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仮面の会談

「シロやみぃちゃんとキュアも出てきたらいいよ。貸し切りなんだから運賃は気にしなくていい」

 ハルトおじさんに声をかけられて魔獣たちが飛びだすと、ウィリーの仮面のパパがおいでおいで、とみぃちゃんとキュアに懐からマグロフレークの瓶を取り出して呼び寄せた。

 キャロルの仮面じいじはキュアを膝にのせて撫でまわしている。

 そう言えばこの領主様は飛竜好きだった。

 ジェイ叔父さんは父さんに市電の仕組みを根掘り葉掘り聞いている。

「うちのクレイ大伯父も連れてきたらよかったな」

 はしゃぐジェイ叔父さんを見ながら、みぃちゃんを膝にのせたウィリーの仮面パパが言った。

「引きこもり三百年とはケタが違い過ぎるわ」

 キャロルの仮面じいじは膝を叩いて笑った。

 クレメント氏は死に損なって火山に閉じ込められていただけで、自主的に引き籠っていたわけじゃない。

「みなさん早朝から元気ですね。この面々が集まっているということは、何か頭の痛い事態でも起こっているのですか?」

 王太子や辺境伯領主までいるのだから面子が出発直前の会議より豪華すぎる。

「カイルのことだから帝都に着いたらジェイを研究室から引きずり出して実家に帰って来るだろうと踏んで、休暇の調節をしていたんだ。まあ、イシマールの飛竜が最近の私を認めてくれたので乗せてもらったから早朝会談に間に合った」

 右手の人差し指で鼻まで覆う仮面を軽く抑える仕草をして仮面の紳士ハロが言った。

 喋ると仮面がずり落ちるのを押さえているのか?

 宝飾煌めく仮面は魔術具じゃないのか……。

「昨夜ハルトおじさんから仮面を用意しなければ飛竜は使わせない、と宣言されて急遽作らせたんだ。魔術具としてより、妻の好みを優先した細工を施すことが優先されたんだよ」

 仮面の紳士ハロの率直な言い方に、キャロルの仮面じいじもウィリーの仮面パパも、うちも似たようなもんだ、とゲラゲラ笑った。

 こんな軽いノリなのだったら深刻な話はないだろう。

 胸を撫で下ろすと仮面の紳士ハロからいきなりジャブを食らった。

「南方では回復の見込みのない人間も家畜も一緒くたに燃やして死霊系魔獣の発生を阻止していました。飛蝗の飛来より先に草木を焼き尽くすという名目で、どうにもキリシア公国の方角に飛蝗が向かうように帝国軍が調整していたようにも見えました」

 南方支援での情報を唐突にぶちかましたのだ。

「蝗害の被害は食い止められたのですか?」

「ああ、結果的に帝国軍がキリシア公国に向かうように画策したせいで、進路予測が容易になりカイルの魔術具が効果を発揮してキリシア公国の手前で阻止できたようだ。私も残党の始末に付き合ったが、あんなに簡単に駆除できるなんて画期的で大絶賛されていたよ」

 親しくなったマリアの国に被害が及んでいなかったことにホッとしていると、キャロルの仮面のじいじが、ああ、と深い息をついた。

「キリシア公国に被害が及べば、あの火竜紅蓮魔法の使い手の姫が怒り狂うに違いない。帝国の南北で紛争、いや、新たな戦争が起こっただろう。間一髪だったな」

「紅蓮の姫の嫁ぎ先は水竜の貴公子が王太子の国でしたね。いやはや、存在自体が災害級と言われた紅蓮の姫を水の国が囲ったことで一件落着かと思われていたのに、どうして帝国は藪を突いて火竜を出そうとするのだか」

 帝国は世界大戦を目論んでいるのか、とウィリーの仮面のパパは憤った。

 帝国周辺の南北の難攻不落のような独立自治国を落とせば、停滞している南方戦線に弾みがつくとでも考えているのだろうか?

 それとも、南北の砦に迫る足がかりが欲しいのか?

「とにかく、キリシア公国の紹介で結界を強化する魔術具が帝国南西部で広く販売できた。雨降って地固まる、となりそうだ。帝国北東部はカイルたちが派遣した冒険者たちがいい仕事をしている。北の死霊系魔獣の発生は抑えられているそうだ」

 ハルトおじさんが帝国の地図を広げて説明した。

 仮面のおじさんたちが肩を寄せ合い、地図を食い入るように見入った。

「この東南部の黄色い地域は何なんだ?」

 キャロルの仮面のじいじが広げた地図を指さして言うと、ハルトおじさんが地図を手放し仮面の紳士ハロの両肩をがっしりと掴んだ。

「東の魔女の関係者たちが結界を強化する魔術具を斡旋販売している地域だ。……東の魔女とガンガイル王国の関係は決して口外するべきものじゃない。個人的恨みを表面に出すな。お前の実家に付け込まれる隙があったことを忘れるな」

 後半の二言は仮面の紳士ハロの耳元で囁くだけだったが、仮面の下の顔色が赤くなったり青くなったりする様子に、きついことを言われたことが、他の仮面の紳士たちにもあからさまだった。

「東の魔女は一人じゃなく、東の砦を護る一族を助ける役割を、複数人が持ち回りで担当しているだけでした。冒険者の中にかつて東の魔女だった人に助けられた人物がいたので、幸運にも接触ができました。今年度の東方連合国の留学生一行の中に関係者がいます。帝国東南地域の結界強化の進捗情報は彼女から入手できます」

 ぼくの報告に仮面の紳士ハロが肩を落とした。

 ハロハロを陥れたのは東の魔女のアネモネさんだが、東の魔女は一人じゃない。

 嘘は言っていないけれど本当のことも言っていない。

 ぼくはまるで幼い精霊のように、アネモネさんについてハロハロに真実を伝えずに誤魔化した。

 喉元に苦い味が込み上げてくるような胃腸の不調を感じた。

 隣の兄貴と足元のシロが心配そうにぼくを見た。

「カイルが気にすることじゃない。生きていれば取り返しのつかない自分の失態に恥じ入ることは誰だってある。環境のせいにしてしまうことは簡単だ。これを克服することが今、この仮面の青年に必要なことなんだ」

 東の魔女に操られていたハロハロをハルトおじさんが宥めた。

 ……あの時何かできたはずだ、という苦い記憶がぼくにもある。

 僕は幼すぎて何も出来なかった。

 ハロハロが暗示にかかった年と、ぼくが母さんのスカートの中で生き延びた年はたいして変わらない。

 ぼくはあの時山小屋を襲った犯人を断罪しなかったけれど、どんなに月日がたったって許してはいない。

「どうしようもない、やるせない気持ちを保持したままでも、日常は続いていきます。自分の感情を棚上げにしていても、棚からいきなり落ちてくることだってあるでしょう。ぼくだって、両親を刺殺した犯人の情報を得たら動揺するでしょうね。……でも、家族の顔を思い浮かべて今行動すべきことは、という基準で物事を考えるようにしたい……ですね」

 復讐を考えないのではなく復讐を選ばない、とぼくが遠回しに言うと仮面の紳士ハロが力なく頷いた。

「仮面をつけていても感情が表に出るようじゃあ、まだまだ修行が足りないな。……夜明け前に飛竜に騎乗してまでカイルに会いにきたのに、情けないなぁ」

 ハロハロが飛竜に乗れば警護は飛竜騎士部隊だろう。

 無茶の規模が大きいよ。

「いや、カイル。今回は飛竜騎士部隊の訓練を兼ねていて上層部は承認済みだった。ハロルド王太子の南方支援の物資の運搬に、陸路だけでは焼け石に水の非常事態だから、と飛竜型の魔術具の一時的な使用を壊滅的だった地域の領主たちに認めさせた。緊急時にはガンガイル王国の飛竜が帝国上空を飛行することがあるという前例をつくれたんだ。夜間飛行の訓練は意義があるんだ」

 ヤンチャな王太子の護衛という体裁で、飛竜部隊の夜間緊急出動の訓練をしたということか。

「今回の食糧支援は大きな成果を上げたようだな」

 キャロルの仮面のじいじが顎を擦った。

「ええ、帝国の世論を戦争から自国の災害に目を向けさせることになりました。ここからが帝国への本格的な牽制の始まりです。帝国内部は皇帝の政策を支持する皇太子に危機感を覚える反皇太子派が水面下で活動しています。とはいえ、側室の人数が多すぎて誰を推すかという具体的な名前まではつかめませんでした。何より皇族の不審死が相次ぎ皇族が出席するパーティーでの飲食は徹底的に検査され、迂闊に新しい食材や調理法では提供されていないようですね。伝統回帰という雰囲気を作り出して、食材や調理方法を限定し、毒の検査を容易にしているようですが、それでも皇族の不審死は続いているらしいですね」

「怪鳥チーンの羽を欲しがる権力者がいたのは、そう言った事情からだったんですね」

 ぼくの言葉に、怪鳥チーンの羽か、とウィリーの仮面のパパが苦笑した。

「珍品として研究してみたいが、領地を不毛の地にされたらかなわない。羽自体に魔法がかかっているようだから、抜け落ちた羽では効果がないようなんだ」

「普通のハゲタカみたいな見た目だったよ」

 ウィリーの仮面のパパの膝の上でボソッと言ったみぃちゃんの感想が笑いを誘った。

「みぃちゃんだって普通の美しい猫にしか見えないが凄いじゃないか」

「スライムたちもそれぞれ進化しているが、うちの子はまだ喋らない。お喋りを始めるのはかなり高度な魔法のようだ」

 ウィリーの仮面のパパとキャロルの仮面じいじはお互いのスライム自慢を始めた。

 ハルトおじさんは二人を放置してぼくに話しかけた。

「それでなんだがな、帝都の上流階級では美食は流行らない。だが、税を物納で済ませる地域もあるから食材の種類は豊富だ。そこで、ディーが探し当てたこの食材を投入しようかと考えている。購買層は魔法学校生の裕福層だ」

 ハルトおじさんがぼくに茶色い粒を差し出した。

 焙煎された粒の香りを嗅ぐと、懐かしい味覚を思い出した。

 それはぼくが待ち焦がれていた食材だった。

 キュアがキャロルの仮面じいじの接待を止め、香りにつられてぼくの席まで飛んできた。

 みぃちゃんは自分の食べ物じゃない、と即座に判断したようでウィリーの仮面のパパの膝の上で寛いでいる。

「何か美味しいものなのかい」

 難しい話の間は存在感を消していたジェイ叔父さんが、ぼくの手の中に茶色い粒を摘まんで匂いを嗅いだ。

「そのまま食べるとただの苦い豆ですよ。美味しく調理することで病みつきになること間違いなしのお菓子になります」

「ああ、イシマールに研究させている。試作品も持ってきたんだ」

 ハルトおじさんは車両の奥にいた付き人に声をかけ、木箱を受け取った。

「配合をいくつか変えて試作した中でもお気に入りのものを持参した」

 木箱の蓋を開けると甘い香りが車内に広がり、ぼくは条件反射で口内に涎が溢れた。

「ほほう、いい香りだな。それは何という菓子だ」

「チョコレートというそうですよ。高温多湿の土地でしか育たない希少な植物の種子から作ったものです。色の濃いものが苦みを残してあります。茶色の方はミルクが濃く甘く仕上げてありますよ」

 仮面の紳士たちも香りにつられて立ち上がり、ハルトおじさんの持つ木箱を覗き込んだ。

 ぼくは迷わず茶色い粒を選んで口に含んだ。

 芳醇なカカオの香りと口の中でとろけるまろやかな甘み。

 予想通りながらも大満足の味に、にんまりとしていると、ハルトおじさんがドヤ顔で美味いだろう、と大笑いした。

 カカオの実を見つけたのはディーで、美味しく調理したのはイシマールさんなのに、先に試食を済ませただけのハルトおじさんが誇らしげに自慢しているよ。

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