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精霊たちと子どもたち

「神事って何が神事なのでしょうか?」

 スージーさんが司祭服の男の前に歩み寄ると、抑揚を抑えた声で質問した。

「私たちは午前中のうちに七大神の祠のすべてに魔力奉納をしておりました。祠への魔力奉納は市民ならば誰でもする行為で、教会も推奨しておられますよね?洗礼式で司祭様は神に感謝して魔力奉納に励むようにと仰っていましたが……」

 スージーさんはその後の言葉を飲み込んだが、ぼくたちの脳裏に浮かんだ言葉は神事って神々に関する事柄は全て当てはまるのではないか?という疑問だった。

「何を言うか!お前たちは謎の儀式をしてこの光の波を出現させた。神事を行うことは教会にしか認められていないのに、よりによって中央教会の眼前で珍妙な儀式を行うなんて言語道断だ!」

「せんちにむかうへいたいさんに、がんばってくださいっていうのはわるいことなの?」

 テルテル坊主のようなローブを纏った男の子が瞳を潤ませて司祭服の男の前に歩み出た!

 なんだ!この天才子役のような可愛らしい幼児は!

 ドルジさんに贈った言葉にも精霊たちを大量に呼びだす感動的なフレーズがあったように、この一言で広場に集まった人々が、口々に何も悪くないと言った。

 飛び交う精霊たちは子どもたちを守るかのように集まってきたので、白いローブの集団が輝いて見えた。

「この子たちがしたことは、朝早くから七大神の祠に魔力奉納をして、知人の軍人さんの派遣先を聞いて激励していただけだ!」

 遠巻きに見ていた市民の一人がよく通る声で言った。

 精霊たちがさり気なく精霊魔法で声を拡散させたようだ。

「ああ、朝早くからガンガイル王国の魔法学校生が可愛い犬や猫を載せた豪華な車を引いて、白い巡礼者たちを迎えに行ったのを見た」

 シロとみぃちゃんの愛想笑いの目撃者の言葉も中央広場に響いた。

「怪しい魔法を使うな!」

 激怒する司祭に無実を証明するかのように魔法学校生の生徒たちとOBたちは魔法陣を使用していないことを証明するために顔の横で両手を開いてひらひらさせた。

 マヌケな格好だが、これはどこにも魔法陣を隠していません、使用していません、というハンドサインなのだ。

 教会関係者たちはぼくたちの仕草から魔法を放棄していることを確認したのに、中央広場に集まっている精霊たちはひらひらと振る僕たちの掌に戯れるかのように集まってきたので、信用できないと言うように眉を顰めた。

 ぼくたちの誰も魔法陣を使用していないのに、精霊たちは自由に飛び交い、白い巡礼者たちが如何に真剣に魔力奉納を行なったか、という市民たちの目撃情報が拡声魔法らしき何かの力の働きによって中央広場に響いた。

 精霊たちが自分たちに都合の良い情報だけを拡散できる見本のような状態に、笑いが込み上げてきた。

 “……ご主人さま。精霊たちの扇動を止めましょうか?”

 シロは精霊言語で中級精霊の自分なら止められる、と伝えてきたが、ぼくはこれで良いような気がしていた。

 精霊たちはどこにでもいるのに誰も認識していない。

 それでも精霊たちは自分たちのお気に入り、いや、推しを見つけた時には、なりふり構わず自分たちの都合の良い方へ推しの夢を操作したり、集団になればこうやって民衆を扇動したりするのだ。

 それなら、人々が精霊たちを認識した世界の方が、精霊たちの干渉に負けずに人々は自分の未来を自分で決断できるんじゃないか?

 古の時代は世界に精霊たちが溢れていたんだ。

 それが御伽噺じゃないと人々が知ることの方が大切なんじゃないのかな?

 ぼくは顔の横でひらひらさせている掌で遊んでいる精霊たちを見ながら、思いついたまま、きらきら星を歌い始めた。

 お空のお星さまはみんなを見守っているんだ。

 お星さまは人間に干渉をしないけれど、お星さまみたいに輝く精霊たちはいたずらっ子で楽しいことが大好きなんだよ。

 学習館の学習発表会でおなじみのこの曲を辺境伯領出身者たちがぼくの声に重ねて歌い始めた。

 ぼくの予想外の出来事が起こったのはここからだった。

 学習発表会ではこの曲で踊りを踊っていたから、数人の生徒たちが昔を懐かしんで踊り出した。

 精霊たちは踊り手たちの動きに合わせてエフェクトを出すかのように光り、指先の軌道の残像を示すように煌めいた。

 ぼくたちは踊り手たちのための場所を確保するために後退った。

 精霊たちと戯れながら踊る生徒たちを真似して、拙い動きでテルテル坊主のようなローブを着た子どもたちが踊ると、とても可愛く綺麗で……精霊たちの後光のような演出で荘厳になった。

 “……ああ、こうなりましたか。これはこれで何とかなるので問題ありません、ご主人さま”

 こうならないバッドエンドが存在していたのか、と思うと背筋が凍った。

 隣の兄貴を見ると小さく頷いたので、この選択で間違いなかったようだ。

 歌の終わりと同時に踊りも終わり、踊り手たちが深々と一礼をした。

 広場に集まった人々から拍手が起こると精霊たちも激しく点滅した。

「私は事情があって十年ほど半地下の小さな部屋に閉じ籠っていました。外の世界は危険がいっぱいで、自分のことを気にかけてくれる僅かな支援者を頼りに命を繋いでいました」

 激怒していた司祭の前に歩み出たジェイ叔父さんは寮監夫人のスージーさんをチラッと見て口角を上げた。

 ジェイ叔父さんが十年も引き籠れたのは食事の手配をし続けてくれた寮監がいたからだ。

「そんな臆病だった私を解放してくれたのがこの光、精霊たちなのです。彼らには魔法陣も祝詞も必要ない。精霊たちは精霊たちのあるがまま、気の向くままに楽しいことが起こっている場所に集まっているだけじゃないかと思うのですよ」

 ジェイ叔父さんがそう言うと、お婆がよく作業中に口ずさんでいた鼻歌に歌詞をつけて美しいテノールの声を響かせて歌った。

 ガンガイル王国伝統のフレーズはぼくたち留学生たちにはひどく懐かしかった。

 足踏みでリズムを刻み、手拍子をした。

 定番のフレーズなので、体が勝手に動くのか、なじみのステップをみんなが刻み始めた。

 精霊たちもぼくたちのリズムに合わせて光を点滅させた。

 白いローブの子どもたちは見よう見まねでぼくたちの踊りを真似た。

 三人娘たちも女子生徒たちに教わりながら、なんとかステップを刻んでいる。

 広場に集まった人々は初めて聞く歌なのに、定期的に起こる合の手に合わせて声を出したり、手拍子をしたり、体を揺らしたりと楽しみだした。

 歌と踊りが終わると拍手と声援が沸き起こり、精霊たちも喜んでいるかのようにクルクル回った。

 ジェイ叔父さんは教会関係者たちに説明するのではなく、精霊たちが出現した状況でどうすれば精霊たちが反応するのかを歌うことで検証したのだ。

「……お前たちの中に精霊使いがいるという訳ではないのか」

「いませんね」

 司祭の問いにジェイ叔父さんがきっぱりと否定した。

「精霊使いかどうかは知りませんが、家族の知人に緑の一族がいます。彼らの里に行ったことはありませんが、そこらへんに精霊たちがいるのは当たり前だという話ですよ。ガンガイル王国では、とある地方の領主の孫が誕生した際に、上空に精霊たちが集まって盛大にお祝いしたという逸話もありますが、その公子様は精霊使いではありませんよ」

 畳みかけるように不死鳥の貴公子の話を持ち出したジェイ叔父さんに、教会関係者たちは鼻を鳴らすように顔をしかめた。

「私は実際に緑の一族に会ったこともないし、ガンガイル王国で精霊たちも見ていません。だが、ガンガイル王国寮では三日前から精霊たちが現れるようになりました。三日前に寮で何があったかと言えば、精霊神の像に生徒たちが魔力奉納をしたのです。一昨日貴族街の端のガンガイル王家所有の敷地でも精霊神の像に魔力奉納をした後、精霊たちが現れました。生徒たちが怪しい魔法を使ったのではなく魔力奉納をしただけですよ。そんな状況では王都の七大神の祠に魔力奉納をして精霊たちが現れることは、何も不自然ではないでしょう?」

 ジェイ叔父さんが司祭に尋ねたが、司祭は口籠った。

 魔力奉納なら教会関係者たちが毎日一番多く奉納しているはずなのに、精霊たちは出現していないのだ。

「教会関係者の方々に信じていただけないのは残念ですが、精霊たちが出現するのは魔力奉納だけではないのです。というか、魔力奉納をするときに出現することがあると言う程度で、必ずではないのですよ。どちらかと言えば民間人が交わるお祭りのような神事と、その前後の魔力奉納では出現しやすいですね」

 魔獣カード大会や、オムライス祭りの説明をウィルがすると、司祭は土着の祭りか、と呟いた。

 中央教会は地方独自のお祭りを把握していない……というより、どちらかといえば侮っているような口調だ。

「まあ、そうですわ。ガンガイル王国の守護神は精霊神でしたね。長年放置されていた精霊神の像に魔力奉納をしたから、精霊たちが喜んで姿を現してくれたのですね」

 スージーさんの一言で司祭の顔が穏やかになった。

 精霊神を信仰する国の精霊たち、ということならば、祈りや奉納する魔力量が少なかったから今まで精霊たちが出現しなかった、ということにはならないので、中央教会の顔が立つということだろうか?

 こちらとしても教会の面子をつぶすつもりはない。

 ウィルも落としどころに気が付いたようで、社交的な笑みを浮かべて司祭に申し出た。

「旅の安全を祈願して道中、各地の教会や祠に魔力奉納をいたしておりました。こうして無事に王都にたどり着き、道中知り合った友人とも再会できました。帝都の祠巡りも無事すみましたから、教会にも是非参拝したいと申し込んでおります。なるべく早くお礼参りをしたいので、司祭様のお口添えが頂ければ幸いです」

 司祭の顔が和やかになった。

「うむ、よきにはからおう」

 大騒ぎになったけれどぼくたちの主張は最初から何も変わっていない。

 教会がサッサとぼくたちの礼拝を許可していたなら、帝都の公での精霊たちの出現は教会の祭壇になっていた筈なのだ。

 教会関係者の一部が速足で教会に戻ると、広場に集まった人々は平穏に解決しそうなことに拍手した。

 事を荒立てない方が良いと判断した司祭が群衆に手を振ると、精霊たちがよかったねというように教会関係者を取り巻き、キラキラと煌めいてから消えた。

 精霊たちも立てる相手を間違えなかったようだ。

「一つ聞いてもいいかい?」

 司祭がジェイ叔父さんに尋ねた。

「寮では精霊神の像に魔力奉納をする習慣がなかったのに、三日前に偶然魔力奉納をしたのかい?」

 仮面をつけていても破顔したのがわかるほど頬をあげたジェイ叔父さんが、声に出して笑うのを堪えてから答えた。

「どうにも制作者に芸術的技量がなかったのか、それはどう見ても神の像には見えなかったのですよ。生徒たちが、精霊神を祀った像があるはずだ、と探し出した時に、試しに魔力奉納をしてみたところ精霊たちが出現したので、精霊神の像だと確認できたのです」

 そんなにひどい像なのか?と教会関係者たちが怪訝な顔をしたが、ぼくたち全員が強く頷いた。

 ハルトおじさんの像を認めてくれる精霊神は懐が深い。

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