文化の違い
精霊たちも消えてしまい、教会関係者たちが帰ったので、野次馬たちも解散するだろうと思ったが、一部が残り光と闇の神の祠に参拝し始めた。
いいものが見れて良かった、自分たちも祠巡りをするよ、と声をかけてくれる人も多く、参拝者用の衣装を貸し出す予定がある、と言うと喜ばれた。
貴族街に隣接する火の神と土の神の祠の広場に行くときには服装に気を使うとのことだった。
祠巡り用の衣装が借りられるなら利用したい、という人たちは多くいた。
ドルジさんはこんなにもたくさんの知らない人たちに武運を祈られたのは初めてだ、とこぼすほど、大勢の人に声をかけられていた。
中には火の神の祠まで足を運ぶ、と言ってくれる人がいて、ドルジさんも目を潤ませた。
まだたくさんの人たちがぼくたちと話したがっていたが、子どもたちの昼食の時間が過ぎているから、と何とか断り這う這うの体で馬車まで戻った。
「遅くなったと思ったらそんな騒動になったのか」
アリスの馬車をガンガイル王国の敷地に止めて徒歩でばあちゃんの家まで移動した。
驢馬のクーの引く車で一足先に戻っていた子どもたちと三人娘の話を聞いていたベンさんに、俺も仮面の紳士の歌と踊りを見たかったな、とジェイ叔父さんがからかわれた。
俺は踊っていなかった、とジェイ叔父さんは言ったが、ステップを踏んでいたから、あれは踊っていた、と三人娘や子どもたちに言い返された。
「ハハハハハ、あのステップなら俺もできるぞ。ああ、お前さんたちが遅くなりそうな予感がしていたから、温めなおしても美味しいカレーライスにしたんだ。ちびちゃんたちはドリアにしたんだ。食べたかったら残っているぞ」
魔力奉納をしたらお腹が空くからいっぱい食べろ、とベンさんが言うと、子どもたちも三人娘たちも歓喜の声をあげた。
スージーさんは言葉が乱れた三人娘たちに小言を言ったけれど、ドリアを取り分けてもらうと大人しくなった。
「テーブルスパイスで辛さを調節するのもいいが、やっぱり一口目からガツンと辛い方がいいな」
ドルジさんがそう言うと、子どもの飯だからな、とベンさんが笑った。
ドルジさんはぼくたち一部の辛党をチラッと見たが、ベンさんが本気で辛い物を作ったらぼくたちでも食べられなかった話をした。
「いいなぁ。そのやたら辛いビーフンを食べてみたかったな。食堂のオープン前に辞令が出ちまったから仕方がない」
「いや、間に合ったよ」
残念がるドルジさんにベンさんが即答した。
「なに、食堂とは別の出前専門の店の準備が終わったってことさ。子どもたちやご婦人方が行けない地域の特殊なサロンに出前するんだ」
話を聞きたそうに首を伸ばしたスージーさんが、あからさまにがっかりした。
「今の帝都の流行は美食じゃない。だけど、美味いもんを食べたいのは人の性だろ。人に言えない秘密の社交場で秘密の食事を楽しむ需要があるから、高級食材を使用しても儲けが出る算段だ」
カッコつけた言い方をしているが、花街の高級娼館に出前をするだけだろう。
「貴族街まで出前は来ていただけないのでしょうか?」
「可能だけど注文しに花街まで来る男性使用人が誤解を受けそうだな」
スージーさんの質問にベンさんが懸念を言うと、ジェイ叔父さんがそんな難しい話じゃないと切り出した。
「花街まで行かなくても、注文くらい鳩の魔術具でも使えばいいじゃないか。鳩の魔術具はガンガイル王国の関係者しか使用していないから、嫌がらせの大量発注とかも防げるだろう?」
それはそうか、とベンさんが納得すると、ココが凄いですね、と呟いた。
「お貴族様は簡単に色々な問題を魔術具で解決してしまうのですね」
「俺は貴族じゃないぞ」
ジェイ叔父さんの発言に、ばあちゃんも三人娘と子どもたちも驚いてカレーライスを掻っ込む手が止まった。
「パン屋と薬師の息子で、富豪ではないけれど暮らしていくのに困らない程度に余裕のある家庭で育った、平民の子だよ。恵まれている方だという自覚はあるよ。留学の費用は国が全額負担してくれたから特段に裕福でなくても国外で勉強する機会を得た。勉強すれば身を立てることができるぞ」
ジェイ叔父さんの言葉に、子どもたちがぽかんと口を開けた。
高級な仕立ての服を着たジェイ叔父さんが職人の息子ということが信じられないようだ。
ジェイ叔父さんの洋服を差し入れしていたのは寮監で、スージーさんもかかわっていたのだろう。
祠巡りの衣装は装飾が控えめなのにレースの使い方が小洒落た謎の仮面の紳士に相応しい装いだ。
魔法学校はまだ卒業していないけれど、魔術具制作では天才的な上級魔術師として名を馳せている。
お金持ちにふさわしい装いだ。
「勉強したら貴族になれるのですか!」
ヴィヴィがそう言うと、ウィルが丁寧に説明した。
「ぼくたちは帝国から遠く離れたガンガイル王国という国から来た留学生たちなんだ。だから法律が違うから、結論を先に言うね。この国では平民は貴族になれない。だけどそうじゃない国もあるということなんだ」
「……ガンガイル王国では平民も貴族になれるのですか?」
ネネが信じられないとぼくたちを見た。
ガンガイル王国寮生たちは成人したら叙勲される予定のぼくを見た。
「ガンガイル王国では、どんな人間でもその人がした仕事で評価されて叙勲されるんだよ。その人の仕事が評価されるのだから、当然その人の子供は貴族の位を引き継がない。でもその人の子供がいい仕事をしたらちゃんと評価される。そういう国なんだ」
「凄いですね!そんな国があるんですね」
ぼくの言葉に三人娘は夢のようです、と溜息をついた。
「だからと言ってガンガイル王国が地上の楽園かと言えば、そんなことはないんだ。人々が暮らし生きていたら起こる困難は普通にある。時に理不尽なことがあっても、それを正そうと努力する人たちがいて、ぼくたちもそうなろうと決意している。そうやって発展している国なんだよ」
ウィルがそう言うと、それでも夢のようです、とココが言った。
「夢を、夢じゃなくすればいいんだ。君たち三人が魔力奉納を一年間、本気で奉納をし続けたら魔法学校の入学資格くらいの魔力量まで増えるかもしれない。初級学校を卒業しているんだから魔法学を学ぶだけならそんなに日数をかけずに必要単位が取れるんじゃないかな」
ジェイ叔父さんは軽く言ったが、三人娘たちは揃って首を横に振った。
「「「成人しているのに魔法学校に通えません!!!」」」
「えっ!そうなの!!成人してからも足りない単位を取得しに魔法学校に通うのって、ガンガイル王国だけなの!?」
ジェイ叔父さんは帝都の魔法学校で研究に励み過ぎて、帝都の友人がいなかったのかもしれない。
帝都の魔法学校の常識を知らなすぎだ。
まあ、ぼくも人のことは言えない。
王都の魔法学校で魔獣カード倶楽部を作るまでは、辺境伯寮生以外の友人はウィルしかいなかった。
三人娘とばあちゃんがケタケタと笑い出した。
「この国で魔法学校に通える平民は富豪の子どもたちだけですよ。入学金が高すぎて洗礼式で鐘を鳴らした子でも教会の寄宿舎に入らない限り無理です。でも教会の寄宿舎では平民の子は成人する前に亡くなってしまうのですよ。神々に好かれたから天界の門に招かれた、と言われています」
ばあちゃんの話にぼくたちは頭を抱えた。
魔力の多い人間はいつまでも若々しくいられて長生きする、と言われているのに、洗礼式で鐘を鳴らせる子どもは少なくとも初級魔法を使える魔力量を神々に保証されている状態なのに、夭折してしまうなんて怪しすぎる。
「ああ……奨学金の制度がないのか。教会の寄宿舎はキツイという話は聞いたことがある。魔法学校の授業に魔力を使うのに、朝晩のお勤めでさらに魔力を使うらしいな」
友達がいないと思っていたジェイ叔父さんが言った。
ごめんね、ぼっちじゃなかったんだね。
教会のお勤めの魔力奉納は祠巡りと大差ないことは経験済みだから知っている。
神々は個人の能力を見極めて、魔力枯渇を起こすほど奉納させな……。
例外があった!
回復薬が使用可能な状態だと限界値が上がる。
ジェイ叔父さんの魔力奉納では、ぼくの回復薬をあてにしたかのように大量の魔力を奉納させられた。
寄宿舎の回復薬を横領し、水で薄めた物を平民の子どもたちに与える人がいたとしたら、寄宿舎の平民の子どもたちは魔力枯渇で死に至ることもあるだろう。
ウィルやボリスもぼくと同じことを考えていたようで表情が曇った。
「まあ、何かと想像力が働くが、そっちの問題はひとまず置いておいて、学び直しの文化が帝国にないのが問題なんだよな」
ベンさんがそう言うと、ドルジさんは東方の小さい国々も学び直しに成人してから魔法学校に通うことがあるのは珍しくない、と言った。
「三人娘たちは一年間魔力奉納を頑張ってみたらいいよ。帝都での事業拡大には初級魔術師が足りていないから地方の魔法学校に通える資金を用意する手筈はしているんだ」
ベンさんがそう言うと、ウィルが額をポンと叩いた。
「こちらのお姉さん方を祠巡りの衣装の貸し出しの収益からの奨学金の支給対象にするということか!」
「ああ、洗礼式直後の新入生だけでなく、成人した後の学び直しにも奨学金を出すようにすれば、資格取得後すぐ働いてもらうことができるから商会としても利があるだろう。検討してもらおう」
三人娘は自分たちも魔法学校に通えるようになるかもしれないことが嬉しくて、信じられない、信じられない、と手を取り合っている。
「初級魔法を学ぶためにわざわざ、その習慣がある属国まで行かなくてはいけないのが、なんだか納得できないな。ここは世界の頭脳が集まる知識の都だろう?」
ジェイ叔父さんが口角を下げるが、前例がないことは認められにくいものだ。
「俺が言うのも何なんだが、階級意識がハッキリしている帝都の魔法学校で、平民の成人の新入生はたとえ認められたとしてもどんな扱いされるかが読めないな」
ドルジさんが首を横に振ると、ジェイ叔父さんがやってみようか、と言った。
ぼくたちがジェイ叔父さんを注目すると、ハハハハハ、と笑った。
「退学届けが受理されないんだから、復学すればいいんだよ。初級魔法学の教員資格を受講すれば俺が先生になれるよ」
そんな奇策があったのか!
「ジェイおじさんが復学したら、競技会で無双できるね!」
ボリスはここにいる誰もが考えていなかった視点で喜んだ。




