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因縁

 中央広場の警備を担当していた憲兵たちが続々と集まりぼくたちを取り囲んだ。

「祠巡りは教会も推奨しておるし、神々に感謝するのも悪いことじゃないが、中央広場で謎の儀式をすることは認められん!」

 襟章の多い憲兵が仮面のジェイ叔父さんを怪訝な顔で一瞥し、白いローブの三人娘たちと子どもたちの方へ向かおうとした。

 ガンガイル王国魔法学校の制服のぼくたちが素早く間に入ると、上級生らしく魔法学校の制服を着たボリスとマークとビンスが最前列に躍り出た。

「手を繋いで喜び合うのは儀式ではありません。競技会に勝利したチームもよくやっていることですが、あれは儀式なのですか?」

 きっぱりと言い切るボリスがちょっとカッコいい。

「いや違うぞ。そいつらは光を出す怪しい儀式をしていたじゃないか」

「手を繋いで喜んでよろめいた拍子にグルグル回っただけだぞ。光が少し現れるのは精霊神を祀っているガンガイル王国なら近年よくあることらしい。まあ、俺も十年研究室に閉じ籠もっていたから、三日前に始めた見たけれど、あんなに少なくはなかったぞ」

 ジェイ叔父さんが詰問する憲兵に詰め寄ると、憲兵は顔色を変えて後退りした。

「おっ……お前は、しっ、し……し、死んでいるはずだ……」

 真っ青な顔色になり震える憲兵に、ジェイ叔父さんが顎を引き口元を引き締めて一歩前に進み出た。

「俺は一度も死んでいないぞ。まだ名のってもいないのにどうして俺が死んでいるというんだ?あなたの死んだという俺は誰なんだ?」

 抑揚のない低い声に、憲兵は小さく震えるように首を横に振った。

「ど、どどど毒殺されたと聞いている!とっ、とっ、特許の申請は死後にしっ申請されたもので、権利は帝国軍が所持している……」

「だから、死んだのが誰で、何の特許を帝国軍が所持しているんだ?俺が引き籠っている間に新たに申請した書類は仮登録ながら効力を発揮している。軍から使用料がちゃんと支払われている。人違いだね」

 話の雲行きが怪しくなると、狼狽える憲兵の背後に控えていた二人の憲兵が上官の醜態を止めようと両脇に腕を入れ強引に後方に引きずった。

「おいおい、公安の情報はどんなことになっているんだ?ガンガイル王国の留学生たちが神々の祠に祈れば精霊たちが出現することは、軍ではとっくに知られていることだぞ」

 軍服を着たドルジさんがジェイ叔父さんと憲兵たちの間に入った。

 出会った時と同じような状況なので、ドルジさんは呆れたような愉快がるような口調になっている。

「ガンガイル王国からの旅路に立ち寄った村では、必ず滞在先の土地の神々の祠に魔力奉納をしている。村民たちを扇動し祠巡りをしたら精霊たちが出現する、という情報は共有情報になっている。帝都で市民たちと祠巡りをしたんだったらこの中央広場から溢れるほどの精霊たちが出現するなら驚いてもいいが、ほんの数体現れただけで……フフフフ」

 失笑しながら腰が引けた憲兵の肩をバンバン叩いた。

「ああ、思い出した。ジェイさんには不快な思い出かもしれないが、上級魔法学校の最上級生になる前辺りから、魔術具の制作特許だけで裕福に暮らしていける財力とその美貌とで貴族階級に残ることを諦めた二女三女の令嬢方や地位や身分をなげうってでも振り向かせたいと願う上級貴族の令嬢までジェイさんの一挙手一投足が注目を集めていた中、彼女たちに恋焦がれていた男子生徒たちから嫌がらせの代行を請け負う連中がいたらしいな。恋敵を蹴落としてやるから報酬を先払いしろっていうやつさ。当時のジェイさんには嫌がらせを超えるレベルで、毒入り菓子の差し入れや、出合頭に皮膚がただれる薬品をぶっかけてくる危険な連中までいたらしいじゃないか」

 腰を抜かした憲兵は青くなった唇をブルブルと震わせて、違う違う俺じゃない!俺だけじゃない!と絞り出すようなかすれた声で言った。

「じゃあ何で名のる前に仮面のジェイさんを見て、そんなに狼狽えたんだ?ああ、そうだよなぁ。数ある嫌がらせの中でも酷いと噂された毒物の初期症状が、少し皮膚がヒリヒリするだけの遅速性で本人は毒にあたったとは気付きにくく、進行すれば回復薬ではどうにもならないほど皮膚がただれるんだったな。人前に出られない容姿にするつもりでジェイさんに盛られたんじゃないか、という噂だったな。個人差があるけれど劇症化したら急死することもあるし、致死量を摂取させたんだったらとっくに死んでいるはずだ。恋敵を失墜させるにしてもやり過ぎだ、と囁かれていた時期があったらしいね。フフーン、その顔は知らないとは言っていないなぁ」

 嘲るような口調で腰が抜けた憲兵を追い詰めるドルジさんに、子どもたちが見てるから言い過ぎないで、と精霊言語をぶつけた。

 辺りを見回したドルジさんと鞄から顔だけ出したキュアの目が合った。

 よくやった、キュア!

 ナイスアシスト!

 ドルジさんは腰が抜けた憲兵の額を触ると大きなため息をついた。

「なんてこった!酷い高熱じゃないか!!意識が朦朧としているのに職務を全うしようとするのは見上げた根性だ!だが、これはいかん。早く詰所に連れ帰り適切な処置を施してやらねばならんぞ!」

 手袋を脱いで、腰が抜けた憲兵の首筋に手を当てたドルジさんは、脈が速い、これは大変だ、と言って憲兵に覆いかぶさると、脇に手を入れ肩に担ぎ上げるふりをして鳩尾に膝をガツンと入れた。

 グフォっと憲兵が喘ぐと左手を腹に入れて少しだけ癒しをかけた。

 本物の軍人が強制的に人を無言にする様子を目撃したぼくが眉を顰めると、ドルジさんは、早く詰所へ連れていけ、と控えていた憲兵にぐったりとした憲兵を背負わせた。

 ガンガイル王国の留学生たちが精霊たちを数体出現させたことに、この意識もうろうとしている憲兵が興奮して気分が悪くなったようだ、と控えていたもう一人の部下に告げ、周囲を取り囲んでいた憲兵たちに説明させたドルジさんの手際の良さに、ぼくたちは感心した。

 取り囲んでいた憲兵たちが、何事かと集まってきた野次馬の対処を始めると、ドルジさんはいたずらっ子のような笑顔をぼくたちに見せた。

「異動の辞令が出たからカイルたちに会いに寮に行ったら、祠巡りの検証に出かけたと聞いて、追ってきたんだ」

 急ぎで追って来なければいけない急な辞令なのか、とぼくたちの顔が曇った。

「ああ、具体的には言えないが、まあ、南方のとある地域に派遣が決まった。たぶん、出世街道から外れている俺は帝都にはもう帰っては来られない。楽しい時間を過ごしたお前さんたちに一言挨拶がしたかったんだ。……ありがとよ」

 旅を共にした新入生たちが涙目になる中、ぼくと兄貴とウィルは、とある南方と聞いて目を輝かせた。

「世界平和を実現するためのご武運をお祈りいたします。南方戦線の荒廃した土地に知人の上級魔導士が派遣されています。腕のいい魔導師なのできっと激戦区に派遣されているでしょう。神々のお導きがあれば彼に会うこともあるかもしれません。その時にはもっと美味しい食材を探してくれ、と伝えてくれますか?」

 ウィルがそう言うとドルジさんは大爆笑した。

「上級魔導師と言えば教会でも上位者だろう?それが、現在、激戦区の南方に飛ばされているなんて……俺と似た境遇が面白いな。そいつと連絡を取り合う手段があって北国では見たことのない食材を紹介してもらって、あんなに美味い飯を作っているのか」

 ドルジさんは膝をバンバン叩いて笑った。

 ウィルはメモパッドに、さらさらとディーの似顔絵を描いて見せると、ドルジさんは男前だな、と言いながらヒーヒー笑った。

「とても優秀な上級魔導師なのできわめて過酷な土地に派遣されているでしょう。ドルジさんがもし難しい土地に派遣された時は、心の片隅でいいのでディーのことを思い浮かべてください。ぼくたちの勘ですが、きっとディーに出会えるはずです」

 ぼくがそう言うとドルジさんはお腹を抱えて笑いながら、あり得る、と頷いた。

 長い旅の間の三日間と短い期間ながら一緒に旅をしたドルジさんが激戦区へ派遣されそうなことに驚きを隠せない新入生一行の一人一人が、ドルジさんの前に並び、(世界平和の実現のための)ご武運をお祈りしています、とか、(またみんなで同じ釜の飯を食べるために)大いなる成果を上げて帰還されることをお祈りしています、など小声でおまけのような本音を織り交ぜながら握手を交わしていった。

 ドルジさんは小刻みに肩を震わせながら一人一人に、ありがとう、と頭を下げた。

 新入生一行がドルジさんに別れを告げる姿が、憲兵たちとの騒動で集まってきていた野次馬たちには、戦地に向かう将校をガンガイル王国の留学生たちが激励する感動的な姿に見えたようで、どこからともなく拍手が沸き起こった。

 新入生一行が挨拶を終えた後もボリスやマークやビンスたちが、カイルたちとの縁を結んでくれてありがとうございます、とぼくたちに続いてドルジさんと握手を交わした。

 三人娘たちも見えざる圧力の存在を臭わせながら、ガンガイル王国の留学生たちとの縁を結んでくれたドルジさんの武運を祈る言葉を述べて握手を交わした。

 三人娘に続いて握手の列に並んだ子どもの一人が、兄ちゃんたちも凄いけど、おじちゃんが姉ちゃんたちを連れてきてくれたから、ぼくたちの未来が変わったんだ、ありがとう、生きて帰ってきて、と言って泣きながらドルジさんに縋り付いた。

 その言葉に共感するかのように精霊たちが中央広場に溢れんばかりに姿を現し、光を点滅させた。

 中央広場にさざ波のように点滅する精霊たちを人々は口を半分空けてポカンと見惚れていた。

「こんなにたくさんの精霊たちがご武運を祈ってくれるなんて、ドルジさんの人徳ですね」

 兄貴が茶化すように小声で言うと、ドルジさんは俯いて肩を小刻みに揺らした。

「ああ、生還を待ちわびてくれる人がいる俺は幸せもんだよ」

 顔を上げたドルジさんの目には光るものがあった。

「南方の美味しいもんをいっぱい探してやるぜ。生きて帰ってきたなら、また一緒に焼肉をやろう!」

 ドルジさんの言葉に反応するように精霊たちが点滅すると、人垣をかき分けてぼくたちの前にやって来る一団があった。

 司祭服の一団を見て、涼しい顔をしたまま舌打ちするという器用なことをしたウィルが、社交的な冷笑を浮かべて一団を迎え入れた。

「中央教会の司祭とお見受けいたしますが、どうしてそのように急いで群衆をかき分けているのでしょう?ぼくたちの礼拝の申し込みには何ら返答がない、と寮長から報告を受けておりますが」

「中央広場において無断で神事を行う不届きものを確認しに来ただけだ!お前たちは何者だ!」

 真っ赤な顔で怒鳴り散らした司祭服の男を、憲兵たちや野次馬の市民たちが残念な人を見る目で見た。

 ここにいる全員が激戦地に派遣されることになった帝国軍人を、ガンガイル王国の留学生たちとその知人の白い巡礼者たちが、真摯に武勲を祈りながら別れを惜しんでいただけなのを目撃していたのだ。

 なんで同じような茶番を何度も繰り返さなくてはいけないのだろう?

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