君もその魔法陣を手に入れていないだろう?」
ぼくは素直に頷いた。
「これは私の推測だけど、みんなで少しずつずらしながら歌を歌うという行為が神事の祝詞に近かったんじゃないかな?」
ご明察だ!
さすが王族の寮長だ!
王族しか知らない知識から古の神事に似ている可能性に気が付いた。




