柵を隔てた子どもたちのために
「五歳になっているなら、当たり屋なんかしないで、魔力奉納でもしてポイントを稼げばいいじゃないか」
ケニーが五歳の子どもに自立のすべを探せと発言すると、マークとビンスが首を横に振った。
「普通の洗礼式前の平民の子どもが祠に魔力奉納をしても多くて3ポイント程度だよ。ジャガイモ一つ買えやしない」
「帝都の祠を四つ巡ってわかったと思うだろうけれど、場所によって相応しい服装が極端に違うんだよ。あの格好で帝都の祠一周は悪目立ちするよ」
「子どもの足で帝都の祠巡りは遠すぎるし、まともな服を着せたら誘拐されるだけだよ」
ボリスが経験則からか最後にきついダメ出しをした。
「帝都でも三歳や五歳の登録時に魔力が多そうだった平民の子どもが消えることがよくあるらしいよ。その辺にいる子どもは期待するほど魔力はないと思うな」
屋台のおっちゃんも子どもたちに同情しつつも祠巡りは無理だと言い切った。
「教会はどんな慈善事業をしているんだ」
ジェイ叔父さんが公の支援と言えば教会だろう、と言うとドルジさんが首を横に振った。
「教会の慈善事業の予算は帝国の派閥に連動しているかのように偏りがある。教会内の人事にも皇帝陛下のご意向が反映していることは公然の秘密だ」
ドルジさんの言葉に、ジェイ叔父さんと屋台のおっちゃんが頷いた。
「教会の総本山は帝都じゃないのに、帝都に配属される司祭はことごとく帝国の派閥に取り込まれている。新興貴族と旧来の貴族の後を継げなかった子弟たちが大量に聖職者になってしまえば、教会の人事も帝国を慮るものになってしまったんだろう」
「教会に寄進して利害関係を要求することはあさましいこととされていて、ガンガイル王国ではもう洗礼式に司祭を呼ぶ上位貴族はいません。まあ、でも、親族を教区に留めておいてほしいという程度の影響力は求めていますね」
ウィルがドルジさんに言うと、言いながら即座に気付いた。
「ああ、人事に介入できる慣習を拡大解釈すると、自国の教会に影響力を出せるのですね」
「教会を動かすなんて出来ないことを当てにしても仕方ないから、取り敢えずそこらへんでうろうろしている当たり屋の子どもたちをどうするかを考えようよ」
ボリスがそう言うと、おっちゃんの借家と従業員寮との間にある庭を見ながら畑を作ろうか、と模索し始めた生徒たちにウィルが現実を呟いた。
「ここを畑にして作物を子どもたちに配れば、翌日にはその子の親や親族が道路を埋め尽くすほどやって来るだろうね」
緊急支援でないなら自立の手段を考えなくては、ただ混乱を引き起こすだけになってしまう。
今までは農村の支援だったから収穫量を増やせばある程度何とかなった。
都市部の問題はそんなに簡単にはいかない。
道路一つ隔てた柵のこちら側と向こう側にいる子どもの違いは、生れた土地の違いを除けば、魔力量と知識、そして親の財力だ。
「魔力を増やして、魔法学校に通う。それができればあの子たちの未来は大きく変わる。でも、喫緊の課題は今あの子たちがお腹を空かせていることなんだ」
ぼくがそう言うとケニーが遠慮がちに言った。
「もしこの柵に沿ってトマトを植えて道路に枝が飛びだして、その先の外で実をつけたらそこはもうガンガイル王家の敷地じゃないよね」
植物は土地から栄養と魔力を得ている。
敷地のギリギリに植えられた植物はガンガイル王家の所有する土地の外からも魔力を得ている。
「ああ、そうだね。国際法上も領土の境界線を越えて実った果実は、越境した先の国に所属することになる。隣国にくれてやるのが嫌なら剪定すればいいだけだからな」
ドルジさんの言葉に、今すぐ食べ物を分けてあげたいぼくたちは、通りに沿って食べられる実をつける植物を植えることにした。
「食べたら渋い植物も植えようよ。加工すれば食べられるものと、そのまま食べられるものと両方植えて、知らないものは食べてはいけないという警告を出した方がいいような気がする」
小さい頃に散々失敗してきたボリスが言うと、辺境伯領出身者が笑って賛同した。
ぼくが苦瓜を交ぜることを提案すると、ゴーヤーチャンプル嫌いの生徒たちが賛同した。
「ハンスのオレンジも寮の植樹が上手くいったら種から育てて植えたいよね」
季節を問わずにたわわな実をつけるハンスのオレンジの木が、ガンガイル王国の所有地の境界に植わっていたなら、この通りの側に住む人たちは毎日オレンジが食べられる。
ハンスのオレンジがスラム街の子どもたちの命を繋ぐ果実になったら素敵だな。
「ハンスのオレンジは教会の敷地とか、祠の側とか、条件が揃わないとあんな奇跡の木にはならないような気がするんだよね」
ウィルがため息交じりに言った。
実家の温室には神々の祠がないのに、すでにオレンジジュースが飲み放題になるほどオレンジが実っていた。
豊富な土地の魔力と精霊たちの力が植物の急成長に必要な気がする。
「検証してみようか?とは言っても、寮のオレンジの実が付いてからになるから、長期的な話になるよ」
植樹したハンスのオレンジの木は、朝食前に神々の像に魔力奉納をしたときには、もうぼくの背丈より大きくなって花を咲かせていた。
「そう遠くないうちに試せそうだね」
ぼくたちは柵や塀に沿って魔法で土を掘り起こし、腐葉土を交ぜて、敷地を一周する一列の畝を作った。
三つ子たちのお土産にしたピカピカに光る植木鉢を収納ポーチから取り出して、みんなで交代しながら苗を育てた。
「すまんな。帝都に到着した翌日からこんなに働いてもらって」
屋台のおっちゃんがぼくたちに頭を下げた。
「お前たちだったら到着したその日に、祠巡りをして畑を作るぐらいやりかねないのにな」
魔術具の植木鉢に子どものようにはしゃいでいたドルジさんの言葉に、ジェイ叔父さんが苦笑した。
到着した日はジェイ叔父さんにかかりきりだった。
「せっかくだからここの結界も強化しておこうよ」
ぼくは帝都の祠の結界が世界の理に繋がっていたから、ここを世界の理と結ぶつもりはなかった。
「帝都の結界はそこまで弱くないよ」
「それでも何かあった時にガンガイル王国の国民が逃げ込める場所として、独立した結界を強化しておくのは悪くないんじゃないかな」
死霊系な獣の恐怖を実感していた同級生たちが激しく頷いた。
避難場所は多いに越したことはないか。
「うわ。それなら工房の結界も強化してほしいな」
屋台のおっちゃんは帝都の南西部に味噌と醤油の工房があり、南東部に縫製工房があるから、そこも強化してほしいようだ。
「工場の位置を選んだのはハルトおじさんかい?」
ジェイ叔父さんは頭の中に帝都の地図を思い描いているようでおっちゃんに訊いた。
「どうでしょうね。公爵家も関与しているようですよ。でも、ぶっちゃけ、治安より地価を優先した、と伺っています」
だよなぁ、とジェイ叔父さんが笑った。
ドルジさんがいるので二人とも笑い話で誤魔化したが、帝都内で結界を張れる絶妙な位置にガンガイル王国所有の不動産が点在している。
「この敷地に神々の像とかないかな?ガンガイル王国は信心深いから神に祈りや感謝を捧げる象徴になりそうなものがあるはずなんよね」
ぼくがおっちゃんに尋ねると、ウィルは、芸術センスが突き抜けていて神の像に見えないかもしれない、と付け加えた。
おっちゃんはしばらく考え込んだ後、わからない、と言った。
後で敷地を探索しよう。
敷地の内周に各種の苗を移植し終えると、ぼくは魔法の杖を一振りし、綿あめのような雨雲を二つ出してそれぞれ反対方向に水遣りの雨を降らせた。
「便利だな」
「家庭菜園規模でしたら便利ですけど、大規模に出現させるのは無理ですよ」
ぼくがドルジさんと軽口を叩いている間に雨雲は戻ってきた。
「さあ、神々の像を探すことにしようか!」
ぼくが声をかけると、おお、とみんなが答えた。
寮で神々の像を探した時のように七大神の祠の位置から推測しようとしたが、シロが犬の姿で実態を現し、みぃちゃんとキュアが鞄から飛び出して中庭に向かって行ってしまった。
雨雲を一周させた時に探ってみたけれど何も気配を感じなかったのに、みぃちゃんとキュアを連れたシロは迷いのない足取りと飛行でぼくたちを導いた。
中庭の井戸の隣に白い塊が小さな台座の上に載っていた。
「いつからこんなのがあったのかな?あったけど気付かなかったのかな?」
この井戸は枯れているからここにはめったに来ないから気にしていなかった、とおっちゃんは言った。
白い像、なんて言い方をしていいのかと思うほど前衛的な姿の像をぼくたちは囲んだ。
大人の男性の手のひらほどの大きさの像は、塩おにぎりに胴体がついて細長い手足が生えたような何とも不気味な姿だった。
“……ハルトおじさんの芸術センスが壊滅的だったみたいだね”
“……これが精霊神の像だって言ったら神様が怒りそうじゃない”
“……これはハルトおじさんが想像する上位の精霊なんじゃないかな”
ぼくのスライムとみぃちゃんとキュアが言いたい放題に精霊言語で推論を披露した。
“……ご主人様。これはハルトおじさんが妖精型の私をモデルにして作ったのです”
ぼくと兄貴が堪らずに噴出した。
「なんで二人同時に笑っているんだい?」
ウィルがぼくたちを見て言うと、お腹を押さえながらぼくが答えた。
「ハルトおじさんが想像する実体化した妖精が、この姿なのかと思うとおかしくって……」
これが実体化した妖精の姿か?とみんなも首を傾げた。
「自分の願望としては、こんな姿より美女だったらいいのにな」
ドルジさんがそう言うと、犬型のシロが頷いた。




