はたらくスライム
ぺしぺしと、みぃちゃんの肉球で起こされた。昨日のことが嘘みたいに、みぃちゃんの大きさは子猫のままだったが、青りんごサイズのスライムがぼくの頭の上にのっている状態なので、あれは夢ではない。
スライムはぼくの顔の上に広がって張り付く。洗顔をしてくれたらしい。さっぱりする。でも歯磨きは自分でしたい。スライムを口に入れるのはさすがに嫌だ。
口の中に入ろうとするスライムを引き離して、下の段に居るケインを見たら、大きいみゃぁちゃんとスライムに挟まれて、まだ寝ていた。
ぼくのスライムに、人の嫌がることはしないよう言い含めたら、ケインのスライムにも伝わるのかな。ぼくは掌にぼくのスライムを乗せて、ケインのスライムにも見えるようにして説教した。
「いいかい。勝手に人の体を掃除してはいけないよ。頼まれてからにしてね。本当にびっくりするから」
スライムはわかった、とでも言うように蛍光グリーンの体をプルンと震わせた。賢くて可愛い。というか、美しく成長している。
人の話を理解しているようなので、文字も覚えられるかもしれない。
ぼくは文字カードを取り出し『はい』と『いいえ』でカードを並べてその間にスライムを置いた。
「おはようの魔力が欲しいかい?」
スライムは欲しいと言っているかのようにぼくの方へやって来る。
「『はい』はこっちだよ」
ぼくは自分の手を『はい』の上に置いてスライムを導いた。ご褒美に少しだけ魔力をあげて、また真ん中に戻す。
「怒られるのは好きかい?」
スライムは迷わず『はい』の方に行った。
「こら、人の顔の上に張り付くなんて窒息したらどうしてくれるんだ!」
スライムはビクッと震えた。
「怒られるのが好きじゃない時は、『いいえ』だよ」
ぼくは『いいえ』の上に手を置いて寄ってきたスライムを撫でてやった。自らスリスリしてくる。やっぱりすごく可愛い。
「兄ちゃん、あさからうるさいよう……」
ケインが起きてしまったが、まあ、どうせ起きる時間だし。
「ごめんね。スライムに常識を教えながらついでに文字も教えてみたんだ」
『はい』と『いいえ』のカードを見て、ケインも自分のスライムに質問しながら教え始めた。
「強くなりたいの?」
ケインのスライムはそうだと言わんばかりに震えたので『はい』に誘導してご褒美の魔力をあげた。
その様子をみぃちゃんとみゃぁちゃんが見守っている。猫たちも覚えるかもしれない。
好奇心が止められないぼくたちはみぃちゃんにも試してみる。
「ぼくのこと好きかい?」
みぃちゃんは迷わず『はい』に足を置いて、ご褒美頂戴と目で訴えてきた。
「ご褒美欲しいの?」
『はい』のカードを二度ぺしぺしと叩いた。
わかりましたよ。早くよこせ、ってことだね。
みぃちゃんにもご褒美魔力をあげたら、スライムより多く吸い取っていった。これは一日に何回もできないやつだ。
「ケイン。みぃちゃんはスライムよりも多く魔力を持っていく。ご褒美は一日一回しかあげちゃ駄目だ」
「わかったよ。兄ちゃん」
みゃぁちゃんは、カードの前を陣取ってやる気満々で待ち構えている。
「みゃぁちゃんは、強くなりたいの?」
みゃぁちゃんは、速攻『はい』のカードを叩いた。ケインは嬉しそうにみゃあちゃんに魔力をあげながら撫でまわしている。
「あなたたち、朝から何やっているの!」
なかなか起きてこないことで様子を見に来た母さんにバレた。
「猫たちもスライムたちも賢いから文字を覚えるかもしれないから、教えていたんだ」
「そういうのは、朝の支度を終わらせてから、というか、家族に相談してからにしなさい!」
わかっていたけど、怒られた。
朝食の席に父さんはもう居なかった。昨日の早退した分、今日は早く出勤したようだ。
ぼくたちは母さんとお婆にうちの子たちは『はい』と『いいえ』ぐらいなら理解できることを伝えたが、魔力をやり取りしたことで、かなりきつめに怒られた。魔力枯渇の問題だけではなく、幼児期から魔力を使うことで起こり得る弊害をとくとくと語られた。
スライムの魔力程度なら、回数に気をつけてやり過ぎ注意ということで済ませてもらった。魔獣カードで遊ぶのを禁止されたらたまらない。
みぃちゃんとみゃぁちゃんはそもそも大山猫なんだから魔力は与えてはいけないと、全面的に禁止されてしまった。
仕方がない。みぃちゃんとみゃぁちゃんには別のご褒美を考えよう。猫まっしぐら、チャオなんちゃら的な美味しいものでも作ってみよう。
午前中のお婆のお手伝いにケインもついてきた。昨日はケインがいない時に、ぼくがスライムにやらかした。自分がいない時に面白いことがあったら気になるよね。
みぃちゃんとみゃぁちゃんは二匹で一脚の椅子を占拠して、作業をおとなしく見学するようだ。
ぼくには幾つか検証したいことがある。
お婆の視線がぼくとケインに分散されたらどさくさに紛れて何かできそうだ。
「カイル。何か企んでいる顔をしているよ。相談なしに始めたらダメだよ」
表情筋に身体強化かけてみたいよ。黒い兄貴、手伝ってくれないかな?
「いつもの薬草の仕分けをスライムに手伝ってもらおうかなって考えてた」
「スライムにできるかな?」
「ちゃんと教えるよ。スライムは形と硬さが変化するから、仕分けナイフの代わりに使ってみて、魔力むらの切除部分とか覚えてくれないかなと」
「その程度ならやってみてもいいよ」
ぼくはスライムたちに仕分けナイフを見せて作業内容を説明した。
「左手で薬草を押さえながら、魔力むらを探し出し、右手のナイフで切り取るよ。良いものはこっち、悪いものはこっちに仕分ける。ナイフみたいに固く鋭くなれるかい?」
ぼくのスライムがそうそうにやる気を見せて作業台に飛び乗ると、細長くUの字型に伸びた。片方を左手にもう片方をナイフにした。なかなか器用な子だ。
ぼくは自分の手をスライムの手やナイフに添えて、魔力むらを切除する作業を一緒にした。
「これならスライムでも覚えられそうね。私のスライムもやってみるかい?」
お婆のスライムも変形して作業を学び始めてしまうと、ケインのスライムがいじけたようにテーブルにこぼれたジュースのように平たくなった。
「ぼくはまだできないんだ。もう三才なのに」
普通の三才児は働かない。むしろぼくをお手本にしてはいけないよ。
「たまたまカイルが魔力のむらを見つけられただけで、それで手伝ってくれるようになったけど、小さい子どもは働かなくていいんだよ」
「「ミャァ、ミャァ」」
みぃちゃんとみゃぁちゃんは椅子でくつろいでいたはずなのに、首を持ち上げてこっちを見ている。
いまは猫の手もいらない。おとなしく見学していてほしい。
「ぼくもおてつだいがしたいな」
黒い兄貴が、任せておけ、とばかりにケインの左手に巻き付いた。
「お婆。スライムのナイフなら手を切ることもなさそうだから、少しだけ手伝ってもらおうよ」
お婆はケインと不貞腐れているスライムを見比べてから、無駄にしてもよさげな素材を持ってきた。
「根っこと茎と葉っぱを分ける作業を手伝ってもらおうかな。固いところはスライムのナイフで切っておくれ。手を切らないように気をつけるんだよ」
お婆が丁寧に見本をみせてからケインに付き添う。黒い兄貴が動作を補助しているから手つきに危ういところはない。
「そうそう。うん上手だね。とてもはじめてには見えないよ」
ケインも褒められて嬉しそうだ。
ぼくは自分の作業に戻ろうと、持ち場の作業台の方に視線を向けた。
驚いたよ。
ぼくのスライムが自力で作業を続けていた。
仕分け済みの品を確認してみると、問題なく高品質に仕上がっている。
「凄いじゃないか。ちゃんとできてるよ。ぼくのスライムは働き者だね」
褒めてあげると、スライムは作業を続けたまま体の色を少しだけ濃くさせた。
「なんてこった。スライム一人でやったのかい」
お婆も驚いて品質を確認している。その間、お婆のスライムも負けじと一人で働き始めた。
こうして午前中の仕事をあっという間に終えることができた。




