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風の神の祠の広場

「数字として興味があったのは一日で七大神の祠を巡るのが初めての人なら、自分で加減しようとしないからなんだよね。体験しちゃうとご加護欲しさになるべく魔力を圧縮して多く奉納しようと邪念が入ってしまうでしょう?」

 なるべく知識のない成人で試してみたかったのだ。

「いっそ冒険者ギルドにでも依頼してみたらどうだ。神の力を信じない罰当たりなやつらがたくさんいるぞ」

 冒険者を被験者にするのか。

 その発想はなかった。

 屋台のおっちゃんの助言にぼくたち顔を見合わせて頷いた。

「高価な回復薬を使って、お金を払ってまでやることか?」

 首を傾げるジェイ叔父さんに数字に強いビンスが言った。

「魔力奉納の効果は確実で、翌日の魔力量が増えますよ。やれば虜になります。つまり、一度流行してしまえば、成人で祠巡り一周が初体験という人物はあっという間にいなくなってしまうんです。今しか取れない貴重な標本ですよ」

「冒険者に依頼する利点は、いかつい冒険者が祠巡りをすることで祠の広場の治安の向上につながるから、毎日でも祠巡りがしたい寮生にとって利益があります」

「冒険者たちがご利益を実感すれば、冒険者ギルド全体で流行します。帝都の護りの結界が強化されて、住んでいるぼくたちにも利益が還元されます」

「ポイントを少しでも溜めたい貧困層の市民も、治安が良くなれば全部の祠を巡れるようになるんじゃないかな?」

「いやぁ、それだけはないよ」

 ぼくたちが利点を列挙すると、ボリスが市民の祠巡りだけは違うと言い切った。

「次の空の神の祠の広場に行けばわかるよ」

 マークが苦笑しながら言うと、屋台のおっちゃんが噴き出した。

「まあ、眼福と考えるか目の毒と考えるかは人それぞれだな」

 ジェイ叔父さんの口角が下がった加減からすると女性がらみなのだろうか?

 車窓から見える人々の服装に色がある。

 水や風の神の祠の広場にいた市民たちと服装が違い過ぎる。

 色とりどりの華やかな生地なのだが、女性の装いの布の面積が極端に少ない。

「彼女たちの服に布が少ないのは、お金がないから布が買えないわけではないよ。歓楽街が近くにあるから流行の装いが違うんだ」

 チューブトップにミニスカートの女性たちがカフェのオープンテラスで寛いでいる。

 十年経っても傾向は変わっていなかった、とジェイ叔父さんが呟いた。

「春をひさぐ商売でもあるのですか?」

「夜間に外出できないから昼間に客をとるんですか?」

「歓楽街が貴族街に近いから、貴族街の北西の端がスラム化していったのかな?」

「美女たちを前にどうしてそういう発想になるんだ?お前さんたちには伸びる鼻の下がないのか?」

 屋台のおっちゃんは健全な青少年が考えることはもっと違うことだ、と嘆くころ、馬車は速度を落とした。


「ここは魔術具の素材を扱う専門店もあるのに、歓楽街が近いんですね」

 空の神の祠で魔力奉納を終えたぼくたちは、屋台のおっちゃんの勧めに従って徒歩で商店街を覗くことになった。

 ジェイ叔父さんは子どもたちの教育に悪い、と主張したが、専門店を直接見る機会があった方がいいということで却下された。

 どうやら社会見学を兼ねているようだ。

 こんな下着のような服装の女性たちに免疫のないぼくたちは直視できない。

 ぼくたちはなるべく建物を見るようにして、美しい花が街角にあるなという態でやり過ごそうとしている。

 “……あんなにスカートが短いのにパンツが見えないのって魔法かな”

 ぼくのスライムが笑わせるような感想を精霊言語で送ってきた。

 みぃちゃんもポーチから顔だけ出して女性たちを観察した。

 “……魔法だね。魔法陣の気配がするもん。大きなお胸もポロンとこぼれ出ないようになっているんだよ”

 みぃちゃんを見つけた女性たちが、かわいい、と言いながら手を振ってくれた。

「止めとけ、あいつらは美人局だ。少しでも彼女たちに触れば服の一部から乳がこぼれ出て、奥からガタイのいい男が出てくるぞ」

 ラッキースケベの後に用心棒が出てくるタイプか。

「買い物があるなら寮に商会を呼ぶのが無難だよ」

 屋台のおっちゃんとジェイ叔父さんがぼくたちの前に立ち目の毒だったな、と壁になってくれた。

「こういう治安の問題もあって、走るより馬車で祠巡りをする方がいいんだよね」

 肉体派じゃないケニーが言うとビンスも頷いた。

「騎士コースの生徒たちは集団で走り抜けることで難を逃れているよ」

 ボリスがそう言うと、おっちゃんは魔法学校生が集団行動すればまず襲われることはないな、と太鼓判を押した。

「ああ、実はこの店に来たかったんだよね」

 ジェイ叔父さんは飾り気のない扉の前に立ち止まった。

 扉の横に小さく素材屋と書かれた看板がある。

 この人数で押し掛けるのは店の迷惑になるかな、とぼくたち子どもが遠慮して後ろに下がると、扉の向こうから、いいぞ、入れるぞ、と声がした。

 辺境伯領の貸本屋さんを思い出して兄貴と顔を見合わせてくすっと笑うと、ウィルが羨ましそうにじっと兄貴を見た。

 ジェイ叔父さんが扉を開けると、店内は細長く伽藍洞としていたので15人の団体でも入ることができた。

「気配を消せるやつが多かったな。10人程度かと思ったぞ」

 奥のカウンターにいたおじさんがぼくたちに声をかけた。

「やった!魔力を抑えることに成功した!」

 ボリスが嬉しそうに言うと、店のおじさんが笑った。

「魔法学校の生徒さんかい。年齢以上の実力を身につけたようだね。今日は冷やかしかい?」

「祠巡りをしながら新入生の社会見学をしていました。この店の素材は商会を通じていつも利用させていただいているので、思わず立ち止まってしまいました」

 ジェイ叔父さんがそう言うと、店のおじさんは笑顔になった。

「ガンガイル王国のジェイさんですね。素材の指定が細かくてわかりやすいからこっちも厳選できる。そのお陰で返品が少なくてうちも助かっていますよ。毎度様です」

 今の会話からジェイ叔父さんを特定した洞察力にぼくたちは驚いた。

「常連さんで直接会ったことがないのはジェイさんだけだからですよ。仮面を着用されているのはやはり毒の被害に遭ったからですか?」

 説明もなしに話が進むことにぼくたちが凄い人だ、と店のおじさんに熱視線を送ると、おじさんは照れたように笑った。

「解毒の素材を一時期大量に購入したから推測されたのでしょう。まあ、なんやかんやありましたがこうして人前に出れるくらいには回復しました」

 対人恐怖症っぽい症状が落ち着いたからであって、毒からの回復ではないが、ジェイ叔父さんは嘘をついていない。

「それは大変でしたね。では、お国に帰られるのですか?」

「ええ、体力が回復したら帰国の方向で考えています」

 退学届けが受理されない可能性を語らず、帰りたいけどまだ帰れないと説明した。

「ああ、そうだ、ジェイさんの条件に見合うほどの素材じゃないのですが、だからこそ入手できました。ご覧になられますか?」

「ああ、いいですね。見せてください」

「なあ、直接店に来る利点があるだろう?」

 素材の話になると口角があがったジェイ叔父さんに屋台のおっちゃんが言った。

 カウンターの下をゴソゴソと探った店のおじさんが小さな木箱を取り出した。

「オブトサソリほどではありませんが、なかなかいいサソリでしょう」

 小箱を開けると乾燥させた小型のサソリが収まっていた。

「毒は採取された後なので、取引自体は法に触れません」

 帝都では毒の持ち込みが規制されており、茸や昆虫は無毒であることが保証されているもの以外取引できないと店のおじさんは説明してくれた。

「欲しかったのは毒の方じゃなくてこの針だから、これで十分です。他の種類のサソリもありますか?」

 ジェイ叔父さんと店のおじさんが小箱をどんどん出して検分に夢中になっている間、ぼくたちも危険はないと言われたサソリを触らせてもらえた。

「しっぽしか素材に使わないなら、残りは食べてもいいかな?」

 ぼくの言葉に店内の全員が食べるのか!と突っ込んだ。

「だって、甲殻類は美味しいでしょう?そもそも毒は取り除かれているし、しっぽしかジェイ叔父さんが使わないのなら、他の部分も活用しなきゃもったいないでしょう?ああ、お金は折半しましょう!」

「使わないからといって食べるのは怖いよ。粉砕して発酵させて肥料にしようよ」

「エビやカニの仲間だと考えたら美味しいだろうけど、内臓の処理をしていない状態で乾燥されているだろうから、これを食べるのはどうかと思うよ」

 ガンガイル王国の生徒たちが食べることも念頭に置いて話しだしたので、店のおじさんが大笑いした。

「いや、君たちは北の端からやって来たのに東南地域の考え方をするんだね。東方の国ではサソリをお酒に付け込んで滋養強壮酒として販売されているらしい」

 “……素揚げにしたり茹でたり粉末にして麺に練り込んだり、色々な食べかたがあるぞ”

 魔本が調理方法を精霊言語で読み上げた。

「生き物は食べて食べられて命が巡っているんです。美味しく食べられるのなら、何だって食べますよ」

「食べられる方法が伝承されていれば、飢饉の時でも生きのこれるでしょう」

 ぼくと兄貴がそう言うと、ますます楽しそうに店のおじさんが笑った。

「ガンガイル王国料理を出す食堂がこの通りにできるって話だが、何がでてくるんだかわからんな」

「ベンさんのお店がこの通りにできるんですか?」

「候補地の一つに過ぎないよ。まだ決まっていない」

 ぼくたちが驚いて屋台のおっちゃんに訊くと、おっちゃんは首を横に振った。

「祠巡りで空の神の広場まで来ても、この中通りまで来るのはなかなか勇気がいります。出来ればもう少し女性たちの服の布の多い地域がいいです」

 ウィルがそう言うと、ぼくたちも頷いた。

「だからまだ地域が決まらないんだ。魔法学校内に屋台を出す申請をしているから、それまでは昼食は弁当で我慢してくれ」

「国の料理にこだわりがあるようだが、そんなに旨いのかい?」

 ゲテモノ食いだと思われていたのに、ぼくたち全員が食堂の話に食いついたので、店のおじさんも興味をもったようだ。

「伝統的なガンガイル王国料理も悪くないんだけど、新しい神が誕生してからのガンガイル王国の料理は格別に美味いんだ。素材が良いのはもちろんだけど、美味しくなるような繊細な工夫が凝らされていて、十年研究室に籠もっていた俺が外に出て自分で料理を選びたいと思うほど新しい料理が豊富で、とても美味い」

 身の危険を感じて引き籠っていたジェイ叔父さんが外に出たくなるほど美味い、というと謎の説得力があった。

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