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気晴らし

 珍しくみぃちゃんまでハンスの輝くオレンジの実を食べ、キュアとスライムたちは皮まで完食した。

 鬱々としていた気分が少し晴れた。

 面倒なことは明日考えよう。

「いつもの顔つきに戻ったね」

「フフ。秘密の洞窟の水を飲んだときみたいだね」

 ぼくを見て安堵の表情をしたウィルにボリスが笑った。

「また二人だけに通じる話をする!」

 膨れたウィルにぼくたちは笑った。

「精霊たちがたくさんいるところでは心が落ち着くんだよ。初めて精霊たちを見た日もそうだった」

「当時の俺は自分が帝国に留学できるだなんて、考えられなかったな。……あほな子どもだった」

「アハハハハ、否定はしないよ。成長する前は誰だってマヌケでアホの子だよ。……辺境伯領ではもうススキが背を伸ばしているころだね」

「あの時ススキを持って精霊たちと遊んでいたのに、カイルは今や魔法の杖だもんね。ああ、俺も魔法陣の仕込み方をもう少し工夫しよう」

「いいなぁ。小さい頃のカイルを知っていて」

 ウィルが上目遣いにボリスを見ると、ボリスは笑ってウィルの肩を叩いた。

「同じ学年なのも楽しそうじゃないか。オレンジの魔木をもらったり、飛竜に馬車を運んでもらったり……死霊系魔獣には遭遇したくないけどな」

 ハンスのオレンジの木がさわさわと揺れた。

「一緒に居るだけが友だちじゃないよ。離れていてもずっと友だちだ」

 精霊たちが照らす中、花を咲かせるオレンジの木を見てウィルも頷いた。

「俺もいつかハンスに会いたいな」

「ハンスの領が落ち着いたら辺境伯領に留学するように勧めたから、いつか会えるよ」

 オレンジの木を見つめながら、きっと会える、とボリスも頷いた。


 寮に戻ると、お風呂は部屋風呂にするからと言って、ぼくは自室に籠もった。

 ジェイ叔父さんは実家の風呂を楽しみにしていたが、少し広いだけの普通の風呂だ、と言うとガッカリした。

「ルカクさんところの温泉なら、いきなり行っても騒がれないよ」

 兄貴がそう言うと、キュアが一番喜んだ。

 廃鉱跡の魔獣露天風呂が一番大きくて飛竜たちも遊びに来る。

 ぼくたちはイシマールさんの妹さんが管理人をしている保養所に転移した。

「心が疲れたカイルのために温泉に入る為だけに来ました。こっちはジュエルさんの弟のジェイさんです」

 兄貴は受付でルカクさんに紹介すると、ジェイ叔父さんは女性のルカクさんに緊張することもなく、ルカクさんの背後の熊に視線が釘付けだった。

 温泉に入らないみぃちゃんがルカクさんの熊と魔獣カード対決をしている間、ぼくたちは露天風呂を楽しむことにした。


「広いな、いくつお風呂があるんだ!」

「男湯だけで浴槽は六個あるよ。人間は水着を着る混浴と魔獣風呂まであるんだよ」

 誰もいない時間帯だから男湯に浸かっているキュアが自慢げに説明すると、今度は昼間に来よう!とジェイ叔父さんが言った。

 スライムたちが分裂して足元を照らす中、満天の星空を見上げて湯につかっていると、死霊系魔獣なんかこの世にいないんじゃないかと思えるくらい平穏な気分になる。

「ここが魔獣暴走の起点だったなんて、信じられないよ。親父もジーンちゃんの家族もみんな亡くなってしまった。その悲劇の地がこうして保養所に生まれ変わるのも、悪くないな。……人々があの魔獣暴走を忘れない場所として、ここに来るたびに少しでも思いを馳せてくれたらいいな」

 ジェイ叔父さんの言葉に賛同するように精霊たちが集まってきた。

 露天風呂の柵の向こうに被害のあった町がある。

 精霊たちはゆっくり広がって旧市街地の方にも降りていった。

「慰霊碑があるから湯上りに行こうか」

 ぼくが提案するとジェイ叔父さんが喜んだ。


 廃鉱管理の事務所の横にある慰霊碑に向かうと、キュアやスライムたちが先導するように飛んで辺りを照らした。

 精霊たちはキュアたちと戯れるようにクルクルと旋回し、慰霊碑まで案内してくれた。

 ジェイ叔父さんは慰霊碑の前で跪くと静かに祈り始めた。

 ぼくも兄貴もジェイ叔父さんの後ろで祈った。

 父さんに引き取られた時は、死んでしまった両親のために離れた地の神の祠から祈る意味なんて分からなくて形だけ真似していた。

 今なら少しわかる。

 祈りは生きのこったぼくたちに必要な行為なんだ。

 亡き人を偲び、忘れないでいるために。

 自分の心を落ち着かせるために……。

「帰ろうか」

 振り返ったジェイ叔父さんに促されて、ぼくたちは帰宅した。


 三つ子たちはもう寝ていた。

 父さんと母さんとお婆は、スライムたちから話を聞いていたようで、ぼくを小さい頃のように代わる代わる抱き寄せて、ゆっくり寝るように促した。

 二段ベッドの下の段にケインはいなかったけれど、懐かしくてベッドを撫でた。

 兄貴にベッドに押し倒されて横になると、兄貴もそのままケインのベッドに入ってきて横になった。

 小さい頃はこうやって疲れた日には二段ベッドの上に行かずに眠ってしまったな、なんて考えているとみぃちゃんとキュアとスライムたちまで入ってきて、ぎゅうぎゅうになったまま眠ってしまった。


 チッチの鳴き声で目覚めるなんてまるで実家にいるみたいだ、と思ったら実家だった。

 早起きの三つ子たちに見つかると面倒なので急いで台所まで下りると、ジェイ叔父さんがお婆とお喋りしながらお茶を飲んでいた。

「戻るぞ。カイル!」

 膝に飛び乗り甘えに来たみぃちゃんを抱っこしたジェイ叔父さんは、ケインの元に行った兄貴が戻ってきていないのに寮に戻ると宣言した。

 シロが犬の姿で実体化し、ぼくたちを転移しようとすると、滑り込むように台所の扉にぶつかりながらキュアが飛び込んできた。

 キュアが帰ってきて……というクロイの声が聞こえた時には、ぼくたちは寮の部屋に戻っていた。


 兄貴も部屋に戻ってきたので、早朝から寮内の神々の像への魔力奉納へ行くことにした。

 廊下に出るとウィルやボリスと合流した。

「今日は、キリっとした顔をしているね」

「よく寝れたからね。今日は畑を見に行きたいから、開門と同時に街を出たいね」

「馬車の手配はしてあるよ」

「俺もそっちを見に行きたい」

 ジェイ叔父さんはぼくたちと寮生たちが借りている実験農場について来るようだ。

「昨日提出を頼んでいた退学届けが不受理になったんだ。本人の生存確認ができないと受け取れないって、そんな規則ないのになぁ。でも、十年経った魔法学校も見てみたいから、今年は在学したままでもいいかとも考えているんだ」

 父さんたちと話し合ったのか、すぐに帰国しない決断をしたようだ。

 ジェイ叔父さんは帝都に残って、ぼくたちの保護者代わりになるつもりなんだろうか?

 ボリスが満面の笑顔になった。

「それじゃあ、この今年の競技会にはジェイおじさんも参加できるんだ!」

「俺は魔術具を提供したことがあるだけで、参加したことはないぞ!もっぱら火竜紅蓮魔法の使い手の姫の技を抑える魔術具ばっかり注文を受けて制作していたな」

 カテリーナ妃もジェイ叔父さんを覚えていた、と言うと、叔父さんとボリスが本人に会ったのか、と驚いた。

「カテリーナ殿下の姪御さんがぼくたちと同い年で、中級魔法学校に入学されますよ。帝都に到着されたら手紙が来るはずです」

 ウィルの言葉にジェイ叔父さんの口角が下がった。

「マリア姫は穏やかな方で、いきなり炎を出すような姫ではなかったよ」

 ジェイ叔父さんは、そうなのか、と言いながらボリスにカテリーナ妃の魔法学校での逸話を披露した。

 今の魔法学校にはそんな手練れはいない、という話をしながら七大神の像への魔力奉納を終え、ハンスのオレンジの木まで来ると、二本のオレンジの木はたくさんの花や実をつけ、すでに食べごろに色づいているものもあった。

「……昨日の今日でここまで育つなら、食糧難なんて起こらないだろうに。あれ?お前たち昨夜何かやったのか?」

 感心していたジェイ叔父さんは、ぼくたちがそれほど驚いていないことに気付き問い詰めた。

「昨晩一個だけもう食べごろになっていたので、精霊神の像に奉納した後、三人で美味しく食べてしまったんだ」

 一個しかなかったからみんなで分けるには少なかったんだもん、と言い訳をするとジェイ叔父さんは笑って許してくれた。

 ぼくたちは精霊神の像に魔力奉納をすると、光る魔術具の鉢に昨晩食べたオレンジの種を植えた。

 黄金色の種なんだな、と言うジェイ叔父さんの言葉を無視して、食べごろのオレンジの収穫に勤しんだ。

 ジェイ叔父さんの背丈を大きく上回るほど成長したオレンジの木の上の方を収穫するために、ぼくがぼくのスライムと合体して飛ぶと、ジェイ叔父さんは腰を抜かした。

「寮の外では飛ばないよ」

 ぼくたちの後から魔力奉納に来た生徒たちも手伝って、籠二つ分も収穫できた。

 意気揚々と食堂に向かうと、厨房にたどり着く前に寮監と寮長に止められた。

 ぼくとウィルと兄貴に話がある、と真剣な顔で詰め寄られたので、オレンジの籠をジェイ叔父さんとボリスに預けて食堂の隅で話を聞くことにした。

 寮長は顎をあげ無言で内緒話の結界を張るように要求した。

「入学手続きは滞りなく行われたのだか、新入生代表挨拶の話でもめている」

 大きな問題でもあったのかと身構えたが、たいしたことではなさそうだ。

 今年度の入学試験はほぼすべて終わり、結果が出そろうと、中級魔法学校の成績上位者はガンガイル王国の留学生が独占してしまい、入学式の新入生代表をぼくたち三人の誰かにしなければいけないとのことだった。

 今のところ上から順に、ぼく、兄貴、ウィル、らしいのだが、帝国の慣習では平民出身の準貴族は公の場では貴族として認められないらしい。

「神に宣誓して魔法を学ぶので、平民も魔法学校で学べるのは国によって差はないのですが、扱い方が違うのは致し方ない現状なのです。奇才のジュエルさんやジェイさんでも入学試験で首席になることはなく、帝都の魔法学校の歴史でも平民出身の首席での合格者はいなく、前代未聞だそうです」

 寮長は新入生代表挨拶をぼくや兄貴がウィルに譲ることを嫌がるようなことはしない、と代弁してくれたそうだ。

 ぼくと兄貴は別にそれで構わない、と頷いた。

「ウィリアム君も本意ではなくても、対外的なことを考慮して納得してくれるだろうと考えていたんだがどうだろう?」

 ウィルも構いません、と答えた。

「まあ、ガンガイル王国としてはここまでなら譲歩できるんだけどね。胸糞悪い要求をしてきたんだよ。ああ、思い出すだけで腹が立つ!入学式当日は寮で食中毒でも出して、全員を欠席させてほしいと言ってきたんだ!!」

 内緒話の結界をしているのをいいことに、語気を荒げ、握った拳を震わせて寮長が言った。

 内緒話の結界は声を聞こえなくするだけだから、そんなに怒りをあらわにしたら、早朝とはいえ収穫したオレンジを見に来た生徒たちの注目を集めてしまっているよ。

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