寮長オスカー
寮長と合流して談話室にいくと、二人の使者はぼくたちを見ると立ち上がった。
一人は懐かしい人だったので、お元気でしたか、とエンリケさんにぼくたちは声をかけた。
「私たちは全員元気に無事に帝都に着くことができました。その節はお陰様でした。皆さんも帝都に着くなり活躍されていると伺いました」
「いえいえこちらこそアルベルト王太子殿下とカテリーナ妃殿下に手厚くもてなしていただき、ありがとうございました」
「お知り合いだったのですか?」
「ええ。北を回って帝都に入りましたから北の某国でご一緒させていただきました」
「そうでしたか、私共は東方連合国出身者に職を斡旋していただいた上、良い魔術具を紹介していただきました。私、東方連合国合同寮の寮長をしております、バヤルと申します。今朝はうちの寮生たちがお世話になりました」
「朝と夜の境目に中央広場で光と闇の神の祠に魔力奉納に行く寮生なんて、寮長の許可を得ているのならば素晴らしい行いではありませんか。私はガンガイル王国寮寮長のオスカーです。寮生たちの自主性を重んじていますが、発想力豊かな寮生たちの思考を理解するのに苦労しています」
今朝のデイジー姫の警護の少なさから、無許可であることは見え見えだけど、バヤルさんの苦労を労うように寮長が挨拶すると感極まったかのようにバヤルさんは肩を震わせた。
デイジー姫は寮長に無許可で早朝の街をうろついていたんだな。
「みなさん帝都に馴染まれたんですか?」
ウィルが寮生たちの暴走から話題を逸らせた。
「はい、マリア姫も一昨日帝都に到着して、翌日から七大神の祠巡りをされています」
エンリケさんが快活に語ると、バヤルさんが恥ずかしそうに項垂れた。
「祠巡りにふさわしい衣装を即座に用意しているガンガイル王国にとても感動いたしました。うちの姫にふさわしい衣装を考えなくてはいけないと思案していましたところ、祠巡りの衣装コンペが開催されていると言うではありませんか。うちの姫が楽しみにしています」
エンリケさんがそう言うと、寮長は書類で予選通過した作品を実際に制作してから寮生や職員たちが審査するけれど外部の視点も欲しい、と最終コンペを公開審査にするかのように話した。
「七大神の祠を一日で魔力奉納して回るのですか!?」
バヤルさんがぼくたちの挨拶の言葉にさえついてこれずに戸惑っている。
ウィルが懇切丁寧に、七大神の祠巡りの検証を説明すると、バヤルさんは口角から泡を吹きだしながら、魔力が上がる検証を公開でしているのか、と驚いた。
「秘密にする理由なんて何もないのです。平民の魔力が上がるように貴族階級も努力次第でどんどん魔力が上がるのです。魔力が増えて暮らしの質が上がるのならば、どんな人だって努力して魔力量をあげた方が豊かな社会になるのですよ」
ウィルの説明にバヤルさんは顎を引いた。
「それが理想の世界だとしても、他人の魔力を上げる検証を公にするなんてとても信じられません」
寮長はガンガイル王国では当たり前のことすぎて、学術的に何も知らない集団のサンプルがいないこと、帝都でももう知らないという集団を集められないことを説明すると、バヤルさんもエンリケさんも納得した。
「祠巡りをした集団が、伝説の精霊を召喚し、礼拝方法を変えただけで教会が光り出したりしてしまえば、もう、祠巡りの効果を信じない集団なんて、帝都外から連れてこない限りないでしょうね」
魔力奉納の意義を十分知りながらも、さも初めて聞いたことのようにエンリケさんが言った。
「ウィリアム様とカイル様にマリア姫からの手紙をお預かりしております。魔法学校が始まる前にこちらの寮にお伺いしたいとの内容です。昨日姫がお手紙を書かれた後、事情が少し変わりまして、ご相談にしたいことがございます」
エンリケさんはぼくたちに手紙を渡しながら、困ったように首を少し傾げた。
「お手紙は確かに受け取りました。それでご相談事とは何でしょう?」
「実は無事に旅を終えたことへの感謝のお礼参りを教会に申し込んだのですが、姫がお手紙を書いた時は参拝の予約は魔法学校の新学期が始まるまで待たされるということだったのですか、今日になって当面の間、教会での参拝は受け付けない、と連絡があったのです。中央教会がキリシア公国を拒否するのか、と憤りもしたのですが、本日午前中に姫の祠巡りに同行し、教会が大混乱を起こしているのを知ったのです」
「夏の洗礼式シーズンで、司祭クラスの神官が多忙過ぎて、上位貴族の対応ができないから新学期が始まってから、という事情があったようです。うちも断られたので、早朝、夕方礼拝に押し掛けたら、教会が光ってしまいました」
寮長が教会の内情を暴露するとエンリケさんが笑った。
「やはりガンガイル王国寮生たちが絡んでいましたか。結局お礼参りは正面玄関脇の祭壇で済ませてきたのですが、マリア姫は教会内部にご興味を持たれまして、どうにか中に入れないか、というのがご相談の内容なのです」
寮長は難しそうに眉を寄せた。
ぼくは魔法の杖を一振りして内緒話の結界を張った。
「これは私の推測に過ぎませんが、教会内で高位貴族が参拝できるように準備をする期間が必要なのでしょう」
今まで毎日真面目にお勤めを果たしていた教会関係者たちは礼拝方法を変えなければ祭壇を光らせることができなかったのに、上位貴族が本気で魔力奉納をしたらあっさり祭壇を光らせてしまうだろうから、教会関係者たちの魔力が低いかのように見えてしまう。
礼拝所とはまた別の上位貴族専用の新たな祭壇を作って、特別待遇という名の隔離をしようとしているのではないか、と寮長は勘繰っていた。
「まさか、そんなことは……」
バヤルさんが言葉を濁した。
ご内密に願いたいのですが、と前置きをして寮長は早朝礼拝での嫌がらせのような教会側の対応を話した。
「いやはや、なんと言ったらいいのか、早朝の教会を飛び越える魔法の絨毯ですか!」
エンリケさんが驚いたのは、ぼくたちが魔術具で教会を飛び越えて早朝礼拝に間に合わせたことだった。
「嫌がらせなのか隠し事があるのか知りませんが、売られた喧嘩を買っただけです。お蔭で良いものが見られましたよ」
ウィルは祭壇が光る以外に何かがあったことを匂わせた。
「うちの寮長は現国王の弟殿下で、日頃肩書を持ち出すことはない方ですが、さすがに教会の対応が酷すぎて身分を明かしてしまったので、王族の礼拝には警戒されることになっても仕方がないですよ」
マリア姫が教会から避けられる理由の一つは寮長にあるとジェイ叔父さんが指摘した。
「教会内部に入るのが無理なら、孤児院の慰問とかなら許可が下りやすいかもしれませんね」
魔法学校に入学する前の子どもたちに接触するなら孤児院もありかな、という下心で提案するとエンリケさんが食いついた。
「孤児院への慰問は是非うちの姫もご同行させてください。姫は孤児院のことも気にかけていらっしゃいました」
「我々の寮生たちも同行させてください。当面正面玄関脇しか教会の敷地内に入れないのですから、裏門とはいえ中に入れる貴重な機会になりそうです」
バヤルさんも釣ることができた。
「デイジー姫は孤児院の子どもたちと年が近いので、子どもたちも親しみを持ってくれそうです。参加していただけると交流が和やかになりそうです」
デイジーに教会の子どもたちに興味を持ってもらうきっかけになりそうだと気付いたウィルが参加を促すと、バヤルさんも頷いた。
寮長が教会に問い合わせて調整すると約束してくれた。
バヤルさんは相談事があったというよりはお弁当のお礼と、デイジー姫が昼時を狙って寮に遊びに行く気でいるから申し訳ない、先に謝りに来ただけだった。
「あれだけたくさんの食材をいただきましたから、お気になさらなくて結構ですよ。うちの生徒たちも楽しみにしていますからぜひ遊びにいらしてください」
寮長が笑顔でそう言うとバヤルさんが、ホッとしたように肩をなでおろした。
「うちの寮は小さな国々の集まりで多様な生徒を受け入れてきましたが、デイジー姫のような生徒は初めてでして、どうにも対応が後手後手になってしまうのです」
愚痴が漏れたバヤルさんに寮長が、行動される前にこちらから動けばいいのです、とよく訳がわからないアドバイスをした。
「そうだ。お土産にトマトのプランターをお渡ししたいので少し待ってくださいますか?」
マリアもデイジーも植物の急成長の魔法陣を知っているので、検証の対象にはならないけれど、帝都で野菜栽培を流行させる波に乗ってほしい。
二人の使者が快諾してくれたので、ぼくとウィルと兄貴はジェイ叔父の研究室に苗の準備をしに行った。
談話室に戻ると、寮長と二人の使者はすっかり打ち解けていた。
夕方礼拝の中央広場の混乱を見に行こう、と意気投合しており馬車は渋滞するだろうから、裏道を走る計画を立てていた。
ハンスのオレンジとトマトのプランターをお土産に持たせると、では後程、と挨拶された。
「いいんですか?」
「お二人とも腕に覚えありのようでしたから、大丈夫でしょう」
寮長が呑気にそう言った。
昨日同様、夕食前に食堂では中央広場に行く生徒たち用にお握り定食が用意されていた。
混雑していることを予測して、ぼくたちは騎士コース受講生の中でも大柄な男子生徒のみで行くことになった。
参加者の中でぼくとウィルが一二位を争うチビだったが、いざとなれば魔法の絨毯を出せるということで参加が認められた。
兄貴は留守番ということになったが、黒いモヤとしてついてくる。
本当に留守番なのはジェイ叔父さんだ。
「今になって騎士コースを受講しておけばよかったと思うなんて、いや、初級魔法学校で魔獣使役師の課程を受講しに行くことも予想できなかったな」
留守番を嘆くジェイ叔父さんを残して、意外にも騎士コースを履修済みだった寮長を先頭に中央広場を目指し、ぼくたちは裏道を走った。
寮長はハルトおじさんの叔父さんなんだ。
想定外の行動力があるのは当然なのかもしれない。




