家族集合!
「憑き物が落ちたみたいにすっきりした顔になったね。よかった」
ハルトおじさんと話し合いを終えて亜空間から居間に戻ると、ジェイ叔父さんの顔色が良くなっていたことにお婆が喜んだ。
「ジャニスに連絡を入れても大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫だよ。色々驚くことが多すぎて、ジャニスの家族に会うことくらい気にならなくなったよ」
お婆の言葉にジェイ叔父さんが笑顔で頷いた。
お婆がイヤリングの片方を外し口元にあてた。
「それじゃあ誘うわね。……ああ、ジャニス。今大丈夫?……そう……うん……そうね……まあ……」
お婆が要件を言う前に、ジャニス叔母さんのマシンガントークに捕まってしまったようだ。
「アレが通信の魔術具なのか?」
「いや、あれはスライムだよ」
ジェイ叔父さんの疑問に答えたのはハルトおじさんだった。
ハルトおじさんのスライムがハルトおじさんの掌の上に飛び乗ると、二つに分裂して見せた。
ジェイ叔父さんが驚いて、ヒャーっと声を上げると、家族のスライムたちがゲラゲラと笑った。
「ええ……そうなの……それは凄いわね。ケインはどうしたの?」
ジャニス叔母さんの話は尽きないようだ。
「こっちのスライムを耳元にあてて……そう。それでいい」
ハルトおじさんは分裂したスライムの片方をジェイ叔父さんに手渡し、耳元にあてるように指示を出すと、中庭に小走りで移動した。
中庭でハルトおじさんが口元にスライムを当てて何か言うと、ジェイ叔父さんの耳まで真っ赤になり、しゃがみ込んだ。
共感性を駆使して聞き取った家族のスライムたちが、触手を伸ばしてテーブルをバンバン叩いた。
ハルトおじさんは何を言ったんだ?
茹蛸みたいに赤面するということは、こっぱずかしい話なのだろう。
「耳元のスライムを口にあてて、反論しちゃえ!何か気の利いた返しをしてね!」
ぼくと同じくらい事情を理解していないはずのみぃちゃんが、ジェイ叔父さんを煽るとキュアまでそうだそうだ、と便乗した。
「……で、で殿下。……ありがとうございます……」
消え入りそうな声でジェイ叔父さんが言うと、ハルトおじさんが居間に戻ってきた。
「ジュエル!このままジェイを帝都の街に放ったら、オーレンハイム卿のような女子が湧いて出てくるに決まっている!俺は男だが庇護欲をそそり過ぎる。危険極まりない!!」
父さんは口元に手を置いて、ああそうか、と力なく呟いた。
「元来引っ込み思案な性格だったのかもしれないが、社会性が十五歳で止まっているようだ。ジェニエさん譲りのこの美貌でこの純真無垢さはマズいな」
ハルトおじさんがふさふさになった髪の毛を掻きむしった。
「急いで外に出る必要はないんじゃないかな。しばらくは帝都の寮で寮生たちと交流して、慣らした後で外出した方がいいんじゃないかな」
ハルトおじさんに任せたら強硬手段に出るのではないか、とひやひやしてぼくが口を挟んだ。
「だって、今や地上の楽園と言われる辺境伯領領都を早く観光させてあげたいじゃないか!」
なんだ、市電や地下鉄を自慢したかっただけなのか。
『……キャー!ジェイが研究室から出たの!!ホント!今そっちにいるの!!』
ジャニス叔母さんの興奮を予想していたお婆が、受信機のスライムのイヤリングを耳から外していたので、居間中に響いたジャニス叔母さんの絶叫を直撃せずに済んだ。
お婆は無言で送信機のお婆のスライムのイヤリングをジェイ叔父さんに差し出した。
「久しぶりだね、ジャニス。命の危機が遠ざかったからようやく研究室を出ることができたよ」
『ああ、ジェイ!心配していたのよ!生きていることは魔法特許の申請や、留学から帰ってきた生徒たちがパン屋に知らせに来てくれたから知っていたけれど、やっぱり会いたかったわ!あなたに首ったけだった女の子たちが時を重ねて結婚して子持ちになってしまったけど……ああ、今は女の子の話をしない方がいいのね。ああ、今、ケインは港町に行っていて……ああ、メイさんの家は女系家族だったわ!まあ、どうしましょう!!』
マシンガントークが止まらないジャニス叔母さんの話を聞き流すように、ジェイ叔父さんが無言で送信のスライムのイヤリングをお婆に渡した。
「あのね、ジャニス。いつもの時間に迎えに行ってもいいのね。夕飯は一緒に食べましょう。……お土産は気にしなくていいのよ。……ケインは…」
ケインも迎えに行くよ!とぼくがお婆に小声で伝えると、お婆のスライムが張り切ってぼくの声まで伝えてしまった。
『そうよねぇ、やっぱり家族全員そろった方がいいものね。ああ、港町にはフエもいるのよ。あらやだ、キャロラインお嬢様もいるわ。ねえ、ラインハルト様もいらっしゃるんだからキャロラインお嬢様も……』
興奮して喋り続けるジャニス叔母さんの声を聞いたハルトおじさんが自分を指さした後、口の前でバツの形をつくり、自分が大声を出していないのにジャニス叔母さんに自分がうちにいることがバレた、と身振りで示した。
「何かあればいつもうちにいるからだよ。いつもの展開だと踏んだだけだろう。それより人数が増えると辛くないか?」
父さんがジェイ叔父さんに確認した。
「増えるのは子どもたちだけみたいだから、かまわないよ。人に会うことを慣らしていくには丁度いい」
『カイル!ケインが港町でシーサーペントみたいな大きな海蛇を獲ったから、かば焼きにするって言ってたのよ。私は天婦羅もいいと思うの。お料理頑張るから、いつもの時間より早めに迎えに来てくれる?』
話を進めてしまうジャニス叔母さんに父さんが苦笑しながら頷いた。
「わかったよ。叔母さんとケインとその巨大海蛇を先に迎えに行くよ」
『よろしくね』
ジャニス叔母さんとの通話を終えると、ジェイ叔父さんが深く息を吐いた。
「俺の命を脅かした俺の通信の魔術具より、分裂したスライムの方が高性能なことに驚いたよ。ジュエル兄の次男が辺境伯領主の孫娘と海に行っているなんて、可愛い驚きでしかない。シーサーペントはクラーケンより小さいんだろうな、なんて軽く考えてしまう。それなのに一番印象に残ったのが、ジャニスはやっぱりジャニスだった。喋りだしたら止まらない」
ジェイ叔父さんがそう言うと、居間に居るみんなが笑った。
ケインのスライムに連絡を入れると、大人の身長ほどある海蛇が釣れたからジャニスおばさんにお裾分けしようと連絡を入れたばかりだったらしい。
ジェイ叔父さんが十年間引き籠っていた研究室から出て、うちに連れてきたから宴会になることを伝えると、高級寿司のお持ち帰りを注文する、とケインも張り切った。
ケインにジェイ叔父さんの状態を伝えると、寿司のお土産をフエとキャロラインお嬢様に託し自分だけ先に行く手配をしてくれた。
ケインを迎えに行くと巨大海蛇は寿司職人の手ですでに解体されており、美味しそうな切り身になっていた。
かば焼きサイズというよりはステーキ肉のような大きさの切り身をいくつか分けてもらい、海の恵みに感謝するため海の神の祠に魔力奉納をしてから、ジャニス叔母さんを迎えに行った。
大きくなったわね、とマシンガントークを再開する叔母さんを連れて自宅の居間に戻ると、ジェイ叔父さんを見るなり叔母さんは涙ぐんだ。
「……元気そうで良かったわ」
「美味しい食事があたっていたからね」
二人が抱き合って再会を喜ぶ姿は、ジェイ叔父さんが女性嫌いなようには見えない。
大丈夫じゃないか?とハルトおじさんとスライムたちが話し込んでいると、ジャニス叔母さんが、年をとったらイケメンぶりがあがったね、と言うとジェイ叔父さんの顔が青ざめた。
「ジェイ叔父さんは女性が苦手というより叔父さんの顔にばかり注目する女性が苦手なのかな?」
ぼくの言葉にジェイ叔父さんが少し考えこんでから頷いた。
「……顔に注目されなければ、女性の視線も気にならないかも」
「ジェイ君はイケメンすぎて顔を気にしないでいるのは難しいわ」
母さんがそう言うと、父さんが、そうか?俺もイケメンだ、と張り合った。
「ジュエルも男前だけど、イケメンの種類が違うのよ。ジェイ君は彫刻のように整った完璧な美形で美術品のように美しいのよ」
母さんは父さんをフォローしつつ、ジェイ叔父さんを褒めた。
「そうだな。胸像にして飾ってもおかしくない美形だな」
ハルトおじさんが母さんに賛同すると、ジェイ叔父の顔がみるみる赤くなった。
そうか、さっきスライム電話の実演でハルトおじさんはジェイ叔父さんを褒め殺しにしたのか。
「顔に注目を浴びるのが嫌なら仮面でもつけておけばいいじゃないの。どうせ毒を盛られた経験があるんでしょう?後遺症で顔に痣が残って人前に出られなかったって言えば、誰も仮面をとれなんて言わないでしょう」
ジャニス叔母さんの提案に、それはいい!と全員が賛成した。
この時兄貴がくすっと笑ったのは結果が予測できたからなのだろう。
父さんとハルトおじさんが、どうせなら魔術具の仮面がいい、とか、全部隠すより顔の一部を出した方が不気味さが軽減する、などワイワイやり始めた。
みぃちゃんやキュアは、VRヘッドセットのようなデザインを主張したが、ジェイ叔父さんは露出部分が多いと却下した。
ジェイ叔父さんがVRの魔術具に興味を示すと、みぃちゃんとキュアが遊び方を説明した。
ジェイ叔父さんはすっかりそっちに夢中になってしまった。
こうして本人不在で作った仮面は額から鼻先までを覆い、口元で表情を窺うことができる乳白色の美しい仮面に仕上がった。
宴会の準備をしていた女性陣やスライムたちに披露すると歓声があがった。
「似合っているよ。ジェイ」
「これなら、注目されているのは仮面で、ジェイの顔じゃないから気が楽でしょう?」
お婆とジャニス叔母さんがそう言うと、ジェイ叔父さんは口元にはにかんだような笑みを浮かべて、そうだね、と言った。
「イケメンを不細工にするのは嫌だったけど、これはこれで、男前でいいわ」
スライムたちは口々に、許せる、これはいい、と囁いた。
「イケメンの輝きを遮っただけで、漏れ出るイケメン要素を隠しきれていない気がするけれど……これでジェイ君の気持ちが落ち着くのなら、言わない方がいいわね」
母さんが小声で言った意見に、ぼくも静かに賛成した。




