美しい魔法
「子どもたちに魔力をつけさせて未来に希望を持たせた。魔力が増えると誘拐される危険がある。それだったら、ぼくたちは帝都に数年間滞在する予定なんだから、長期的に子どもたちを支援してもいいんじゃないかな?」
「できるなら支援はしたいよ」
「魔獣カード倶楽部は、今お腹を空かせている子に勧めるべきじゃないし……」
具体的に検討を始めたぼくたちを、顎を引き上目遣いに見たドルジさんが言った。
「昨日帝都にやってきて、たった今、柵越しに見た十数の子どもたちのために、何でここまで真剣になれるんだ?」
「この敷地と通りを隔てただけの場所に、自分たちの弟妹と年の変わらない子どもたちが、お腹を空かせてろくな教育も受けていない状況を目の当たりにしながら、美味しいお弁当を食べる罪悪感を軽減するためかな」
「美味しいものを美味しいと感じるためには、環境を含めていい状態じゃないと駄目だよ」
ウィルとケニーが即答するとボリスが含み笑いをした。
「お前らは俺たちが施した野菜でも食っていろ!俺たちのハム卵サンドは旨いぞ!なんて気分になれるかどうかって、それは無理でしょう」
ボリスの言葉に、ドルジさんは手に持っていたハム卵サンドを見て苦笑した。
「保護者がきちんといて、放置されている時間の食事がないだけなら、柵の向こうに跳び出る野菜で凌ぐことをできるけれど、根本的に貧困からの脱却できる道筋が見えなければ、子どもたちから学習意欲を引き出せないんだよね」
「魔法学校に入学できる実力があれば、工房のアルバイトを斡旋することはできるぞ」
屋台のおっちゃんの言葉にぼくたちは希望を見出した。
「洗礼式までに子どもたちの魔力を高めることが必須なんだろ。俺にやった検証を保護者の了解を得てから試してみたら良いんじゃないか?それだったら、ガンガイル王国の留学生たちが道路にたむろしている子どもたちを保護する理由付けになるだろう?」
初めて七大神の祠巡りをする検証の対象を未成年、洗礼式前の幼児まで拡大することを、ジェイ叔父さんが提案した。
それは名案だ!とぼくたちは賛同した。
「子どもたちの親まで検証に応じてくれたら、少ない魔力の平民が成人してからの伸びを検証できる!」
データ収集が趣味なビンスが喜ぶと、新入生たちが、魔獣カードが流行すると市民全員が祠巡りに血眼になるから被検体がいなくなるんだ、と言った。
「冒険者への依頼も並行して行えば、祠の周辺の治安向上に加えて、子どもたちの護衛を兼ねてもらえることになるのか?」
ドルジさんの言葉に、ウィルが即座に首を横に振って否定した。
「冒険者たちは浮浪児のような子どもたちの警護なんて侮るに違いないから、検証をするにしても時間帯をずらした方がいいよ。魔力奉納をする子どもたちには、お揃いの衣装を貸し出して検証に協力するぼくたちが交代で付き添った方がよっぽど安全だよ」
ウィルの発言にぼくたちは頷いた。
冒険者ギルドに出入りしているぼくたちは、強いものに従い弱いものに強く出る冒険者がいることを知っている。
その辺でうろうろしている洗礼式前の子どもたちに優しくしてくれるはずがない。
「検証に参加してくれる子どもたちに、攻撃を返し狼煙でも上げる魔術具の指輪を貸与したらどうかな?」
ぼくの案に新入生たち賛同した。
「ちょっと待って、よくわからないんだけど、カイルから留学の餞別にもらった指輪の最新型の機能はどうなっているの?」
ボリスにはスライムたちの指輪と悪意を持って攻撃した人間に同じ力で反撃する魔術具の指輪を、先行して帝国に留学する時の選別の品としてあげていた。
発動する機会がなかったようで、ボリスはすっかり効果を忘れているようだ。
「効果はガンガイル王国の魔法学校で素材採取の実習で猪の大群に襲われた時と同じように、向かってくる力をそのまま相手に返す魔術具だから、発動しても過剰防衛に問われることは無いから安心して渡せるよ」
カイルたちは国内の魔法学校時代から色々やらかしているのか、とジェイ叔父さんとドルジさんが苦笑した。
「そうか。あの魔術具には使用時間に制限があるから、発動したら即座に救援信号が出ることでぼくたちの誰かが駆けつければいいんだね」
ボリスが安堵すると、新入生たちは魔術具の性能は十分に検証されていないから、絶対に安全だとは言い切れない、と念を押した。
「死霊系魔獣への検証ができていない、ということかい?」
ドルジさんの疑問にぼくたちは素直に頷いた。
「死霊系魔獣の出没情報の多い地域を旅していた時に、万が一遭遇しても時間稼ぎができると信じていたのに、検証したことがないからとにかく結界の中に急いで逃げるに限ると知った時は焦ったよ」
ケタケタと笑うロブにジェイ叔父さんが怖い思いをしたんだね、とぼくたちを労わった。
帝国のスパイVSガンガイル王国の新米スパイの最新型魔術具の情報攪乱攻防だったのに、子どもたちは頑張ったという雰囲気に転換した。
「じゃあ、子供の足で帝都の祠巡りができるのか、という問題が残っているのか」
「アリスほど優秀じゃないんだけど、ぼくについて来た驢馬にお散歩カートを引かせたら七大神の祠巡りを全部回れそうじゃない?」
辺境伯領の保育園のお散歩カートを見たことがある生徒たちが頷いた。
お散歩カートの説明をジェイ叔父さんにすると、実物を見ないとよくわからないがなんだか可愛い集団になりそうな気がする、と口角を上げていった。
子どもたちに着せる祠巡りの衣装のデザインは、女の子たちも参加したいだろうから寮に帰ってから相談することになった。
「俺の妹が縫製業に手を出しているから、デザインが決まったら仕立てるのは協力できるぞ」
おっちゃんが任せてくれ、と胸を叩いた。
そうと決まれば早々に昼食を切り上げて、ぼくは柵の外側に取り付ける水道の蛇口を作り、ウィルたちは子どもたちの親にあてた手紙を書くことにした。
“……祠巡りに協力してくれるなら、お弁当をご馳走しても良いんじゃないかな”
みぃちゃんが精霊言語でぼくに訴えかけた。
いつもは残らないお弁当が残っているのは、みんな柵の向こうの子どもたちに分けてあげたいのを言い出せずに食べ控えたからだ。
キュアでさえ残りを頂戴と言わない。
「その手紙を保護者に渡してくれるなら、ご褒美としてこのサンドイッチを子どもたちにあげてもいいかな」
「そうだね。それなら過剰な施しじゃなく、お土産だね」
「祠巡りの検証に参加してくれたら、お礼にお弁当をつけるのも良いかもしれない」
ぼくの提案にウィルとボリスが安堵したように賛同した。
屋台のおっちゃんは子どもたちの人数を把握していたようで残りものを箱詰めしている。
「美味しいものはみんなで食べるから美味しいんだね」
ジェイ叔父さんがしみじみと言いながら、追加でハムとか入れれないかな?とおっちゃんに訊いた。
食材を積んでいたのは商会の馬車だ、と断られているのを見たドルジさんが、ガンガイル王国の連中はお人よし過ぎだ、と呟いた。
自分たちが暮らす街が住みやすい街じゃないと、帝国留学が楽しくなくなってしまう、とみんなに反論されると、きまり悪そうにドルジさんは頭を掻いた。
ぼくたちが子どもたちの集まっている柵の側に行くと、子どもたちは柵の外側に沿って座り込んで苺を頬張っていた。
子どもたちはスライムたちにすっかり懐いており、苺をもらうたびにスライムたちを撫でている。
ぼくたちの姿が見えると野良猫みたいに素早く立ち上がり、柵から距離をとった。
スライムたちがそれぞれの主人の元に弾むように戻ると、結局のところ、ぼくたちから野菜をもらっていたことに子どもたちは気付き、いつでも走って逃げれるように足に込めていた力を緩めた。
「ぼくたちが魔力を込めて育てた野菜は美味しかったかい?」
ウィルはいつもの貴公子然とした冷たい笑顔じゃなく、子どもたちが可愛くて仕方がないとでもいうような優しい目で笑いかけた。
美少年の天使のような笑顔を呆けたように見つめながら子どもたちは頷いた。
「枯れた井戸からきれいな水が沸いたから、君たちにもお裾分けするから、柵の外側に蛇口を取り付けるよ。外に出るけど、そのままそこにいていいからね」
子どもたちが逃げてしまわないように柵の内側から、ウィルが優しく語り掛けている間に、ぼくと兄貴は気配を消して門を回って外に出た。
「本物の魔法を見て見たくないかい?」
後ろからぼくが声をかけると、子どもたちはビクッと肩を震わせた。
子どもたちの緊張を解くべく、みぃちゃんとシロが飛び出した。
驚かせ過ぎたら可哀想だから、キュアは鞄で待機している。
二匹とも優雅にしっぽを揺らしながら瞳を輝かせ、磨きがかかっている可愛らしいポーズのアピールをしながら、子どもたちの間をゆっくりと歩いた。
子どもたちの頬があがり、可愛い、と口が動いた。
ぼくと兄貴は柵まで近づき魔法の杖を取り出した。
キラキラと輝くカッコいい魔法の杖に、子どもたちの視線が魔獣たちから杖に移った。
兄貴が蛇口と小さな陶器のプレートを見せると、それが何なのかわからなくても何かが起こるに違いない、と子どもたちの目が輝いた。
ぼくが魔法の杖を一振りすると、兄貴の掌の中にあった蛇口とプレートに精霊たちが集まり光り出した。
蛇口とプレートは空中に飛び上がり、取り囲んだ精霊たちが激しく点滅したので、物凄い魔法が行使されているかのように演出になった。
精霊たちは完全に面白がっている。
蛇口は空中でクルクル回転しながら子どもたちでも手の届く位置の柵にくっついた。
子どもたちが、おおおおお、と驚きの声を上げ、柵の向こうの生徒たちは精霊たちの思いがけない派手な演出に爆笑しないようにお腹を押さえて静かに肩を揺らした。
精霊たちの演出は続き、まだ空中で光っているプレートに注目を集めるために、蛇口が付いた柵とプレートの間に精霊たちが一直線に並んだ。
導かれるようにプレートがゆっくりと移動すると、精霊たちはプレートに吸い込まれていくかのように消えた。
神聖なるプレートが柵に張り付くと精霊たちは全て消えてしまった。
「綺麗だったね」
ぼくが声をかけると、子どもたちは無言で頷いた。
「使い方はこうだよ」
魔法の杖をしまったぼくがプレートに手を触れ、蛇口を捻れば水が出た。
ぼくは手を洗ってから両手で掬って水を飲んだ。
「真似してごらん」
ぼくの言葉に動いたのは最初にトマトを齧った子どもだった。
恐る恐るプレートに触れるとほんの僅かに体から漏れ出ている魔力を強力な掃除機のような吸引力でプレートに吸い取られる感覚があったようで体を細かく震わせた。
「大丈夫かい?」
ウィルが優しく尋ねると、何度も首を縦に振り、ビックリしただけ、と小さな声で言った。
小さな手で蛇口を捻ると、澄んだ水に喜び、手を洗わずにそのまま掬って飲んでしまった。
「おいしいおみずだ!」
水を飲んだ子どもがそう言うと、後ろに控えていた小さな女の子のためにもう一度プレートに触れた。
ぼくはジェスチャーで手を洗う仕草を女の子に見せて、水を飲む前に手を洗うように勧めた。
「蛇口を上向きにできるようにして、清潔な状態で水を飲めるようにしないといけないな」
ウィルが残念そうにそう言うと、ケニーも嘆くように言った。
「排水溝をつくらないと畑に水が流れちゃうよ」
「蛇口はもう一つ作るし、排水溝も何とかするよ」
せっかく精霊たちがカッコよく演出してくれたのに、ちょっと失敗してしまったようだ。
「魔術具の開発には試行錯誤があるっていう、良い見本になっているよ」
ジェイ叔父さんが呟いた。




