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ドルジさんといっしょ

「何それ!すっごく美味しそう!!」

 ぼくたちが帝国に入国するなり遭遇したバッファローの群れを森に誘導して一頭だけ狩りをして冷凍保存して道中の食料にした話をすると、焼肉の話に涎を垂らさんばかりに聞き入った素材屋のおじさんが言った。

「角はどうした?皮は?内臓は?」

 内臓と骨は使役魔獣が食べたけど角と皮は自分たちの素材用に残した、と言うと見せて見せて、という流れになった。

 皮を広げるにはカウンターでは狭すぎるのでぼくたちは壁際によって伽藍洞としている店の真ん中に広げた。

「丁寧ななめしだね。ああ、立派な角だ。素材として一部使っているのも好感が持てる。観賞用に仕立てることも素材屋として異議はないけれど、加工してなんぼだろ、と個人的に思うところはある」

 なめしの技術を褒められてかかわった生徒たちが喜んだ。

「いやぁ。話には聞いていたけれど、ガンガイル王国の留学生たちは優秀だ」

 気を良くした店のおじさんが奥の部屋から珍しい素材を出してきて、ぼくたちはしばらく素材談議に話が弾んだ。

「いやぁ、まいった。マニアックな魔獣も良く知っているね。ナマコの干物が珍味だと言われたらおじさん何を出したらいいかわからなくなるよ」

 ジェイ叔父さんがこれを食べるのか?と口元に怪訝な表情を浮かべながら、ぼくたちと店のおじさんたちとのやり取りを聞いている。

 干さずに酢醤油で食べるのも酒のあてに良いんだよ、と屋台のおっちゃんが言うと、本当に食べるんだ、と店のおじさんが呟いた。

「そんな文化はガンガイル王国に無かった!最近の流行だよ!!」

 ぼくたちがハハハと笑うとウィルが真面目な話を始めた。

「知育玩具として魔獣の特徴を詳細に記したカードが流行すると、魔獣の特性をいかに知っているかで子どもたちの尊敬を集めるようになると、大人たちが本気で検証をし始めたのです」

 魔獣カードに大人も子どもも夢中になったのは嘘ではない。

「何なんだい、その魔獣カードって」

 ぼくと旅をした生徒たちが持ち歩いている魔獣カードの基礎デッキで見本試合をすると、ジェイ叔父さんと店のおじさんが食い入るように見つめた。

「ああ、これは魔獣に詳しくなるのは当たり前だ。これが基礎デッキということだけど、ガンガイル王国の魔獣が中心になっているから俺には珍しい魔獣もいる」

 追加カードが各種販売されていることを聞いた二人は、これなら大人も欲しくなる、と唸った。

「ガンガイル王国では大人が参加する魔獣カード大会が、王太子殿下主催で開催されて、収益金の一部が帝国南部の蝗害の被災地への緊急食糧援助に使われたぞ。王太子殿下夫妻はチャリティーパーティーも開催してガンガイル王国から広く基金を募ったんだ」

「あああああ、蝗害の被災地は皇帝陛下の親族の領地と武勲を上げて領地を賜った軍閥領主が隣接していて、どこを誰がどう支援に動くかが宮廷内での最大の話題だったのに……」

「十年ぶりに研究室から出たらそういうことになっていた」

 そんなこんなで蝗害が解決したらしいことをぼくたちが告げると、派閥のバランスが崩れるのか、と店のおじさんが頭を抱えた。

 聞けば、お貴族様相手の商売は売掛金がかさみ、没落したら回収ができないので慎重に情報を集めて必要に応じて担保を取っているとのことだった。

「冒険者ギルドにも依頼を出していますが、蝗害の飛蝗が突然変異だった可能性を考慮して、買取の依頼を出しています。この店でも珍しい飛蝗が入荷したら、ガンガイル王国寮まで一報を入れていただけたら買い取ります」

 ぼくたちがそんな話をしていると店の扉が開いて客が来た。

 邪魔にならないように隅に寄ろうとすると、客から声をかけられた。

「お前さんたち、もう帝都についたのか」

「お久しぶりです、ドルジさん」

 ぼくたちが元気よく挨拶すると、知り合いか、と店のおじさんが驚いた。

「飛竜に馬車を運んでもらったあと、帝国軍の国境警備兵に囲まれた時に口添えしてくれた軍人さんのドルジさんです」

 ぼくがドルジさんを紹介すると、ジェイ叔父さんは甥がお世話になりました、と頭を下げた。

「この仮面の美青年がカイルのおじさんなのかい?」

 仮面の美青年という言葉に苦笑しつつもジェイ叔父さんは、訳ありで十年ほど引き籠っていた上級魔法学校生のジェイです、と自虐的な自己紹介をした。

「ドルジさんも何か素材を探しに来たのですか?」

「成長の早い植物の種があると聞いて探し回っていたところだよ。一応ここに話を聞きに来ただけで、魔術具じゃないかと俺は疑っているんだ。何か知っているかい?」

 成長の早い植物の種、という言葉にケニーが目を輝かせ、店のおじさんは首を傾げ、魔術具と言葉を聞くとぼくたちは、ああ、あれか、となった。

「やっぱりお前たちの魔術具だったか」

 ぼくたちは土壌改良の魔術具の販売促進用に、数回だけ植物の成長が早くなる小さな植木鉢の魔術具を作ったことを話した。

「なるほどね。植木鉢は仕掛けが切れたらただの植木鉢だから、種の方が特殊だったのではという噂にすり替わったのか」

 ドルジさんは顎を擦りながら、先にガンガイル王国の寮に立ち寄った方が早かったか、と言った。

 昨日来たばかりで朝食後に祠巡りをしている最中だと伝えると、相変わらずの働き者たちだ、とぼくたちを手放しで褒めた。

「謹慎が終わったのですか?」

 唐突にウィルが訊くと、ドルジさんは笑った。

「問題が霧散したんだ。死霊系魔獣の対策にちょっと揉めていたんだが、何やら冒険者たちが商売を始めると状況が変わったんだ。まあ、そんな事態はなかった、ということになれば俺は不祥事なんか何も起こしていないんだ」

 機密事項をぼかした話だが、処罰がないなら何よりだ。

「それは何よりですね。今日はお休みですか?」

「ああ、有給の消化中だ。所属が変わりそうだから帝都でのんびりしているのも今のうちだけだ。残りの祠巡りを付きあうよ」

 数日間一緒に旅をしたドルジさんの同行にジェイ叔父さんも屋台のおっちゃんも賛成した。

 店のおじさんにまた来ます、と挨拶をしてぼくたちは店を出た。

 眼光鋭いドルジさんが同行してくれると、女性たちが目を逸らすようにぼくたちを見なくなった。

「ここは軍の宿舎から近いから、若い軍人を金蔓(かねづる)にしようとする連中が多いんだが、俺は部下が騙されるのは堪らないから時折仲裁に入るんだ。(やま)しいところがあるやつらは近寄ってこないよ」

 素材屋で油を売ったぼくたちはどこにも寄らずに馬車まで戻った。


 補助椅子を出してぎゅうぎゅう詰めになりながらも、旅の笑い話をドルジさんが披露して楽しく過ごした。

 火の神の祠の広場に近づくと車窓から見える人たちの布の面積が増えていった。

「それでもガンガイル王国より薄着なんだよね」

「これでも午前中だから、かなりましなんだぞ。温度調節の魔法陣を使用できない平民には厳しい暑さだ」

 ドルジさんは帝都の夏はとびきり暑いから仕方ない、と言った。


 火の神の祠の広場で魔力奉納を終えると、屋台のおっちゃんがガンガイル王国の貴族街の邸宅の従業員宿舎に行ってみないか、と提案した。

 北門から西側の端にある従業員宿舎の一軒家をハルトおじさんから借りているのだが、治安が悪くてほどんど帰っていない、ということだった。

 おっちゃんは退役騎士で腕に覚えがあるが、一緒に暮らしている未亡人の妹さんの身を案じて今は寮に住んでいるらしい。

「ちょっと結界を強化しましょうか?」

 ウィルが提案すると、おっちゃんが首を横に振った。

「助かるけれど、それだけでは解決しない。職場からの帰り道の安全を考慮したら、とてもあの家には住めないんだ」

 大型馬車で乗り付けたぼくたちは目立ったが、屋台のおっちゃんにあてがわれた小さな家の隣もガンガイル王国王族所有の物件だったので気にすることなく馬車を止めた。

「この一角が王家の所有地で不用意に侵入されない結界が施されている」

「結構広い区画を所有しているんだな」

 ドルジさんの感想に、ウィルが渋い顔をした。

「ガンガイル王国の騎士団の派遣の謝礼金が滞っていたので、帝都の貴族街の一角を代わりに寄こしたんです」

「軍人だけど、それは国家間の話だから俺にはさっぱりわからない。ああ、がっちり結界が施されている中だから言えるが、飛竜騎士師団貸与の報酬としてはしょぼいな」

 ガンガイル王国が軽く扱われるのは今に始まったことじゃない、とジェイ叔父さんとおっちゃんが言った。

 ここまでくる間、ポニーのアリスはいつもよりゆっくり馬車を引いていた。

 当たり屋のような子どもたちが、自分たちの怪我が少ないように用心しながらぶつかってこようとするのを、護りの結界が弾いていたからだ。

「あの当たり屋の子どもたちはガンガイル王国の馬車なら、何か食べ物を分けてくれると期待してぶつかってくるんだ」

 親が仕事に行っている間放置されている子どもたちが路上に溢れており、自分たちに鞭を向けてくるような人を避け、施しをくれそうな人たちを探して、当たり屋をしているとのことだった。

「スリや脅迫なら一括してやるんだけど、あいつらはひもじさゆえに、罪にならないようにあんなことをしている。可哀想だけど恵んでやっても他の馬車に体当たりして怪我でもされたらもっと可哀想だろう?」

 食べ物を一回分恵んでもらっても、翌日にはお腹が空く。

 馬車に当ったって食べ物をもらうことを学んでしまったから、こういうことになってしまったんだ。

「もしかして、おっちゃんが引越してきた日に馬車と接触した子どもに食べ物を上げてしまったのかい?」

 ぼくの疑問を口にしたのはドルジさんだった。

「いやあ、だってさ、あんな小さい子どもが腹を空かせているなんて、可哀想じゃないか」

 ぼくたちも同じことを考えていたから、おっちゃんの行動を責められないのだ。

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