みぃちゃんみゃぁちゃん
「みぃちゃん、大丈夫か!」
ぼくはみぃちゃんを抱きかかえて水でものませようと台所に行こうとした。
「待て!カイル。みぃちゃんはスライムより大きいし苦しむだけだから死にはしない。おそらく大丈夫だ。雫を飲んだスライムたちは一様に皆大きくなって、何らかの能力を身に着けた。みぃちゃんも様子を見なければいけない」
慌ててしまったが、スライムたちもとても苦しんだが、死んではいない。みぃちゃんも大丈夫、というか…。腕の中がもふもふに……。
「「「「「大きくなった!?」」」」」
ぼくの両手にちょこんと乗る程度の大きさだったみぃちゃんが、両腕からあふれるほど大きくなった。
「みんなさがっていろ。カイル、みぃちゃんを離すんだ」
父さんがケインやお婆、母さんを自分の後ろにさげて、ぼくとみぃちゃんをにらみつけた。これじゃまるでみぃちゃんが危険物みたいな扱いだ。
「嫌だ。父さん。みぃちゃんは離さないよ。みぃちゃんはまだ何もしていない!」
「駄目だ!カイル。みぃちゃんはあの雷砲を放つ大山猫の子どもなんだ!急激な成長で何が起こるかわからないんだ。パニックから魔法を乱発させる可能性も否定できない、……家族を危険にさらせない」
「……ッ、父さん…!みぃちゃんだって家族だよ!」
「ああ、わかってる。大丈夫だ。ちょっと調伏してみようかと」
「みぃちゃんに悪霊なんてついていないよ」
「みぃちゃんを使役獣にするのかい?」
「…カイルの猫だからそれはしたくない」
父さんなりに気を使ってくれていたのか。有り難いけど、調伏は意味がないと思う。
「みぃちゃん。こんなに急に大きくならないでよ。みぃちゃんの成長をゆっくり見たかったよ。大きくなったふかふかな毛もいいけど、小さいみぃちゃんをもっと楽しみたかったよ」
ぼくは座り込んで大きくなったみぃちゃんをもふもふした。大きくなったみぃちゃんは背中側がクリーム色で胸から腹にかけては長い真っ白な毛並みがとても美しく立派になっていた。涙目のぼくにハグされたみぃちゃんは喉をゴロゴロ鳴らしている。どうやら父さんの杞憂かもしれない。
凛々しい姿になっても可愛いみぃちゃんの様子に家族の緊張感はちょっと緩んで、みんなもふもふしたい顔になっている。
それでも遠巻きに見ている家族たちに、みぃちゃんはどうしたの早く可愛がって、とでも言うようにキョトンした顔をした。自分に何が起きたのかわかっていないようだ。
「みぃちゃんだって家の中でいきなり雷砲を打ったりしないでしょう」
「みゃあちゃんとの兄弟喧嘩でいきなり打ち出すかもしれないじゃないか。精神年齢は子猫だぞ」
「ぼくもみぃちゃんをもふもふしてみたい」
父さん以外の家族はすでにみぃちゃんの虜だ。
大きくなっても肉球はぷにぷにしていて、確かにみぃちゃんはまだ幼い。
「みぃちゃん、もっとゆっくり大きくなってほしかったな。手のひらに乗るみぃちゃんは可愛かったな」
「…ミィ……」
みぃちゃんは悲し気に小さい声で鳴くと、体を丸めた。すると、みるみるうちに体が縮み始めた。
「もっ、もとの大きさでいいよ。小さくなりすぎないでね」
ミルクを始終欲しがる赤ちゃんの頃まで戻ったら大変なので、念を押した。…ってゆうか体の大きさを自在に変えられるのか?!その現象にぼくは父さんと顔を見合わせた。
みぃちゃんの大きさがすっかりもとに戻ったことで、家族は警戒を解いた。
「おっきいみぃちゃんをもふもふしたかった」
「大きくなってから、したらいいよ」
「あれ?みゃぁちゃんはどこに行った?」
父さんがこれ以上の危機を避けるべく、みゃぁちゃんの存在を確認した。
「これは駄目だよ」
みゃぁちゃんは、ヒカリゴケの水の入った瓶を抱えるお婆にすり寄っていた。
「みゃぁちゃんは駄目だよ」
「みゃぁちゃんだって大きくなりたいんだよ」
「危険の種をこれ以上増やしたくないぞ」
「ぼくたちが危険にさらされたときに、みぃちゃんとみゃぁちゃんが強くなったら頼もしいよ」
「そもそもお前たちを危険にさらさないようにするのが、俺の務めだ」
「二人とも落ち着きなさい。みぃちゃんの状態をきちんと確認してから決めてもいいでしょう?」
母さんの言うことはだいたい、いつも正しい。まずはみぃちゃんやスライムたちがどうなっているのか調べなくてはいけない。
「スライムも大きさを変えられるのかな?おいで、ぼくのスライム」
みぃちゃんの騒動の間、競技台でひたすら技を試していたぼくのスライムはボールが弾むように移動して、ぼくの掌にすぽんとおさまった。
いつの間にか這う以外の移動方法習得している。
「君も小さくなれるかな?」
ぼくのスライムは角を振って返事をすると林檎くらいの大きさからおはじきくらいに縮んだ。縮むと色が濃くなっている。
「すごいよ。小さくなれるならポケットに入れて持ち歩けるね。楽に暮らせる大きさってどのくらいの大きさ?」
スライムは林檎サイズに戻る。サイズを変えるのは努力してできることなのかな。そうだとしたら、みぃちゃんを小さくしておくのは本人、いや、本猫としては辛いのかな。
「みぃちゃん。小さくなっているのは辛くないかい?」
「ニャー」
その返事はどっちだかわからない。
「みぃちゃん。小さくなっているのが辛いならこっちの足を、まったく問題ないならこっちの足を『お手』して」
みぃちゃんは迷わず問題ない方を『お手』してくれた。無理していないなら小さい方が嬉しい。
可愛いからそのままみぃちゃんの肉球をぷにぷにしていたら、スライムも対抗するかのようにスーパーボールサイズになって飛び跳ねた。素早く捕まえると体の張りを、水まんじゅうのように柔らかくしたりボールのように固くしたりして、ぼくの好みを探ってくる。
水まんじゅうの触り心地は癒される。
「小さくなっても問題ないようだし、なんだか知性も上がっているようだよ」
「『お手』だったら、前からしていたぞ」
「だったら、みゃぁちゃんで試してみよう。右足がミルク、左足がお肉、どっちが欲しい?」
みゃぁちゃんは左足で『お手』をした。
あれ?どっちをあげても喜ぶものなら正解かどうかわからないじゃん。
「おにくと、この水ならどっち?」
「「「「ケイン!!!!」」」」
みゃぁちゃんは迷うことなく、まずそうな水を選んだ。これは本人、本猫がご褒美に一滴もらう気満々になっている。うちのペットたちはみゃぁちゃん以外全員この水を飲んでレベルアップしたのだ。みゃぁちゃんだってしたいだろう。
「ミャァ」
みゃぁちゃんは切ない瞳で父さんを見つめる。落とす相手を見誤らない子だ。十分に賢い。
父さんはみゃぁちゃんを持ち上げて、視線を合わせて問いかけた。
「…恐ろしくまずいんだぞ」
「ミャァ」
「凄く苦しいんだぞ」
「ミャァ」
「………」
みゃぁちゃんは本気だ。あの目はやる気だ。
父さんは諦めた。
「みゃぁちゃんにその水あげてもいいと思うやつ、手を上げろ」
決を採ると、全員が挙手した。よって、みゃぁちゃんは拷問のようにまずい水を飲むことに決まった。
頑張れよ。
ミャァちゃんは切腹前の武士が『お前たちはしかと見届けよ』とでも言うかのように、真顔で家族全員を見つめた後、お婆の匙から一滴舌にたらしてもらうのだった。
無様な姿は見せたくないのか、頭を隠して丸まったみゃぁちゃんは、それでも体がぴくぴく痙攣するのを止められないでいる。震える毛並みが長く伸びはじめ輝いているかのように煌めく。みぃちゃんの時はパニックを起こしていて細部まで見ていなかった。苦しそうだけど、この煌めきは神々しい。輝きが収まる頃にはみゃぁちゃんは、すっかり大きくなっていた。
みゃぁちゃんも変身後、回復すると体の大きさを変えることができた。
もっといろいろ検証したかったが、ぼくたちの就寝時間ということでお開きになった。
みぃちゃんとみゃぁちゃんの魔力量がわからないので魔獣カードの競技台での検証を室内でするのは危ないかもしれない。
みぃちゃんとスライムはすでにぼくのベッドに入っている。疲れる一日だったけど、もう少し確認がしたかったので黒板に書き込んだ。
『兄貴。スライムたちが水を飲んだ時、精霊たちは干渉してきたかい?』
『精霊たちは囃し立てていただけだよ。随分と楽しそうだった』
ぼくたちの生活は見世物なのか。
『光る苔の水は奇跡の水だから体に悪いことはないって言ってる。まずいだけだって』
『奇跡の水ってなんなんだ?』
『良い事が起こる。個人差がある。まずいのが試練。飲むと精霊に好かれる。良い事ばかり。悪いことない。なんだかいっぱい言っているけど、具体的な御利益については何一つ言っていない。うるさいだけだ』
『通訳してくれて、ありがとう。兄貴』
『兄貴って呼ばれるの嬉しい』
『ぼくも兄貴ができて嬉しいよ。ケインも気配の探索がうまくできるようになったら兄貴の存在に気がつくかもしれないよ』
『そうなったらいいな』
『練習を見守っていてね』
『もちろんさ。もうおやすみ』
『おやすみ』
片づけを済ませてベッドに入ると、聞き忘れていたことを思い出した。
ぼくたちは洞窟で光る苔の水をたらふく飲んだはずだ。だけど、美味しかったんだよね。あれは何だったんだろう。
スライムとみぃちゃんがすり寄ってきた。スライムはプルンとした柔らかさで冷たく、みぃちゃんはもふもふで温かく、大きい。寝ると気が緩むのかな。なんだかとても大変な一日だった。
ぼくは精神的疲労もあってあっという間に眠りについてしまったから知らなかったんだ。
夜は猫たちの時間なんだって。




