輝くトマト
「見た目がどうであれ、これが精霊神を祀った像だとするなら魔力奉納してみた方がいいんじゃないかな」
ウィルはそう言って白いおにぎり妖怪のような像に両手で触れた。
その姿を見て、ハルトおじさんの芸術センスが致命的になくてよかった、と心底思った。
妖精型のシロはロリ顔の巨乳なのだ。
両手で触れて魔力奉納するなんてなんか嫌だ。
「……?それ程魔力を必要としていないのかな?」
予想より奉納した魔力が少なかったのか、ウィルが首を傾げている。
“……結界をまだ強化していないからじゃない?”
ぼくのスライムが精霊言語で突っ込んだ。
この像から供給される魔力はガンガイル王国の敷地を守る結界にしか使われていないから、奉納する魔力も少ないのだろう。
「土壌改良の魔術具を使って結界を補強してみるね」
ぼくはウズラの卵型の魔術具をポーチから取り出し、魔法の杖を一振りして地中に埋めた。
「そんな小さいのでいいんだ。埋める前の見せて欲しかったな。予備はないの?」
ジェイ叔父さんはそう言ってぼくに手を差し出した。
ドルジさんの前なので余計なことを言わないでほしいから、予備はない、と断った。
ぼくとみぃちゃんとキュアとスライムたちが魔術具の埋まった場所に手を置いて、地中にいるスライムの分身まで結界の根が伸びるように魔力を送ると、世界の理までしっかりと結界が結ばれた。
ぼくは世界の理から帝都の護りの結界を逆に辿り、護りの結界の全貌を把握した。
古の結界に使用できない神の記号を封じた上に、新しい魔法陣を重ね掛けしている。
微細な魔力を流してみても帝国全土と連結していない……。
“……長すぎるとウィルが不審に思う!”
兄貴から精霊言語で警告が来たので、ぼくたちは地面から手を離した。
………………ドドドドドドドドド。
「魔法の杖を使う方がカッコいいのに、この魔術具の起動には直接地面を触るんだ」
ドルジさんがそう言うと、ケニーが残念そうに眼を細めた。
「土を触って土地の魔力や地質に思いを馳せずに、土壌改良の魔術具を起動させるなんて邪道です!」
そんなもんか、とドルジさんとケニーが言い合っているが、ぼくには地底から響く音の方が気になった。
ウィルも辺りを気にして魔力探査を始めている。
これは魔力の流れじゃない。
ぼくがそう気付いた時には、枯れたはずの井戸から間欠泉のように水が噴き出した。
ぼくたちは水しぶきを浴びて、キャッキャと逃げた。
見上げた青空に虹がかかり精霊たちも集まり出した、前にもこんなことがあったな、なんて思い出に浸ろうとするとケニーが叫んだ。
「植えたばかりの苗に水を遣り過ぎたら根腐れしちゃう!早く水を止めて!!」
即座にウィルが土魔法で井戸の蓋を作り、兄貴がウィルの魔力を利用して蓋の強度と密閉度を高めた。
ぼくたちは魔法で自分たちを乾かすと、水道を引こう!と溢れ出た水の利用方法を話しだした。
「研究室に十年引き籠っていたのに、精霊たちを初めて見たような反応じゃないんだな」
ドルジさんがジェイ叔父さんに囁いた。
「カイルたちが帝都について一晩経っているんだぞ。引き籠っている研究室の明り取りの窓から精霊たちを見た衝撃は言葉にできないね。……ちょっと待て。なんだその魔術具は!」
ジェイ叔父さんはぼくたちが上水道の配管を作り始めると食いついて来た。
「引き籠っている間に寮の改装で既に使われている技術ですよ。……あっちでカイルが作っているのは……わかんないです」
ロブがいつの間にか班分けし作業を分担するぼくたちをジェイ叔父さんに説明した。
水道管の凍結を気にしなくていいのは楽だよね、と言いながら屋台のおっちゃんの借家に水道を引くための測量をマークとビンスが始め、図面をケニーが描き、ウィルが試作品を作った。
ぼくは敷地の内周に作った畑の水遣りを誰でもできるようにと、スプリンクラーの試作品をフワフワと漂う精霊たちに見守られながら作っていた。
「水道管には圧縮された水が流れているから、水を運ぶために魔力は使わなくていいんです。畑に沿ってレールのように水道管を設置し、そこに水を一定量噴射する魔術具を取り付けて水道管の上を移動して畑全体に水を撒くようにしようかと考えたんだ」
「極端に少ない魔力で細長い畑全体に水を遣れるんだね」
ミニカーの消防車のような車両を作っていると、砂鼠のフィギュアを作ったウィルがこれに噴霧器を持たせてほしい、と言い出した。
試作品の消防車両に乗せると、サイズもピッタリで可愛らしくなった。
ウィルのフィギュア制作の腕前に、ドルジさんは井戸の横の精霊神の像と見比べながら、あれは作り替えないとご利益を得られなさそうだな、と呟いた。
「ぐるりと敷地を一周するんだったら水道管に魔法陣を仕込んでおいたら効果抜群になりそうじゃない?」
ケニーの提案に賛成したぼくたちが組み込む魔法陣を検討し始めると、屋台のおっちゃんが昼飯はここで済ませよう、と中庭にアリスの馬車を入れてドルジさんを使って昼食会場を用意し始めた。
ぼくが魔法の杖を一振りして水道管を設置した時にお昼ご飯の準備も終わっていた。
清掃魔法で身ぎれいにした後、精霊神の像に魔力奉納をすると、しっかり七大神の祠分より少し少ない魔力量を奉納できた。
「いい感じだね」
二回目の魔力奉納をしたウィルが安心したように頷いた。
昼食のお礼として魔力奉納をしたドルジさんは自分のポイントも増えているので、首を傾げた。
「街の祠に魔力奉納をすれば所属する、領や国からポイントが支給されるだろう。でも、こういった私設の像への魔力奉納でポイントがつくのは何でなんだ?」
「ガンガイル王国の王家が所有する王家の財産を守るための像への魔力奉納ですよ。王族の管理者からいただいています」
ウィルがそう説明すると、王族かぁ、とドルジさんが頭を掻いた。
「王族が個人の財産を守るために門に鍵をかける感覚で結界を張るのは当たり前なんだよな。そして王族ご本人が管理するわけじゃないから、管理者が神々に感謝して魔力奉納をするという形でちょっとした町のような結界を維持できるようにするのか」
ジェイ叔父さんが感心したように言うと、ドルジさんも頷いた。
「軍で武勲を立てる将校もこれができると領地を賜ることができる。上級魔術師の最上位が王族や領主一族で、ここにしれっと、領主一族の子息が座っているからこんな凄い魔法を昼飯前とばかりに行使するのが見れるんだよなぁ」
魔力奉納について来ただけで良いものが見れた、とドルジさんはしみじみと言った。
「お昼ご飯も目当てだったんでしょう?」
「それはもちろんそうだ!今度、手土産を持って寮に行くから今日は手ぶらだけどご馳走になるよ!」
サンドイッチにミネストローネスープのお弁当を前に、ぼくたちは笑顔でいただきます、と言った頃、植えたばかりの野菜の苗が敷地の外まで成長していた。
昼食のテーブルにはいつもならいるスライムたちがいなかった。
柵の外の子どもたちのために畑に残ったのだ。
ぼくはスライムから思念を受け取ってその様子を頭の中で見ていた。
スライムたちが支柱を立てたり、脇芽を切ったりと甲斐甲斐しく世話をした。
柵を隔てた子どもたちは、みるみる成長する植物と、働くスライムたちを不思議そうに見ている。
ぼくのスライムは集まった子どもたちの前で畑の見えない魔法陣に魔力を注ぎ、すぐに食べられる野菜のトマトや胡瓜や苺を選んで実らせた。
美味しいものを食べさせてあげたい一心で、ゴーヤは放置されている。
トマトや苺が赤くなるとスライムたちは収穫し、柵の向こうの子どもたちに触手を伸ばして差し出した。
柵の向こうの子どもがトマトを受け取るためウィルのスライムに触れると、清掃魔法を子どもにかけて綺麗にしてあげた。
トマトを受け取ると光に包まれて綺麗になった子どもを見て、集まっていた子どもたちが後退りして尻餅をついた。
綺麗になった子どもは自分に起こった事態に驚きながらも、空腹に耐えかねてトマトに齧りついた。
じゅるっと溢れ出る果汁を地面に溢さないように啜ると、その子は満面の笑みになり、夢中になってトマトにかぶりついた。
固いヘタまで口に含んだのでウィルのスライムが二個目のトマトを差し出した。
躊躇うことなく二個目のトマトを受け取ると、その子は口元まで持っていったのに、振り返り、後ろで座り込んでいる小さな女の子にトマトを差し出した。
“……もっと柵のそばまでおいで!”
スライムたちは伝わらない精霊言語でしり込みしている子どもたちに呼びかけた。
座り込んでいた子どもたちの三人が額に手を当てた。
何らかのメッセージを受け取った子どもたちが立ち上がり、柵の方によろよろと歩いて来た。
ぼくとみぃちゃんとボリスのスライムが、ウィルのスライムのようにトマトを手渡しながら清掃魔法をかけた。
綺麗になった子どもたちは美味しそうにトマトに齧りつくと、茫然と見ていた残りの子どもたちも柵に寄ってきた。
スライムたちはトマトを赤くする班と子どもたちに清掃魔法をかける班に分かれ、集まってきた十数人の子どもたち全員を綺麗にして野菜を食べさせた。
「どうしたの?」
ぼくがサンドイッチを手にしたまま、ぼうっと考え事をしていたので、ウィルに声をかけられた。
「今頃成長した野菜をスライムたちが配っているんだろうなって考えていたんだ」
ドルジさんが眉間にしわを寄せた。
「何も問題はないんじゃないかな?スライムたちが交代で柵のそばにいたら、子どもたちを蹴散らして野菜を横取りしようとする連中を威嚇するくらいできるもん」
優雅にミネストローネのカップをテーブルに置きながらウィルが右口角を少し上げた。
「冷笑の貴公子の微笑を久しぶりに見たよ」
ボリスがそう言うと、スライムたちの当番について話し合った。
「毎日の祠巡りの最中に立ち寄るんだから、分裂できない子も当番に入れてもいいでしょう?」
一番若いスライムを使役しているロブが言った。
「古参のスライムとペアになるなら大丈夫かな。ああ、信頼していないという意味じゃなくて、経験値をスライムたちで共有するためだよ」
ぼくがお当番のスライムたちで協力し合って互いを鍛え合うようになるはずだ、と主張した。
全員の賛同を得られたので、話題は柵の向こうの子どもたちの未来に希望を持てるようにするためにはどうしたらいいか、に移っていった。
安全な水を提供したいから柵の外に蛇口をつけたい、といったすぐできることや、祠巡りとはいかなくても一番近い火の神の祠に行けるように、服の貸し出しをしたらどうか、という意見も出た。
「魔力が増えたら誘拐される危険があるのが一番の問題だよね」
ウィルが溜め息交じりに言うと、街の治安は如何ともしがたいな、とドルジさんが唸った。




