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早朝礼拝

 すってんころりんと教会に転がり入った寮長に扉を開けた魔法学校生たちが平謝りした。

「礼拝は始まっていますか?」

 ジェイ叔父さんの問いに、魔法学校生たちが頷いた。

「静かに入れば途中入室もできます」

 両手にオレンジを抱えたぼくたちは礼拝所の後方に案内された。


 大司祭の祝詞はすでに終わっており、礼拝者たちが祭壇に魔力奉納をしている最中だった。

 寮長を先頭にジェイ叔父さん、ウィル、ぼく、兄貴、そして新入生一行が奉納を待つ神官たちの後に並ぶ魔法学校生後方についた。

 祭壇の前に跪き祭壇に触れて魔力奉納をする作法は他の教会の礼拝と変わらない。

 ぼくたちに隠したいことが何かあったのだろうかと勘繰ってしまう。

 教会の総本山に訴えられるのを避けるために、七、八十人魔力奉納をする時間がかかるからぼくたちを待たずに始めた、と言い訳する気かな?

 順番を待つ間にこの落とし前をどうつけてやろう、と考えていると寮長の番がくる三人手前で寮長が司祭に肩を叩かれた。

 司祭は祭壇の端を指さしてオレンジを見た。

 またギリギリになってから指示を出すのか。

 寮長は足に身体強化をかけて競歩のような速足なのに体を揺らさず優雅に祭壇の端に移動した。

 ぼくたちも後に続き、祭壇の端に寮長がオレンジをお供えした途端、オレンジが輝いた。

 黄金のオレンジ誕生か、と思ったが、精霊たちが出現しただけだった。

 輝くオレンジから溢れ出るように現れた精霊たちが寮長の体を包み込み、先ほど転んで打ったと思われる箇所で激しく点滅した。

「ありがとうございます」

 礼拝の順番が来た光り輝く寮長は、中央に戻ることなく祭壇の端でそのまま跪き魔力奉納をした。

 寮長が手をついた祭壇では、魔力の流れを可視化するように祭壇から床へと精霊たちが拡散して光った。

 この礼拝所には隠し魔法陣がある!

 ぼくたちの洗礼式を行った司祭がいた町の教会と同じように、この中央教会にも魔法陣が仕込まれていたことに気が付いたぼくたちは、オレンジを祭壇に山積みすると、すかさず跪き両掌を床につけ、魔力奉納をした。

 末席とはいえ王族の寮長は一人でも礼拝所の床に広がる魔法陣を精霊たちが辿って現すことができたが、ぼくたちの魔力が加わると精霊たちに光りではなく魔法陣そのものを光らせることができた。

 あれ、この教会の本来の早朝礼拝とは、一人一人が順番に祭壇に奉納するのではなく、代表者に合わせて全員床に触れるものだったのじゃないのかな?

 それなら人数が多くても短時間で終わらせることができるよね。

 魔力が引き出される感覚がなくなったので、ぼくたちは両手を離して立ち上がった。

 精霊たちがよくやったね、というようにぼくたちの周りに集まってくると、野太い声が礼拝所に響いた。

「そこの異端児どもを捕らえろ!」

 ぼくたちは祭壇を背に半円状に神官たちや魔法学校生たちに取り囲まれたが、ぼくが魔法の杖を一振りし結界を張っていたので、誰一人ぼくたちに接近できなかった。

「ぐぬぬぬぬ!精霊魔法を使う異端児どもが怪しい技を出しよって!!」

 ぼくたちの前に歩み出た大司祭が、ぐぬぬぬぬ!と声を出したことに、ぼくたちは、ぐぬぬ!なんて、古典の騎士物語で悔しがる敵役の表現でしか目にしたことがなかったので噴き出した。

「ふざけおって、お前ら。異端審問にかけてやる!」

「あのぅ。教会内部でも魔法陣を多用しているではないですか。私たちは異教を信仰しているわけではなく、魔法学校で学んだ知識を研究している魔術師の端くれに過ぎませんよ。何をもって異端というのでしょうか?私はガンガイル王国の国王の弟ですよ。教会はガンガイル王国を異端の国家として糾弾するおつもりですか?」

 寮長が大司祭の前に歩み出て自分の身分を明らかにすると、大司祭の後方に控えていた司祭や神官たちが慄いた。

 ジェイ叔父さんが教会に入る前に、寮長は王族だと言っていたのに伝わっていなかったのだろうか?

「教会は国家権力に屈しない!」

「だから、何が異端なんだと聞いているのですよ!教会の権威を振りかざし、言いがかりで王侯貴族を拘束したらどうなるのか知らんのですか?たとえ大司祭でも公開尋問会にかけられますよ。まったく、教会内でうちの寮生が魔法を使う羽目になったのは大司祭が煽ったからですよ!」

 ぼくの結界内に留まっている精霊たちが、寮長の言葉に賛同するように点滅した。

「何を抜かすか!その怪しい光が異端の精霊魔法であろう!」

 頭を冷やせとばかりに精霊たちがぼくの結界を抜けて顔を真っ赤にして怒鳴る大司祭に近づくと、蠅でも追い払うかのように大きく手を振る大司祭が精霊たちを罵る言葉を発する前に、ぼくは魔法の杖を一振りしてかき消した。

 “……これ以上喋れば、あなたの無能を部下たちに晒すことになるだけから止めておきなさい”

 両手をバタバタさせていた大司祭は頭の中に直接響いた声に狼狽え、動きを止めた。

 “……あんたさ。精霊と瘴気の区別もつかないのかと呆れられているよ”

 “……あたいにいい考えがあるよ。そのまま頭を庇っている手をまっすぐ上に伸ばしてみれば、精霊たちが戯れに遊んでくれるよ”

 “……いいねえ。大司祭が精霊たちと戯れる姿は、権威に拘るあんたにはお勧めだよ”

 キュアとぼくのスライムとみぃちゃんが言いたい放題言いながらも、大司祭に精霊言語で助言した。

 大司祭は抵抗することなく両手を床と垂直になるように上げ、掌をひらひらとさせるアレンジを加えた。

 精霊たちは大司祭の掌に集まり、掌の動きにあわせて点滅した。

 完全に遊んでいる。

 辺境伯領出身者たちが大司祭の姿を見てきらきら星を歌い踊れる者が踊り始めると、ぼくの結界の中に集まっていた精霊たちが大司祭の方へと流れだして、踊れ、踊れ、と誘いかけるように踊る辺境伯領出身者たちと大司祭を交互にスポットライトあてるように点滅した。

 きらきら星の踊りは、幼児の学習発表会の振り付けだから同じ動作を繰り返す単調なものだったので、大司祭はスポットライトが当たると真似して踊り出した。

 精霊たちに囲まれると楽しい気分になり煩わしいことを忘れてはしゃぎだすのは、ぼくは経験済みたから、大司祭の怒りが収まり、釣られるように踊り出したことにほくそ笑んだが、寮長やジェイ叔父さんやウィルがドン引きした顔をした。

 大司祭を取り巻く司祭や神官たちは、精霊たちに覆われた大神官を神々しい人物を見るかのような熱い眼差しで見つめている。

 精霊たちの出現で忘れ去られている礼拝所の魔法陣について、今のうちに大司祭に精霊言語で伝えた。

 “……祭壇に魔力奉納をする際に圧縮して勢いよく魔力を流してください。その際に後ろに控える司祭や神官たちに両手を床につけるように指示してください。祭壇と礼拝所全体に隠れた魔法陣があります。起動すれば礼拝時間が圧倒的に短縮されるうえ、祈りの壁での魔力奉納を補助してくれます”

 礼拝所の真裏にある礼拝室まで繋がる結界の存在を臭わせると、大司祭の歓喜の感情が駄々洩れした。

 もしかして、この大司祭は地位が高いだけで魔力量が少なく礼拝室からの魔力奉納がきつかったのかな?

 いや、帝都の周辺の土地の魔力が少なくなりすぎて、教会の結界の魔力負担が増えてしまったのかな?

 “……両方だな。大司祭は皇帝の第一夫人の派閥の貴族の子弟ではあるが、……祭壇を光らせることができないようではうちの寮長より魔力が劣っておる。帝都周辺の荒廃により、世界の理に繋がっている教会の結界からも魔力を補填している。まあ、この大司祭がポンコツだと言うより、この規模の教会を大司祭一人の魔力で支えているわけではないので、可哀想と言えばそうなのかもしれんぞ。この教会で過去に理不尽な人事異動があり、この教会独自の礼拝の方法が引継ぎされず、魔力奉納の仕方が変更されてしまったことが魔法陣の存在が忘れられてしまった原因だ”

 魔本が教会内の派閥争いで、魔力のバランスを無視した人事が行われた結果、魔力不足と伝承の消失が起こったことを解説してくれた。

 大司祭が辛い立場だったことには同情の余地はあるが、ぼくたちに嫌がらせをしたり異端児扱いしたりしたことは許せない。

 きらきら星が歌い終わると晴れやかな顔の大司祭が、自分の両手の指の間を戯れるように通り過ぎる精霊を見て言った。

「この精霊たちは誰にも操られてはおらん……。神の僕たる精霊を屈服させて行使する精霊魔法ではないのだな」

「昨日広場で説明しましたし、手紙にも書きましたように、神々や精霊たちを称えたら精霊たちは遊びに来ますよ」

 ジェイ叔父さんが呆れたように言うと、大司祭は頭を下げた。

「どうも、冤罪をかけてしまっていたようです。申し訳ありません」

 謝って済む問題なのだろうか?

 拘束されたわけじゃないからこの程度の謝罪で許すべきなのか?

「ですが、その者たちは無詠唱魔法を使っております!」

 大司祭の脇にいる神官の一人が言った。

「魔法陣を介した普通の上級魔法です。カイル君魔法の杖を出してください」

 寮長に応えて魔法の杖を出した。

「この魔法の杖は、使用者を限定した魔術具です。何度も作り直してパワーアップしているようですが、基本的な作り方は公開されています。これを初級魔法学校の卒業制作に作ってしまうほどの才能のある生徒です。こちらの仮面の紳士はその叔父にあたる方で、魔術具制作界隈ではとても有名な方ですよ。インパクトがあって面白い魔術具でしょう?こういうのが、精霊たちには面白かっただけでしょう」

 寮長はそう言って教会関係者たちに穏やかに語りかけた。

「教会のみなさんの日々のお勤めのお蔭で世界が護られているのです。でもそれは毎日の日課だからこそ、精霊たちには面白みがないのでしょう。へんてこな魔術具を驢馬に引かせて、小さい子どもが必死になって七大神の祠巡りをして、ほんの少しでもポイントが増えたら喜んでいるのですよ。可愛いじゃないですか。でもそれが、祠の広場で日常的な風景になったなら、精霊たちはもう喜んで出てくることもなくなるでしょう。教会関係者の方々は当たり前すぎて精霊たちの注目を浴びない存在であっても、私たちが暮らしていく中でとても大切なお仕事をされています。魔術師と魔導士は仕事の質が違うのです。良くも悪くも目立つ仕事は魔術師の方が多いということなのです」

 寮長の言葉に教会関係者たちは深く頷いた。

「ああ、魔法陣も祝詞も神々に感謝し神の威光をお借りして魔法を行使するものだ。互いを否定しあってはいけないのだ」

 大司祭の言葉に寮長が頷いた。

「祭壇に共に魔力奉納をいたしませんか?」

 祭壇の魔法陣を確認したいジェイ叔父さんが、大司祭に和解に聞こえるように誘いかけた。

「それこそ私がしたかったことだ!」

 精霊言語で教わったことを提案された大司祭が、飛び上がって喜ぶかのように背筋を伸ばした。

 防御の結界を解くと、大司祭と寮長は固い握手を交わし、再び魔力奉納のため祭壇の中央に手をつくと精霊たちでは無い光の筋が祭壇に現れた。

「これは魔法陣の一端だ!」

 ジェイ叔父さんはそう言うと、屈んで強めに魔力奉納をし床を光らせた。

「礼拝所を覆う魔法陣なのか?」

「少し離れた場所で魔力奉納をしてみましょう!」

 ぼくたちはさっき精霊が光った時に魔法陣の存在に気が付いていたが、さも今発見したかのように教会関係者たちをかき分けて様々な場所の床を触れて魔法陣をあらわにした。

 後方にいた魔法学校の生徒たちがぼくたちの真似をして床に触れると、魔法陣の一部が現れたので、神官たちも真似をし出した。

 こうして全員が床に手をつき魔力奉納をすると、礼拝所の床だけではなく壁や天井まで無数の魔法陣が組み合わされた複雑な魔法陣の全貌があらわれた。

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