みんな家族
仮面を気に入ったジェイ叔父さんは家族水入らずの現状なのに試作品の仮面をつけたまま、VRの魔術具を絶賛した。
使用制限がかかっている三つ子たちが、いいなぁ、やりたいな、と羨ましがった。
「子どもの使用は……初級魔法学校卒業相当までいかないと、とても使用させられないわ!」
ジェイ叔父さんがやって来たお祭り騒ぎに便乗して自分たちの使用制限を掻い潜ろうと企む三つ子たちに、母さんがきっぱりと否定すると、大人たちも頷いた。
「まだ自分の体感も鍛えていないのに、仮想現実の世界を体験するのは良いことじゃない気がするのよ」
「「「毎日老師様に鍛えてもらっているもん!」」」
お婆の説明にも三つ子たちは元気よく反論した。
ゲームをやりたい気持ちがわかるぼくとケインは、笑いながら三つ子たちを諭した。
「まだ世間に発表されていない魔術具をいち早く触れる特権がある家に生まれてきたけれど、十分に安全が確認されていない魔術具だから、大人たちが長期間検証してからじゃないと触れない魔術具があることを理解してね」
「ぼくもできた当時に必要に迫られて体験したけど、それだって上級魔法学校の実習の練習で、万が一事故が起こった時の対処法の練習としてだったよ」
上級魔法学校の内容、というケインの言葉に三つ子たちは仕方ない、と諦め顔になった。
「ああ、そうだねこの魔術具の空間への没入感が凄いから、俺も反射で防御の魔法を放つところだった。魔法の発動を抑え込めるジョシュアやキュアがいるから使えたんだ。この家に置いておいたら危ないよ」
「いつもは保管庫に入れてある」
ジェイ叔父さんが危険性を指摘すると父さんが厳重に管理していると説明した。
「一家の秘密の魔術具みたいでカッコいいな。王家にもそういった魔術具が沢山所蔵されているぞ。ただ、古すぎて壊れた魔術具を修復できる人間が少ないんだ。いっぱい勉強して王家の秘宝を蘇らせてくれよ」
王家の秘宝というパワーワードに、三つ子たちがキラキラした目でハルトおじさんを見た。
お婆と母さんが胸を撫で下ろすと、ジャニス叔母さんが、後で私にもアレをやらせて、と二人に囁いた。
大人が大人の時間を楽しむのは大人の特権だ。
「カイル、シロ。ジェイを慣らすために、まずはジャニスの家族を連れてきてくれるかい?」
「あたしも行くわ。ジェイの状況を先に家族に詳しく話しておくから」
お婆の言葉に真っ先に反応したのはジャニス叔母さんだった。
「説明する時間を亜空間で済ませれば問題ないよ」
お婆がそう言うと、ジェイ叔父さんが手間をかけさせてすまないね、と言いたげに口角を下げた。
口元だけで葛藤している状況が読み取れる。
それだけジェイ叔父さんに仮面が馴染み過ぎているのだろう。
「じゃあ、行ってきます!」
ジャニス叔母さんと魔獣たちを連れて王都の叔母さんの家に転移した。
仕事を終わらせて迎えが来るのを待っていたジャニス叔母さんの家族たちを、亜空間に招待して事情を説明した。
「自称婚約者とか、毒殺とか、仰天する話なのにジェイならあり得るんだよな」
ジャニス叔母さんの旦那さんがパチンと額を叩いて言った。
「傾国の美女のお話なら読んだことはあるけれど、そんな美貌の青年なんて想像つかないわ」
「十年引き籠っていたから、肌が真っ白なの。そのくせ良いものを食べていたから艶々の肌で、母さんが男性になった顔かな。優しそうで柔和な笑顔が魅力的で、身分こそ高くないけれど、間違いなく需要の高い魔術具の権利を独占所有しているうえに、新作の制作も止まらない将来有望な25歳の青年よ」
「ひゃー。モテる条件が揃い過ぎ!貴族階級じゃないからこそ、誰でも自分がお嫁さんになれると夢見れるじゃない!」
「貴族階級のお嬢さんだって平民に身分を落としてもお嫁さんになりたいと夢見ちゃうよね」
従妹の疑問にジャニス叔母さんのマシンガントークが炸裂すると、スライムたちも会話に参加し始めた。
お婆はこうなること予測して亜空間で説明した方がいいと言ったのか。
「メイさんとお嬢さんたちも今亜空間で説明した方が一度で済むんじゃないか?」
ジャニス伯母さんの旦那さんはこのノリに慣れているので効率のいい順序を考えてくれた。
犬のシロが頷き、みぃちゃんとキュアもそれがいいと賛成した。
メイ伯母さんたちもお土産の箱をたくさん用意して楽しみにしていた。
亜空間に招待すると、詳しい事情説明はジャニス叔母さんに任せ、メイ伯母さんとジャニス叔母さんの旦那さんたちがお土産を持参して先に家に行こうということになった。
イケメンすぎるジェイ叔父さんが仮面をつけることになったので、従妹が素顔を見たかったな、と言い出し、こうなったのだ。
素顔が見たいのはメイ伯母さんやフエやキャロお嬢様も同様だった。
「本人に仮面を外させるのは可哀相だから、ここでスクリーンを出して見せてもいいかな?」
ぼくのスライムが提案すると、ジャニス叔母さんが喜んだ。
「それがいいわ。あの仮面姿も似合うけど、妄想を駆り立てる一面もあるから、素顔を確認しておいた方がいいわ。ホントに母さんを一番いい状態で男顔にした感じなのよ!」
それは見てみたい、と女性たちが色めきだった。
「ジェイ叔父さんもいいけど、旅の途中で出会ったアルベルト殿下もなかなか男前だったよ」
ぼくのスライムはシロが作り出した巨大スクリーンにアルベルト殿下を映しだした。
おお、と歓声があがり、得意になったぼくのスライムは男装のマルコやアルドさんの姿まで次々と映し出した。
「男装っていうのがなかなかいいわね。私もやりたいです」
キャロお嬢様は短髪のマルコが可愛い、とはしゃいでいる。
「タイミングを見計らって迎えに来るから、ぼくたちは先に行っているね」
女性たちは全員賛成した。
そういう訳で、亜空間から自宅の居間に転移した時には、時間調整を済ませたジャニス叔母さん一家全員がそろっていた。
イケメン鑑賞会を堪能したジャニス叔母さんと従妹たちは満足しているし、ぼくとジャニス叔母さんの旦那さんは興味のない鑑賞会に付き合うことなく済んでホッとした状態だった。
仮面をつけたジェイ叔父さんを先に見ていた従妹たちは特に意識することなく自然に挨拶できたし、ジェイ叔父さんもジャニス叔母さんや幼馴染の旦那さんによく似た従妹たちに緊張することなく接することができた。
庭と居間を会場にした即席パーティーはそれぞれが持ち寄ったご馳走で、テーブルには色々な料理が並んだ。
ピサや寿司、海蛇のかば焼きに天婦羅、かぼちゃプリンなどの統一性のない料理に、大人たちには日本酒やワインやビールまで用意された。
「このすべてのお酒が辺境伯領主とハルトおじさんとジュエル兄が共同出資の会社で作っているのか!」
「そうだよ。どれも美味いぞ」
まだ驚くことが残っていたのか、とジェイ叔父さんがこぼすと、ハルトおじさんがまだまだあるぞ、と笑った。
ジェイ叔父さんがほろ酔いになったころを見計らって、メイ伯母さんたちが合流した。
イケメン鑑賞会の後はぼくたちの旅のハイライトを鑑賞していた女性たちは、ジェイ叔父さんへの対応が完璧だった。
「行くだけでも大変な帝国への留学で、さらにさまざなご苦労をされていたのですね」
「学業に専念したかったのですが、どうにも危険な状態だったので、安全な研究室に閉じこもっていました。食事が美味しくなったのは辺境伯領主様の支援があったと伺っています。自分がこうして生きのこれたのは辺境伯領主様の支援があってのことです。ありがとうございます」
キャロお嬢様が挨拶の言葉に気遣いを添えたので、ジェイ叔父さんは緊張よりも受け答えに集中することができたようだ。
「祖父の支援であなたが生きのこる一助となれたのは幸いです。ですが、私はカイルとケインの幼馴染でハルト叔父様の姪です。ここではキャロと呼んでください」
「私たちもキャロお嬢様と呼ばせていただいております」
従妹たちがそう言うと、ジェイ叔父さんの口元が微笑んだ。
女の子たちは一瞬目を輝かせたが、さり気なくジェイ叔父さんから視線を逸らして、よろしくお願いします、と言って料理のテーブルの方に移動した。
「予習しておいて良かったでしょう?初対面であの笑顔を見たら思わず声が出ちゃうもの」
乙女たちがイケメンと対峙する時は先に心構えが必要なのよ、ジャニス叔母さんが小声で言った。
大人の女性のメイ伯母さんとの挨拶が、ジェイ叔父さんには一番堪えるだろうと思っていたが、ジェイ叔父さんの口元は伯母さんに対面すると、ほころぶように口角があがった。
「カイルの伯母さんですね。十年も引き籠っていた俺が研究室を出れたのはカイルのお蔭です。ああ、甥のカイルの面影がある貴女には緊張せずに話すことができる。なんだか心が軽くなった」
「そう言っていただけると私も嬉しいです。妹家族の悲劇で生まれた縁ですが、ジュエルさん一家と親しくさせていただけで、私の夫の一族はとんでもないほどの恩恵を受けました。帝国にも一族の者が派遣されています。入用なものがありましたら何でも申し付けてくださいね」
甥のカイル……。
今日会ったばかりのジェイ叔父さん口から自然と零れた言葉が嬉しくて胸が熱くなった。
みんながこうしてすぐにぼくを受け入れてくれるのは、お婆や会ったことのないお爺さんの温かい家庭があったからだろう。
家族はこうして増えていくんだと実感して小さく感動していると、キャロお嬢様の驚く声が聞こえた。
「あのシーサーペントみたいな巨大海蛇がこんなに美味しいのですか!」
港町で捌かれる前の海蛇を見た面々は、切り身しか見ていない家族たちより美味しく調理されたことへの驚きが大きかった。
「ケインやメイさんがあれを食べると言い出した時はとても私は食べられないと思ったのですが、あまりにも美味しそうな匂いでしたから一切れ口にしたら衝撃的な美味しさに、大きな声が出てしまいましたわ」
恥ずかしそうに頬を染めたキャロお嬢様にジェイ叔父さんがフフっと笑った。
「領主のお孫さんがケインの皿から海蛇の料理を一口貰って食べているなんて信じられない光景だよ」
「気を許せる場所と相手がいることは、キャロの情操教育には本当にいいことなんだ。私にとってもこの家に気軽に立ち寄らせてもらえることで、ずいぶんと心安らぐ一時を過ごさせてもらっている」
良い家族がいて良かったな、とハルトおじさんがジェイ叔父さんの肩を叩いた。
ジェイ叔父さんの対人恐怖症も少しは落ち着いたようだ。
「このオレンジジュースも凄く美味しいんだけど、もしかしたらこれって、ハンス君のオレンジだったりするの?」
フエの言葉にお婆が頷いた。
「ええ、神々の祝福を受けた魔法のオレンジを移植すると、見る見るうちに成長して毎日たくさんの実をつけてくれたわ」
あっ!
「帝都の寮に植えるはずだったオレンジの苗木を放置していた!」
「そんな魔法のオレンジの苗木が帝都の寮にあるのか!」
ジェイ叔父さんが食いついた。
この調子なら帝都に戻っても、すぐに研究室から出てくれそうだ。




