教会へ行こう!
「競技会に成人男性が出場すると抗議されそうだから監督でいいよ。それより、言ってから気が付いたけど、俺、復学するんだったら制服をあつらえないともう着れないな」
父さんと同じくらいに成長したジェイ叔父さんが、15歳のころの制服が着れるとは思えない。
「素朴な疑問なんですけれど、十年も引き籠っていたのにどうやって服を新調していたんですか?」
ローブの試作品を作った女子生徒の疑問に答えたのはスージーさんだった。
「季節ごとに差し入れとして扉の前に置いていくと、サイズが合っていればなくなっているし、違えばそのまま置いておかれていましたから、サイズを想像して用意していました。支払いは月末に食費と合わせて引き落としでした」
お手数おかけしました、ありがとうございます、とぼくとジェイ叔父さんがスージーさんに感謝した。
「それにしても測ってあつらえたかのようにピッタリですね」
「ジュエルさんと同級生だから、同じように成長しているのならと、推測したのと細かいサイズを調節できる仕立てにしてあるのよ。……(ジェイさんはお金持ちだから)予算を気にせず好きなようにあつらえることができたから楽しかったわ」
女性陣はそこから祠巡りの衣装の話に移り、庶民用とお金持ち用に素材を分ければこういった工夫ができる、という話で盛り上がった。
「東方の国では成人の魔法学校の再履修は足りない資格を取得する程度だぞ。平民の初級魔術師が増えたら下級貴族の職域に抵触するんじゃないか?」
ドルジさんの疑問はガンガイル王国では解決済みの問題だった。
「平民の魔力量が増えて初級魔法師の人口が増えても仕事はたくさんあるので、まだまだ足りない状態です。それに、平民の魔力量が増えるように下級貴族の魔力だって増えるから、下級貴族が中級、上級魔術師になればいいだけです。現場の仕事なら家柄は関係なく上級魔術師はいつだって不足していますよ」
ウィルの説明に、それでガンガイル王国の国力が上がっているということか、とドルジさんが笑った。
「祠巡りは良いことだらけなんですよ」
「ああ、俺も移動中も勤務地でも神々の祠には必ず参拝するよ」
ぼくたちは改めてドルジさんの無事の帰還を祈ってお別れした。
戦争なんて早く終わればいいのに。
寮に戻ると中央広場での一件はすでに寮中に広まっており、商会の人たちは『巡礼ローブ』として生地の品質に差をつけた幅広い価格帯のローブを縫製工房にすでに発注をかけていた。
コンペを楽しみにしていた生徒たちから、ちゃんとした衣装を作りたかったのに、と嘆きの声が夕食の食堂のあちこちから聞こえた。
商会関係者たちは、コンペは開催されるし賞金と副賞がつくかもしれないと、と情報を漏らすと食堂内は色めきだった。
「王太子殿下が帝都での祠巡りの検証に、予算をつけてくださった。もともと検証にかかる経費のスポンサーは決まっていたので、王太子殿下からの予算はまるまる今回の衣装コンペに使えるから期待していいぞ!」
商会の代表者の言葉に食堂は大いに盛り上がった。
今回の検証にかかる費用はぼくが払う予定だった。
ハロハロの援助は王太子殿下後援のコンペに回してしまっても問題ない。
賞金副賞の額に関わらず、寮内の遊びのようなコンペから入賞したら自身の公式な経歴になるコンペに格上げになったのだから、気合の入れ方も変わるだろう。
「あの方も抑えどころを抑えられるようになったな」
ウィルの呟きに、初対面で飛竜の里に一緒に行きハロハロの覚醒を目撃したボリスが、鼻から定食の味噌汁を噴き出した。
あのポンコツ王太子が時勢を読んで決断できるようになったのだ。
ハロハロだって日々成長している。
ぼくたちが王太子殿下後援のコンペの話に盛り上がっていると、寮長と寮監が食券も買わずにぼくたちのテーブルに急ぎ足でやって来た。
「中央教会から急遽の連絡が来た。ガンガイル王国の留学生一行の公式礼拝の日程を調整するにしても新学期が始まってからしか空きがないとのことだったが、旅の安全の祈願の大願成就の御礼としての魔力奉納ならば、明日の早朝礼拝に参加することを許可してくださるとのことです」
穿った見方をするのならば、一日で七大神の祠巡りをして疲労困憊な状態で日の出とともに行われる早朝のお勤めに参加させて、ガンガイル王国の留学生たちの魔力の乏しさを露呈させたいのかもしれないけれど、生憎ぼくたちは一晩寝たら回復できる。
「早朝は一番魔力量が充実しているから、問題ありません。それより薄明の時刻の帝都の治安が心配です」
ウィルが即答すると、寮監がぼくを見て無言で右手を小さく手を振り内緒話の結界を張ってくれと依頼した。
「都市型の瘴気が夜明けごろに湧くと言う噂があります。襲われたら憲兵が内密に始末すると言われています。石畳に燃えカスが残っていたら、誰かが始末された痕跡だ、なんて話もあるようですから、薄明の時刻は用心した方がいいでしょう」
寮監の言葉にぼくたちは頷いた。
「万が一のことを考えて最強の装備で向かいます」
「「瘴気を浄化できる魔術具があるのか!!」」
寮長と寮監が同時に叫んだ。
「理論上、投げつけるだけで瘴気を閉じ込めることができる魔術具を作りましたが、十分な検証をできていない代物です。安全の保障はないので販売はしませんよ」
検証するためには瘴気や死霊系魔獣に遭遇しなければならないので、寮長と寮監は検証なんてしなくていい、と口々に言った。
「馬車の結界は瘴気を防ぐ仕様になっています。馬車を降りた後は魔術具が不発でも、ぼくとウィルが聖魔法を使えるので前方と後方につけば対応可能です。何とかなります」
兄貴とシロが何も言ってこないということは、多分問題ないのだろう。
「そうだね。あの馬車で乗り付けて中央教会前で下車するんだから危険はないだろう。引率として私が付き添うことにするよ。早起きしなければならんな」
寮長がそう言ってハハハと笑った。
瘴気に遭遇しても無敵の馬車に乗る安心感が湧いたようだ。
「中央教会の前で瘴気が湧くなんてあり得ないだろう。だが、気をつけて行動してください」
寮監がそう言うと、もう一度手を振ったので、内緒話の結界を解いた。
明日は早朝から行動することになったぼくたちは早めに寝ることにした。
「やっぱりもう来ていたんだ」
空が白みだし星が薄くなったころ、寮の中庭の精霊神の像に魔力奉納をしていたぼくと兄貴とジェイ叔父さんに、ウィルや旅を共にした生徒たちが合流した。
「やっぱり神頼みは大切でしょう?」
「教会の供物にこのオレンジも良いんじゃないかな?」
そうだそうだ、と全員賛同するとキュアとスライムたちが熟したオレンジの収穫を始めた。
大量に収穫したオレンジを収納の魔術具に入れると更に一工夫した。
これは便利だ、と盛り上がったり、供物は全て収納の魔術具に入れることになった。
誰が寮長を起こしに行くかのじゃんけんをして、ロブに決まった。
こうしてぼくたちは和やかに中央教会に向かった。
薄明の帝都の街は朝霧にすっぽりと包まれ、今日も暑くなることを予感させた。
アリスの安全を確保するために教会までの道のりを魔力探査したけれど瘴気の気配はなく、所々にいる憲兵と鼠のような小動物の気配がするだけだった。
教会に到着すると正面の門が閉ざされており、門番に早朝だから裏門に回るように指示された。
「こういうところで帝国の属国扱いしてくるから腹が立つんだ」
馬車の中の声が外に漏れることがないので寮長は不満をあらわにした。
「教会は帝国から独立した組織で、国によって対応を変えてはいけないはずなのに、招待した参拝者を裏口から通すなんてこちらを舐め切っておる」
「まあ、普段見れない教会の裏側を見れるんですから楽しみましょうよ」
ぼくがそう言うと、留守番しているはずだったのに同乗しているジェイ叔父さんが、面白い考え方だと笑った。
「裏門から入って馬車の待機所で下車させられるなら、大歓迎ですよ」
使用人に対するような扱いなのに喜んでいるウィルに、寮長とジェイ叔父さんが怪訝な顔をした。
ぼくたちは口をそろえて、駐車場は孤児院や寄宿舎の側だから行ってみたいじゃないですか、と言うとジェイ叔父さんは額に手を当てた。
「そうだな。通常の参拝だったら一般人が入れない場所に行けるのか。楽しみだな」
ワクワクした声で言うジェイ叔父さんを見ながら、好奇心と自尊心を天秤にかけると好奇心が勝る連中ばかりなのか、と寮長が嘆いた。
馬車が誘導された場所は案の定、駐車場だった。
全員が馬車を降りると駐車場の管理人がぶっきらぼうに言った。
「あの、魔法学校生について行けばいい」
寄宿舎から礼拝に向かう魔法学校生たちを指示した。
「ご案内ありがとうございます」
寮長が丁寧に挨拶して管理人にチップとして硬貨を手渡した。
教会の下働きの人たちに今後も便宜を図ってもらうために高額なチップを支払うことを、馬車の中で相談していたのだ。
ぼくたちは魔法学校生の列の後方に並ぶために、わざわざ遠回りして寄宿舎の方まで歩いた。
もちろん、行儀よくしているふりをして少しでも寄宿舎の側に寄りたかったのだ。
ぼくは極小の魔力を早朝の霧に乗せて拡散した。
寄宿舎にもその奥の孤児院にも特殊な結界はなく、様子を探ることができた。
寄宿舎には朝食の支度をする職員しか残っておらず、孤児院の孤児たちは幼い子どもたちばかりしかおらず早朝のお勤めには参加していないことがわかった。
兄貴も気配を探ったようでぼくと目を合わせると小さく頷いた。
ぼくの見解で間違いないようだ。
魔法学校生たちの後方から教会の裏口の扉にたどり着くと、扉の脇にいた教会関係者に寮長が声をかけた。
「おはようございます。本日は早朝礼拝にお招きいただき、誠にありがとうございます。供物を奉納いたしたいのですが、少々量が多いので運べる人をできるだけたくさん呼んでいただけませんか」
声をかけられた教会関係者は、ぼくたち全員が何も手にしていないので怪訝な顔をした。
「こちらですが、収納の魔術具は奉納品ではないので、ここで供物だけをお渡ししたいのです」
寮長がそう言ってポケットからサイコロのような白い箱を三つ取り出した。
「これは……魔術具ですか!」
職員が驚きの声をあげた。
驚くのも無理はない。
収納の魔術具を更に魔法で圧縮して小型化した、ぼくの自信作なのだから!




