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見えざる圧力

「何でぼくたちが集団で入学式を欠席しなくてはいけないんですか?」

 淡々とした冷静な声だったが、右口角を少し上げたウィルは静かに怒っている時の表情だ。

「皇帝陛下の十二番目の皇子殿下が中級魔法学校に進学されるんだが……初級魔法学校の卒業生代表者の内定者が骨折により卒業式を欠席したそうだ。……卒業生の半分が何らかの事故や食あたりで欠席して……殿下が卒業生代表になったそうだ」

 憤る寮長とは正反対に内緒話の結界の中でも小声で寮監が言った。

「事故に遭った生徒たちに危機感を感じた殿下よりも成績の良かった生徒たちが、前日に自発的に腹痛を訴えたのでしょうね」

 太陽柱で確認でもしたのか兄貴がため息交じりに言った。

「うちの寮生がそんなにやわなわけない!不慮の事故だってはねのけられる!ジェイさんの毒だって本人に盛られる前に未然に防いだではありませんか!これから帝都にガンガイル王国料理の食堂をオープンさせるべく奮闘しているのに、寮の食堂で集団食中毒なんて、そんな偽装は絶対にしません!!」

 鼻息荒い寮長に、まあまあ、と寮監が宥めている。

 寮生たちの入学届を出しに行く寮長にジェイおじさんの退学届の件もあるので、従者のふりをして寮監も付き添ったおかげで、寮長は魔法学校の事務所で暴れずに済んだらしい。

「優秀な留学生たちはぼくたちだけじゃないでしょうに、そんなに新入生代表をやりたいんだったら、堂々と皇子殿下としてご挨拶なさればいいだけじゃないですか」

 ぼくがため息交じりに言うと、寮監は首を横に振った。

「規則に反することになるからそれはできないそうだ」

 “……無理だぞ。皇族の挨拶としてなら可だが、魔法学校は身分によらず魔法を学ぶ場だから、代表者は成績順だよ。神々に誓って魔法を学ぶ場で身分を振りかざして成績を粉飾するようなものだ。魔法学校の教師ならまず加担しないね。クククッ……卒業式の話を詳しく聞いてみたらいい”

 精霊言語で魔本が愉快そうに言うので、兄貴を見ると瞬きが多くなっていた。

 卒業式は愉快なことでも起こったのだろうか?

「ちなみに初級魔法学校の卒業式はどういう風に進行したんですか?」

 ぼくの何気ない質問に、寮長と寮監がむせかえるような咳をした。

「……いや、ちゃんとしたというか、魔法学校の規則に則った厳粛な卒業式になったらしいですよ」

「いや、あれは誰も異議を唱えられない状態だったからスムーズに進行しただけだ。あんなのは三文芝居だよ!現場に自分がいたら腹筋を鍛える試練と踏んで、呼吸を整えて耐え忍ぶレベルだ!」

 寮長の話をまとめると、初級魔法学校の卒業式の卒業生代表の答辞は本来代表者となるはずだった骨折した生徒の名前とコメントが読み上げられた後、次席の生徒以下の名前とコメントと欠席の理由が延々と告げられた後、皇子殿下の卒業生代表挨拶になったそうだ。

 ウィルが額に左手をあてて、うーん、と唸った。

「その事態は皇子殿下が望んでいない最悪な卒業式のような気がするんですけど」

 ウィルの言葉に寮長は大きく頷いた。

「そうなんだよ。いやあ、私も末席の王族として生まれてきたから、周囲が勝手に配慮して、やれ、王子様を立てろ、といった風潮に苦い思いをしてきたんだ。兄上が王になったのは長子だからというだけでなく、当時の派閥のバランスと、支える王族の主要メンバーが確固たる人物だったからなんだ。私には兄上の力量を超える才能をひけらかして、権力の中枢に入り込む願望なんて、これっぱかしもなかったのに、王族の端くれというだけで、己の黒い願望のために近づいてくる連中を御するのに、どれだけ消耗したのかといったら……」

 寮長の愚痴は続いていたが、ぼくたちは寮監に、昨日はご苦労しましたね、と目で語り掛けた。

 寮監が何も言わずに二度頷くだけで、ぼくたちの入学手続きとジェイ叔父さんの退学届けで二度も寮監が肝を冷やしたことを、ぼくたちは理解した。

「まあ、皇子殿下がどう思われているのかは、ぼくでは推測も出来ませんが、そんな卒業式の再現のような入学式は外聞的にも宜しくないですよね」

 ウィルが寮長の愚痴に割って入った。

 ラウンドール公爵家の跡取りでもなく自分自身で身を立てようとしているウィルに寮長は好感を持っているので、ウィルの話にはすぐ共感した。

「そうなんだよ。魔法学校は皇子殿下を立てたい意向が強く、それがご本人の意思なのか派閥がらみの意向なのか誰も判断ができない状態になっているんだ」

 寮長の怒りは、皇子殿下のためにガンガイル王国の留学生たちに食中毒を口実にして当日欠席しろ、という圧力に対するものと、そんなことを皇子殿下が望んでいるわけがない、という二つの怒りが湧きあがっていて興奮を止められない状態だった。

 ぼくはこの程度でいきり立っている寮長に、王位継承権を放棄しても王族なんだな、と思う傍ら、強い抗議が通るのも末席ながらも王族だからなのだろうと理解した。

 帝国の皇子に対して、ガンガイル王国として認められないことを主張して、それが通る身分の人が責任者だったからこそ、集団食中毒偽装を断固抗議できたのだ。

 帝国でのガンガイル王国の地位を上げるために、ハルトおじさんたちはこういう根回しをしていたんだ。

 最前線にいるぼくたちは、ぼくたちらしく戦っていこう。

「入学式に参加する方向だと、ぼくたち新入生が成績の順に不慮の事故に遭いやすくなる、ということが問題なんですよね。だったら、新入生代表挨拶を新入生たち全員で一言ずつ発言するようにすれば良いんじゃないかな」

「個人が目立つことがなくなっても、時間がかかり過ぎるだろう」

 寮長は現実的じゃない、と首を横に振った。

 ぼくが想像したのは前世の小学校の卒業式の呼びかけのようなものだったが、全員が壇上で挨拶することを想像させてしまったようだ。

 ぼくのイメージを精霊言語で理解したぼくとみぃちゃんのスライムたちが、テーブルの上で小さく分裂し、入学式の新入生役を買って出た。

 寮長も寮監もウィルも、何が始まるんだ、と分裂し整列したスライムたちを見た。

「フフ。一般的な新入生代表の挨拶の時間で全員がと言うのは無理かもしれないけれど、皇子殿下までの成績上位者が対象なら何とかなるかもしれないよ」

 精霊言語でイメージを受け取った兄貴が笑いながら言った。

 ぼくが、新入生代表ガンガイル王国偽カイル、偽ジョシュア、偽ウィル、と分裂したちびスライムに声をかけると、はい、とぼくのちびスライム三体が返事をした。

 帝都の青き空の下、世界中の優秀な生徒が集まる学び舎で、一堂に会する喜びを……。 

 分裂した三体のぼくのスライムたちが交互に起立するように伸びて適当な挨拶をした。

 次にキリシア公国偽マリア姫、Aさん、Bさん、と適当な名前を交ぜて言うと、みぃちゃんの分裂したちびスライムが、はい、と三体返答をした。

 皆様と切磋琢磨して学ぶことを、楽しみにしております、祖国を代表して……。

「わかったよ。留学生の出身国や帝国の地域に分けた代表者に一言ずつ挨拶させれば、皇子殿下にも自然に順番を回すことができるんだな!」

「たとえ最後に呼ばれても、代表者挨拶の〆の大役を任されているように見えるな」

 寮長と寮監は、スライムたちが可愛い、と言いながら賛成した。

 テーブルの上のスライムたちが元に戻り、褒めて褒めて、とぼくの方に来た。

 ご褒美魔力をたっぷり上げると、みぃちゃんとキュアも寄ってきた。

 まだ何もしてない二匹に寮長は、可愛いからあげなよ、と軽く言うがこの二匹のご褒美魔力はえげつないから笑って誤魔化した。

「この案を魔法学校に提案しに行くから、今日はまだ帝都から出ないでほしいんだ」

 寮監はぼくたちが農場に行く申請をまだしていないのに、先回りして止めに入った。

「冒険者登録をしてすでに実績もある君たちがそう簡単にやられないのはわかっているが、我々が偽情報に踊らされる可能性もあるので、すぐに連絡のつくところにいてほしいんだ」

 ぼくと兄貴とウィルは顔を見合わせると、畑は逃げないから明日以降にします、と素直に返答した。


 内緒話の結界を解くと、分裂したスライムたちを見ていた生徒たちに、あれは何だったんだ?と訊かれた。

 入学式の話だよ、とウィルが言うと、何か面白いことでもするのかい?とみんなが注目した。

「話が通れば面白い、というか、今までとはちょっと違う入学式になるかもしれないぞ」

 寮長がそう言うと、これは面白いことになるに違いない、と食堂にいるみんなが注目した。

「ガンガイル王国が注目を浴びている今、思いもかけないところから恨みを買っている恐れがあるんだ。嫉妬による嫌がらせを超えることも起こりうるかもしれないので、みんな、寮外に出る時は集団行動をすること、行先は必ず届け出ることを徹底してくれよ」

「新入生はまだ帝都の外の農場には行かないように。今日農場に行く予定の者も必ず集団で行動するように」

 寮長と寮監が念を押すと、全員が元気よく、はい、と返事した。


「予定が台無しになったのに、清々しい顔をしているな」

 ジェイ叔父さんがアジフライ定食を食べながら言った。

「上手くいけば今日一日の辛抱ですむし、帝都の祠巡りをしてばあちゃんの家に顔を出してみるのもいいかと思ってね」

 焼き魚定食のぼくの魚をじっと見ているジェイ叔父さんに鮭を少し分けて上げると、おじさんの口角があがった。

「ああ、ばあちゃんの家の子どもたちのことだが、食堂のおじさんとベンさんとドルジさんが子どもたちの親を捕まえてコッテリ絞ったらしいぞ。食費の代わりに祠の魔力奉納のポイントをよこせと話をつけて、魔力奉納の被験者として誓約書を書かせたそうだ。それに、食堂を開くまで、ばあちゃんの家を子ども食堂にして、帝都で好まれる味覚を試作する場所にするって言っていたぞ」

 屋台のおっちゃんとベンさんの仕事が早くて頭が下がる。

「長期的な支援ではないけれど、今日からもう、お腹を空かせて道路をうろうろする子どもはいなくなるんですね」

 ウィルもホッとしたように肩を撫で下ろした。

「長期的には子どもたちの親に託児所のある職場を勧めますよ」

 朝からカツカレーのトレーを持った商会の代表者がぼくたちの話に入ってきた。

「ジーンさんから急ぎの連絡が入りました。海路で来る女子生徒の付添人の中に縫製職人一家と、子守の保育士がいるようですね。帝都に到着し次第保育所を運営できるように場所と人員を確保して欲しいとのことでした」

 ウィルが商会の代表者のトレーを見て難しい顔をした。

 商会の代表者の話なのか、カツカレーに味噌汁をつけていることなのかわからないが、納得いかない、と小首を傾げている。

「子どもたちの親は両親ともに働かなければ食べていけないから面倒が見れない状態なのに、子どもたちの面倒を見る人を集めるのは難しいでしょうね」

「それが、いい人材が早々に確保できたようなんですよ。下着みたいな服を着て男を騙してお金を取るより綺麗なフリルのエプロンをつけて給仕をしないか、と誘ったら話に乗ってくれる女の子がたくさんいたんですよ。彼女たちの中から希望者を見つけるつもりです」

 その女の子たちには後ろに怖いおじさんがいたような……。

「ドルジさんが強面のおじさんたちに、女性から金をせびらないで自分で働けばいい、と職場を紹介したらしいですよ」

 ぼくたちの考えを読んだ商会の代表者がそう言ったが、強面の男たちが斡旋された職場については聞かない方が良さそうだ。

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